パンのみに生きるにあらず   作:改造黄金虫

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主要人物の名前は有名なマフィアからとってますが、名前を借りただけでモチーフを再現する気ははないのであしからず。


第5話 Hello?

 

 古い夢を見た。

 雨音に包まれた、幾つものきらめきを。

 空が灰色に覆われていても、分厚い雲の向こうには輝く星々があるのだと信じて疑わなかった日々の記憶を。

 

 

 

 

 雨が降っている。

 全てを押し流す乱暴な豪雨ではなく、シンシクと静かで穏やかに地上を濡らすちょうどいい雨だ。

 

「ヴァラキ! 何やってるの!? お腹が空き過ぎて、頭も空っぽになっちゃったの?」

 

 ……うるさいな。せっかく人が真摯な祈りを込めて、天に願い事をしてるというのに。

 濡れて瞼に張り付いた前髪をどかし、振り返ればそこには、粗末な衣服に身を包んだ少女が見えた。

 

「一緒にやってみない?」

「やるわけないじゃん……ほら、早くこっち来て。風邪引くよ」

 

 まったく、まるで信じ難い馬鹿を見る様な目で俺を見つめるんじゃないぞ。

 ギャーギャーと騒ぐ声を尻目にお祈りを再開していると、今度は首根っこを掴まれて、瓦礫に木材と布を引っ掛けた軒下もどきに連行される。

 

 

「もー、手間がかかるな君はいつも……」

 

 顔に汚れたボロ切れが押し付けられ、ゴシゴシと力いっぱいに擦られた。痛い、痛い…ちょっとやめろって。

 

「できる……自分でできるからタオル貸せって!」

「本当に〜?」

「根が大雑把なのに世話を焼こうとするなよ。……隙あらば姉ぶろうとするし」

「わたしの方が歳上でしょう!」

「半年じゃん! 誤差じゃん!」

 

 幼少から何度も繰り返したお決まりの、楽しいやり取り。そんなことをしている内に、冷えた身体はすっかり温められた。そしてなにやら満足げにニヤけた彼女が口を開らく。

 

「それで……物知りなヴァラキ君は今度はどんな思いつきをしたのかな〜?」

 

 ああ、まただ。俺がこの現状を打破しようとする必死の画策を、彼女はアホな言い分と嗜めて切り捨ててしまうのだ。

 

「よくぞ聞いてくれたな!」

 

 だが俺は屈しない。何度笑われたって、それでも挑み続けようじゃないか。

 

「いいかい…ここ、K社の特異点は苦しむ者たちを労わって涙を流す者なんだ。その涙っていうのが人のあらゆる傷を癒す液体で、これが再生アンプルの元になってるんだよ! …まぁ、実際には人間を至極根源的な姿に巻き戻すって──」

「ハイハイ……それでどうしてわざわざ雨に当たってたのさ?」

「あ〜うん。それはだな、涙を流す者は星になって地上の人々を癒したいと願った存在でな。今ちょうど天涙祭の時期だろう」

 

 天涙祭。翼が広めている風習で、特定の時期に人々に外に出て雨を浴びる事を推奨する謎の奇祭だ。だが俺にかかればその謎も明白になる。

 

「きっとこの時期の雨には人間を癒し、身体を強くするような作用があるんだ! 特に苦しんで、困窮に喘ぐ者にはより目をかけて答えてくれる効果が!」

「はぁ〜〜〜っ……」

 

 そう言い切った俺の推論に対して、もたらされたのは心底から呆れてものも言えぬという返答だった。

 

「お金持ちがそんな凄い薬を無作為にばら撒くわけないじゃん」

「いや……、アルフォンソならともかく今はまだ代表がステファネットだから、あの筋金入りの慈悲精神には期待が持てるよ」

 

 頬っぺたをつねって、グニ〜と引っ張られた。

 

「そういうやたらに大きい話じゃなくて、身近で役立つ話とかないの?」

「K社の裏路地…う〜ん。そういうのは全然描写されてないな。ねじれ探偵で村がでてきたぐらいだし…」

「村? そんなところ私たちが入ったらすぐに叩き出されちゃうよ」

 

 ため息をまた一つ重ねて、首を横に張った。曇天の薄暗さの中で、彼女の綺麗な金髪が舞い、キラキラと小さく輝いて、とても美しかった。けれどその目は反比例するように暗く、心の底に張り付いた諦観の色を示していた。

 

 

「ヴァラキ、その妄想は楽しいだろうけど、わざわざ実践しないで。お話なら私がいくらでも聞いてあげるから」

「あ! また信じないつもりだな。確かに雨の薬効云々は妄想だけど、それ以外は本当なんだぞ!」

 

 彼女にはこれまで何度もこの都市に纏わる物語を語ってみせた。そして全部妄言呼ばわりされた。まぁ示せる根拠も証拠もないから仕方ないんだけども。

 

 

「私たちにはそんな夢物語じゃなくて、今日明日をどうやって生きるかを考える方がずっと大切なんだよ…」

 

 彼女は俯いて、俺にそして自分に言い聞かせるように呟いた。

 その仕草をよく知っている。ここに生まれて散々見てきたものだ。

 

 俯いて、のしかかる様々な苦難に押しつぶされて、下ばかり見る人々。都市で生きる人、特に裏路地だとそんな奴ばっかりだ。

 

「いや! それはダメだよ!!」

 

 だけど、彼女にはそんなしみったれた在り方で生きて欲しくなかった。

 

「都市は、この世界はクソッタレだ。人間の苦痛を前提にしたあまりにも生きづらい場所だ。……けれども、それだけじゃないんだよ!」

 

 俺は知っている。

 荒廃した只中にあってなお、失われなかった想いを。

 際限のない苦悩の末に辿り着いた答えを。

 暗い闇の中に輝く人間讃歌の物語の数々を。

 

 

「どんなに悲劇に塗れていても、この世界は心を揺さぶる感動や美しさが確かにあって、決して目が離せない色鮮さを持ってるんだ!」

 

 彼女の手を取って、力強く言い切った。その暗い眼差しに光が灯るように。

 しばしの沈黙の後に、彼女の頬が少しだけ緩み、ゆっくりと俺の手を握り返してくれる。

 

「本当に…そんな景色を見れる日が来るのかな…」

「ああ! いつかここを飛び出して、都市を巡って、あちこちにある目を奪われる光景や人々の暮らし、常識を超える特異点、いろんな感動を一緒に見て回ろうよ」

 

 曇天、風化したコンクリート、泥濘んだ地面、点滅するネオン。

 灰色に乱雑な色が混ざって閉じた世界で高らかに、痩せた二人の子どもが夢を歌う。

 

「今はこんな暮らしだけど、必ず…君をワクワクする冒険に連れ出すから…!」

 

 その日を信じて待っててよ───

 

 

「レイナ!!」

 

 俺は夢から醒めた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 ぼんやりとした覚醒の際、いくつかの違和感を覚える。

 口の中で転がるザラついた玉。頭の下を包む柔らかな温もり。そしてボヤけた視界の大半を占める底のない黒色。

 

 それがなんなのかさっぱりわからなかった。ただの闇ではない。本当に底のない穴を覗き込んでいるかのようで、油断すれば意識が無限に落下していきそうな不安を覚える。見たこともない深淵の黒さだった。

 

「起きたのね」

 

 穴が喋った…!!

 それで気づいた。俺は今誰かの瞳孔を直視していて、同時にそれに見られていることに。

 

 

「フガっ……ブハァ…!!」

 

 声を出そうとして吹き出す。口の中に何かあった。手を突っ込んで取り出せば、半透明の飴玉のようなものが口に幾つも詰め込まれていたらしい。

 

「ああ、安心して。毒なんかじゃないから」

 

 それは手に持っていたガラス瓶をカラカラと揺らした。音を立てて転がる中身は俺が舐めていた物と同じ飴玉のようだ。

 

「凝縮固体酸素っていうらしいわ。適量がわからなかったからとりあえず詰め込んでみたんだけど…、元気になったようね」

 

 酸素? 何故そんなものを…と疑問を浮かべたところで直前の光景を思い出し、同時に今の自分の状況も把握した。俺は今、こいつに膝枕をされていたということに。

 

 

「お前なんのつもり……いや、俺に何をしたッ!?」

 

 瞬時に飛び起きて、それと相対する。

 色々な疑問はあるが、真っ先に口をついて出たのはさっきまで見ていたあの夢、古い記憶が再生された事についてだった。

 

「……自然と思い出す訳がねぇだろうッ! あれは、沈めて封じたものだぞ!!」

 

 解けるはずがない。高い施術費払ってまで厳重に処置したものなんだ。

 現にあの夢の続きを、俺はまるで思い出せていない。

 

 ──ただ、胸の内にある決して掴めないなにか。淡い温もりと、それにへばり付いた諦観。無力さ。端潰されそうな絶望感がチラつくだけだった。

 

 それを時折り感じることはあっても、全て無視することができた。なんの意味のない幾らかの破片に過がなかったからだ。それが過去という形を持って蘇ってしまったのだ。

 

「わたしは何もしていないわよ」

「だったら……! なんなんだよお前はッ!!」

 

 わからないことだらけだ。

 混乱に息を荒げながら、改めてそれを正面から捉える。

 

 

 小さく華奢な体躯。腰まである漂白されたかのように白い髪。ポッカリと空いた虚のような黒い眼差し。無地の白いワンピースは質素だが上物な材質のようで、荒れた床に座っていたのにシミひとつない。

 

 それだけなら、何処かから抜け出した箱入りのお嬢様になるかもしれないが、これは違う。根本から食い違った存在だと、人間としての直感が叫んでいる。

 

 まるで緻密に描き連ねた絵画の一部を無理やり抉り取って出来た、不自然な余白だ。

 

 そこに存在しているということが信じられない。

 

 窓から差し込む光を浴び、床に影を落としているのに、それ本人が影法師よりも儚げに見えて。

 それを解明しようと、よりはっきりと捉える為に、目を凝らしてしまえば

 

「あ───」

 

 途端に一線を超えた好奇心と平衡感覚に巻き取られて頭蓋が割散し溢れ出した血と涙に脚が生え揃い昆虫節を持ったそれらは鋳造された果肉とノーベルつんのめり賞をヒ素で印刷し無類のネバダ王国パレードで赤い豚会議の狂いなうああえいおいおああうあえいいううおおえ()()()()()

 

 

 

「っあ─────」

 

 その一言で、絡まってぐちゃぐちゃに弾けた思考が全て白紙になった。

 呆気に取られる俺にスタスタと近寄ったそれは、俺の手を取って言う。

 

「わたしが何者か? 実のところわたしもよく知らないし、名前もないのよ」

 

 なんてことない、鼻唄を口ずさむような軽さで言葉を並べると、近寄ってきて俺の手を握り、そっと自身の首に寄せる。

 

「だから、わたしの名前はレイナってことにするわ。音の響きが綺麗で気に入ったの」

 

 その首を絞めた。

 壊れた思考は機能不全のまま。それでもその言葉には力が込み上げて来て、眼前のそれの細い首を圧迫した。

 見た目通り脆い。そして触れた感覚は人肌の柔らかさなのに、石のように無機質で冷たい錯覚を覚えた。

 

「くふっ……か…ぁ……」

 

 口端から泡をこぼして、締め出された空気が喉を揺らす。そんな生理的現象を見せても、人形が生き物の真似をしてるかのような違和感が拭えかった。

 

「殺す」

 

 女子供だろうと散々殺してきた。今更躊躇うことなどあり得ない。ましてやこんな化け物なぞ以ての外だ。

 だから、あとほんの少し力を込めるだけでいいんだ。

 

 殺せる。

 

 殺せ。

 

 殺………

 

「うぐッおぇぇぇぇ……!!」

 

 体の中を無数の得体の知れない数多の感情が突き破って、口から飛び出た。

 

 脳みそを焼き焦がす殺意と全身を締め付ける寒気。訳もわからない混乱に理性がついてゆけず、堪えきれなくなった衝動が腑から絞り出される。

 

 どれぐらいそうしたのだろうか。

 もはや何も残っていないのに、それでも吐気と冷や汗が止まらず、その場に蹲ることしかできない。虫ケラのように地べたで震えるだけだった。

 

 そんな俺の背中にそって手が当てられた。

 

 

「ほら、まずは呼吸に集中して。慌てなくていいから」

 

 意識も感覚さえも、何もわからない中で、その声は道標のように俺をゆっくりと引き上げた。

 強張った手足を緩め、思い出せた生存本能に従って肺に息を通せば、視覚をはじめ、身体の感覚が徐々に戻ってくる。

 

「ハァハァ……お前、なんのつもりだよ?」

「こうして貴方を介抱することを? それとも、わたしにレイナと名付けたこと?」

 

 つい先程まで殺されかけた事実と、そのきっかけさえ忘れたてしまったかのような能天気さでそれは……少女は平然と会話を続けた。

 

「あ、無理に立とうとしないほうがいいわ。傷だらけだもの」

「……こんなもの平気だ。動くのに支障はない」

「吐瀉に血が混ざってる…。というか顎が砕けてるのによくこんなに話せるわね」

「あぁ…。俺の上司はこの程度で黙ってるようなら制裁だからな」

 

 不思議な気分だった。

 心に浮かぶ言葉が隔たりなく口から出てくる。

 

 改めて少女に目を向け──嫌な予感がして、すぐに視線を逸らした。

 この少女は相変わらず得体が知れない。だというのに今は警戒心と異物感がしなかった。まるで長年連れ沿って、そばにいることが当たり前のような存在感があった。

 

 さっきと真逆だ。

 俺はその理由になんとなく当たりをつけた。

 

 おそらく認識の強弱によるのだろう。

 こいつを正面からまじまじと見据えた場合、発狂する程の無数の感情が統制もなく暴れ出した。自分という殻の内容物が膨張して、全身が破裂するイメージだ。

 今、俺はこいつから目を逸らしている。そこにいることは認識しても決して観察しようとはしない。そうすれば自壊を及ぼす常軌を逸した解放感はなく、ただ胸のつっかえが取れたような、奇妙な安堵があるだけだった。

 

 

「それで、お前は何者…いや、どういう立ち位置の奴なんだ?」

「どうって?」

「ここの組織員…ではないだろうが、それでも何らかの形で属してたんだろ。それなのに俺を助けているし。というか何処にいたんだお前?」

「ああ、そういう話ね」

 

 少女はくすりと微笑み、俺の手を引いて駆け出す。

 

「ついてきて! 動くのは平気なんでしょう。」

「おい! ちょっと!」

「すぐそこだから!」

 

 大人と子どもの体格差だ。例え全力で引っ張られたとしても抵抗は容易い。だけど抗えなかった。有無を言わさずにグイグイと手を引かれ、それに翻弄されながらついてゆく。

 そのあり方が、いつかの光景の再現に思えて、跳ねる後ろ姿が、思い出せない在りし日と重なって見えた。

 そこから目を離すことができなかった。

 

 

「ほら、ここよ」

「まぁ予想はしてたけどよ…」

 

 手を取る道案内はあっという間に目的地に到着という結末を迎えた。道中を駆ける必要があったのかと思える短い距離だ。

 なんてことはない。着いたのは俺があの老人とやり合っていた部屋だ。あの時は余裕がなかったが、こうして見ると随分と悲惨な有様になっていた。

 壁や床には無数の刀傷が刻まれ、あちこちに溢れた血が染み付いている。特に目を引くのは壁際に横たわる頭が弾け飛んだ死体と、天井にまで飛び散って食い込んだ血肉と骨の欠片群だろう。

 そんな未だに血が滴り、濃い鉄風が漂う惨状を、少女は何ら気に留めずに横切り、先程と異なる一点。開かれた金庫に足を進めた。

 

「さぁ、いらっしゃい」

「あー…、やっぱり金目の物はなさそうか」

「ちょっと! 一応レディの部屋なのよ。入った第一声がそれ?」

 

 とはいえ普通に金庫の内部だからな。古びたぬいぐるみやらレースやらで飾ってはいるが殺風景さはどうしようもない。それに使われた形跡はなく、ただ置かれているだけに見えた。

 それより目を引くのは飾り気のない部分。すなわちこの建物内のいくつかの視点を映したモニターや煙を吐く壊れた機械。保存食が詰められた棚。そして子どもでも持ち運べそうな小さなキャリーバック。

 

「あ、ほんとデリカシーがないわね」

「…これも次元鞄か。中身は大量の食糧にいくらかの金。この辺り一体の地図に、危険な組織の特徴をまとめた書類。ちょっとした旅の準備が揃ってるな」

 

 明らかに目的を絞った内容物。そこから導かれる事柄を問いただそうと睨みを効かせ…られなかったので目を逸らす。笑われた。腹が立つ。

 

「お察しの通り、彼らの奮闘に注意が寄せられてる内に。その是非を問わずわたしは逃げろっていう寸法よ」

「要するにあのジジイが言っていた傭兵団云々って計画は」

「全部わたしから目を逸らす為の囮になるって話」

 

 あっけらかんと内情を暴露するその有り様に俺は頭を抱えた。話を聞けば、ますますこの少女の立ち位置がわからなくなる。

 

 

「…お前は、何がしたい? こいつらが命を捨ててまで囮を張った敵対者に。親指に対してなぜのこのこ出てきた? 何故こうも平然と振る舞っている?」

「?」

「わからないってのか!? 俺はお前の居場所を破壊した! お前を狩る存在だぞ!」

 

 さっき壁から引き抜いて回収した愛銃。その銃剣を突きつける。

 少女を見ないよう注視した剣の先が、少女の頬を僅かに切り裂いた。薄皮を破り、伝う赤い液体は少女の紛れもない生命の証で、初めて人間味を感じられた。

 

 

「彼らにとってわたしは神さまだったわ」

「…宗教でも作ったのってのか?」

「そうね。わたしをそういう存在と見做した」

 

 一歩。

 己を傷つける刃を気にすることなく少女は近寄ってくる。真っ黒な湖のように澄んで、何もかもを受け入れてしまう底なしの瞳が迫ってくる。

 

「わたしは求められる立ち位置にいた。だけどみんな死んじゃってもういないでしょう」

「だったら今は……」

「わたしは貴方を…ヴァラキを見つけたの」

 

 少女の腕が伸びて俺の頬を掴んで、はっきりと覗かんかできた。

 捕まった。そう確信できた。

 

「わたしはね。自分のことがどうでもいいのよ」

 

 少女の紡ぐ言葉が脳裏に突き刺さる。その刺し傷は銃剣よりもずっと痛かった。

 贈られる声に理性(エゴ)はぐずぐすに溶けて、抑圧された本性(イド)が剥き出される。

 

「ヴァラキ。貴方はわたし(レイナ)に何を望むの?」

 

 親指の規律。上司の命令。思い浮かべる計画。将来への展望。

 幾つもの考えが頭をよぎるが、それでも最後に残ったのは一つの感情だった。

 

「─────」

 

 その一言を発するのには、ずいぶん時間を要した。

 




「おや? さっきからどうして返事をしてくれないんだい? あぁ、顎が砕けてたんだっけね」
「安心おし、こういう時の喉と肺の動かし方があるからね。コツさえわかれば、発話は問題なくこなせるはずだ」
「私が直々に教えてあげよう。なに、心配はいらないよ。君が本当に向上心というものを抱いているのなら、容易く習得できるはずさ」
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