漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ 作:場取らず
季節は冬。
雪の中、学校へと向かう。
砂漠地帯なのに雪が降るのか、と内心で首を傾げる。
もっとも、ここは俺の知っている世界とは何もかもが違う場所だ。
今さら天気一つで驚くのも、少し遅いのかもしれない。
学校へ到着し、生徒会室へ向かう。
「おはようございます」
室内に入ると、机の向こうから顔を上げたユメ先輩が、柔らかく笑った。
「おはよう。今日も寒いね~」
あの遭難事件から復帰した後、相変わらず――という訳でもない。
お人好しなのは相変わらずなのだが、以前よりかは慎重になったというか、落ち着いたというか。
多少はしっかりしてきた。
あの時、運び込まれた病院で目を覚ました際のこと。
心配と安堵と、ポスターのやらかしへの罪悪感で感情がぐちゃぐちゃになったホシノが、大泣きしながら先輩に謝罪した。
自分のせいで、大事な後輩を泣かせてしまった。
それがかなり堪えたようだ。
で、そのギャン泣きした方はというと――
「うへ~~、やっと来たねぇ。ダメじゃん、暖房役は早く来て室内温めといてくれなきゃ」
「百歩譲って俺の術式を暖房代わりにするのはいいが、遅いのはしゃーないだろ。一番家と学校が遠いの、俺だぞ」
まぁ、ずいぶんとイメチェンしたもんだ。
あの遭難事件後、変わったのはユメ先輩だけではない。
というか、内面が多少変わった先輩に対して、ホシノは外見からして変わった。
ショートカットだった髪は、今ではポニーテールにできるほど伸びている。
ツンケンしていた態度も日に日に丸くなり、ついには一人称が「おじさん」となった。
誰かさんの影響を受けて参考にしたのかどうかは、言わないのが花だろう。
……もっとも、その誰かさんは余計なことを言って「ひぃん!」と鳴かされていたが。
まぁ、こいつがここまで変わったのは、事件のこともあったがそれ以上に。
「ん…おはようケンジ先輩」
「おはようございます。ケンジ先輩」
後輩が出来るってのも、あるんだろう。
砂狼シロコ。
ある日ホシノが拾ってきた娘で、出会った当初はかなりの暴れん坊だった。
こっちの言うことは聞かないわ、廃品回収業者を襲って金品を獲得しようとするわで、まぁ手を焼かせてくれた。
「自分より弱い相手の言う事は聞かない」
との事で、挑んだホシノにわからされ、次に挑んだ俺に炙られてからは、多少はマシになり、言うことも聞くようになった。
自分の名前以外覚えていない記憶喪失らしく、身元の保証も兼ねて、来年度から
十六夜ノノミ。
アビドスの土着企業だったセイント・ネフティス社を経営する一族出身のご令嬢。
実家の家業が砂漠横断鉄道の建設を押し進めた結果、アビドスが衰退する要因の一つとなってしまった上に、最終的にはアビドスから撤退したことを、ずっと気に病んでいたらしい。
そこに、
そしてついには、ハイランダーへの入学を蹴って、アビドスへ入学することを決意してくれた。
俺も何だかんだ、後輩が出来るのは嬉しい。
賞金稼ぎも一層気合が入るってもんである。
「ん……ケンジ先輩、次の休日も賞金稼ぎに他の自治区へ行くの?」
「まぁな。狙いどころも大体決まってるし」
「いつ出発する? 私も同行する」
「ダメに決まってんだろ」
行き先の予定はゲヘナ自治区。
下手なゲヘナ生よりゲヘナしてる、このナチュラルボーンアウトローを連れていく勇気は、俺には無い。
「うへぇ、シロコちゃんが一人で自治区を出ても大丈夫なくらい強くならなきゃね~」
「お勉強もだよ! 一般常識を覚えなきゃ!」
「ん……」
ユメ先輩の「お勉強」という言葉に拒否反応を起こし、ノノミの後ろに隠れるシロコ。
それを見て、ノノミが苦笑する。
「ん…ケンジ先輩ばっかりずるい。せめてお土産買ってくるべき」
「それくらいなら、まぁ」
「ん! ハーゲン○ッツのリッチキャラメル!クリスピーのやつ!」
(地味に高いもん頼みやがんな、こいつ……)
「うへぇ、暖房効いた部屋で食べるアイスもおつだよねぇ。あ、おじさんバニラね」
(お前のアホ毛燃やして暖とってやろうか?)
「じゃあシロコちゃんも、いい子にしてお勉強しようね? 私はクッキー&クリームお願い」
(あんたもか)
「えーと……ス、ストロベリーで!」
(ノノミちゃんも馴染んでくれたみたいで、お兄さん嬉しいよ……)
――――ゲヘナ自治区
ゲヘナ学園はキヴォトスでも一、二を争うマンモス校の一つだが、破天荒、型破り、粗暴な生徒が多く、それに銃撃戦が日常茶飯事というキヴォトスの価値観も加わっているため、領内の治安は非常に悪い。
もはやこの学園内だけ世紀末のような有様で、学級崩壊は当たり前。
俺が入学前に危惧していたヤンキー校は、ここだったかと思う。
あまり長居したい環境ではないが、いい所もある。
火山がある影響か温泉が多く、温泉施設もそれなりに存在している。
温泉があるなら、やることは一つ。
『五条悟にやられた傷を癒すため湯治する漏瑚ごっこ』
コレをやるしかあるまい。
俺の術式元へのリスペクトだ。
咥えると煙が出て、LEDで光るパイプのおもちゃも作った、黒服が。
「いやぁぁぁ」という音も、もちろん出る。
このおもちゃのパイプ、黒服に作成を依頼した際、
「なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?」
と、壊れたレコードみたいに作成する理由を繰り返し質問するわ、
ホシノに報告したら、
「あの変な鳥のぬいぐるみといい*1、あなた
となかなかに不評である。
結構気に入ってるのだが。
賞金首は問題なく捕縛したし、余った時間で露天風呂がある施設へ足を運ぶことにした。
中心部からは遠いが、その分(ゲヘナにしては)静かな場所らしい。
その途中で、何やらコソコソとしている集団を遠目に見かける。
まったく整備されていない、ほぼ獣道のような場所を、隠れるように移動していた。
その程度なら、まぁゲヘナだし――で流すのだが。
「…拘束した人を、抱えてる?」
なにやら猿轡をしてロープで拘束までされているとなると、話が変わってくる。
―――京極サツキ 視点―――
未だ潜伏を続けている雷帝派の残党。
その動きを掴んだのが数時間前の事。
計画は完璧なはずだった。
構成員が1人になったタイミングで接触し、言葉を交わす。
そして催眠術をかける。
催眠状態の相手から情報を引き抜き、残った仲間を一網打尽にする。
それだけの話だった。
だが予期せぬ事態が起こった。
なんと、催眠術が効かなかったのだ。
しかもその隙をつかれて逆に捕まってしまった。
(何とか抜け出して、マコトちゃん達に合流しないと……)
しかし拘束したロープは外れそうになく、おまけに相手方は仲間と合流し始め、ますます逃げるのが難しくなる。
(どうしよう…)
――――――――――――
怪しい集団を追跡し、たどり着いたのは使われていない廃墟だった。
元は工場だったのか、敷地は思ったよりも広い。
もともと廃墟にも仲間がいたらしく、結構な人数のグループだ。
気配を殺し、廃墟へ侵入。
連中の会話に聞き耳を立てる。
距離があるので、はっきりとは聞こえないがなんか、雷帝がどうだの、遺産がこうだの。
パンもでねぇスパゲティー?確か、ゲヘナの生徒会組織がそんな響きの名前だった気がする。
最近、ゲヘナのトップが政変だかクーデターだかで交代したはず…。
(…これ下手に首突っ込むと、メチャクチャ面倒な事にならんか?)
ゲヘナの政治的な問題に、弱小とはいえ他校の生徒会の人間が関わる形になるからだ。
下手をすれば、アビドスごと巻き込まれる。
(……よし、通報だけして様子を見よう)
権力争い、しかもゲヘナのなんて火中の栗を拾う趣味はない。
「廃墟に不審な集団がいて、それに捕まってる人がいます」とだけゲヘナの風紀委員会に伝えて、後はお任せしよう。
捕まっている娘には悪いが。
そう思いスマホを取り出そうとした時だった。
「――っ、ぐぅっ!」
鈍い打撃音と、くぐもった悲鳴。
見れば、拘束されている娘が蹴り飛ばされ、頭を踏みつけられていた。
(………あーーーっ!もうっ!!!)
こういう時、見捨てられないのは絶対に誰かさんの影響だ。
――火礫蟲
廃墟の鉄骨の隙間から、炎で出来た飛行物体を飛び込ませる。
「なんだ!?」と暴行を加えていた奴らが顔を上げた瞬間、次々と連中の周りで炸裂した。
「ぎゃあああ!? 爆発!?」
「敵襲! 風紀委員か!?」
混乱が広がる。
爆煙の向こう側、奴らの視線がこちらに向く前に、俺は一気に踏み込んだ。
地面に転がされている娘をお米様抱っこの体勢で肩に担ぎ上げた。
「!?(えっ? 何? 誰?)」
「貴様!何も――」
気付いた奴がセリフを言い終わる前に、俺は手を振り上げ、周囲を囲うように高さ数メートルの炎の壁を噴出させた。
「熱っ!? クソ、侵入者だ!!逃がすな!!」
集団と炎の壁で完全に分断できたのを確認し、そのまま廃墟の外に駆け出した。
周囲に人の気配がないのを確認する。
一先ず相手を巻けたらしく、担いでいる娘を降ろす。
「猿轡取るけど、大声出さないでくれよ?」
相手が小さくうなずくのを確認してから、ゆっくりとそれを外した。
「……大丈夫か?」
「……痛かったわ」
蹴られた箇所を見ながら、ちょっと涙目で答える彼女。
「悪いが、少し確認させてくれ。君は誰で、あいつらの何?」
ロープを焼き切り、彼女の拘束を解いたところで話を聞く。
彼女の名は京極サツキ。
ゲヘナ学園の生徒会組織、万魔殿の議員らしい。
さっきの連中は雷帝――失脚した前ゲヘナのトップを支持する残党との事。
現政権に敵対している連中に捕まっていた、というわけだ。
とりあえず現政権側の人間を助けた形になるなら、そこまで心証は悪くないだろう。
通りすがりの暖房係が、善意で助けました。
でやり過ごせるかもしれない。
「……さて。助けてくれたってことは、当然私をゲヘナ学園まで送ってくれるのよね?もう痛いのも怖いのもイヤだからお願い」
「(最後の方小声で聞き取れなかったな)まぁ別にそれは構わないけど……その必要はなさそうだぞ」
「?……それってどういう――」
「ですよね?」
俺はサツキさんの後ろへ向かって声をかけた。
「キキッ」
俺の問いかけに応えるように、サツキさんの後方から長身で長い銀髪の麗人*2が現れる。
「この私の接近に気づくとは……噂通り、なかなかやるようだな。アビドスの倉戸ケンジ」
通りすがりの暖房係でやり過ごすのが不可能になった。
廃墟を脱出する際、周囲に大勢の人間が展開している気配を感じていた。
最初は中にいた連中の仲間かと思ったが、それにしては妙だった。
慌てる様子も、無秩序な動きもない。
一定の距離を保ち、逃走経路を塞ぐように配置されている。
まるで訓練された部隊の展開だ。
あの時はまず脱出を優先し、その場を離脱した。
そしてサツキさんの話を聞いた時点で、恐らくは万魔殿側の部隊ではないかと当りをつけていたが、正解だったようだ。
「あー、俺余計な事しましたかね?」
「キキキッ、なぁに、そんなことはないさ。結果的にサツキの救出の手間が省けたし、連中の注意をそらして混乱もさせてくれたようだからな」
「……それなら何よりです」
俺は軽く頭を下げた。
現政権側から敵視されていないのなら、それだけで十分だ。
すると、銀髪の麗人――羽沼マコトさんは、楽しげに喉を鳴らした。
「キキキッ、何、礼を言うべきはこちらの方だ。同朋を救助してもらった上、結果的にこちらの作戦を助けた形になっているのだからな」
「……まあ、成り行きです」
俺が肩をすくめると、横でサツキさんが小さく息を吐いた。
「本当に助かったわ。改めてありがとう」
素直な言葉だった。
それだけ、さっきの状況が危なかったということだろう。
「さて。ここで別れるのも味気ない。礼として、ゲヘナの中心地の駅まで送らせよう」
マコトさんはさらりと言ったが、その声音は穏やかでいて、どこかはっきりとした線を引いていた。
――ここから先は、我々の領分だ。
そういう意味だと理解するのに、時間はかからない。
「では、お言葉に甘えます」
俺は素直に頷いた。
こっちとしても、ありがたい申し出だ。
余計なことを言う理由も、踏み込む理由もない。
マコトさんが軽く顎を引くと、後ろに控えていた生徒の一人が一歩前に出た。
「こちらへ」
俺は軽く頭を下げ、案内役の生徒の後に続いた。
―――京極サツキ 視点―――
倉戸ケンジの姿が見えなくなったのを見届けたところで、マコトちゃんの携帯端末が短く振動した。
「……報告を」
短いやり取り。
そして、端末を閉じる。
「廃墟内の残党は全員捕縛。逃走者もなし、だそうだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に残っていた緊張が、ようやく抜けた。
作戦は成功。
結果だけ見れば、文句のつけようがない。
けれど。
「……ごめんなさい、マコトちゃん」
私は小さく頭を下げた。
今回の一件、原因は私の単独行動。
そして何より―― 催眠術が効かなかった。
あまりにも情けない失敗だ。
けれど、マコトちゃんは気にした様子もなく、軽く喉を鳴らした。
「キキキッ、なぁに、気にすることはない。結果的にうまくいったのだからな」
そう言ってくれたが私の悔しさは消えなかった。
催眠術が効かなかった、それは事実だ。
どんな理由があろうと、どんな状況であろうと、失敗したことは認めなければならない。
これは、改善の余地がある…いいえ、改善では足りない。
進化させる必要がある。
(NKウルトラ計画。……本格的に始める時が来たわね)
催眠術による支配。
痛みや恐怖がない、理想的な世界平和の実現。
助けてもらった彼の姿が頭に浮かぶ。
救出される際、目の前で見た光景。
圧倒的な炎。
あれは、間違いなく――。
(見事なパイロキネシスだったわ……)
あれほどの能力を持つ人間が存在するのなら、催眠術の可能性も、まだまだ広がる。
「見ていてね、マコトちゃん。私は催眠術を完全にマスターしてみせるわ」
「キ?何だか知らんが、とにかくよし!存分にこのマコト様の野望のために、力を貸すがいい!!」
(いつか彼にも伝えてみせるわ。私も
―――――――――
万魔殿の生徒に案内され、俺はゲヘナの中心地にある駅まで送られた。
列車に揺られながら、ようやく肩の力が抜けていくのを感じた。
賞金首の捕縛は完了。
面倒な政治問題にも巻き込まれずに済んだ。
……漏瑚ごっこが出来なかったのは残念だが。
まあいい、また今度、ゆっくりやればいい。
アイスを買い忘れていることを思い出し、郊外のコンビニまで全力ダッシュする羽目になったのはその日の晩、寝る直前のことだった。