パンのみに生きるにあらず   作:改造黄金虫

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長くなりすぎたので分割!


第7話 デートの時間 上編

 

「ぐッ…げはァ!!」

 

 例によって絡んできたゴロツキ共をしばきあげて、面倒なので首もへし折る。道に捨てた死体は近辺の住民が飯の種に回収するか裏路地の夜の時間に消えるだろう。

 

「チッ…制服脱いだらすぐにこれだ」

 

 今の俺の服装は貧相ではないが目立つことのない、裏路地に溶け込んだ身なりで出歩いている。基本的に親指の制服を着て過ごしているが、たまに親指に縁のない工房や発明品を漁る時などには、こうして身分を隠した装いをしているのだ。

 理由は単純。目を付けた相手にビビられたり、組織に取り込まれると勘違いされて、夜逃げされた事が何度もあるからだ。

 

 とはいえ、今日こうして出歩いている目的はそれではない。

 

 少しして俺はとある廃墟群へと侵入した。

 そこはゴロツキや浮浪者もめっきりと姿を見せず、無数に入り組んだ構造と無秩序な瓦礫のせいで日差しも届かない暗黒の迷路が広がっていた。懐中電灯の明かりを頼りに廊下を進めば、淀んで据えた空気がどこまでも滞留しているのを感じる。

 どこもかしくも人でごった返した過剰な人口密度が都市の特徴だが、稀にこうした空白地帯が生まれる。大きな事故や戦闘の跡地なんかがそうだ。ここもその一つ。

 

「まぁ、見るからにヤバそうだもんな…」

 

 残骸と化した床や壁を照らせば、そこにはねっとりとした蛍光色の物体が散らばっており、まともな危機意識があるなら近寄ることはないだろう光景だ。元は巣の会社と取引していた洗剤工場だったそうだが、事故により大爆発を起こし未加工の素材が周辺に散乱したのだ。

 噂によるとこれらは全て汚染物質であり、近寄るだけで心身を病むのだという。

 

「だからこそ都合がいいんだ」

 

 実のところ汚染云々は真っ赤な嘘だ。親指傘下の不動産を扱う組織が地価を下げるために流した情報工作に過ぎない。

 だがなんにせよこの場所は危険地帯と認識され、実際感覚的にも不快で立ち入りたくない曰く付きの地となっているわけだ。誰にも気づかれたくない秘密を隠すには本当にちょうどいい。

 

 

「いや、普通にひどい場所じゃない。御伽話の悪党だってもっとマシなところに閉じ込めるわよ」

「うるせーぞ汚染物質。お前をその辺のホテルなんかに保管できるか」

 

 廃墟の深部。カモフラージュ兼封じ込めとして積み上げた瓦礫を除き、一つの扉をあらわにする。扉の鍵なんて当然壊れて機能しないから、押さえがなくなった瞬間、扉が勢いよく解放された。

 そして開口一番に溢れた文句を受け流し、中から飛び出たそれからすぐに視線を切る。この汚れ切った場所でありながら一切の穢れを受け付けない、真っ白な怪物に狂わされないために。

 

「フンだ。目も合わせられないくせに、会話だけは合わせてくるなんて、小癪な真似しちゃってさ」

「親指の必須技能さ。お前みたいなバケモノ管理に役立つとは思いもしなかったがな」

 

 そう言って膨れっ面浮かべてるだろう相手を尻目に、扉をくぐり部屋の中を見回した。内部は狭いながら元は給湯室だったのだろうテーブルや収納が充実しており、あのビルから持ち出した食料や寝袋といった生活品が並べられている。ここに押し込んだ時と状況の変化は無さそうだった。そう裏付けるようにそれが答える。

 

「言われた通り外に出てないし、そもそも誰も来ないわよ」

「だろうな。もしお前を見つけたやつがいるなら、その残骸が転がってるはずだ」

 

 俺の返事に嫌そうなため息が響く。

 そう。こいつの精神干渉は俺が疲弊状態だったとか関係なく本当に強力なものだったらしい。なぜわかるかって? 試しにその辺の人間をとっ捕まえてこいつと対面させてみたら、ものの見事に発狂したからだ。

 

 最初は声も出せないほど怯えていたのに、こいつを目にした途端、全ての反応が止まった。それから延々とうわ言を繰り返し出して叫び。歓喜、恐慌、感激、怒り、悲嘆と浮かべる感情も目まぐるしく変化し、最後にはまるで自分の何もかもを吐き出し切ってしまった様な空っぽな廃人が出来上がったのだ。その状態はあのビルにいた虚な組織員達とそっくりだった。

 

「実験なんてしなくても、どうなるかなんてわたしが説明してあげたじゃない」

「あの要領を得ない説明で毒性が測れるか。お前は未知の化け物なんだぞ」

 

 それはわざわざ俺の前に立って抗議を表す。取り合うつもりもないので更に目を逸らして適当に返すが、その言葉に棘が宿る。どうしてか苛立っていた。

 

「でも無理やりやるのは可哀想じゃない」

「ハッ…可哀想ときたか」

 

 都市でもたまに聞くセリフだが、そのどれもが薄っぺらく、真の意味で相手を思い遣るものはない。だがこいつの語るそれはより一層軽薄に感じられた。まるで床に落とした食べ物を哀れむような履き違えた感傷をしている。それが無性に腹立たしかった。

 

「チッ、さっさと要件を済ませるぞ。お前から聞かなきゃならんことが──」

「ヴァラキ」

「………なんだ」

 

 ──かと思えば、今度はいやに真剣味を帯びた声で会話をぶった斬ってきた。

 短い付き合いだが、それが珍しい事だと思ったので耳を傾ける。そして後悔した。

 

「化け物とか、お前とかじゃないでしょ。『レイナ』と呼びなさい」

 

 その名前を耳にした瞬間、反射的に拳に力が入った。頭が沸騰し、その衝動に身を任せようと感情が疼くが、理性がそれにブレーキを踏む。

 

「────ッ」

 

 歯を食いしばりその場で静止した。そして何度も脳内で復唱する。

 

(こいつは殺せない。殺してはならない。少なくとも今は)

 

 

「んふふふ〜」

 

 力んだ体制でうっかり向き合ってしまった奴の顔には、タチの悪い笑顔が浮かべられていた。

 悪戯を成功させた無邪気な笑みに見えるが、こいつは俺の内心と行動を知った上での確信犯だ。見合った影響を受けて無数の感情が湧き上がって神経を逆撫でされる。色んな意味で、その顔を見ていても害しかないので即座に目を逸らした。

 

「聞きたい事があるんでしょう? 機嫌はとった方がいいよ〜」

「………………………レイナ」

「はーい。でもどうせなら内心でもちゃんと名前で呼んでね」

 

 いずれ全ての用が済んだら、ぶっ殺してやると心に決めた。

 

 

 しばしの問答の末、結論を言えばロクな収穫がなかった。

 こいつは……レイナはこれまでの自分の足跡をほとんど把握していない。白色で埋め尽くされた研究室らしき場所で目覚めた以前の記憶はなく、それ以降についてもなんか白い服装をした人たちがざわついてただの。色んな人々と対面させられて皆んなぶっ壊れただのと続き。そして最終的に運ばれてたコンテナをあの老人の組織が襲撃してきて、あのビルにたどり着いたらしい。

 

「ぐだぐだな描写すぎて具体的な情報が何もないじゃねぇか…」

「しょうがないじゃない。誰もまともに対話してくれなかったんだから」

「はーっ、…これ活用できるのか」

 

 ため息と共に、これからの算段に頭を抱える。

 俺がレイナの存在を上司にまで隠し、こんな場所にまで匿っているのは決して心情によるものではない。歴とした実利を見込んでのことだった。

 

 レイナの能力…いや体質か? とにかくその力はどう考えてもあの組織に不相応なものだった。確実にもっと大きな繋がりがあると踏んだからこそ、短期的な手柄を捨ててでも発見した事実を隠匿したのだ。

 

 そしてその選択は正解だった。まさか抗争中の薬指にまつわると存在だったとは。

 薬指は作品に執着する。故にその性質を利用し、機を見計らって作品が手の内にあることを明かせば戦況や交渉を優位に運べる。まさにこの抗争の切り札だったのだ。

 …最も、切り札を活かすには情報戦が不可欠であり、今その情報源の宛が外れたんだがな。

 

「どうしたものだか」

 

 絡まった思惑に辟易した心が出口を求めて、自然と手が懐を漁り煙草を取り出す。

 咥えて、火をつけて、下から水をかけられて消えた。

 

「……オイ、クソガキ」

「室内で喫煙なんてマナーがなってないわ」

親指()にそれを言うか…」

 

 とても深いため息を一つ。

 ああ、そうだ。レイナに親指の礼節を持ち込むのはナシにしている。出自も現在の社会的地位も不明な上に奇妙な力。こんな謎生物に階級を持ち出すのが馬鹿らしい。なにより下手な傷を負わせられない貴重品だ。そう言う事情もあって、天衣無縫な振る舞いも無視していたのだが、いささか調子に乗せすぎたらしい。

 

 

「帰る。また来るまで栄養バーでも齧って待ってろ」

 

 やってられるかと踵を返して部屋から出た。随分と一方的な物言いだが、これで問題はない。

 これまでのやり取りの中でわからないなりに観察して気づいた事がある。レイナはあれこれと文句をつけるがその実、主体性が酷く不安定だ。

 自分に関して投げやりであり、接した相手に選択肢を依存している。要するに、はっきりと強く命令すれば最終的にそれに従うのだ。

 

 だからこの場もそう従うだろうと、扉を閉めていたところに、白い手が差し込まれた。

 

 

「……おい、レイナ。用は済んだから大人しくしていろって」

「わたしはあの時の望みを覚えてるわ。あなただってそうでしょう」

 

 扉の隙間から、ゾワゾワと脳裏を抉る透き通った声が響く。思わず硬直した腕に、するりとレイナの手が絡みついてきた。日の差さない暗がりの中でも、闇に埋もれない白い指先だった。

 

「やめろ!!」

 

 全力で後ろに飛び退き、爪先で腿を軽く抉る。痛みによる気つけだ。

 

 油断していた。いや、させられていた。

 目を逸らしていてもこいつの影響を受ける。まるで壁を感じさせない親近感を抱かせる精神干渉。化け物だと警戒していたはずなのにあんなにも近寄ることを許していた…!!

 

 叩き起こした危機感を胸に姿勢を下げ臨戦の構えを取る。次に何が来ようと制圧できるように。

 

「わたしに何を望むか? それにあなたはこう言ったわよね」

 

 ゆっくりと扉が開き。あのビルで、発してしまった()()()()を口にしながら、それは姿を現す。

 

 

「──『俺のそばにいろ』って」

 

 

 這い出したのは、暗闇の中でより一層視認性の悪い、煤けた黒い布で全身をくるんだ小さな不審者。

 

「外に出るなら、わたしもついて行くわ! デートよ! デート!!」

 

 足先から頭まですっぽりと覆い尽くした厚手の布が、不恰好なポーズを決めて高らかに叫び出した。

 

 

(ああ、そうか…)

 

 予想外の光景に呆気に取られて、真っ白になった思考にふと、ある気づきが降りてきた。

 

 

 可哀想云々の時、なぜか無性に苛立った理由がはっきりとわかった。

 

 こいつの薄っぺらい同情とやらは、俺にも向けられていたのだ。

 




同情が愛と変わらないといえども、薄っぺらいそれを傷口に向けられてはささくれ立つだけ。
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