先述のとおり、俺がレイナを匿っているのは功績を立てるためだ。
カポになるにはソルダードの数字を上げるのとは桁違いの評価が必要になる。人を纏め上げて指揮する組織力の面で不安視されている俺がカポになる為には、欠点を覆す、より大きな実績が必要になるのだ。
しかし効率的に実績を積み上げるには、人脈に基づく情報力が必要になってくるのだが。俺はそれも弱い。
ガリアーノ様は可愛がりこそしても、昇格に関して一切の贔屓を行わない。ギャップも功績を競う間柄であり、真に有益な情報を渡しはしない。そしてこの二人以上に長い付き合いのある人間はおらず、精々が情報屋へのツテぐらいだった。
……いや正確にはもう一つある。俺が持つ特異性。前世から由来するこの
「ヴァラキ」
だがそれはあまり役に立たないものだったのだ。
理由は明白だ。あの作品で描かれたものの多くは広く浅い知識だったり、ごくピンポイントな各所のストーリーである。
実際にある都市は途方もなく広くて、複雑で入り乱れて、混沌とした未知で溢れかえっている。
要するに、わかるのは表面だけで、具体的な内情は知らない事だらけなのだ。
「ヴァラキー?」
もちろん有益なものもある。例えば今はイケイケなL社、Lobotomy corporation。あれが突如光を放って倒産し、その後の図書館やねじれやらで大騒動が起こるといったものだ。けれどその情報をソルダードの身分でどう活用しろと言うのだ。あまりにも大きすぎて手に負えないぞ。
仮に上に進言したとしても何の証拠もないのだ。妄言を言った罰で舌を引き抜かれてしまう。
「ねぇヴァラキってば!」
やれたことと言えば、K社のスナッフビデオ収集を掴んだ事ぐらいか……。
これに関しても俺が事実と知っていたところで、それが確かにK社が集めたものだと証明する段取り幾つも必要になる。細かい足取りや収集経路、その他諸々を掴む為に、それっぽい理由をでっち上げて人を動かし、あちこちを駆けずって、囮を張ったり何日も待機したりと苦労の末、ようやく報告に持って行けるのだ。さして大きくもない成果一つでこれだ。
「だから…こうしてガキのお守りしてでも…手にしたチャンスを逃す訳には……」
「ちょっと! 現実逃避するなー!」
あまりに騒ぐので俺の手にしがみついた黒い物体に目を向ける。
「了承したんだから今更駄々を捏ねないでよ」
「連れて行かないと、拾い食いしてお腹を壊すぞと駄々を捏ね出したのはそっちだろう…」
十二時を少し過ぎた昼下がり。空は快晴で、薄汚れた灰色の通りも燦々と照り付けらて、どこか陽気な雰囲気を宿している。そんな光景だからこそ、頭から厚手の黒布ですっぽりと覆い隠した、出来損ないのお化けのようなダボダボな格好で歩く様はミスマッチで、違和感が滲み出ていた。
たまに出くわす通行人もその奇妙な出立ちに目を寄せるのだが、俺がひと睨みすればそそくさと去ってゆく。
その反応はごく普通のもので、異常性に当てられた様子はなかった。
「所詮は芸術品。布を被せれば展示もできない仕様って訳か」
「うんんー違うよ。あくまでこれは応急措置。影響を減らすだけ」
「は? お前こうすれば大丈夫って…」
騙しやがったのか…!
怒りのままに両手で布の端々を掴み、ゴミ袋のように纏めてぶん回してやった。内側から悲鳴が上がり、慌てた声での弁明が叫ばれる。
「ヴァラキなら大丈夫よ! 他の人も近くで接触しないなら、問題ないわ…多分」
「お前はよぉ……」
「平気よ平気。それよりもデートのプランを聞きたいわ!」
今日何度目かもわからないため息と共に、このくだらないごっこ遊びの目的を口にする。
「約束通り今回の外出を終えたら、今後あの部屋で大人しく過ごすんだろうな」
「ええ。約束するわ。わたしが破らないことも確信してるでしょう」
レイナの存在は絶対秘匿であり、あの力の事も含めて他者に世話を任せるなど論外である。安全に閉じ込めておくには、自発的協力が不可欠だった。
そんな事情で渋々と地面に下ろしてやれば、レイナはすぐさま元気を取り戻し、意気揚々と手を振って隣を歩く。フードのように包まれたその顔は隠れて見えないが、腹の立つ笑顔を浮かべているのだろう。
「せめて離れて歩けよ不審者」
「あら酷い。そっちは外見も中身もチンピラしてるんだから、不審者同士でお似合いじゃない」
「殺すぞ」
そうしてしばらく歩けば、活気に溢れた街並み入った。まばらだった人気も一気に増えて、無秩序な雑踏と客寄せの張り上げる声が響く。いつもの裏路地の姿だ。
「わぁっ! 人がいっぱいね!」
「……これが珍しいのか?」
地面に藁を敷いて商売をする者、武器を背に練り歩く者、デカい鍋をかき混ぜて匂いを漂わせる者、ビラを撒いて怪しげな勧誘をする者。
なんの纏まりもなく、ただ熱気だけが混ざった雑多な人波に、レイナは感嘆の声を上げる。
「別に見どころなんてないだろう」
「いいえ凄いわ。だって、あの人たち一人一人が、めいめいに自分だけの人生を謳歌してるんでしょう」
「……そんな立派に生きてる奴なんていねぇよ」
どうやら本当に記憶が無いらしい。人が大勢いる所など何の珍しさもないだろうに。
それでも何が面白いのか、レイナは足をその場に止めて、キョロキョロと頭を周囲に動かし続ける。その無我夢中な様子が焦ったくなったので、手を掴んで強引に歩いた。
人混みを避けて、売り子の掛け声を無視して、目的地へ一直線で進む最中に、握っていた手がクイと引かれた。
「ねぇ、せっかくだからガイドもしてよ」
「はぁ?」
「ほら私って文字通りの箱入り娘でしょう。そんな無知な相手には解説があってもいいんじゃない」
「さっきからお前の要求ばかり聞かされてるんだが…」
「ふふっ。これはデートなんだからエスコートも無しじゃあ、男が廃るわよ」
……一応の理屈は通っていた。
確かにこの外出の名目はそれであったし、内容の不十分さを理由に、契約不履行を唱えられても、後が面倒になる。
「ハァ……。やってやる。だからお前も大人しくしろよ」
これも成果の為に。そう自分を納得させて、俺は指先を持ち上げる。そこにあるのは、見上げれば嫌でも目につくある一点。
遥かに遠くに霞んで見える、長大なビル群である。それはあまりに大きく、裏路地の建物を飛び越して空の風景となっていた。
「あれが巣にあるK社の本社ビルだ。デカすぎて裏路地のどこからでも目にする」
「本当に大きいわね。雲にまで届きそう」
「あそこを中心に無数のビルが乱立してて、その大部分に緑色の照明が取り付けられている。どこもかしくも緑に輝く、エメラルドの都と呼ばれて、その名声は都市全域に広がっているって話だ」
巣へは、親指の用事で何度か足を運んだことはある。人でごった返したところは同じだったが、裏路地と違いその住民たちは、常に自分の命を危惧するようなことはなく、その顔には警戒心が見られなかった。
「そんな場所なら、みんな幸せで満ち足りてるのかしら」
「飢えや直近の危機はなくとも、余裕がありそうな奴は少なかったな。脇目も振らずに、せかせかと動き回る連中が大勢いた」
警戒心がないということは、逆に言えば周囲への関心もないということだ。周りで何があろうと、自分に関係がなければ全て目に入らず、巣の住民であり続ける為に、自分の価値を稼ぐ事だけに奔走する。
「どこであろうと都市は都市であることに変わりない。満ち足りて安全に暮らせる場所なぞ、どこにもないんだよ」
「あらまぁ、みんな何かに追われてるのね」
そんな身も蓋もない返答で、子供にありがちな優しい幻想をぶった斬られるも、レイナはどこ吹く風であっさりと受け入れた。こういうところが得体の知れないんだよな。
「まぁ、どうせ関わることもない巣の内情は置いといて……裏路地の話だ」
遠くを向いた視線を戻して、雰囲気を切り替える。もとより今日巡る場所の解説を求められていたのだから、当然の流れでもあった。
「良くも悪くも裏路地は巣の影響を色濃く受ける」
周りを見れば、ちょうど商人がわかりやすい実例を売っていた。パッと見て一番マシな物を買って、レイナに手渡す。
「これは…糸?」
「
それは棒に巻き付いた小さな糸束である。
レイナがまじまじと眺めて動かす度に、角度を変えて陽光を絡め取り、キラキラと細かな反射を繰り返す。その色は淡い緑色だった。
「ヤママユという蟲に吐かせた糸を精製したもので、
利権のきれた特異点や、それに満たなくとも優れた技術が裏路地に転がっている事はままある。そしてそれが文化として定着することもだ。
「………綺麗」
「だろう。それは混ぜ物をした商品基準値未満の安物だが、本物は繊維の宝石と謳われてるんだぜ」
「…………」
もっと光に透かせるように。高く掲げた糸束をレイナは静かに眺める。ここまでずっと騒いでいたのが嘘のようだ。
「誰が……どうして作ったのかしら?」
「さぁな。どこの誰がは不明だが、作られた理由は察せられる。……あの巣の色に惹かれたんだ」
天蚕糸が放つあの緑色の輝きを見れば、11区の住民なら誰だってあの都市を連想してしまう。きっとこの糸を街に垂らせば、それはあのエメラルドの輝きにも劣らないだろうと。
「とはいえ、安定した大量生産はできないし。維持にも手間がかかる。街を覆うなんて夢のまた夢だろうがな」
「残念ね。……でも美しさだけでそこまで人を惹きつけるなんて、凄い代物だわ」
「いいや、これはただの美品じゃない。加工次第で真価を発揮する実用品だ」
そう言って俺は自分の服の袖を捲り上げた。
「素材が丈夫で、幾つかの機能も持たせられるから、生地の素材や身体の強化施術にも使われている」
こんな風にな、と腕に力を込めれば、筋肉に縫い込んだ緑色の線が薄く浮き出した。
「この利便性と美しさから、上質な物は巣でも持て囃されているんだとよ」
「ふーん。でも評価されてるなら巣でも作るんじゃない? なんで裏路地の特産品なの」
「そりゃあ、裏路地がこの技術を手放す事は絶対にないからだ」
その理由がさっぱりわからないのか、レイナは頭を傾げる。裏路地で暮らしたことがないのなら、思い当たる節もあるまい。
「製造の工程や利益もあるだろうが、一番は感情。気に食わないんだよ」
利権や技術保護にデカい組織や指が絡んでるのも確かに大きいが、やはり根強いのは、巣の連中に、
なにせ裏路地の住民はいつだって、巣の輝きに
格差という物は、そうと知らなければ不幸せを呼ぶ事はない。例え自分たちが苦しい暮らしをしていようとも、余程のものでない限り、それを当たり前として受け止めて、順応できるのだ。
だが都市は残酷だ。
貧しい暮らしに納得しようとしても、向こうの方から照らして、見せつけてくるのだ。
私と違って、お前たちはこんなに惨めだと。
そうして分相応の安寧に浸ることすら許されずに、不安と欲望を掻き立てられた人間は、より良いものを求めて足掻き。争い。蹴落とし合う。
裏路地で血の流れるありふれた理由であり、いつまで経っても治安が安定しない要因でもある。これも都市の連鎖の一つだろう。
「まぁ、それでもこの辺は貧相でもまだ金がある地域だ。だから活気もあるし、ある程度の治安維持もされてる」
「へー。あ、それってあんな感じに?」
そう言ってレイナが指差した方向には、派手なジャケットを着た女が、人波をかき分けて這い寄ってきていた。その手には警棒が握られていた。
「はーい、ちょっとすいません。不審な格好ですがどういった方でしょう?」
ジャケットの柄からこの辺りの自警団の一員なのだろうと当たりをつける。近づかせる訳にはいかないので代わりに俺が前に出た。
「すいません。こいつは妹なんですが、転んで泥だらけになってしまって…。恥ずかしいから姿を隠したいとこんな姿を──」
「うわっ、こっちはチンピラじゃん。誘拐か?」
「……………」
努めて笑顔を維持したまま、自警団員のポケットに金を突っ込む。
「いつもご苦労様です。貴方のような素晴らしい方がいるから、こうして今日も安全に生きられる」
「お、おいお前…」
「時にはお互い
「う…うむ。…そう思うなら怪しげな格好は控えるんだぞ」
最初はどもっていた相手も、ポケットの紙幣が一枚二枚と増えると口角を釣り上げて、そそくさと去って行った。そのやりとりを眺めるレイナは、声を殺して笑っていた。
「ほんとにある程度なんだね」
「自警団なんて所詮そんなもんだ。だからもっと金のある所ならツヴァイの保護を雇うんだ」
もしくは指や組織の条件をのんで下につくかだな。と付け加えて歩く速度を上げた。レイナの格好がどう足掻いても不審者な以上、のんびりしていたら賄賂で散財されてしまう。
なるべく人目を避けて、俺の本来の目的地である工房街へと真っ直ぐに進んだ。