漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ   作:場取らず

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11話

冬が過ぎ春が訪れる。

俺がキヴォトスに来て一年がたつ。

 

長かったようで、あっという間だった気もする。

気づけば、ここでの生活もすっかり日常になっていた。

 

賞金稼ぎをして、借金を返して、騒ぎに巻き込まれて。

……最後のは、今後は遠慮したい。

それでも、悪くない一年だったと思う。

 

そして今日、ユメ先輩が卒業する。

 

卒業式は、驚くほどあっさりとしたものだった。

もともと生徒数三人の学校だ、仰々しい式典になるはずもない。

在校生代表として俺とホシノが進行役を務め、式は滞りなく進んでいく。

 

シロコは静かに席に座り、その様子を見学していた。

ノノミは自分の中学の卒業式があるため後から合流予定。

 

ユメ先輩が卒業証書を受け取り、こちらへ向き直る。

少しだけ震えた声で、ユメ先輩は口を開いた。

 

「……えっと。今日は、ありがとうございます」

 

最初の一言から、すでに声が揺れていた。

 

「私、生徒会長になった時……なんとかアビドスを復興させたいって、ずっと思ってました。でも、うまくいかないことばっかりで、それどころか、生徒はどんどん減っていって……本当は、ずっと不安でした」

 

言葉が詰まる。

視線が、少しだけ下を向いた。

 

「このまま、学校がなくなっちゃうんじゃないかって。私のせいで、みんなに迷惑をかけてるんじゃないかって。でも……ホシノちゃんが、生徒会に入ってくれました」

 

視線が、隣にいるホシノへ向く。

 

「それだけで、すごく心強くて。ああ、一人じゃないんだって思えたんです。それから……校舎を、移さなきゃいけなくなった時も」

 

今度は俺の方を見る。

 

「本館から別館に移さなきゃいけなくなった時も正直、すごく情けなかったです。生徒会長なのに、学校を守れなくて。でも、そんな状況でも……ホシノちゃんと、ケンジくんが、ここに残ってくれました。それが、奇跡なんじゃないかと思うくらい、本当に嬉しかったです。私は、全然先輩らしいことができなくて。二人に迷惑ばっかりかけて……ダメダメな生徒会長だったと思います。」

 

次の瞬間、少しだけ表情が柔らいだ。

 

「でもこれからは、シロコちゃんが入ってくれてノノミちゃんも来てくれます。新しい仲間が増えて、きっと、これからのアビドスは、もっと良くなっていくと思います。ホシノちゃんと、ケンジくんなら安心して、アビドスを任せられます」

 

その言葉は、お願いでも命令でもなかった。

ただ、信じているという宣言だった。

 

「……今まで、本当にありがとうございました」

 

深く、頭を下げた。

短い時間だったが、それでも確かに一区切りの儀式だった。

 

 

 

卒業式が終わった後、生徒会室へ戻る頃には、張り詰めていた空気も少しだけ緩んでいた。

ノノミも合流し、さっきまでの静けさが嘘みたいに、いつもの場所がいつもの雰囲気に戻りつつある。

 

「ユメ先輩は、専門学校に進学するんでしたよね? D.U.にある総合病院の系列の」

 

「うん。D.U.総合医療センターの附属専門学校っていうところ」

 

ノノミの問いに、ユメ先輩は小さく頷いた。

 

ユメ先輩はもともと、卒業後もアビドスのために何か力になりたいとは思っていたらしい。

ただ、それが具体的に何なのかまでは分からず、ずっと手探りのままだった。

 

転機になったのは、あの遭難事件の後。

病院に入院していた時のことだ。

 

自分も含めて患者を支えている医療従事者の姿を目の当たりにして、こういう形で誰かの役に立ちたいと思ったらしい。

それが、進路を決めるきっかけになった。

 

「ちゃんと勉強して、資格を取って。いつか、アビドスの役に立てるようにって思ってる」

 

静かな声だったが、迷いはなかった。

 

卒業後にキヴォトスを出る生徒は少なくない。

むしろ、その方が普通と言っていい。

 

専門教育を受ける場合も、外の世界にある学校へ進学する例が多く、先輩が進学する専門学校も、どちらかと言えば獣人が進学する割合が高い場所らしい。

 

その中で、ユメ先輩はキヴォトスに残る道を選んだ。

 

アビドスから通うには、さすがに距離がありすぎるため、先輩はD.U.に住むことになる。

 

会えなくなるわけではないが、こうしていつものように生徒会室で集まるのは、今日が最後だろう。

 

「ん、都会暮らし」

 

「ヴァルキューレの本拠地があるから、治安は安心だねぇ」

 

確かにその通りだ。

 

アビドスも、俺が転生してきた当初の無法地帯っぷりに比べたら、治安はずいぶん改善されている。

 

生徒会での活動で不良どもを撃退したりもしたし、何よりホシノが個人的に見回り――パトロールを続けているのが大きい。

 

さすがに、連邦生徒会のお膝元には敵わないが、それでも昔よりはずっとまともな場所になった。

 

「新歓コンパとか、ホイホイついて行っちゃだめですよ? 男の人がいる場合は特に。男はみんな狼です」

 

「男の子のケンジ君が、それ言うの?」

 

その後も、しばらくはいつも通りだった。

結局、最後までいつも通りの、バカな会話ばかりしていた気がする。

柴関ラーメンで打ち上げをした後に解散した。

 

ユメ先輩は卒業した。

頭では、ちゃんと分かっている。

けれど、どうにも実感が湧かなかった。

 

数日後、D.U.へ向かう列車に乗る先輩を、駅まで見送りに行った時もそうだった。

 

先輩が卒業したのだと実感したのは、新学期が始まって生徒会室の扉を開けた時だった。

 

 

 

――――新学期・アビドス高等学校

 

「おはようございます」

 

いつも通り、生徒会室の扉を開けて挨拶をする。

 

室内に入った瞬間、視界の中心に飛び込んできたのは、生徒会長席に座っているホシノの姿だった。

 

「うへぇ、おはよケンジ。今日は早いじゃん」

 

机に肘をつき、頬杖をつきながら、いつも通り、少し気だるそうな表情でそう答える。

 

部屋の中を見回す。

 

椅子、机、書類の山、全部、いつもと同じだ。

ただ、そこにいるはずの人がいない。

 

ホシノも、何も言わない。

 

その沈黙の中で、ようやく実感した。

ユメ先輩は、もうここにはいない。

こうして現実を目の前にすると、思っていた以上に、心細い。

 

「……なぁ」

 

「どうしたの?」

 

「いや……」

 

言いかけて、言葉を飲み込む。

どうやら俺達は、思っていた以上にユメ先輩を頼っていたらしい。

 

――ガラッ。

 

「ん、おはよう」

 

「おはようございます!」

 

扉が開き、シロコがいつもの無表情で入ってくる。

続いて、ノノミが顔を出した。

 

二人そろって現れた瞬間、俺とホシノは、ほぼ同時に気持ちを切替えていた。

さっきまでのしんみりした空気はどこへやらだ。

 

「それで、今日は何をするの?」

 

シロコが真顔で聞いてくる。

 

「うへぇ……まずは大事なことを決めなきゃいけないねぇ」

 

気だるそうに言いながらも、姿勢を少しだけ正す。

 

「生徒会の役職を決めようか」

 

ホシノが、机の上を指で軽く叩いた。

 

「おじさんが、生徒会長」

 

誰も異論を挟まない。

もともと副会長だったし、ホシノがバナナとり手帳の継承者(アビドスの生徒会長)なのは既定路線だろう。

 

「副会長は――ノノミちゃん」

 

「は、はい?」

 

突然名前を呼ばれ、ノノミが目を丸くする。

 

「書類仕事もできるし、交渉も任せられるし、おじさんがサボった時に代わりに働ける人が必要だからねぇ」

 

「サボる前提なんですね……じゃなくてケンジ先輩は?」

 

「会計だろ」

 

俺が先に答える。

 

「その通り~。一年間苦楽を共にした仲だし、以心伝心ってやつだねぇ」

 

「いや消去法でそうなるだろ。やれそうなの他にいないし」

 

「ん」

 

シロコが立ち上がる。

 

「お、数字とにらめっこしたいのか? 数学が好きになったなら大した進歩だな」

 

「ん」

 

そしてそのまま座る。

 

「あの…それなら私は?」

 

「ノノミちゃんはちょっとスケールが大きすぎるからねぇ」

 

「えっ」

 

ノノミが素直にショックを受けている。

 

まぁ、出会った当初のようにアビドスの借金をゴールドカードで返済する、なんてのは禁じ手にしたし、ネフティスのお嬢様感覚も抜けてきてはいるが、それでも経費に足が出そうなら自費で補填しちゃいそうだからな、この娘は。

 

「借金返済のメインである賞金稼ぎをやってるのは俺だしな。なら、金の管理も俺がやったほうがいいだろ」

 

「そうそう。だから会計はケンジ、よろしく~。で、シロコちゃんは書記ね」

 

「ん…残り物感が否めない」

 

不服そうなシロコ。

 

「国によっては、書記が最高役職のところもあるんだぞ」

 

「……ん?」

 

シロコがこちらを見る。

 

「議事録も情報も全部、最初に集まるのが書記だ。要するに、一番重要なポジションってことだ」

 

「トップ……ん。悪くない」

 

さっきまでの不満顔から一転、ドヤ顔である。

チョロすぎんか?

 

「ちょっと奥さん、娘さんにどんな教育をしておいでで?」

 

「す……素直ないい子だから……」

 

ホシノは、目をそらした。

 

「……コホン。じゃあ、次の話にいこうか」

 

ホシノは、わざとらしく咳払いを一つして、話をそらした。

 

「せっかくだし、生徒会の呼び方も決めとこうと思ってねぇ」

 

「呼び方ですか?」

 

「ミレニアムのセミナーとか、ゲヘナの万魔殿とかか?」

 

「そうそう、そういうの。せっかく新体制になったんだし、区切りとしてねぇ。実はもう考えてあるんだ」

 

そして、静かに口を開く。

 

「これからの、私達の名前――アビドス廃校対策委員会」

 

「……いや待て」

 

思わず口を挟む。

 

「確かに喫緊の課題ではあるけど、生徒会がそれを名乗るのかよ」

 

だが、ホシノは気にした様子もなく、肩をすくめた。

 

「うへぇ、そうとも言うねぇ。でもさ、これは今のアビドスの現実でもある。だから、ちゃんと向き合うための名前。それに――」

 

少しだけ口元を緩める。

 

「いつか改名できるように、っていう願掛けでもあるんだよ」

 

成程。

 

「…それなら…うん、いいんじゃないか」

 

「ん」

 

シロコが小さく頷く。

 

「分かりやすくて、いいと思います」

 

ノノミも、静かに微笑んだ。

 

三人の反応を見て、ホシノは満足そうに頷く。

 

「よし。じゃあ決まりだねぇ」

 

アビドス廃校対策委員会。

 

これが、俺達の新しい名前。

ユメ先輩から引き継いだものを、今度は俺達が守っていく番だ。

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