裏路地で老いるまで生き延びた奴だからと、ギミックを盛りすぎました。
次元手袋。
俺も興味があったから、実際どういうものかと、昔調べた事がある。
云く、その真の利点は、次元鞄と違って武器の取り出しと収納の
全くの前兆もなく無手の状態から武器を出現させて不意を打ち。そして敵との攻防の最中では、それまで打ち合っていた得物を収納して、瞬時に切り替えた武器種によって、予想外の攻撃を叩きける。そのように敵を翻弄して、取り出した武器ごとに全く異なる立ち合いを強要する。極めてテクニカルな工房製品だと。
その代わり扱いも相応に難しく、なにより値段が張る上に、流通量も希少なせいで、ほとんど使い手はいないそうだ。
「そんなものどこで拾ったんだよ。俺も探してたのに全く見つからなかったんだぜ、それ」
「フハっ、それは残念だったな。日頃の行いが悪いからその罰じゃろう」
「いいや、それはないな。なにせこうして目の前まで運ばれてきたじゃないか」
冗談めかしたやり取りに、呵呵と声が鳴る。
……だめだな、油断も隙もない。
少しでも体に力を込めれば、老人は即座に攻撃を再開するだろう。鎖は外せない。だがそれでも、もう少し会話は続けなければ…。
(キッツいぞこれ……、なんとか息を整えないと)
決して表情や態度に出すことはないが、既に息苦しさは深刻なものになっている。
この場から酸素が消えていってるのもそうだが、何より俺の強化施術は酸素の消耗が激しい。本当ならさっきの鍔迫り合いで決めたかったのだ。
酸欠の影響で、脳を直接締め付けられるような頭痛が走り、肺は石でも詰まってるのかと錯覚するほど重苦しい。手足も痺れて感覚が上手く回っていない。
こんな状態では動ける猶予はあとわずか。止まっている今のうちに少しでも回復させる。
「いや、しかし。これだけの状況を作るのにどれだけ金を使ったんだ? お前の組織規模だと明日の飯代すら無くなるだろう」
さも余裕ですよと言わんばかりに笑って肩をすくめる。この不利が悟られたら一気に攻め立てられる。だからこそ言葉を紡ぐ。この状況の核心。食いつかざる負えない話題を回せ。
「仮にだ。もしここで俺たちに勝てたとしても先がない。親指が潰すまでもなく、自壊して終わりだ。…ひょっとして派手な葬儀を開きたかったのか?」
「…………」
「無様な心中がしたいなら身内で完結してろよ。そういえばこの騒動に付き合ってくれたお仲間はどう説得したんだ? 泣きついて靴の染みでも舐めながらお願いしたのか」
「先は……ある、部下の者も意は同じとしとるわ!」
食いついた…!!
一か八かにしろ、窮鼠猫を噛むにしろ、なにかしらの無茶をする奴は、大義だの、気骨だのと、勢いとプライドを張ってそれを支えにしている。だから思いっきりコケにしてやれば、火がついたように反応してくれるのだ。
「ここでキサマらの首を獲り、それを功績に傭兵として喧伝する。今の混乱した情勢なら、戦力を売り込む余地は大いにある」
「あの珍走してる脳無し共にそんな知性があるのか…?」
「わしが指揮を取る。理性はなくともわしの言葉には従うのだ」
「絵面が犬の散歩そのものだな」
どうでもいい妄言に、適当な相槌を打ちながら、少し腰を落として体から力を抜いた。
静かに息を吸うことに注意を払いながら、ここからの突破口を考える。相手の手管、弱点、引き起こせる想定外、お互いの身体の状態、後どれだけ動けるかの予想……。
いくつもの考えを巡らせて、敵の喉笛を食い破る算段を組み立てていれば、ついに堪忍袋の尾が切れたのだろう。老人は禁句を口にした。
「有り金を叩いたのは事実だ。あぁ、それだけに口惜しい! たかがソルダートごときに! 本来ならカポを相手取る仕込みであったというのに…」
「………あぁ?」
一瞬、頭に冷や水をかぶらされたような感覚を覚える。それまで考えていた思考も吹き飛んで、脳裏に強く、強く刻まれた原則が精神を調律する。
階級と礼節を重んじ、無礼を働いた者には相応しい報いを。それこそが人を人たらしめるのだ。
幸い、もうある程度の道筋は立っていた。問題はそれをやり切れるかという不安だったのだが。鉄の規律が俺の背中を押してくれた。
「……お花畑な計画をほざく、耄碌っぷりだが」
深く息を吸った。
それは最早何の意味もない行為だった。この会話の間、立ち止まって楽にしていても殆ど回復しなかった。この時間稼ぎも老人の想定の内らしい。
つまり俺にはもう一刻の猶予もなく、この反撃に全てを賭けるしかないのだ。
攻勢の気配を察して、口を閉ざした老人が、油断なく構えていた槍を放った。その切り替えの良さに、まともに対話する気などハナからなかったのだろう。
凝縮された殺意が眼前に迫るが、俺はそれを避けない。代わりに、自由に動かせる右手を背中に回して、肩にかかっている赤い外套を引っ掴み、前方に放り投げた。
勢いよく広がった外套は槍に被さるとしなやかに絡みつく。
「当然の分別もできないぐらい深刻みたいだな……」
親指の制服は全て戦闘仕様だ。外套にも当然、高い防刃性能が備わっている。これで槍の殺傷力は大きく減衰した。
「くッ! ちょこざいな……」
穂先に蓋をされた状態を脱しようと、老人が手を引っ込め同時に槍が消失する。取り残された外套がハラリと舞った。
(ここだ! これが最後のチャンス!!)
観察してわかったが、武器の出現と収納にはインターバルがある。鎖を壊すには足りないが、確かな隙ができたのだ。
老人は俺たちを…格上の相手を殺す為にこの場を作り上げた。
下手に出て騙し、戦闘になれば翻弄して時間を稼いで、あらゆる場面を想定して、確実に仕留める。この状況、その言動も全てが悪意に満ちた罠そのものだ。
このボヤけて霞がかった視界に、苦痛の絶叫をあげる肺腑に、千切れそうになる意識に、地獄に引き摺り込もうとする老人の殺意と執念が感じられた。
よくここまでの備えをしたものだと感心し、だからこそ断言できた。
「こんな小細工で、親指に勝てるわけねぇだろうッ! ガプッ!!」
俺は全力で鎖に噛み付いた。縛られていても口が十分に動かせる事は会話で把握できたから、行動に迷いはない。
咥えた鎖束を全力で食いしばる。ギシギシと音を立てて歯が食い込むが、食い千切るにはまだ遠い。レンガ程度なら噛み砕けるんだが、この鎖はやはり頑丈だった。
「馬鹿め、これで終わりじゃ!」
そうしてる間にも、老人の手の中に再度槍が現れ、振り抜こうとしてくる。やはり想定通り、鎖を力ずくで壊すには時間が足りなかったようだ。
だがそれでいい。俺は右手で構えた銃をくるりと回すと、銃床を顔に向け鷲掴みする。更にそこから顎を上げて、真っ直ぐに腕を引き伸ばした。
そう……この場は全て老人が想定した内にある。だから必要なのは相手の想像を超えることだ!
(力ずくで足りないなら、もっと力を加えればいい!)
伸ばした腕を一気に引き寄せて、銃床で自分の顎をカチ上げた。
……一瞬、目の前が真っ暗になった。下顎にズンッと走る何度も経験した衝撃と、口の中いっぱいに突き刺さる鎖と歯の残骸の感触に、脳がパンクしそうになる。
だが、意識は決して手放すことなく、首を強引に戻して、老人を見据えた。
老人は唖然としていた。口をぽかんと開けて、目の前の状況がまるで理解できないというふうに静止している。
──虚をつけた。
そうと確信し、間髪入れずに自由になった両手を動かすと、構えた銃の引き金を引き絞った。
撃鉄が弾丸を打ち、轟音が鳴った。
発射されるのは当然、推進弾だ。
発煙を穿ち、銃は俺を引きずって高速で射出される。
既にその脅威を目の当たりにしている老人は、銃声に応じて、辛うじて飛び退いたが、それこそが致命的な隙となった。
「なッ!? 銃だけ!」
そう。この推進弾というのは、あまりに勢いが強すぎて。きちんと握らなければ途中ですっぽ抜けてしまうのだ。
だがそのデメリットも上手く使えば、こうして銃と俺の二段構えで飛びかかることもできる。
俺は強烈な速度を維持したまま飛翔し、空中で無防備な姿勢を晒す老人に手を伸ばし、巻き込んだ。
俺と老人はお互い絡まるようにして吹き飛んだが、当然有利なのは俺だ。老人の手から槍を弾き飛ばして、マウントポジションを取ったまま床に墜落する。
「ぐッ、がァァァ!!」
老人はかなりの勢いで床に叩きつけられるハメになり、口から血と叫びが噴き出した。だが油断はしない。そんな余裕もない。
即座にトドメを刺すために拳を握り腕を振り上げる。
「ぎうぅぅぁぁああーーッ!!!!」
老人が悶え、最早言葉でもない獣じみた叫びをあげて腕を振り、空の手が何かを掴もうと形作る。
(何もないだろ。出てきても小物程度だ……!)
次元手袋は次元鞄の上位互換という訳ではない。なにせ収納できる容量が少ないのだ。どこぞの特色フィクサーのアレは例外として、普通出回っている物は武器を二、三個入れたらそれで満杯だ。
それでも念のため暴れるその手を押さえて、トドメを刺しにかかる。
──その直後、俺の腹に衝撃が走った。
「ぐぷっ……」
血が喉に込み上げ、腑から力が抜けた。
限界を越えてもはや意思で支えていた体が遂に揺らぐ。
(やられた……)
老人が手にした物は確かに小さな武器だった。
古く、ちっぽけで、ゆらゆらと硝煙を吐き出している、
全身から崩れて、銃を押さえ込んでいた俺の腕もダラリと転がる。そうなれば角度を上げる銃口は遮られることなく、真っ直ぐに眉間へと突きつけられた。
「ハァ……わしの、勝ちじゃ…」
淡々とした、しかし酷い疲弊が染みている声色。やっとことで掴んだ決着に対してその顔に喜びはない。
むしろここまで準備を整えていたのに、こうも手こずったことが想定外だったのだろう。
「………ぜいが」
「?」
そうだ……想定外、想定外だ。この老人はこちらを終始手玉に取っていたにも関わらず何度も窮地に追いやられた。
「……礼儀を知らぬ野良犬風情が」
「ッ…!」
純粋な実力差もあるだろう。だがそんなものは最初から想定の内だった筈だ。一番の原因は──
「人間未満のゴミ屑が…!!」
精神の絶対性だ。
老人の目を見やる。怯えが見えた。
既に息も絶え絶えの…死を目前にした者が、それらの事実に何一つ目を配ることなく、殺意に収縮した瞳孔をギラつかせ、砕けた顎で呪詛を並べる。そんな理解不能の存在に対する恐怖が。
こんな事をしでかしたのだ。老人にも覚悟はあっただろう。必ずやり遂げる決意をしたのだろう。
──だからどうした。
そこいらの無為に生きる連中がした覚悟風情が、親指の規律の下に育まれた精神に勝るわけがない。
俺たちは揺るがない。死に瀕する時でさえ、親指の規律に従い全うすることで、何があろうと動じることなく生きることができる。
全てが不安定で混沌とした都市において、絶対的な生きる指針を持つからこそ、指は強者たりえるのだ。
「くっ……死ねぇ!!」
老人の引き金を握る指が曲がり、俺の命の終止符を打たんとする。
ここから何をしたところで間に合わず、発射された銃弾は俺の頭を吹き飛ばすだろう。それがこの戦いを終息させ、恐怖を払拭する為の最適な手段だ。
だからそれに夢中になって、見落とした。
俺が右手に握り込んでいたものを。
(撃てよ推進弾ッ……!!)
折り曲げた四本の指を銃身に見立てて、その内側に握りしめた推進弾の尻の雷管に向けて、撃鉄代わりの親指を打ち落とす。
瞬間、湿ったような異様な爆発音が耳を打ち、飛び散る飛沫に乱反射を煌めかせて閃光が走った。想定された使用環境と何もかもが違う作動。それでも、この弾丸は自らの与えられた役目を忠実に実行してくれた。
「いっけェッッ───!!」
腕が丸ごともぎ取られるんじゃないかというぐらい、強烈な加速度を持った拳が風を穿ち、老人の反射すら振り切った速度でその頭を、完膚なきまでにぶち抜いた。
頭蓋を砕き、その内にあった脳を巻き込んで貫通した拳は勢いよく振り抜かれ、血肉の破片を部屋に散らばらせる。
その直後、拳の軌道上にあったが為にへし折られ、あらぬ方向を向ける老人の腕と、それに握られた銃が火を放った。意を決した最後の攻撃は、何もない虚空を静かに震わせるだけだった。
「──ハァッ……ハァッ……ハッ!!」
余韻になど浸るつもりはない。俺は首のない死体を手早く漁った。最後の一撃の代償で、まともな形をしていない右手も酷使して、全速力でだ。
ボールペン……手帳……財布……ナイフ……クソッ、目当てのものはない。
そう、俺の窮地は未だ現在進行形で進んでいるのだ。
ただでさえ息が詰まっていた所に、いくつも無理を重ねたのだ。もう、まともな意識があるのだがも定かでなく、意味のないことだと知りながら、口は呼吸の形を取らざるをえない。
(そと……、外はどうなっている?)
ここに何らかの解除装置がないのなら、部下に命じておいた外壁破壊に期待するしかない。
壁に突き刺さった愛銃を取る猶予すらない俺は、ズルズルと床を這い進んで廊下へ出た。
俺を待っていたのは無音だった。
全てのものが動かず、死に絶えた生々しい静寂。
何十人もの死体が折り重なって床に沈み、その上に赤い制服を着た幾人かの死体が転がっている。
誰も彼もが傷をだらけで、血に濡れていない者は皆無だが、部下の死因はハッキリと見て取れた。目をかっぴらいて、口の端から泡をこぼして喉を掻きむしっている。
酸欠。
このままでは俺が迎える末路を、これ以上なく表していた。
それでも、視線を上げれば活路は見えた。
建物の壁。ブレて浮き出た輪郭に無数の亀裂が走っている。具体的な仕様はわからないが、それがもう限界に近いことは察せられた。
あと一撃。強力な攻撃を加えられれば、この牢獄は瓦解する。その手段もある。
首を動かせば、少し離れた場所に落ちている部下の遺した銃を見つけた。既に弾は切れている様だが、俺はまだ弾丸は持っている。
装填さえできれば………。
酷くボヤけて、ぐちゃぐちゃに霞んだ視界の中、俺は力の限りを尽くして這い進んだ。
老人の拳銃が使えればよかったのだが、あれも弾切れだ。それに規格が違いすぎて俺の弾丸は使えない。
蛞蝓のような稚拙な行進を続け、それでもどうにか辿り着き、震えてる指を無理やり懐に差し込んで銃弾を……あっ!!
感覚をなくした指先は、ただいたずらにポケットを荒らすだけして、指の隙間から、零した銃弾たちがカラカラと離れていく。
(どこだ……どこへいった!?)
もう何も見えない。暗い闇の中を必死に手繰ったが、空振った感触が返ってくるだけだった。
そうして足掻く内に、最後に残った意識すらも闇に溶けていく。
音も光もなく、自分の体の感触すらないのに感じる、恐ろしいほどに静かな寒さ。
かつて一度味わった死の感覚。あの時俺は何を考えていたのだろうか。そこから目覚めて何を感じたのだろう。
遠く、既に埋めて見向きもしなくなった過去が起き上がって、にじり寄る。──どうでもいい、そんな無価値なものに目をくれるなッ!
目を逸らし、踏み躙って、吠える。
ああそうだ。そうあればいいんだ。
俺は都市の人間だ。俺は親指だ。俺は…おれ…は…。
遂に寒気は芯まで根を張り、俺は自分を構成する全てがゆっくりと崩落していくのを感じた時……
「
自分の心音すら見失っていた俺の耳に、その声はハッキリと届いた。
気づけばそれは、俺のそばにしゃがみ込んでいた。
真っ白な存在だった。
それはこちらに手を伸ばしてくる。温かな体温を持つのに、石のような無機質さを感じる奇妙なそれは、俺を素通りして隣にあった銃を拾い上げる。
「えーと、たぶんこれをこうして…」
ガチャガチャと不慣れな手つきで薬室を開き、もう片手の指で遊ばせる銃弾を詰め込む。そうして小さな身体いっぱいに抱え込むようにして銃を構えた。
「えいっ!」
調子ハズレな声と聞き慣れた轟音。
そして硝子が割れるような軽やかな音を響かせて、放たれた弾丸は窓をを破り、空に消える。途端にこの場を支配していた静寂は隅に追いやられて、激しい雨音が奏でられた。
「いたた……」
「お…ま……えは、………いったい」
干からびた喉を動かして、撃った反動で俺のそばに転がってきたそれに問いかける。
「わたし? う〜ん。あのお爺さんが言うところの…宝物ってやつかしら」
誰も触っていない新雪のような白い髪。透き通る肌、どこまでも白いとしか言いようのない外見。微笑みを浮かべるそれは、人間の…幼い少女のように見えた。
「ねぇ…そんなことより貴方はなんていうの?」
けれどそれはあまりに異質過ぎた。
目の前のそれは、言葉で表現できないナニカであった。
この空間に…世界に対して空いている。人の形をした余白だ。
「おれ……は……」
答えるつもりない。
それなのに、奇妙な酩酊感を持って俺の口から零れ落ちた。
「ヴァラキ……俺の名はヴァラキだ」
ゆらゆらと揺らめく光に意識を引きちぎられて、俺は闇に沈んだ。
温かくて柔らかで、とても安らぎのある暗がりだった。
主人公の名前を出すまでに4話もかかった。
これも話しかけただけで下顎を砕く。親指のクソ規則のせいだな!