漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ 作:場取らず
―――???・黒服の研究所
「ククク……いやはや、これはこれは……」
「…………」
この三年ですっかり恒例となった黒服との呪術研究。
今回は研究とは別件で、ジュガイ君―――の中に埋め込まれた様々な機能を別のぬいぐるみへ移し替え、元の【ペロロ・ボクサー】へ戻してもらうために持ってきていた。
黒服なら、この程度の作業は問題なくこなせるだろう。
無駄に技術だけはあるし。
元に戻したペロロ・ボクサーは、ブラックマーケットの闇銀行襲撃で巻き込み、挙げ句の果てにはリーダー役まで押し付けてしまったヒフミさんへのお詫びにする予定だ。
プレミア価格が付くほどの代物なら、迷惑料としても釣り合いは取れるだろう……多分。
そういった訳で黒服にジュガイ君を預けたのだが……。
「クックックッ……興味深い……実に興味深い……」
さっきからずっとこの調子である。
(何だ?研究バカが全身に回って新たなバカでも発症したか?)
もしそうなら世の為人の為、感染拡大する前に焼却処分すべきだろう。
取り敢えず話が進まないので、一回炙ってみようかと思っていると――。
「おめでとうございます……っと言うべきなのかは分かりませんが。クックックッ……実に興味深い事態ですよ」
いよいよ本格的に壊れたのかと思っていると、黒服はゆっくりとジュガイ君を掲げた。
「このキヴォトスで初となる呪物の誕生ですよ」
「は?」
「僅かですが、ジュガイ君自身から呪力の放出を確認いたしました」
「いや、それは俺が毎日トレーニングで使ってたからじゃ……」
「ええ。私も初めはそう考えていました。しかし、詳しく検査した結果、ジュガイ君自身が呪力を生成しているのです!」
興奮を隠そうともしない黒服を他所に、俺はジュガイ君へそっと手をかざし、意識を集中させる。
感じ取れるのは、やはり俺が蓄積させた呪力――。
……いや。
本当に僅かだが、それとは別に新たな呪力が生まれている。
「……え?マジで?」
「ええ、マジです。いかがでしょう?お知り合いにお譲りしたいとのことでしたが、私の方で引き取らせていただくというのは。もちろん、相応の代金はお支払いしますよ」
「……呪物を送るわけにいかんだろ……。お前に預けるよ。金は……いいや」
ファン垂涎のプレミア品を呪物にしてしまった挙げ句、その代金まで受け取ったら、良心の呵責で俺が死ぬ。
「クックックッ……。これで封印術の研究も進められます。無事習得できた暁には、改めてジュガイ君へ封印を施し、お知り合いへお送りになられてはいかがでしょう?」
「呪い封じた人形プレゼントするとか完全に嫌がらせじゃねーか!!」
実際の等級は低いのだろう。
が、俺にとって
(どうしてこんな事に……)
興味深げにジュガイ君を眺め続ける黒服を横目に、俺は深いため息をついた。
―――天雨アコ side―――
(どうしてこんな事に……)
事の発端は、トリニティ側がシャーレに関する報告書を入手しているという情報が、情報部から上がってきたことだった。
ゲヘナとトリニティの間で、近く締結されるエデン条約。
この危うい時期に現れた「シャーレ」という不確定要素。
あの組織が条約締結にどのような影響を及ぼすか分かったものではない。
せめて条約が締結されるまでは、風紀委員会の庇護下に置くべく、私は行動を開始した。
そして最大の懸念だった炎帝―――倉戸ケンジがアビドスを離れたという報告を受け、私はこの機を逃すまいと決断する。
【便利屋68の捕縛】
それを表向きの名目として、部隊を動員した。
正直に言えば、強大な戦闘力を持ち、それでいて風紀委員会にも協力的な彼と事を構えるのは避けたかった。
だが、背に腹は代えられない。
先生さえ確保してしまえば、後は何とかなる。
倉戸ケンジも、ゲヘナそのものを敵に回すような真似はしないはずだ。
彼以外のアビドス生徒達も精強という情報は把握済み。
シャーレの先生の指揮能力も、チナツからの報告で十分理解している。
だからこそ、私は自身の権限を超える規模の部隊まで動員し、万全を期した。
これだけの戦力があれば、たとえ多少の不測の事態が起きようとも制圧は可能。
―――そのはずだった。
しかし、その目論見は三つの誤算によって音を立てて崩れ始める。
一つ目は、便利屋68の参戦。
今までの行動からして風紀委員が姿を現した時点で、その場を離脱するものと判断していた。
だが、彼女達は逃げなかった。
それどころか、つい先程まで敵対していたはずのアビドス高校と共闘を開始したのである。
二つ目は―――。
「……これは一体どういうことですの?」
「柴関ラーメンが吹き飛んじゃってますね~……」
「えーーーっ!?久々の柴関、楽しみにしてたのに!」
「って、うわ!何で風紀委員がこんなとこにいんのよ!?それもこんなに!?」
温泉開発部と並び、キヴォトスでも指折りの問題児集団、【美食研究会】である。
「吹き飛ばされた柴関ラーメン……そして風紀委員会……なるほど、そういう事ですか……」
美食研究会部長、黒舘ハルナがこちらを鋭く睨みつける。
「幾度となく美食への道を阻害するだけに飽き足らず……ついに店を破壊する暴挙に出ましたか!」
「「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」」
その場にいた風紀委員全員の声が見事に重なった。
誰もが「何を言っているんだ、こいつは」とでも言いたげな表情を浮かべる。
だが、ハルナはそんな視線など意にも介さない。
「この黒舘ハルナは、いわゆる『テロリスト』のレッテルを貼られています……」
「いや、レッテルじゃなくて純然たる事実……」
イオリが思わずツッコミを入れる。
「美食の精神を理解しない料理人を叩きのめし、未だ病院から退院できない方もおります。美食にそぐわない形で食材を扱った業者は、もう二度と店を開けません。料金以下の料理を提供する飲食店を爆破することもしばしばです」
「そんな事してるからテロリストって言われるんじゃ……」
「アルちゃん、私達、人の事言えないから。今回は特に」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「……まぁ、今は勘違いしたままにさせておこう」
「ですが、そんな私にも……許せない『悪』はわかりますわッ!『悪』とは、自身の都合だけで飲食店を破壊することです!!ましてや味、衛生基準、サービス、どれをとっても高水準の優良店を―――!貴方がたがやったのは、それです!お分かりですか!?治安維持組織であることを理由に法律に裁かれないと言うのなら……私達が裁きます!!」
「「「「「「「「「「
(相変わらず、自分勝手な連中ですねぇ……!)
モニター越しに暴れ回る美食研究会の面々を睨みつける。
だが、先の二つは確かに想定外ではあったものの、まだ対処可能な範囲だった。
便利屋68も、美食研究会も、少数精鋭。
その程度を抑え込めないほど、こちらの戦力は脆弱ではない。
それでも。
それでもなお、作戦は音を立てて崩壊へ向かっていた。
三つ目の誤算にして最大の原因。
それは―――。
『中央突破されました!』
『右翼部隊が壊滅!押し返せません!』
『き、救援!救援を―――うわぁぁぁぁ!?』
モニター越しに映るのは、一人の少女が戦場を蹂躙する光景だった。
(何なんですか
「うへぇ……。流石はゲヘナの風紀委員、いい動きするねぇ。こりゃおじさん、明日は筋肉痛確定だよ。トホホ……」
軽口とは裏腹に、その足取りに一切の淀みはない。
押し寄せる風紀委員を薙ぎ払い、包囲を食い破り、戦線を破壊していく。
縦横無尽に暴れまわるアビドスの生徒会長―――小鳥遊ホシノ。
(どう考えてもヒナ委員長と同格……何で炎帝以外にも、あんな化け物がいるんですかぁ!?)
彼女は先頭に立って戦線を切り裂き、包囲網を食い破る。
その突破口を逃さぬよう、シャーレの先生の指揮を受けたアビドスの生徒達が的確に援護し、瞬く間にこちらの陣形を崩していく。
そして、その光景を見た便利屋68と美食研究会はまるで祭りにでも参加するかのように戦場へ飛び込み、後方攪乱や側面攻撃を開始した。
統率など微塵もないが、それぞれが好き勝手暴れ回るせいで、こちらは対応を余儀なくされ、各所で戦力を削られていく。
本来なら容易く制圧できるはずだった局地戦は、一人の規格外を中心として連鎖的に均衡を崩し、いつの間にか風紀委員会が押し込まれる側へと変わっていた。
待機させていた全部隊は既に投入済み。
にもかかわらず、状況は不利。
アコの罪は、
(独断で部隊を動かした上に敗北したなんてことが委員長に知られれば……反省文どころじゃ済みません!何としてでも先生を……!!)
『アコ』
『え?……ひ、ひ、ヒナ委員長!?』
外出しているはずの風紀委員長、空崎ヒナからの通信。
その声を聞いた瞬間、アコの思考は一瞬で凍りついた。
『アコ、今どこにいるの?』
『え、えっと、い、今はゲヘナ近郊を他の委員達と一緒にパトロールしておりまして!その、少々立て込んでおりますので!折り返しこちらから連絡いたしますので、少々お待ちを―――』
『立て込んでいる?』
通信越しのヒナの声は、いつもと変わらず静かだった。
『それは……』
「他の自治区で、風紀委員会の部隊を独断で動かさなければならないほどのことなのかしら?」
『……え?』
モニターの一角。
今まさにアビドスと交戦しているその現場に、小柄な人影が映っていた。
ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナ。
外出しているはずの彼女が、そこにいた。
『えっと……その……。そ、そうです!便利屋と美食研を捕まえようとですね……!』
「便利屋と美食研?どこにいるの?」
『へ?彼女達なら、そこに…………って、いない!?』
画面の中に映っていたのは、ヒナ委員長の登場に様子見をするアビドスの生徒達と、疲弊しきった風紀委員会の部隊だけだった。
『その……委員長。全てお話しいたします』
「はぁ……」
ヒナ委員長は小さくため息をつく。
「もういいわ。大体は把握したから」
その一言に、アコの背筋が凍る。
更に、その直後。
「へぇ……。じゃあ、説明してくんない?俺、今来たばっかで全然状況把握してないからさ」
アビドス生達の近くに、いつの間にか一人の生徒が立っていた。
当初の最大の懸念点。
炎帝―――倉戸ケンジ。
アビドスを離れていたはずの彼が、そこに現れていた。
――――――
「ケンジ先輩!どこ行ってたのよ!大変だったんだから!ゲヘナの奴らが急に攻めてきて……!」
「悪い悪い。ちょっと知り合いに呼ばれてさ」
「うへぇ……。そういえばケンジが出かけてる事、おじさんみんなに伝えるの忘れてたよ。ごめんね?」
事情を知っているホシノがフォローを入れてくれる。
「ん。でも、ほとんど片付いた。ボスが出てきたけど……先輩も合流したなら余裕」
「ボスねぇ……」
視線をゆっくりと前へ向ける。
「ケンジ……」
「ゲヘナ以外で会うのは初めてだな、ヒナ。どういった事情でこうなったのかは知らんが、まだやり合うってんなら―――」
「いえ、私は戦うために来たわけじゃないわ。というか、あなたと小鳥遊ホシノを同時に相手取るなんて勘弁よ」
「あれ?おじさんのことも知ってるの?風紀委員長ちゃん?」
気の抜けた調子で問いかけるホシノに、ヒナは少しだけ視線を向ける。
「情報部にいた頃、各自治区の要注意人物はある程度把握していたから。……人違いかと思うほど、一年生の頃と雰囲気が変わっているのには驚いたけど」
そういえば、初めてヒナと会った時も、ホシノのことをそれとなく聞かれた覚えがある。
成程。
当時、切れたナイフ*1だった頃のホシノを警戒していたわけか。
そんな事を考えていると、ヒナが静かにアビドスの面々へ向き直る。
「事前通達なしでの兵力の無断運用。そして、他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。この件について、ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナの名において、アビドス廃校対策委員会に正式に謝罪するわ。今後二度と、このような事態を起こさせないことを約束する」
そう言って、ヒナは深く頭を下げた。
「…………」
俺はホシノの方へ視線を移す。
こういう時に判断を下すのは、アビドスの生徒会長であるホシノの役目だ。
ホシノは少しだけ目を細め、それからいつもの気の抜けた笑みを浮かべた。
「アビドス生徒会長として、空崎ヒナ風紀委員長の謝罪、確かに受け取りました」
その声は、普段の軽さとは違い、はっきりとした生徒会長としてのものだった。
だが、それも一瞬のこと。
「……というわけで、みんな~。これで手打ちだよ~。はい、お疲れ~。解散解散」
次の瞬間には、いつものうへおじに戻っていた。
「せ、戦闘の時といい、さっきのやり取りといい、今日は格好いいと思ってたら最後の最後で……」
「これでこそホシノ先輩ですね☆」
「ん」
そんなアビドス側の空気を他所に、ヒナは風紀委員会へ視線を向ける。
「イオリ、チナツ。撤収準備。帰るよ」
「……はい。委員長」
「了解です……」
チナツが静かに頷き、イオリは大きく肩を落とした。
「うう……それにしても、ひどい目に遭った……」
そう愚痴るのはイオリだ。
「なんかおかしいなとは思ったんだよ。私がアコちゃんに『便利屋がアビドスにいるなら、ケンジにも協力してもらおう』って言ったら、『そこは大丈夫です』って言うからさ。てっきり話はついてるんだと思ったら、ケンジはいないし、他のアビドスの奴らは攻撃してくるし……」
「ほう」
思わず、声が漏れた。
『イ、イオリ!余計なことを……!』
アコの悲鳴じみた声が通信越しに響く。
「……やっぱり正式に抗議するか?アビドス生徒会として、ゲヘナの生徒会組織―――万魔殿に」
少しからかうつもりで言っただけだった。
だがその瞬間、その場にいた風紀委員会の面々が、一斉に顔を青くした。
「委員長。アコ行政官を人身御供としてアビドスに差し出すことを提案します」
『チナツ!?』
「ケンジ」
ヒナが真顔でこちらを見る。
「それで矛を収めてくれない?始末書や反省文を書かせなきゃいけないから、できれば指だけは動かせる程度にしてもらいたいのだけど……」
『ヒナ委員長ぉぉぉぉ!?』
「……いや、冗談だから」
犬猿の仲とは聞いていたが、そこまでか。
そこまで嫌なのか、万魔殿。
少なくとも、サツキさんからは風紀委員会について特に何か聞いた覚えはないのだが……。
その後、風紀委員会は一糸乱れぬ統率で撤収を開始した。
先程まで疲弊しきっていたはずの部隊とは思えないほどの速さで、彼女達はアビドス自治区外へと引き上げていく。
「……で?結局、何があったんだ?俺、マジで状況把握してないんだが……」
そうホシノに尋ねると、彼女はいつもの調子で肩をすくめた。
「うへぇ……説明したいのは山々なんだけど、実はこっちも分かってないことが多いんだよねー」
「そうか……」
俺は少し考え込む。
「こっちは特筆すべきことといえば、ジュガイ君がキヴォトス初の呪物になったことくらいだ」
「ごめん、ちょっと何言ってんのか分かんない」
真顔で返された。
うん、自分でもそう思う。
「……ほんと、何でこんな事に……」
その疑問に答える者は、誰もいなかった。