漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ 作:場取らず
スマートフォンのアラームが静かな教室に鳴り響く。
目を擦りながら身体を起こし、アラームを止める。
時刻は早朝。
簡単に身支度を整え、動きやすいジャージへと着替える。
軽く準備運動を済ませると、そのままランニングを兼ねた学校周辺の見回りへ向かう。
夜のうちに侵入された形跡はないか。
不審な車両や人影はないか。
そんなことを確認しながら、一定のペースで学校の周囲を走っていく。
幸い、今朝も異常はない。
確認を終えると、今度は筋トレをするため校庭へ向かった。
しばらくして、校門の方から見慣れた二人の姿が見える。
「おはよ~、ケンジ。毎朝精が出るねぇ」
「おはようございます、ケンジ先輩」
筋トレの最中、ホシノとノノミが登校してきた。
「おはよう。昨夜も今朝も異常なしだ」
「うへぇ、了解~。やっぱり何でか日中にしか来ないみたいだねぇ……」
「日中でも来られるのは困りますけどね……。あ、ケンジ先輩。朝ごはん、いつもの場所に用意しておきますね」
「毎度悪いな」
「学校に寝泊まりしてもらってるんですから、これくらいはさせてください」
そう。
俺はここ最近、学校で寝泊まりをしている。
理由は単純、カタカタヘルメット団なる集団に学校が襲撃されているからである。
それも、数日おきという高頻度で。
都会の流行りが遅れて田舎にやってくるように、この間までの連邦生徒会長失踪による混乱が、今になってアビドスにも波及してきたのかと思った。
だが、どうやらそう単純な話でもないらしい。
最初の襲撃こそ意表は突かれたものの、何とか撃退に成功した。
その時は俺を含め、皆が「少し大掛かりなアクシデントだった」と考えていた。
――同じような規模の襲撃を、わずか数日後にもう一度受けるまでは。
二度目も問題なく退けた。
しかしそれで終わりではなく、三度、四度と、カタカタヘルメット団は数日おきにアビドス高校を襲撃してきたのだ。
構成員一人ひとりの実力は大したことはない。
しかし、その装備の質が異常だった。
オートマタに装甲車、果ては戦車や戦闘ヘリまで保有し、歩兵もRPGや重機関銃といった重装備で武装している。
いくらキヴォトスでは生徒一人ひとりが頑丈とはいえ、こんな装備を好き放題持ち出されれば被害は洒落にならない。
戦車や戦闘ヘリといった兵器群は俺が引き受け、歩兵の迎撃はホシノが主力となり、シロコたち後輩四人が援護に回る。
役割分担が上手く機能し、これまでのところ大きな被害を出すことなく撃退を続けられていた。
ヘルメット団は、確かに元は不良崩れの集団だ。
だが数年ほど前から割と大きな勢力となってきており、各地に派閥や分派が存在する巨大な組織へと変貌している。
だからといって、この規模の戦力を好き放題動かせるとなれば話は別だ。
あれほどの装備を維持し、運用するには莫大な資金と補給網が必要になる。
そんな事が出来る連中なら、とっくにキヴォトス中へ悪名が轟いていてもおかしくない。
少なくとも、アビドスの一角で燻っているだけの集団で終わるはずがない。
一度、団員を何人か捕縛し、体の芯まで温まる拷……尋問を行った。
アビドスには金はないが、慈悲はある。
その結果、分かったことがある。
どうもカタカタヘルメット団のリーダーは、ここ最近になって急に羽振りが良くなったらしい。
その資金で兵器や装備を買い漁り、不良どもを片っ端から雇い入れて、一気に勢力を拡大させたようだった。
だが、末端の連中は「なぜアビドスを襲うのか」を誰一人知らない。
最初は賞金首どもが俺へのお礼参りに結託した可能性も考えた。
しかし、その線もどうやら違うらしい。
いよいよもって、連中がそこまでしてアビドス高校を占拠しようとする理由が分からず、相手の目的を探るつもりで専守防衛に徹していた。
これが完全に下策だった。
まさか、あれほどの規模の襲撃を短いスパンで何度も繰り返してくるとは思わなかったのだ。
こちらは迎撃のたびに弾薬や装備を消耗していく。
一方で向こうは多少撃退されようが、数日もすればまた押し寄せてくる。
このままでは、先に音を上げるのはこちらだった。
流石に戦車や戦闘ヘリまで持ち出してくることはなくなり、装甲車やオートマタの姿も減って、歩兵の装備も以前よりもかなりグレードダウンしている。
それだけこちらの迎撃で相手にも少なからず損害を与えられているのだろう。
だが、それでも一般的な不良集団としては破格の装備を維持していることに変わりはない。
このまま消耗戦を続ければ、先に力尽きるのは間違いなくアビドスの方だった。
幸い、連中が襲ってくるのは決まって日中だ。
とはいえ、「今までそうだった」だけで、明日もそうとは限らない。
万が一に備え、夜間も誰かが学校に残ることになった。
生徒数六人のアビドス高校には使われていない教室がいくらでもある。
校舎にはシャワー室や仮眠用の簡易ベッドも備え付けられており、寝泊まりする分には何の問題もない。
家から学校まで一番距離がある俺が、暫くの間は空き教室を自室代わりに使っているというわけだ。
俺なら単独での戦闘も、弾薬の心配もない。
まぁ、女の子に泊まり込みさせて自分だけ家に帰れないという安っぽい男の見栄もあるのだが。
シャワーを浴び、ノノミが用意してくれた朝食を平らげる。
そのまま生徒会室へ向かうと、一年生コンビも既に登校していたようだ。
アヤネはノートパソコンを開き、いつものように事務作業を進めている。
一方のセリカはスマートフォンと求人情報を見比べながら、今日のアルバイト先を探しているようだった。
借金返済の柱である賞金稼ぎは、学校を空けられない俺が今月ほとんど活動できていない。
「今月の利息分、足りそうか?」
そう声を掛けると、アヤネは手元の資料に目を落としたまま答えた。
「カタカタヘルメット団が置いていった戦車や戦闘ヘリの残骸、それに鹵獲した武器や弾薬を売れば、今月の利息分は問題ありません」
「なんとも複雑な資金源ね……」
アヤネの報告に、セリカが呆れたように肩をすくめる。
「でも、その分セリカちゃんもアルバイトを頑張ってくれてますからね。偉いですよ、セリカちゃん☆」
ノノミがにこにこと笑いながら頭を撫でようと手を伸ばす。
「だから子供扱いしないでってば!」
顔を真っ赤にしたセリカは、ノノミから逃げるように身を引く。
(……とはいえ、このままじゃマズいよな)
距離を詰めようとするノノミと、距離を取ろうとするセリカの攻防を眺めながら、頭の中では別のことを考える。
(連中が夜は動かないっていうなら、逆にこっちから夜襲を仕掛けてリーダーを潰す……斬首戦術もいよいよ実行すべきか?)
そんなことを考えていると――。
――ガラッ。
生徒会室の扉が開く。
「おはよう」
「おはよう、シロコせんぱ……い?うわっ!?何っ!?そのおんぶしてるの誰!?」
「わあ、シロコちゃんが大人を拉致してきました!」
「拉致!?もしかして死体!?シロコ先輩がついに犯罪に手を……!!」
「おはようシロコ。何で先生おぶってんだ?」
……地味にアヤネからの評価酷いなお前。
何かやらか……してはいないが、やらかしそうな事は多々あったな、うん。
ひとまず先生をソファへ座らせ、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して手渡す。
「大丈夫ですか、先生」
"あ、ありがとう、ケンジ"
「先生?先生って…連邦捜査部【シャーレ】の先生!?」
「わあ☆支援要請が受理されたのですね!よかったですね、アヤネちゃん!」
「はい!これで…弾薬や補給品の援助が受けられます」
シャーレへの支援要請を提案したのはアヤネだ。
先日のD.U.で先生と会ったことを話した後、アヤネなりに【シャーレ】について調べたらしい。
名前だけ聞けば、大規模な組織犯罪やテロ事件を専門に扱う超法規的機関――そんな物々しい組織を想像していたが、実際は少し違った。
シャーレは連邦生徒会直属の組織でありながら、連邦生徒会長によって付与されたその権限はキヴォトス全域に及ぶ。
学園間の重大な問題から部活の相談まで各種依頼を幅広く引き受ける、実質的には「何でも屋」のような立場らしい。
(いずれアビドスにも来てくれるとは思っていたが、この状況で早々に足を運んでくれたのは本当にありがたい。先生が来てくれた以上、俺も守るだけじゃなく攻勢に出られる)
「ホシノ先輩にも伝えてあげないと…そういえばホシノ先輩は?」
「会長なら隣の教室で寝てるよ。私、起こして…」
「あぁ、それなら俺が行ってくるわ」
セリカの言葉を遮り、隣の空き教室へ向かう。
コンコン。
「入るぞー」
「うへぇ……。女の子が寝てる部屋にノックしたと思ったら返事も待たずに入ってくるなんて……ケンジのえっち」
「フォンダンホシノにしてやろうか?つーか、ここから隣の様子探ってただろ」
「バレてたかぁ」
ホシノは悪びれもせず、くすくすと笑った。
「ケンジが前に言ってた例の"大人"ね……。実際どうなの?わざわざここまで来てる辺り、助ける気はあるみたいだけど……」
その言葉には、警戒心が隠しきれていなかった。
無理もない。
俺もホシノもこれまで、ろくでもない大人たちに何度も振り回され、利用されかけてきた。
もちろん、柴大将のように純粋な善意で手を差し伸べてくれる大人もいる。
だが、それ以上に悪辣な大人を見てきた。
だからこそ、大人を簡単には信用できない。
「ま、大丈夫さ」
「やけに信用するじゃん。何か理由あるの?」
別に俺だって、先生がどこの誰かも知らずに信用しているわけじゃない。
この三年間、賞金稼ぎとして様々な人間を見てきた。
その上で思う。
「あの人は、人を利用するようなタイプじゃない。むしろ利用されるタイプだ」
困っている人を放っておけない。
自分が損をすると分かっていても、最後には笑って手を差し伸べる。
そんなタイプに見えた。
「うへぇ……。さっきとは違う意味で大丈夫なの?」
……あれ?もしかして、説得失敗した?
ダダダダダッ!
銃声が響く。
~~~~~~~~~~
「ひゃーっははは!攻撃攻撃!アビドスの奴らは弾薬の補給を絶たれている!このまま襲撃して学校を占拠するのだ!」
「……他の連中はともかく、炎帝は弾薬関係ないんじゃ……」
「言うなよ……。みんなそんなこと分かってて、あえて黙ってるんだから……」
「そこ! 余計なことを言うな! とにかく今がチャンスなのは間違いない! 攻撃しろーー!!」
~~~~~~~~~~
「まーた来たよ。ほら、先生に挨拶してあいつら追っ払うぞ、昼行燈」
「うへぇ……お昼寝もおちおちできないよぉ」
その後、本日のカタカタヘルメット団による襲撃も特に問題なく撃退。
連中はいつものように捨て台詞を吐きながら砂煙を上げて撤退していった。
「……よし。それじゃあ、改めて」
アヤネが小さく咳払いを一つ。
「それでは改めてご挨拶しますね、先生。私たちはアビドス高校生徒会【アビドス廃校対策委員会】です。私は奥空アヤネ。書記補佐とオペレーターを担当しています」
ぺこり、と丁寧に頭を下げる。
「同じ一年生の黒見セリカ。会計補佐をしています」
「どうも」
紹介されたセリカが短く挨拶する。
「こちらは二年生の十六夜ノノミ先輩。副会長を務められています」
「よろしくお願いします、先生~」
「そして、同じく二年生の砂狼シロコ先輩。書記を担当しています」
「ん。書記。つまり影の支配者」
アヤネが苦笑しながら続ける。
「そして最後に三年生のお二人です。生徒会長の小鳥遊ホシノ先輩。そして会計担当の倉戸ケンジ先輩です」
「いやぁ~、よろしくねぇ、先生~」
「D.U.以来ですね。改めてよろしく、先生」
"うん、みんなよろしくね"
改めて自己紹介を済ませると、アヤネが補給物資の確認をする。
先生が持ってきてくれた弾薬や医療品などの支援物資は、消耗戦を強いられていたアビドスにとってまさに恵みの雨だった。
少なくとも、当面は物資不足を理由に守勢へ回る必要はない。
「うへぇ……先生が補給を持ってきてくれたし、前々から考えてた計画、実行しちゃおうか」
「ホ、ホシノ先輩が……計画?」
「うそ……そういうのって、だいたいケンジ先輩に丸投げしてたのに……」
一年生コンビが揃って目を丸くする。
確かにみんなの前で作戦を説明したり指示を出したりしているのは俺だ。
だが、それは事前にホシノと相談し、方針を決めた上での話である。
ホシノは人前だと面倒くさがって俺に任せるから、結果的に俺が音頭を取っているように見えるだけだ。
もっとも、ノノミとシロコはその辺りを理解しているようだが。
「いやぁ~、その反応はいくら私でも、ちょ~っと傷ついちゃうかな~」
まぁ、ガチでサボって昼寝していることもあるので、ホシノの自業自得である。
"……もしかして、これからカタカタヘルメット団を追撃しようとしてる?"
先生が俺とホシノの顔を見回しながらそう尋ねる。
「おっ、流石先生。正解~」
ホシノが感心したように笑う。
「正確には、あいつらの前哨基地を叩こうと思ってるんだよねぇ。にしても、さっきの戦闘での指揮といい、状況判断といい、すごいねぇ。これが大人の力ってやつ?」
ホシノは興味深そうに先生を見つめる。
俺も内心では同感だった。
戦場全体を俯瞰し、瞬時に最適な指示を飛ばしていく。
あの指揮能力こそ、連邦生徒会長が先生をキヴォトスへ呼び寄せた理由なのだろうか?
「補給が来てなかったら、夜闇に紛れて連中の拠点にアサシンムーヴを仕掛けるつもりだったんだよな、俺」
「朝起きたらリーダーたちが黒焦げで発見される……うへぇ、心理効果もバッチリだねぇ。今回は正面突破で行くけど」
「ん。ホラーからバイオレンスに路線変更」
"……本当に、ちょうどいいタイミングでアビドスへ来られたみたいだね。双方にとって"
先生は思わず苦笑する。
「それじゃあ善は急げ、鉄は熱いうちに打てってことで……前哨基地へ、出ッ発ぁーつ!」
「「「「「おーっ!!」」」」」
掛け声とともに俺たちは席を立つ。
守るだけの日々は、もう終わりだ。
今度は俺たちが攻める番。
こうして、アビドス高校の反攻作戦が始まった。
本作のカタカタヘルメット団は何故か原作よりお財布事情が良好です。