漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ 作:場取らず
キヴォトスに来て早2年。
気が付けば俺も三年生となっていた。
今年もありがたいことに二人の新入生が入学してくれた。
一人は黒見セリカ。
口は悪いが面倒見の良い少女だ。
もう一人は奥空アヤネ。
真面目で仕事熱心な優等生である。
これでアビドス高校は生徒数六人となった。
俺が一年生の時に比べるとなんと倍である。
後輩たちの為にも少しでも借金を返済しなければ。
そう思っていたのだが――。
このところキヴォトス全土がおかしい。
各自治区で犯罪件数が急増し、出所不明の違法兵器が市場に流れ始めた。
列車やバスといった公共交通機関の運休が相次ぎ、物流も大混乱状態だ。
ミレニアム、ゲヘナ、トリニティといった大規模学園ですら被害が深刻化していた。
初めのうちは不謹慎にも、「稼ぎ時だー!」などと思っていたのだが、この状況は流石に笑えない。
賞金首を追って各自治区を回るたび、現地の治安維持組織から協力を要請される。
特に各地へ派遣されているヴァルキューレの生徒たちは悲惨だった。
今にも泣き出しそうな顔で応援を求めてくるのである。
どうも上層部――連邦生徒会の動きが異常なほど鈍い…というより、現場にはほとんど何の指示も降りてきていないのだとか。
各自治区の担当責任者が自らの権限で何とか対処しているものの、その程度で抑え込める状況ではなかった。
焼け石に水どころか溶鉱炉にガリガリ君を放り込むようなものである。
被害の拡大速度に対し、何もかもが足りていなかった。
キヴォトスの中心地であるD.U.ですら、治安の悪化は深刻化しているらしい。
医療系の専門学校へ進学したユメ先輩も現在はD.U.で暮らしているのだが、先日連絡を取った際には
「最近は物騒だよ~」
と珍しく困ったように笑っていた。
幸い、ユメ先輩の通う学校や居住区はヴァルキューレによる厳重な警備が敷かれている。
だが、それも中心部の話だ。
一部の外郭地区では治安の悪化が抑えきれず、一般市民の避難まで始まっているという。
「ねぇ、ケンジ。アヤネちゃんがD.U.方面への護送依頼の仕事取ってきてくれたんだけどさー、行けそう?」
「D.U.へ?」
「うん。最近物騒だから護衛付きで荷物運んでほしいんだって」
差し出された依頼書に目を通す。
報酬は悪くない。
「別に構わないぞ」
「お、即答」
「どうせ最近はどこも似たような状況だろ」
「それはそう」
ホシノが肩を竦める。
「ユメ先輩のことも心配だろ?」
「……うん、まぁね……」
ホシノの顔が少し曇る。
「元気にはしてるみたいだけどねぇ」
「本人の『大丈夫』ほど信用できないものもないからな」
「分かる。ユメ先輩、自分のことになると無茶するからねぇ」
二人同時に苦笑する。
「じゃあ受けるってことでアヤネちゃんに伝えとくね~」
「頼む」
***
しばらくして、アヤネがやって来た。
セリカも一緒だったようだ。
「ケンジ先輩、ちょっとお時間もらいますね」
「依頼の件か?」
「はい」
アヤネは持参した資料を机へ広げた。
依頼主、輸送ルート、積荷の内容、予定時刻。
一通り説明を受ける。
とはいえ内容そのものは先程確認した依頼書と大差ない。
最近の情勢を考慮し、護衛を付けたいというのが依頼主の要望だった。
「要するに荷物を運びながら襲ってくる連中を追い払えばいいんだな」
「乱暴に言えばそうなります。D.U.近郊を通りますが油断は禁物です。最近は大型の武装集団が確認されるケースも増えています」
「まぁ先輩が護衛してるってわかればチンピラ連中なんて逃げてくんじゃない? どうせ数だけで大した連中じゃないんでしょう?」
そう言うのはセリカだ。
「それがそうとも限らなくてな……」
「え?」
「本来なら手に入らないような違法兵器を持ってる奴らが出てきてる。それも一人や二人じゃない」
「そもそもD.U.に行くのに護衛を雇わないといけないのが異常事態ですもんね…」
アヤネの言う通りキヴォトスの首都にあたるエリアが不安定という前代未聞の事態だ。
「セリカも暫くは郊外のバイトは控えとけ」
「心配しなくてもこのドタバタで予定してたバイトが軒並みキャンセルになっちゃったわよ……もう! 連邦生徒会は何してんのよ! 仕事しなさいよ!!」
セリカの叫びにアヤネも困ったような表情を浮かべる。
正直なところ、俺も似たようなことは思っていた。
ここまで状況が悪化しているにも関わらず、連邦生徒会から目立った動きは見られない。
現場で対応している各自治区の治安組織も疲弊し始めている。
正直、どこかの自治区が崩壊したと聞かされても、今の情勢なら驚かない。
それほどまでにキヴォトス全体が不安定になっていた。
……もっとも、廃校寸前のアビドスは過疎地ゆえか、他の自治区と比べれば被害はほぼ無い。
それを喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか、少々判断に困るところではあった。
「吠えるな吠えるな。その分今回の依頼で稼いできてやっから、いい子でお留守番してるんだぞ?」
「子ども扱いするなーー!!」
案の定、セリカが食って掛かる。
その様子を見てアヤネが小さく笑った。
先程までの重苦しい空気が、少しだけ和らぐ。
D.U.に行ったついでに、この騒動の原因が少しでも分かればいいのだが……。
――――数日後、D.U.
護衛の仕事は大きな問題もなく完了した。
そして現在、俺はD.U.の街を歩いている。
「まさに厳戒態勢って感じだな……」
思わずそんな言葉が漏れた。
キヴォトスの中心地であり、サンクトゥムタワーを擁する中枢区画こそ平穏を保っている。
だが、それも表面上の話だ。
普段より明らかに警備の数が増えているし、街を行き交う人々もいつもより少ない。
視線を遠くへ向ける。
郊外や外郭地区の方角からは、いくつもの黒煙が空へ昇っていた。
少なくとも良い知らせでないことだけは確かだ。
***
「ケンジ君久しぶり~」
「ご無沙汰してます」
数か月ぶりにユメ先輩と顔を合わせる。
「最近はますます物騒になっちゃってるよ~」
ユメ先輩は困ったように眉を下げた。
「うちの学校の付属病院にも怪我人が運ばれてくることが増えちゃって……」
「大変そうですね」
「ひぃん……みんな元気なのは良いことなんだけど、はしゃぎすぎだよぉ……」
相変わらずのお人好しでマイペースな人だ。
だが、以前と比べるとどこか雰囲気が違う。
医療従事者を目指して日々勉強と実習を重ねているからだろうか。
図太くなったというべきか、器が大きくなったというべきか。
アビドスにいた頃よりずっと頼もしく見えた。
「他のみんなは元気~?」
「シロコもノノミも相変わらずですよ」
「ホシノちゃんはうへ~ってしてる?」
「うへうへしてます」
「そっかぁ」
ユメ先輩が嬉しそうに笑う。
「新一年生に早速ケツ叩かれてますよ」
「あはははっ!」
ユメ先輩は堪えきれないといった様子で笑い出した。
「セリカちゃんかな~?」
「惜しいですね。二人からです」
「ホシノちゃんも大変だねぇ」
「まぁ、自業自得でしょ」
そう返すと、ユメ先輩はさらに笑みを深めた。
その後もしばらくユメ先輩と近況報告を続けていた。
そんな時だった。
「あっ! 炎帝さん! 本当にいた!」
聞き覚えのある声に振り返る。
そこにはヴァルキューレの制服を着た生徒が立っていた。
息を切らしている辺り、相当慌てて探していたのだろう。
「お願いです! 少しだけ力を貸してください!」
どうやら俺がD.U.に来ているという話をどこかで聞きつけたらしい。
慢性的な人手不足に悩まされているヴァルキューレとしては、使える戦力は一人でも多く欲しいのだろう。
「ケンジ君も大変だねぇ」
ユメ先輩が苦笑する。
「有名人だもんね~。これも自業自得かな?」
どこかからかうような口調だった。
「どこかの先輩の影響のせいですよ」
「えぇ~?」
ユメ先輩は心外だと言わんばかりに頬を膨らませた。
「困ってる人を見つけたら放っておけない人が身近にいたもので」
「ふふっ、そっか」
先輩はそう微笑んだ。
「それじゃあ気を付けてね。あ、病院のお世話になるのも、病院送りにするようなこともダメだよ?」
「それは相手次第ですね。それじゃあ、また」
「うん、またね」
そう言って俺はヴァルキューレの生徒の後に続く。
「怪我しちゃダメだよ~!」
背後から聞こえてくる声に軽く手を振りながら、先輩と別れた。
~~~~~~~~~~
「呼び出してしまい申し訳ありません、ケンジさん」
待ち合わせ場所にいたのはヴァルキューレ公安局局長、尾刃カンナだった。
「ま、気にすんな」
正直、こうなることは半ば覚悟していた。
この状況でD.U.へ来れば、ヴァルキューレに呼ばれるんだろうなとは思っていた。
ユメ先輩と話せる時間があっただけ良しとする。
「こんな状況じゃなきゃ、公安局長就任おめでとうと素直に祝えるんだけどな……」
「気持ちだけ受け取っておきますよ」
カンナは小さく肩を竦めた。
「それで?何があった?」
雑談はここまでとばかりに、カンナの表情が引き締まる。
「外郭地区にて大規模な不良集団の蜂起が発生しました。連邦生徒会所有の施設が占拠されています」
「また派手なことになってんな……」
最近はそんな話ばかり聞いている気がする。
「現在、ヴァルキューレはサンクトゥムタワーをはじめとするD.U.中心部の警備で手一杯です。人手が足りません」
「それで俺に応援要請ってわけか」
「……それもあるのですが」
そこでカンナは一度言葉を切った。
「その集団を煽動し、率いているのが――厄災の狐、狐坂ワカモです」
「……はぁ」
思わず大きなため息が漏れた。
驚きより先に呆れが来る。
まーーーーーた脱走したのかよ。
何度目だ。
ひょっとして矯正局は入所するたびにポイントが貯まって、外出フリーパス券でも貰えるのだろうか。
そんな特典があるなら是非とも廃止していただきたい。
「SRTはどうしたんだ?
ワカモの出現はそれだけでSRT案件だ。
そしてワカモを相手取るのは、SRT特殊学園の最精鋭であるFOX小隊。
少なくとも俺の知る限り、それが半ば常識になっていた。
「……SRTは出動禁止、全隊員に待機命令が出ています」
「………は?」
思考が止まる。
出動禁止?
連邦生徒会の最強戦力を?
今まさにワカモや不良共が暴れ回っているこの状況で?
意味が分からない、連邦生徒会の連中は全員違法なハーブでもキメたのか?
「それと……」
「まだあるのかよ……」
カンナは小さく息を吐いた。
「ワカモの脱走の件ですが、今回脱走したのはワカモ一人ではありません。矯正局に収監されていた七人全員が脱走しています。その中には以前ケンジさんが拘束した伝説のスケバン、栗浜アケミも含まれています」
「……」
頭が痛くなってきた。
「……不幸中の幸い、と言っていいのかは分かりませんが」
カンナは疲れたように眉間を揉む。
「ワカモ以外は既にD.U.から逃走しています」
「……一緒に暴れられるよりはマシか」
思わず本音が漏れた。
ワカモ。
アケミ。
どちらも一人で災害みたいな連中だ。
そんな奴らが同じ場所で暴れ始めたら目も当てられない。
劇場版『炎帝VS厄災の狐VS伝説のスケバン ~D.U.最後の日~』は、クランクインすることなくお蔵入りとなったようだ。
ありがたい話である。
「……なんでこんなめちゃくちゃな状況になってるんだ?」
俺だけではなく、きっとキヴォトスの住民全員が抱いていたであろう疑問を口にする。
「D.U.だけじゃない。ここ数週間、キヴォトス全土が混乱状態だぞ」
カンナは周囲を見回し、そして誰も聞いていないことを確認すると、声を潜める。
「この話はオフレコでお願いします。連邦生徒会長が失踪しました」
「……」
「現在、サンクトゥムタワーの制御権は失われ、その影響で連邦生徒会は行政権を喪失。事実上の機能停止状態です」
頭が真っ白になる。
冗談だと言ってほしかった。
だが、そんな質の悪い冗談を言う人ではない。
なにより、カンナの表情がそれが事実だと物語っていた。
一瞬、ユメ先輩を連れてアビドスへ帰るべきではないかと本気で考えた。
「この非常事態に、いくら実力があるとはいえ本来なら一介の生徒に頼るべきではないのでしょう」
カンナはそう前置きした。
「ですが、それでも力を貸していただけませんか」
その声音には疲労が滲んでいた。
「……」
なんだかもう、問題の規模が大きすぎて逆に冷静になってきた。
連邦生徒会長失踪。
サンクトゥムタワーの制御権喪失。
行政機能停止。
そこまで行くと、もうどこかの誰かが何とかしてくれることを期待するしかない。
俺は俺にできることだけやる。
「その問題の外郭地区、住民の避難は終わってるんだよな?」
「え? あ、はい。大丈夫です」
「大火災にならないようには気を付けるが、建物の損壊は覚悟してくれよ?」
流石にワカモ相手にそこまで加減する余裕はない。
一瞬、カンナが呆けたような顔をした。
だがすぐにいつもの表情へ戻る。
「そこは全てワカモに被せますので、ご心配なく」
「よし。言質取ったからな」
「ええ。それでは現場までお送りします」
そうして俺はカンナが用意したパトカーへ乗り込んだ。
窓の外では、遠くで黒煙が上がっている。
(……格好つけちまったけど、イヤだなぁ。あの狐の相手……)