漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ 作:場取らず
ゴォッ!!
灼熱の炎がワカモへ向かって放たれる。
挨拶代わりの一撃。
「まぁ」
ワカモは軽やかに身を翻し回避する。
しかし。
その着地点には既に次の攻撃が待ち構えていた。
ドゴォッ!!
地面が隆起し、小型火山から炎が噴出する。
「っ!?」
流石のワカモも表情を変えた。
地面を転がるように飛び退く。
制服の袖が僅かに焼け焦げた。
直撃こそ避けたものの、決して余裕のある回避ではない。
「これはこれは」
ワカモは距離を取る。
狐面の奥の瞳が細められた。
「随分と気の短い方ですこと」
「悠長に構えてられる相手じゃないんでね」
次の炎を生み出しながら、一歩前へ出る。
その姿を見てワカモは即座に判断した。
(よろしくありませんね…)
この屋上は障害物が少ない。
身を隠す場所も無い。
この環境は自分よりも相手に有利だ。
(炎帝…話には聞いていましたが思っていた以上に厄介ですね…)
そう判断するや否や、ワカモは躊躇なく屋上の縁へ駆け出した。
そのまま地上へ飛び降りる。
「逃がすか!」
ケンジも即座に後を追う。
こうして戦場は屋上から市街地へ移るのだった。
***
地上へ降りた瞬間、状況は一変した。
逃げ惑う民衆。
放置された車両。
避難誘導を行うヴァルキューレ。
屋上とは違い、市街地には障害物が溢れている。
「ふふっ♪」
ワカモは人混みの中を縫うように駆ける。
時には一般人の陰へ。
時には建物の死角へ。
決して正面から戦おうとはしない。
「ちっ……!」
思わず舌打ちする。
下手に術式で攻撃すれば周りも巻き込む。
対するワカモにはそんな配慮は無い。
バンッ!
銃弾が近くの車両へ着弾し、悲鳴が上がる。
「きゃああっ!」
「逃げろ!」
人の流れがさらに乱れる。
ワカモはその混乱すら利用していた。
ワカモの姿を見失った、その直後だった。
突如、停車していた配送車両の陰で爆発が起きた。
「――っ!」
反射的に全身に呪力を廻し防御する。
爆風そのものは耐えられる。
だが問題はその後だった。
砕けた窓ガラスや引き千切られた標識に、アスファルトの破片。
無数の飛散物が散弾のように襲い掛かる。
炎を噴き上げ、飛散物を焼き払う。
だが、視界が塞がれたその瞬間――。
「ふふっ」
耳元で笑い声がした。
振り向くより早く、ワカモの銃剣が脇腹を薙いだ。
インナーと呪力強化のおかげでダメージは軽減したが、制服が裂け、鈍い痛みが走る。
「チッ!」
拳を振るう。
しかし既にそこには誰もいない。
ワカモは群衆の隙間を縫うように後退し、倒れた車両の向こうへと姿を消していた。
逃げ惑う市民が射線を遮っており、下手に術式を発動できない。
追撃しようと踏み出した瞬間、今度は路肩に放置されていた二輪車が爆ぜる。
再び爆風と飛散物。
それらを防いでいる間に奴は位置を変え、距離を変え、死角へ潜り込んでくる。
(なんつー厄介な……!)
単純な戦闘能力だけなら、以前戦った栗浜アケミの方が上だろう。
だが、ワカモはまた違った強さだった。
戦闘巧者。
そんな言葉が頭を過った。
おまけに厄介なのは、その手の搦め手を使うことに一切の躊躇が無いことだ。
混乱も民衆も地形も、利用できるものは何でも利用する。
そんな戦い方を平然と選択してくる。
脅威度という点では、間違いなく過去最悪の敵だった。
「もっとスマートに戦ってくれ」
「それで満腹になりますの?」
ほんの一瞬だけ射線が通り、すかさず術式を発動させる。
「甘いですわね」
ワカモは最初から予測していたかのように身体を捻る。
放った炎は空を切る――ことはなく、不自然な軌道を描いて方向を変えた。
「――っ!?」
――火礫蟲。
紙飛行機のような炎の虫が獲物を捉え、一斉に襲い掛かる。
「なっ――」
ワカモの表情が初めて驚きに染まった。
ドンッ!
爆発。
火礫蟲の一体がワカモの脇腹へ命中する。
「っ!」
小さく呻き声が漏れた。
制服の一部が焼け焦げ、衝撃で体勢が崩れる。
致命傷には程遠いが確かにダメージは通った。
ワカモは焼け焦げた制服の脇腹部分へ視線を落とす。
(大技だけではなく、小技までございますか……本当に厄介な方ですね)
他にもまだ何を隠しているかも分からない。
加えてこちらには時間的な制約もある。
本来ならヴァルキューレの増援がいくら来ようと物の数ではないが……。
「ふむ…これはいけませんね…。準備不足で相手取って良い方ではございません。今回は出直すといたしましょう」
一拍置いて。
「三十六計逃げるに如かず、です♪」
そう言うや否や、ワカモは躊躇なく踵を返した。
「待て!」
即座に追撃しようとした、その瞬間だった。
微かに、頭上から機械音が聞こえる。
ダダダダダッ!!
四方から銃撃が降り注ぐ。
「っ!?」
反射的に飛び退く。
先程まで立っていた場所へ銃弾が突き刺さった。
複数方向からの集中砲火だ。
「ワカモに仲間だと!?」
思わず周囲を見回し、視界へ映ったのは。
「……ドローン?」
上空を飛び回る無数の小型機だった。
ダダダダダッ!!
再び銃撃、火花が散る。
近くの街灯がへし折れ、建物の壁を穴だらけにし、窓ガラスが砕け散る。
一般人への被害など最初から考慮していない。
「くそっ!」
横薙ぎに炎を放つ。
炎に飲み込まれたドローンが複数体爆散する。
それでもなお数が多い。
撃墜している間にもワカモとの距離は開いていく。
ドローンを無視すれば、周囲の避難民へ被害が及ぶ。
ワカモはそれを理解した上で仕掛けているのだ。
「本当にタチが悪いな……!」
吐き捨てながら、俺は残りのドローンへ炎を叩き込んだ。
***
残ったドローンを全て撃墜し終えた頃には、ワカモの姿は遥か先にあった。
「マジで傍迷惑な奴め…!」
ようやく追いついた先、ワカモは大型のドローンへ飛び乗ろうとしていた。
どうやらあれで離脱するつもりらしい。
「ここまで来て逃がしてたまるか!」
大型ドローンを撃墜すべく術式を発動しようとしたその時。
《ブゥゥン――》
聞き覚えのある駆動音。
「またか!」
建物の陰や路地裏から大量のドローンが飛び出してくる。
先程よりもさらに多い。
だが今回は周囲に人の姿は無い。
周囲を巻き込む心配もないなら遠慮は不要だった。
ゴォォォォォッ!!
炎が広範囲へと拡散した。
灼熱の奔流が空を埋め尽くす。
ドローンが次々と炎へ飲み込まれ爆散した。
そして最後の一機が爆発した、その瞬間。
大型ドローンへ乗り込んだワカモと一瞬だけ目が合う。
狐面の奥の口元が、愉快そうに吊り上がった。
《カッ!!》
「っ!?」
世界が白く染まる。
強烈な閃光、反射的に目を閉じるが遅かった。
視界が完全に潰される。
(閃光弾ッ!)
思わず舌打ちする。
破壊されたドローンの内部に仕込まれていたのだろう。
完全に一杯食わされた。
「くそっ……!」
目を開くが視界にはまだ白い残像が焼き付いている。
焼き付いた残像の向こうに、既に人影は無い。
大型ドローンの駆動音は、もう聞こえなかった。
~~~~~~~~~~
「ごきげんよう、炎帝さん♪」
大型ドローンの上で、ワカモは楽しそうに手を振る。
既に十分な距離を離した。
追撃の気配も無い。
無事に逃げ切れそうだった。
(今回はなかなかに楽しめましたわね)
ワカモは上機嫌だった。
最後は少々肝が冷えたものの、それでも収穫は大きい。
炎帝――噂には聞いていたが、想像以上に面白い相手だった。
予想外の手札を次々と繰り出し、自分を本気で撤退させた数少ない相手だ。
少なくとも、あの
「ふふっ♪」
思わず笑みが零れる。
次はもっと準備を整えて遊ぶのも悪くない。
そんなことを考えていた、その時だった。
ゴッ!!
「ぎゃん!?」
突然、頭部へ強烈な衝撃が走った。
視界がぐるりと回る。
何が起きたのか理解するより先に身体が傾いた。
「あっ」
間抜けな声が漏れる。
足を踏み外し、大型ドローンから投げ出される。
そのまま地面へ向かって真っ逆さま。
盛大な音を立てて地面へ叩き付けられた。
~~~~~~~~~~
「きゅう……」
「えー?」
視界が回復し、大急ぎでワカモを追い掛けた俺が現場で見たのは、地面へ叩き付けられ、目を回して気絶している狐坂ワカモ。
そしてその傍らに立つシロコだった。
「ん、厄災の狐も炎帝も大したことない。真の強さ、真実はこの結果をもって広めるとする」
そう言って、前髪をかきあげながらこちらにキメ顔をしてきた。
「……悪かったな大したことなくて、つーかお前もさっき負けてただろ…いや、お手柄ではあるんだけどさ…」
シロコの傍らでは小型ドローンが静かに浮遊していた。
どうやらあれでワカモを狙撃したらしい。
まぁ、最終的に撃破したのはこいつか…。
「ん」
ドヤ顔でピースサインをするシロコ。
***
その後、駆け付けたヴァルキューレへワカモを引き渡し、俺達はアビドスへ帰還した。
なお、この数日後、狐坂ワカモは矯正局から脱走。
その後も破壊活動をしては逮捕され、また脱走するという迷惑極まりないサイクルを繰り返しているらしい。
アビドスへ戻った後、シロコはホシノから単独でワカモへ挑んだことについてこっぴどく説教されていた。
もっとも、最終的に捕まえたことについては素直に褒められていたが。
一方の俺はというと。
監督不行き届きに加え、挙げ句の果てには危うく取り逃がしかけたこともあり、説教からの折檻コースである。
理不尽だと思う。
さらに追い打ちを掛けるように、クロノスの連中がやらかした。
俺はヴァルキューレに対し、「ワカモを捕まえたのはシロコだ」とちゃんと報告した。
にもかかわらず翌日の記事には【炎帝、厄災の狐を撃退!】の文字。
これだからマスコミは駄目だ、真実に生きておらん。
当然シロコの機嫌は最悪だった。
結果、俺は数日間、後輩のご機嫌取りに奔走する羽目になったのである。
……本当に理不尽だと思う。
もう二度とあの狐に関わりたくない。
切実にそう思う。
その願いが通じたのか、それからしばらくの間、狐坂ワカモと顔を合わせることはなかった。
――もっとも。
次にD.U.で厄災の狐と相対する時、俺は【あの人】と出会うことになるのだが。