漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ   作:場取らず

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28話

――――アビドス高等学校

 

カイザーPMCの基地から戻ってきた俺たちは、揃って重苦しい空気に包まれていた。

 

砂漠の奥地に建設されていた巨大施設。

そこに集められていた大量の兵器とPMC部隊。

カイザーが探しているという、アビドスのどこかに眠る『宝』。

そして突然引き上げられた利息と、一週間以内に要求された三億円の保証金。

 

一度に判明したことが多すぎる。

 

あの場では有耶無耶にしたが、来月から利息だけで9000万円以上を支払わなければならないかもしれないという可能性は、俺たち全員の肩に重くのしかかっていた。

 

それでも、完全に希望を失わずにいられたのは先生のおかげだろう。

 

帰ってくるなり先生は、不安を隠せない俺たちを見回して――。

 

"大丈夫。何とかしてみせるよ"

 

そう言ってくれた。

何の根拠があるのかなんて分からない。

それでも、不思議とその言葉を信じてみようと思えた。

 

先生はこれからカイザーへの正式な調査を進めるため、一度シャーレへ戻って準備を整えるらしい。

 

先生を見送った後、俺たちも今日はひとまず解散となった。

 

 

 

――――アビドス高等学校・生徒会室

 

なんとなく帰る気になれず、俺はそのまま学校で時間を潰していた。

別に何かやることがあったわけじゃない。

ただ、このまま家に帰ったところで落ち着ける気がしなかった。

 

考えたところですぐに答えが出るような問題じゃないのは分かっている。

それでも、何もせずに帰って寝るという気分にはなれなかった。

そんなことを考えながら校内を歩いていると、生徒会室の前で足が止まる。

こんな時間だというのに、まだ明かりがついていた。

 

「何だ、まだ帰ってなかったのか?」

 

扉を開けて中を覗くと、そこにいたのはホシノだった。

 

「うへぇ……ケンジこそ。まだいたんだ」

 

「まぁ、なんとなくな」

 

「おじさんも似たようなものだよ」

 

そう言って、ホシノは気の抜けた笑みを浮かべる。

 

「…………」

 

「…………」

 

それきり、会話が途切れた。

何かしなければならない。

そう思ってはいるものの、じゃあ何をすればいいのかと聞かれると、何も思いつかない。

 

「……結局、今は先生に頼るしかないか。あの基地の査察と、闇銀行で手に入れた帳簿。そこからカイザーの不正を示す証拠が何か掴めればいいんだけどな」

 

「そうだねぇ」

 

「……まだ信用しきれてないか?先生のこと」

 

「うへぇ、流石にそんなことないよ。たまに『大丈夫かなこの人?』って思ったことはあったけど、ここまで色々とやってくれたしね。それに……」

 

ホシノが俺の方を見る。

 

「よくよく考えたら、わざわざ面倒ごとの中心に首を突っ込む変人は初めてじゃないからねぇ」

 

「そうかい」

 

誰のことを言っているのかは、あえて聞かなかった。

というか、聞きたくない。

 

「けど実際、どうしようかねぇ?先生はともかく、連邦生徒会がまともに取り合ってくれなくて、あの馬鹿みたいな利息が通っちゃったら」

 

「とりあえず仕返しとして、クロノス辺りに情報を売るか。『強者におもねり、弱者を見捨てる連邦生徒会』。マスコミ、好きだろこういうの」

 

「うへぇ、姑息~。小物~」

 

「うっせ」

 

「っていうか何の解決にもなってないじゃん」

 

「じゃあ、あの理事拉致るか。カイザーの重役だし、いいパーツ使ってんだろ。バラして売ればワンチャン借金返せるかもしれん」

 

「うへぇ、猟奇的~。鬼畜~」

 

「うっせうっせ」

 

くだらない話をしているうちに、少しだけ気が楽になった。

結局、今の俺たちにできることは少ない。

今日はもう帰って休んだ方がいいだろう。

 

「……そろそろ帰るか」

 

「そうだねぇ。おじさんも帰ろっと」

 

二人で生徒会室を出て、校門の前で足を止める。

 

「それじゃ、また明日ね。ケンジ」

 

「おう。また明日」

 

軽く手を上げ、それぞれ帰路についた。

 

 

 

――――カイザーコーポレーション・理事室

 

「……クソッ!」

 

苛立ちのまま、拳を机へ叩きつける。

 

何故だ。

何故、こうなった。

 

アビドス高等学校。

かつては巨大な自治区を有していた学園も、砂漠化と共に衰退し、今では見る影もない。

生徒は減り続け、残ったのは莫大な借金だけ。

 

二年前には、とうとう生徒数は三人にまで減少。

本館すら維持できず、現在の別館へ活動拠点を移す始末。

あとは放っておけばよかった。

 

借金は返せない。

利息を支払うために土地を手放し、土地を手放しても借金は残る。

今までそうやって、少しずつアビドスの土地はカイザーのものになっていった。

最後には学校すら維持できなくなり、自ら残された土地を手放す。

そうなるはずだった。

――そのはずだった。

 

「……炎帝」

 

倉戸ケンジ。

あの生徒が頭角を現してから、少しずつ歯車が狂い始めた。

賞金稼ぎで稼いだ金を学校へ入れ、これまで利息を支払うだけで精一杯だった借金の元金まで削り始めた。

 

一度は排除しようと、腕利きの刺客を差し向けた。

だが、送り込んだ者は返り討ちに遭い、そのまま消息を絶った。

 

それでも、アビドス高校そのものには手を出さなかった。

相手がどれだけ衰退していようと、アビドスは正式な学園自治区だ。

そこへ企業が保有するPMCを送り込み、武力で制圧する。

そんな真似をすれば、連邦生徒会が黙っているはずがない。

 

ましてや当時は、あの超人――連邦生徒会長がいた。

奴のせいで、カイザー傘下の企業がいくつも潰された。

本体にまで手を伸ばされなかったものの、不正を嗅ぎつけられ、摘発され、切り捨てるしかなくなった子会社は一つや二つではない。

そんな相手が目を光らせている中で、下手に動くことなどできなかった。

 

『企業が学園へ軍事侵攻した』

などという大義名分を、自ら差し出す馬鹿がどこにいる。

 

危険を冒す理由などなかったのだ。

だが、転機が訪れた。

 

連邦生徒会長の失踪。

 

あの超人がいないのなら、連邦生徒会など恐れるに足りない。

トリニティとゲヘナがエデン条約へ注力しているのも追い風だった。

 

今ならば動ける。

そう判断し、裏から手を回した。

カタカタヘルメット団や便利屋68をけしかけ、アビドスを追い出すべく行動を開始した。

 

効果はあった。

このまま続けていれば、いずれ連中は音を上げる。

――だというのに。

 

「今度は大人……S.C.H.A.L.E.の先生だと……!」

 

連邦生徒会長の置き土産。

よりにもよって、あの大人が現れた。

 

アビドスに肩入れし、生徒たちを助け――。

今日、ついに基地まで発見された。

そのうえ、正式に査察するとまで宣言した。

 

「ふざけるな……!」

 

基地そのものだけなら、まだいい。

問題は、あの場所で何をしているかだ。

 

広大な土地。

大量の人員。

集められた兵器。

そして、砂漠を掘り返すために投入した設備の数々。

 

あれを見れば、誰だって気づく。

カイザーが本気でアビドスの砂漠を調べている、と。

そして考える。

 

――そこには、一体何がある?

 

宝の正体を知られる必要などない。

場所を特定される必要すらない。

カイザーが莫大な金と人員を投入して探している。

その事実が知られるだけで十分なのだ。

 

他の企業が。

他の学園が。

アビドスの砂漠に眠る『何か』へ目を向ける。

 

『アビドス高校を支援する』

そんな大義名分を掲げ、横槍を入れてくる可能性は十分に考えられる。

 

そうなれば、これまで時間と金をかけて広大な土地を手に入れてきた意味がなくなる。

そして何より――。

 

理事は強く拳を握り締めた。

 

この失態が社内へ知られれば、どうなる。

 

カイザーは実力主義。

結果を出した者が上へ行き、失敗した者はその席を奪われる。

理事の失敗を喜ぶ者など、吐いて捨てるほどいる。

 

仮に今回の件が問題になったところで、カイザーコーポレーションそのものは生き残るだろう。

なぜならば、責任を取らせればいい。

今回の計画を任されていた人間に。

 

「…………」

 

誰のことかなど、考えるまでもなかった。

 

ここまで来るのに、どれだけ掛かった。

どれだけの人間を蹴落としてきた。

ようやく手に入れた、この地位を――。

 

「……冗談ではない」

 

失う?

この私が?

あんな、廃校寸前の弱小校のために?

 

「冗談ではない……!」

 

もう一度、拳が机を叩いた。

 

「くそっ!」

 

アビドス高校。

炎帝。

連邦生徒会長。

シャーレの先生。

 

どいつもこいつも私の邪魔を!

そもそも、あんな大掛かりな基地を造る羽目になったのは、あの忌々しいガラクタの――。

 

「…………」

 

一つ、考えが浮かんだ。

今までなら、即座に切り捨てていたはずの選択肢。

だが一度浮かんでしまったそれは、頭から離れなかった。

 

――――――――

 

翌朝。

 

いつもの時間に目を覚ます。

昨日あれだけのことがあったというのに、身体はいつも通り日課のトレーニングを始める準備をしていた。

 

我ながら律儀なものだと思う。

こんな状況でもルーティーンを崩さないのは、もう完全に習慣になっているからなのか。

それともいつもと同じことをして、少しでも落ち着きたいだけなのか。

 

「……まぁ、どっちでもいいか」

 

考えたところで答えが出るわけでもない。

とりあえず顔を洗って、着替えて、それからいつものメニューを――。

 

――♪♪♪

 

「ん?」

 

置いてあったスマホが鳴った。

 

「こんな朝っぱらから誰だ?」

 

画面へ目を向ける。

 

「……黒服?」

 

アイツ、こんな朝っぱらから何のつもりだ?

 

「もしもし?」

 

『ククク……朝早くから失礼します』

 

「まぁ、起きてたからそれはいいけど……何の用だよ?」

 

『あなたに、決して聞き逃せないであろう話をひとつ。興味深い話だと思いますので、どうかご清聴ください』

 

「あ、間に合ってます」

 

ピッ。

通話を切る。

 

(……アイツ、朝っぱらからイタ電とか舐めてんのか?やっぱりジュガイ君の金取ろうかな、ヒフミさんには申し訳ないが。昨日の一件で状況も変わったし、こっちは何かと物入りになったんだ。今から請求したって罰は当たらないだろ)

 

そんなことを考えていると――。

 

――♪♪♪

 

「…………」

 

再び鳴り始めたスマホ。

画面に表示されている名前は、当然のように黒服。

 

仕方なく通話に出る。

 

「お前、*1いい歳した大人が朝っぱらからイタ電をだな――」

 

『カイザーがアビドスに攻め込んできます』

 

「…………は?」

 

『カイザー理事が、アビドス高等学校への武力侵攻を準備しています』

 

一瞬。

本当に一瞬だけ、何を言われたのか理解できなかった。

 

「……詳しく話せ」

 

寝起きだった頭が、一気に覚醒する。

 

『ええ。どうやら昨夜、カイザー理事からPMCへ大規模な部隊移動の指示が出されたようです』

 

「大規模って、どのくらいだ」

 

『アビドス砂漠の基地はもうご存じでしたね?あなた方が目にした基地に配備されていた戦力その全て、さらに周辺からもいくらかの部隊を集めた戦力が動くと考えていただければ』

 

「……正気か、あの理事」

 

企業が一つの学園へ軍隊を送り込む。

それがどれだけ滅茶苦茶な行為なのか、俺にだって分かる。

まして昨日、先生が正式な査察を宣言したばかりだ。

こんなことをすれば、それこそ自分から首を絞めるようなものじゃないのか。

 

『ククク……追い詰められた者が、常に合理的な判断を下すとは限りません』

 

「追い詰められた?」

 

『ええ』

 

黒服の声から、いつもの調子が僅かに消える。

 

『昨日、あなた方は彼らにとって知られたくない場所へ辿り着いた。そしてシャーレの先生は、その場所を正式に調査すると宣言した』

 

「……あの基地か」

 

『その通りです』

 

砂漠の奥地に造られた巨大施設。

大量のPMC。

あれだけのものを用意してまで、カイザーは『アビドスの宝』を探している。

 

『基地そのものが見つかったことよりも、その存在が広く知られることを彼らは警戒しているのでしょう』

 

「……カイザーが、そこまでして何を探してるのかって話になるからか」

 

『ご明察です。宝の正体を知らずとも、カイザーが莫大な資金と戦力を投入して探している。その事実だけで、十分に興味を持つ者は現れるでしょう』

 

昨日、理事があれだけ堂々と『宝』の存在を明かした理由が少し分かった気がする。

俺たちだけなら、どうとでもできると思っていたんだ。

だが、先生が出てきた。

シャーレが正式に動けば、話がアビドスとカイザーだけでは済まなくなる。

 

「それで、バレる前に俺たちを追い出す気か」

 

『少なくとも、理事はそのつもりなのでしょう』

 

「……カイザー全体の決定なのか?」

 

『恐らく違うでしょう、あまりにも悪手すぎます。現時点で私が把握している限り、今回の動きは理事の主導によるものです』

 

「…………」

 

『カイザーは実力主義です。結果を残した者が上へ行き、失敗した者はその地位を失う。今回の計画が彼の失策として扱われれば――その先は、説明するまでもないでしょう』

 

なるほど。

それであの理事は、今までやらなかったことをやろうとしているのか。

自分が切られる前に、全部終わらせるために。

 

「……侵攻はいつだ」

 

『そのことですが――少々、厄介な問題があります』

 

「厄介?」

 

『ええ。今回、こうしてあなたへ連絡を差し上げた理由でもあります』

 

さっきまでとは僅かに違う声色。

 

『カイザーとゲマトリア(我々)が、以前から繋がりがあったことはご存じでしょう?』

 

「ああ」

 

忘れるはずがない。

俺が黒服と初めて会った際にも、カイザーには多少の伝手があるようなことを言っていた。

 

『もっとも、我々とカイザーは一枚岩というわけではありません。それぞれの目的のため、必要に応じて協力している――その程度の関係ですが』

 

「それで?」

 

『今回、カイザー理事は我々の知る『あるもの』を、アビドスへの侵攻に利用しようとしています』

 

「……あるもの?」

 

『ええ』

 

僅かな間を置いて、黒服がその名を口にする。

 

『デカグラマトンの預言者――ビナー』

 

「……ビナー?何だ、それ」

 

聞いたことのない名前だ。

 

『アビドス砂漠を徘徊している、巨大な機械です。基本的に砂漠を徘徊しており、居住区へ姿を現すことはありませんが……かつてのアビドス高校や砂漠横断鉄道の建設時に遭遇、交戦した記録が残っています』

 

砂漠を徘徊――。

その言葉で、昨日の理事の発言が頭を過った。

 

【これはあくまで、宝探しを妨害された時のためのものだ。君たち如きに用意したものではない】

 

「砂漠にあったPMC基地の戦力の本来の目的って……。宝を探している最中に遭遇する可能性があるから、あれだけの戦力を集めてたのか」

 

『その認識でおおむね間違いありません』

 

あの大戦力を用意していた理由が、ようやく分かった。

 

「……で、そのビナーが今回の侵攻とどう関係する?」

 

『それが先ほど申し上げた、厄介な問題なのですよ。今回の件が、あなたと私の間に結ばれた【縛り】へ抵触する可能性を否定できないのです』

 

「……どういうことだ?」

 

『カイザーは以前から、ビナーの認識を意図的に偏向させるための装置を保有しています。ビナーそのものを操ることはできません。ですが、装置から発せられる信号を優先して排除すべきものだと誤認させ、ある程度その進行方向を誘導することは可能です』

 

「……その装置、お前らが関わってるのか?」

 

『その通りです。正確には、我々が技術提供を行ったものです。ただし、これはあなたと【縛り】を結ぶ以前の話ですが』

 

悪びれた様子もなく、黒服は肯定した。

 

『それに、本来想定されていた使用方法とも異なります』

 

「本来はどう使うつもりだったんだ?」

 

『アビドスの土地を完全に手中へ収めた後、十分なPMC戦力を用意した状態でビナーを誘導し、撃破する。その後、安全を確保したうえで宝の探索を進める――そういう計画でした。ところが、今回カイザー理事はその使用目的を変更した』

 

黒服の声が僅かに低くなる。

 

『ビナーをアビドス高等学校へ誘導し、襲撃させる。そして――「アビドスをビナーから守る」という建前で、PMCを進軍させるつもりです。あなた方がビナーによって壊滅すれば、それでよし。仮に生き残ったとしても、戦闘によって疲弊したところをPMCに制圧させる。そして、その際に生じた被害も全てビナーによるものとして処理する……そういう筋書きでしょうね』

 

「……正気じゃねぇ」

 

思わず吐き捨てる。

昨日の時点でも、あの理事は大概だと思っていたが、これはもうそんな話じゃない。

 

正体不明の巨大な機械を学校へけしかける。

それで俺たちが死ねばよし。

生き残れば、今度は助けに来たフリをしたPMCが襲ってくる。

 

そのうえ、全部終わった後には自分たちこそアビドスを救おうとした側だと言い張るつもりらしい。

 

『【直接・間接を問わず、アビドスに所属する生徒全員に手を出さない】――以前、あなたと結んだ【縛り】の一つです。にもかかわらず、我々が提供した技術が、あなたやアビドスの生徒を害するために利用されることを事前に把握していた。それを知りながら何もせず、あなたへ伝えることすらしなかった。その結果、あなた方に被害が生じた場合……それを【縛り】がどう判断するのか』

 

黒服が僅かに間を置く。

 

『興味深くはありますが……分の悪い賭けは性に合わないので』

 

「……それで、念のため俺に教えたのか」

 

成程。

 

装置を作ったのは昔だし、使い方を変えたのは理事。

黒服自身は今回の計画に関わっていない。

 

普通に考えれば、こいつが『縛り』を破ったことにはならないだろう。

 

だが、呪術における『縛り』に、それがどこまで通じるのかは俺にも分からない。

 

「……分かった。教えてくれたことには礼を言う」

 

『ククク……いえいえ』

 

「それで、そのビナーとやらとPMCの襲撃まで、あとどれくらいある?」

 

『――そうですね……PMCについては、もうしばらく猶予があるでしょう。いかにカイザーとはいえ、あれほどの大部隊を急遽動員するのです。準備にも移動にも相応の時間が必要になります』

 

「ビナーの方は?」

 

『そちらは急いだ方がよろしいかと。正確な到着時刻までは私にも分かりません。ビナーの現在位置や移動速度にも左右されますので。ただ――少なくとも、今日中などと悠長に構えていられる状況ではありません』

 

昨日の基地を思い出す。

 

あれだけの――いや、実際にはさらに多くの戦力を揃えて、ようやく相手をするつもりだった化け物が今、こっちへ向かっている。

 

「……朝っぱらから最悪の情報をありがとうよ」

 

『ククク……どういたしまして』

 

黒服との通話を切り、すぐさまホシノへ連絡を入れた。

 

***

 

『その話、本当なの!?』

 

電話越しのホシノの声から、普段の気の抜けた調子が消えていた。

 

「黒服がこんな嘘をつく理由がない。お前は先生に今の話を伝えてくれ。それから後輩たちと、まだ残ってる住民を避難させろ。んで、終わったらお前たちもアビドスから逃げろ」

 

『……ケンジは?』

 

「ビナーとやらを足止めする」

 

『それなら私も――!』

 

「お前は後輩たちを守れ。あいつらがこの話聞いて、大人しく逃げると思うか?最悪、ふん縛ってでもアビドスから離脱させろ」

 

『でも、それならケンジだって――』

 

「俺とお前まで残ったら、誰があいつらを連れて逃げるんだよ」

 

『…………』

 

「避難させるのは後輩だけじゃない。住民もいる。PMCまで後から来るんだぞ」

 

ホシノがいれば、少なくとも後輩たちを任せられる。

 

何より――俺がビナーを止められなかった場合。

その時、あいつらとビナーの間に立てる奴が必要だ。

 

「だから頼む。そっちはお前に任せる」

 

『……ケンジ』

 

「大丈夫だ。別に死ぬ気で残るわけじゃねぇよ。時間稼ぎに徹して、これ以上無理と思ったら逃げる」

 

『…………本当に?』

 

「考えようによってはチャンスだからな。生徒の殺害を目的とした武力侵攻なんざ、どう言い繕おうがアウトだ」

 

『……チャンス?』

 

今までのカイザーは、ヘルメット団だの便利屋だの、外の連中を使って自分たちは表に出てこなかった。

 

だが、今回は違う。

カイザーPMCが直接動く。

 

しかも、先生がカイザーへの正式な調査を宣言した、その翌日にだ。

調査対象になった企業が、当事者であるアビドスへ大部隊を送り込む。

 

いくら『ビナーからアビドスを守るためだった』なんて建前を用意したところで、アビドス高校へ何の通告もなく、大部隊を引き連れて自治区へ踏み込んだ時点で大問題だ。

 

廃校寸前の弱小校だろうが関係ない。

ここは正式に認められたアビドス高等学校の自治区。

そして俺たちは、その自治権を持つ側だ。

 

「向こうが勝手にこっちの領域へ軍隊連れて踏み込んでくるなら、今度は言い逃れできるか怪しい。上手く証拠を残せりゃ、逆にカイザーを追い詰められる」

 

『…………』

 

「時間を稼いで、ヤバくなったら逃げる。だからお前はそっちを頼む」

 

『……分かった。絶対に無理はしないで。約束だよ』

 

「ああ」

 

それだけ言って、ホシノとの通話を切った。

 

 

***

 

黒服から聞いた地点へ辿り着くと、一基の機械が設置されていた。

恐らく、あれが例の誘導装置。

そして、その周囲を三人のカイザーPMCが警護している。

 

一瞬で距離を詰める。

 

「――ッ!?」

 

一人目の胸元へ掌を当てる。

ゼロ距離から炎が噴き出した。

 

「一人目」

 

「敵しゅ――」

 

次の瞬間には二人目の背後へ回り込み、後頭部へ手を添えてそのまま炎を叩き込む。

 

「二人目」

 

「このッ!」

 

位置的に俺の背後にいた最後の一人が、銃口を向ける。

 

――その背後に、小さな火山が二つ現れ、二方向から放たれた灼熱が交差する。

 

「三人目」

 

三人を片付け、誘導装置へ視線を向ける。

 

「さて……これ壊せば止まるか?」

 

少し離れた空中に浮かぶドローンに声をかける。

 

『おや?お気づきでしたか』

 

ドローンから、黒服の声が響く。

 

「何となく見られてる感じがしたからな。攻撃してくる気配もなかったし、多分そうだろうなと」

 

『ククク……これはこれは。随分と鋭いことで』

 

「で?こいつを壊せば、ビナーは止まるのか?」

 

『可能性はありますが――望みは薄いでしょうね。装置を破壊すれば、少なくともこれ以上ビナーを誘導することはできなくなります。ですが、それでビナーが大人しく引き返すかは分かりません』

 

「信号が消えても?」

 

『ええ。そもそも我々は、ビナーの行動原理そのものを完全には解明できていないのです。この装置も、特定の信号に反応する性質を利用したに過ぎません。今回は上手く機能しましたが、次からは学習して対策されるでしょうね』

 

「…………」

 

改めて装置を見る。

 

大きさも重量もそれなりにある。

これをこのまま遠くへ運んで、ビナーをアビドスから引き離すことも考えたが――。

運べないことはないにしろ、こんなものを抱えて砂漠を移動したところで大した距離は稼げそうにない。

 

「……やっぱ、予定通り壊すか」

 

『よろしいので?』

 

「これ持って逃げ回ることも考えたけどな。今からじゃ大して距離も稼げないだろ」

 

『賢明な判断かと』

 

装置へ手を向ける。

 

「じゃ、壊すぞ」

 

『どうぞ』

 

炎を叩き込み、誘導装置を焼き飛ばした。

 

「んで?お前はこのまま出歯亀続けんのか?」

 

『初めはそのつもりでしたが、バレてしまいましたからね。見物料代わりにオペレーターでもすることにしましょう』

 

「大企業に目ぇつけられて、謎の機械兵器差し向けられた挙句、オペレーターが美少女メガネっ娘から胡散臭い研究バカ一代に変更?やれやれ、今日は厄日だな」

 

『クックックッ……お祓いにでも行かれます?』

 

「…………」

 

んの野郎。

 

そう心の中で悪態を吐いて――ふと、砂漠の方へ目を向ける。

 

『おや?どうかしまし………成程。本当に鋭いですね』

 

遠く。

見通しのいい砂漠の彼方で、微かに砂塵が舞い始めていた。

最初は風に巻き上げられた砂かと思うほど小さなものだったが、徐々に大きくなる。

それと同時に、足元から低い振動が伝わってきた。

 

地鳴りにも似た振動は刻一刻と大きくなり、舞い上がる砂塵もまた、こちらへ近づいている。

 

そして――。

 

ドォォォォォォン――!!

 

大地が爆ぜた。

 

大量の砂を巻き上げながら、巨大な何かが地中から飛び出す。

 

「……ッ!」

 

デカい。

真っ先に浮かんだ感想は、それだった。

 

蛇と鯨を無理矢理一つにしたような、超巨大な機械。

遠目からでも分かるほどの巨体が砂漠にそびえ、その頭上には機械であるにもかかわらず、ヘイローが浮かんでいる。

 

「あれが……」

 

『ええ』

 

黒服の声が響く。

先ほどまでのふざけた調子は、もうない。

 

『「理解できないものを、理解しようとする」――』

 

そして、目の前の巨大な機械を見上げながら、黒服は告げる。

 

『デカグラマトンに感化され、その預言者となった存在。その三番目――』

 

巨体がゆっくりとこちらを向く。

 

『――違いを痛感する静観の理解者、ビナー』

*1:
恐らく

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