漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ   作:場取らず

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15話

――――ゲヘナ自治区。

 

賞金首を捕まえた後、温泉へ入り、存分に漏瑚ごっこを堪能した俺は、火照った身体を冷ましつつ夜の街を歩いていた。

 

時間もちょうどいい。

このまま晩飯を食ってから、アビドスへ戻ることにする。

 

(……昨日は柴関ラーメンだったし、今日はラーメン以外だな)

 

そんなことを考えながら、ゲヘナの繁華街をぶらついていく。

温泉で漏瑚ごっこをして帰る――というのは、最近ゲヘナへ来た時のルーティーンになっていた。

 

もっとも、治安が相変わらずゲヘナしている。

流石に街中を長時間うろつく気にはなれず、基本的には賞金首を引き渡したら、そのまま温泉へ入って帰るだけだ。

 

なので、この辺りの飯屋事情は実はよく知らない。

 

喧騒と銃声、そして時折響く爆発音をBGM代わりに、街中を物色していく。

 

折角ゲヘナまで来たのだ。

どうせなら、旨いものを食いたい。

 

(……この辺、飯屋どこが当たりなんだ?)

 

スマホで周辺の店でも調べるか――。

そう思った時。

 

「ケンジさーん!」

 

と声を掛けられた。

振り返ると、そこにいたのは見覚えのある金髪だった。

 

「フフッ…、こんばんは、ケンジさん」

 

満面の笑みで駆け寄ってきたのは、《美食研究会》の鰐淵アカリ。

 

「…金銀コンビの金か」

 

「…何ですかその呼び方?」

 

「割と気に入ってる」

 

「初めて聞きましたよ~」

 

だって呼んだの、今が初めてだもん。

 

「お前、一人か? 相方はどうした?」

 

この辺の店へ食べに来たのだろうか。

……だとしたら、念のため別の場所で食った方がいいかもしれない。

いつ爆発へ巻き込まれるか分かったものではない。

 

「ん? ハルナさんですか?別に、いつも一緒に行動してるわけじゃないですよ~?」

 

アカリはきょとんとした顔を浮かべた後、苦笑気味に肩を竦める。

 

まぁ、そりゃそうなんだろうが。

今まで、こいつらは基本セットでしか遭遇したことがない。

単独行動しているイメージが、あまり無かった。

 

そして大抵、何かをやらかした後だった。

 

美食研究会。

名前の通り、“美食”に対しては本気だ。

 

旨いものを食いたい。

それ自体は大いに理解できる。

むしろ俺もそっち側だ。

 

だが、自分たちの美食の精神に反していると判断した店を爆破するな。

 

食材の不適切な管理、産地偽装、客を騙すような商売…許せないのは分かる。

 

だが店を爆破するな。

 

料金以下の不味い飯を食わせる店に怒りを覚えるのも分かる。

 

俺だって、承太郎ムーヴしてやろうかと思わず考えた事もある。

当然、思いとどまったが。

 

マジでやった上に店を爆破するな。

 

まとめると、美学に反するからといって店を爆破するな。

本当にそれだけである。

 

「まぁ、それよりも」

 

アカリがぱんっと手を叩く。

 

「これからお食事ですか?」

 

「ん?」

 

「もしそうでしたら、ご一緒にいかがですか~?」

 

にこにこと笑いながらそんなことを言ってくる。

 

「ハルナさんから聞いたおすすめの店があるんですよ~」

 

「ほう」

 

それはいい。

美食研究会から「合格」を貰った店というのは、下手な賞より信用できる。

こいつら味覚は本物だからな。

 

「一応確認するが、その店はまだ営業してるんだよな?」

 

「?もちろんですよ~」

 

アカリが不思議そうに首を傾げる。

 

「……ならいい。で、場所はこの辺なのか?」

 

「いえ、もう少し離れてますよ~。案内しますね」

 

「おう、よろしく」

 

 

 

アカリに案内されること十数分。

辿り着いたのは、繁華街から少し離れた場所に建つ洒落た建物だった。

 

「へぇ……いい店だな」

 

思わず感心した声が漏れた。

 

店の看板には店名と共に、『オーダービュッフェ形式 イタリアンレストラン』の文字が書かれていた。

 

「ビュッフェ?」

 

「はい!ここ、注文した料理を出来立てで持ってきてくれる食べ放題のオーダービュッフェなんですよ~」

 

アカリの顔が一気に輝く。

 

それはありがたい。

正直、店構えを見た時は財布へのダメージを覚悟したが、食べ放題なら話は別だ。

 

早速店へ入り、案内された席へ腰を下ろす。

 

メニューを開き、思わず目を見張る。

頼める料理の品目も多い。

パスタにピザ、リゾットと、定番どころだけでもかなりの種類がある。

 

(おっ、アクアパッツァ。魚介系はご無沙汰だな……カルパッチョって肉料理なの?サーモンとかじゃないの?)

 

そんなこんなで注文も済ませ、一息つく。

オーダービュッフェというだけあって、料理は出来上がり次第運ばれてくるらしい。

 

「ハルナさんから教えてもらった時からぜひ来たかったんですけど、今回は残念ながら来れなくて」

 

「へぇ、珍しいな」

 

食事については何をおいても最優先の奴だと思っていたが。

 

「植物園でキヴォトスでも20個しか存在が確認されていない、幻のリャンメンノスクナノユビトウガラシの内の1つが特別展示されると聞きまして、食材を食すのではなく展示するとは言語道断と回収に行ったのです。けど、風紀委員に邪魔されてしまいまして~。ハルナさんもイズミさんも捕まって、拘留されているんです。」

 

「そうか」

 

毎度のことながら、やらかした後か。

つーか、食材の強奪もやるのかお前ら。

何だその、体に取り込みたくない特級呪物みたいな名前の植物は。

……というか。

 

「イズミ?」

 

「はい! 新たに美食研究会へ加わった一年生の子ですよ~」

 

「マジかよ。お前ら増えんの?」

 

思わずそんな感想が漏れる。

 

「美食に真摯に向き合う方なら大歓迎ですよ~。ケンジさんもいかがです?」

 

「勘弁してください」

 

おいおいおい、マジかよ。

ハルナとアカリだけでも被害がでかいのに、さらにもう一人増えるのか。

 

美食研究会が厄介なのは、迷惑だからだけじゃない。

ハルナもアカリも言動こそアレだが、戦闘能力は十分高い。

 

そんな連中の仲間入りをするような奴が、まともな訳がない。

絶対にない。

 

「今回は二人を囮にできたので無事に逃げ切れましたね~」

 

「……お前ら、その辺は結構ドライよな……」

 

「っという訳で、ケンジさん」

 

「ん?」

 

「仲間が捕まって傷心の私のために、今回は奢ってくれませんか~?お店の紹介料込みで!」

 

「俺に声掛けた狙いはそれかよ……」

 

調子に乗るな、と断ろうとして――少し考える。

 

美食研究会のやらかしは、今後もまず間違いなく増える。

そして被害も増える。

 

最近は温泉開発部まで急に脅威度を上げてきたと聞く。

 

ただでさえ問題児と不良だらけのゲヘナだ。

風紀委員も頭を抱えていることだろう。

そうなれば当然――。

 

(賞金が付く可能性は高いよな……)

 

美食研究会の連中は厄介だが、その分実力も本物だ。

指名手配犯になれば、それなりどころか相当な額になるはず。

 

目の前のオーダービュッフェの料金表を見る。

決して安くはない。

一度は回避した財布へのダメージだ。

だが――。

 

(説得して犯行を思い留まる奴らじゃないし…、どうせまた元気にやらかすと考えれば……)

 

「……先行投資……か」

 

「?」

 

アカリが不思議そうに首を傾げる。

 

「まぁ、たまにはいいだろう」

 

「――っ!」

 

一瞬、アカリの目が見開かれた。

 

「本当ですか!?」

 

冗談半分で言っただけだったのか、予想外の返答だったらしい。

さっきまで以上に目を輝かせて身を乗り出してくる。

 

「やったぁ!ありがとうございます!」

 

ああ、いっぱい食え。

おかわりもいいぞ、ビュッフェだし。

そして――アビドス(俺達)の糧となれ。

 

 

 

後に彼はこう語る。

 

「捕らぬ狸の皮算用とは、まさにあのことだった」と。

 

 

 

最初の料理が運ばれてくる。

 

「おぉ……」

 

思わず声が漏れた。

流石はハルナの襲来から生還した店。

 

見た目も香りも、当然味も申し分ない。

料理へ舌鼓を打ちながら、他愛のない雑談を続ける。

 

「それにしてもケンジさんもすっかり有名人ですよね~」

 

「ん?」

 

「最近、ゲヘナで炎帝が来たって聞いただけで大人しくなる不良さんも多いんですよ?」

 

「そんな良いもんじゃないぞ」

 

実際のところ、炎帝なんて呼ばれているせいで面倒事も増えた。

倒して名を上げてやろうだの、自分こそ最強だと証明したいだの、そんな連中は後を絶たない。

 

「この前も腕利きに襲われたばかりだしな」

 

「そうなんですか?」

 

「どうも誰かに雇われたらしいんだがな」

 

アクアパッツァを口へ運びながら思い出す。

 

「『呪われた地』がどうとか、『お前たちを否定してやる』とか、そんなこと言いながら襲ってきた」

 

「へぇ~?」

 

「正直、何言ってるのかさっぱり分からんかった」

 

本人は大真面目だったんだろうが。

 

倒した後、一応誰に依頼されたのか聞いてみた。

だが、結局そこは最後まで答えなかったな。

その代わり――という訳でもないんだろうが。

 

「もう二度とアビドスへは手を出さないと誓おう」

 

そう言っていた。

何というか、戦う前より少しだけスッキリした顔をしていた気がする。

賞金が掛かっていた訳でもないし、そのまま見逃したが。

 

「去り際も、『過去に囚われた愚か者は私も同じか……』とか言ってたな。あの眼帯の娘、最後まで何だったんだろうな」

 

「眼帯ですか?」

 

「ん? 知ってる奴なのか?」

 

「いえ、そうじゃないんですけど~」

 

アカリは少し考えるように首を傾げる。

 

「先程のお話と、その人のセリフを聞く限りだと……」

 

「うん」

 

「そういうお年頃なんじゃないですか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「あ~~……」

 

成程。

その可能性は考えてなかった。

確かに、そういう方向性なら辻褄は合う。

 

「まぁ、分からんでもないな」

 

「ですよね~」

 

「俺も昔、某死神マンガの破道の九十の完全詠唱を覚えてた時期あったし」

 

「何ですかそれ?」

 

「若気の至りだ」

 

ちなみに今でも言える。

 

 

 

 

食事と共に雑談も続く。

 

「そういえば、サツキさんともたまに会うとお聞きしましたけど、本当なんですか?」

 

「万魔殿のか? ゲヘナに来た時、たまに話すぞ」

 

催眠術の研究をしているらしく、俺が呪術を使うからか、意見を聞かれたり実験に付き合わされたりしている。

 

催眠術と聞いても、ワンチャン実現してもおかしくない。

キヴォトスだし。

 

今のところ成果は出ていないらしいが、本人が被験者までやっているので*1、努力は報われてほしいものだ。

 

まったく、実験の為にその身をささげる姿勢はどこぞの黒服にも見習ってもらいたい。

彼女の爪の垢を煎じて飲ませてやろうか。

 

「へぇ……」

 

アカリが小さく相槌を打つ。

一瞬だけ、何かを考えるように目を細めた気がした。

 

「じゃあ――ケンジさんが炎を操れるのって、温泉で謎の儀式をして地熱エネルギーを吸収してるからって噂も本当なんですか?」

 

「何だそれ?」

 

何でおもちゃのパイプを加えながら温泉に浸かっているだけで、そんな噂が立つんだ。

俺は怪人か何かか?

 

 

 

 

テーブルの端へ積まれた空皿を見ながら、メニューを開く。

 

「そろそろデザートでも頼むかな…。ん?持ち帰りもあるのか」

 

「あら?そうなんですか~」

 

「ならアビドスの皆にも土産買って帰るかな」

 

「いいですね~。私も拘留されてるお二人用に買っていきましょうかね」

 

そう言いながら、アカリは席に備え付けられた注文パネルへ次々と入力していく。

 

(ティラミスと、季節のフルーツジェラートっと……)

 

メニューを眺めながら注文を決める。

そして、ふとアカリの方を見る。

 

(……にしても)

 

こいつ、スゲェ食うな。

 

俺もどちらかと言えば食べる方だと思う。

だが、アカリと比べたら大したことがない。

テーブルへ積み上がった皿の数が物語っていた。

 

大食い系の配信者を生で見ている気分である。

しかもまだ注文している。

 

(……危ねぇ)

 

食べ放題ビュッフェで本当に助かった。

普通の店だったら財布どころか口座にダメージだ。

軽い気持ちで奢るとか言うもんじゃないな。

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

店員が新たな料理を運んでくる。

 

「おぉ~!」

 

アカリの目が再び輝いた。

 

……まだ食うのか。

店員さんも若干引いてるじゃねぇか。

 

「? どうかしましたか?」

 

俺の視線に気付いたのか、アカリが首を傾げる。

 

「……いや、食べ方、綺麗だなと思ってな」

 

誤魔化す。

流石に彼女いない歴=年齢の俺でも、女性に向かって「健啖家ですね」は失礼だと分かる。

 

まぁ、実際綺麗に食べているのは事実だ。

テーブルへ積み上がった皿の数は凄まじいが、料理を粗末にしている様子は全く無い。

 

むしろ皿の上から綺麗さっぱり消えている。

消失したと言った方が近いかもしれない。

 

「ふふっ、そうですか?」

 

アカリが少し嬉しそうに笑う。

 

「食べ物を残すのはもったいないですからね~」

 

「それはそうだな」

 

 

 

 

「お、お待たせしました……」

 

もう何度目か数えるのも馬鹿らしい頻度で料理が運ばれてくる。

 

この頃になると、流石に店内の客も異常事態に気付き始めていた。

時折こちらへ視線が向けられ、小さなざわめきが起こる。

 

まぁ、無理もない。

ここからでも厨房の戦慄っぷりが伝わってくるというものだ。

が。

 

「美味しいですね~」

 

当の本人は全く気にしていなかった。

俺も食後のコーヒーを飲みながら、その様子を眺める。

ここまでくると、どこまで食うのか見たくなってきた。

 

これ以上食おうが値段は変わらない。

ならば見届けようじゃないか。

鰐淵アカリという少女の限界を。

 

 

 

 

「ご馳走様でした~」

 

デザートの山まで綺麗に平らげたアカリが、食後のコーヒーへ口を付ける。

 

(……食ったなぁ)

 

思わずそんな感想が漏れた。

 

よく『胃袋の容量以上に食う』とは言う。

だが、こいつの場合はそういうレベルじゃない。

自分の体積の何倍食ったんだという話である。

 

店の入口には、『材料切れの為、本日閉店』の張り紙が貼られていた。

 

流石はハルナが認めた店。

食材こそ尽きたものの、アカリの胃袋を満足させることには成功したらしい。

 

……さて。

 

「会計済ませてくるわ」

 

席を立つ。

レジへ向かうと、店員がどこか疲れた顔で頭を下げた。

 

「本日はご来店ありがとうございました」

 

「どうも」

 

「それと大変申し訳ありませんが……」

 

「?」

 

「お連れ様のご来店は、今後ご遠慮いただければと……」

 

「でしょうね」

 

まぁそりゃそうだ。

正直、大赤字なんてレベルじゃない。

店側からしたら災害みたいなものだ。

 

アカリには後でご愁傷様と言っておこう。

そして、いい店を教えてくれたことには感謝だ。

今度はアビドスの皆を連れて来るのもいいかもしれない。

 

そんなことを考えながら会計金額を見る。

 

「…………」

 

固まった。

 

二人分とはいえ、食べ放題のはずだ。

なのに、何でこんな値段になる?

 

一瞬、本気で計算を間違えているのかと思った。

 

「ケンジさーん」

 

振り返る。

 

「ごちそうさまでした~」

 

満面の笑みのアカリ。

その両手には、大量のテイクアウト商品。

 

「…………」

 

「?」

 

「…………」

 

全てを理解した。

 

そういえば。

持ち帰りもあると言った。

 

そういえば。

拘留中の二人にも買っていくとか言っていた。

 

そういえば。

俺は奢ると言った。

 

「どうかしましたか~?」

 

「いや」

 

笑う。

多分、引き攣ってはいなかったと思う。

 

「何でもない」

 

そう言って、アカリから自分用の土産を受け取った。

*1
ケンジ視点

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