内容は末尾をちょっと整えただけで、基本変わってません。
じっとりとした湿気と、立ち上る雨の匂い。
けれど雨音だけはここにはない。前二つと違って、この檻に閉じ込められていないからだ。
ここにあるのは大勢の人間が走り、叫び、武器を打ち鳴らす音と……。
「風穴開けてやるよッ!!」
幾重にも連なった鋭い銃の咆哮だけだ。
廊下では部下達が銃を構え、その先端が一斉に火花を散らす。その度に血が舞って、群がる人影がバタバタと倒れ込んだ。
いかに数で優っていても、銃を相手に廊下という狭く直線的な場所を選択したのは、愚かと言わざる負えない。せっかくの数の利を活かせず、できることは縦に並んでひしめくだけ。自分を的だと言ってるようなものだ。
だが連中は数の利を活かした。
被弾しても、死んでいないなら這いずってでも進み。死体になったら後続の盾にされて。狭い廊下を押し潰す濁流となって、俺の部下たちを飲み込まんとする。
(どうみても正気の沙汰じゃない。あんな戦法をとるのは掃除屋ぐらいだぞ……)
実際、奴らの目は虚で、発する声は意味をなさないうめき声だ。走って武器を振るうゾンビと形容していい。どれだけ傷を負おうが、仲間が死のうが、こちらを殺すという目的に進み続ける。
「オラッ! 近づけば勝てると思ったか!?」
「ぐぅ……気持ち悪いなこいつら…」
とはいえ、武装も身体能力もこちらが上。実際、死兵の波が近づこうとも、その度に銃剣で切り裂き、銃床を持って押し返している。セオリー通じない相手だから、苦戦はするだろうが。それでもこの勝敗が覆ることはない。
(ここが普通の場所だったならな……)
胸に掛かる息苦しさ。
まだ僅かに感じる程度だが、戦闘という極限の集中と運動の中で、これは明確に足枷となる。そして時が経つに連れて、この症状は悪化するのみだろう。ただでさえ厄介なのに、俺との相性は最悪だ。
眼前の相手に意識を戻す。
無骨な鉄で両手を覆い、こちらの動向、一挙手一投足を見逃すまいとする鋭い目。
覚悟決めて、切望するなにかを宿した真っ直ぐな瞳の中に、俺の顔が淀んで映っていた。
(虫唾が走るッ!!)
今すぐにでも、その眼球を抉り、踏み躙ってやりたい。そんな衝動に駆られた。
つまり、この状況と合わせて取るべき選択は──
「短期決戦だ! くたばれジジイ!!」
速攻で首魁であるこの老人を倒すことだ。部下へ加勢するにも、この牢獄を破壊するにしても、この元凶が邪魔であることに違いない。
銃口を構え、少し離れた位置に立つ老人に照準を合わせる。
老人もまた、発射される弾に対処せんと、ガントレットを構える…が、想定が甘い。なにせこれから発射されるのは"弾丸"ではないのだから。
「なんっ……!! これは!!」
響く轟音。
狭い部屋全体を揺らす発砲音に押し出され、勢いよく
風を切り、離れた間合いを一瞬の内に飛翔して、晒された隙に刃を突き立てる。
推進弾。
発砲すれば、銃弾ではなく、撃った銃本体が勢いよく射出される。東部親指が好んで使用する特殊な弾丸だ。癖が強く南部では殆ど使われない。
(だからこそ……不意を打てる!)
案の定、目の前の老人も読み違え、銃剣により右肩を深く切り裂かれた。…頭を貫くつもりだったのだが、咄嗟に身を引いて逸らされた結果だった。とはいえ、深手には違いない。立ち直る間を与えずに攻め立てる。
俺は顔を突き合わせる程の距離に踏み込むと、銃剣を次々に突き出した。
「そらそらそら! 死ねッ!!」
肩、胸、頭…とガードを上に向けさせたところで、空いた土手っ腹に蹴りをぶち込む。
確かな手応え──。
車に撥ねられたような勢いで、老人は壁に叩きつけられた。防御に使った籠手もボロボロだ。
好機と見る。トドメを刺さんと銃を構え、また突貫の姿勢をとった。
「舐めるでないわッ!!」
血を吐きながら老人が吠えた。
それと同時に傷口からも血が吹き出すのも構わず、両腕を全力で突き出してくる。
当然ながら、手を伸ばしても届く間合いではない。
だが、俺の脳裏に悪寒が走った。
その直感に従い、即座に膝を曲げ、背筋を大きく逸らせば、さっきまで俺の頭があった箇所を、三又の鋭い突起が貫いていた。
「
直前まで老人の手にはなにも握られていなかった。だというのに、今この瞬間には三又の槍が出現していた。
どういうことかと疑問に思考を回すより先に状況が動く。
「せぇい!!」
「ヤバっ……」
攻守を逆転させるように、老人が勢いつけて槍を振り下ろしてくる。俺はまだ、下げた姿勢を戻せていない。このままだと床に押しつぶされてしまう…。
瞬時の判断で、上からの一撃に対して下から銃床をぶつけて弾き返す。反発する衝撃に襲われるが、その衝撃を利用して床の上をごろごろと勢いよく転がって距離をとり、続く追撃を避けた。
そうして移動した先で身を起こそうとするも、今度はタイミングを図られて、槍が真っ直ぐに差し込まれる。
半身を起こし、肘で体を支えながら、迫る切先にどうにか銃剣を合わせ、鍔迫り合いの姿勢に持ち込んだ。
片腕を負傷した者と不安定な体勢による力比べ。じりじりと拮抗した勝負が続くが、長くは保たせるつもりはない。
「三下風情が……こっちはお前らを殲滅する前提で来てるんだよッ!!」
俺は肉体に掛かる強化施術の枷を外し、その出力を一気に跳ね上げた。
途端に膨れ上がった膂力は瞬時に拮抗を食い破り、三又の穂先の内一つを切り飛ばす。
このまま槍諸共に両断してやろうと更に力を込めた瞬間、眼前で火花を散らしていた槍が煙のように消失し、大きく空振った俺は間の抜けたポーズで空中に身を踊らせた。
「……は?」
そうして致命的な隙を晒した俺の首目掛けて、老人が錘の付いた鎖を投擲する。高速で走る鎖の輪に、反射的に左手を差し込むも、そのまま鎖は締まり、俺の片腕は首もろとも絡め取られてしまった。
「しまっ、ぐぅぅ外れろッッ……!!」
鎖を振り解こうと踠くも、巻きついた部分が溶接でもされてるかのようにガッチリ固まって動かない。…おそらく、これもなにか特殊な効果でもついてるのだろう。
(この強度なら…いけるか?)
巻き付いた腕に力を込めて確かめる。俺の膂力なら無理矢理壊すことも叶うだろう。だが、それも時間あっての話だ。
「やらせはせんぞ」
老人の手が空をなぞる。先端が欠けて歪な形になった二又の槍を再び手に取ると、間髪入れず突き出してきた。
鈍い光沢が唸りをあげて迫る。俺は鎖のせいで回避もままならなず、残った片腕で銃を持ち、穂先を切り払う。
(鎖の破壊に力を割り振れない…このままじゃジリ貧だ)
右へ左へ、振り回されるように防御を続け、この状況の打開策を練った。
純粋な戦闘力はこっちが上…、けれども優位に立ち進めようとすると、相手のペースに撒かれる。そうなったのも、あの現れては消える武器のせいだ。あの槍……いや、待てよ。
思考に引っかかる違和感。
それを掘り下げれば、行き着いたのは最初の銃弾の時だった。あの時、老人は作業の為に手袋をはめていたが、籠手など無かった。当然、俺が発砲した刹那の時間で装着できるはずもない。
それにこの巻きついた鎖についてもだ。これらは手品のように突然、虚空から現れた。そんなことができるタネは俺が知る限り一つだ。
「それ…次元手袋か…?」
ぴたりと攻撃の手が止んで、老人が目を見開いた。
「ほぅ……知っておるのか」
「実物を見たのは初めてだけどな」
どうやら一連のカラクリの答えには辿り着いたらしい。
(じゃあ後は、どう解体してやるかだな……)
息苦しさに胸を詰まらせながら、このご大層な脱出ゲームに、華麗な手品を披露してくれた相手を見据えて思案する。この無数の仕込みをいかに踏み壊すかを。
主人公は今、デバフ盛り盛りの状態です。