漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ   作:場取らず

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29話

こちらを見据えるビナー。

 

改めて間近で見れば、やはりデカい。

ミレニアムでも大概なものを見てきたつもりだったが。

 

(エンジニア部の暴走発明品が可愛く思える日が来るとはな……)

 

そんなことを考えていた、その時。

 

ズズズズズズ……。

 

地響きと共に、ビナーの巨体が動いた。

砂を押し退け、こちらへ向けられる巨大な頭部。

その一部に眩い光が灯る。

 

(――来る!)

 

ビナーの背部から、無数のミサイルが撃ち出された。

白煙を引きながら空へと昇り、その全てが、こちらへ向かって降り注ぐ。

 

――火礫蟲。

 

周囲に生み出した炎の紙飛行機が一斉に飛び立ち、迫り来るミサイルへ次々と食らいつく。

 

ドドドドドドドドドッ――!!

 

連続する爆発が空を覆った。

だが、それを眺めている暇はない。

爆炎の向こう側へ手を向ける。

 

「お返しだ」

 

放たれた熱線が爆煙を貫き、そのままビナーの巨体へ直撃した。

爆炎が弾け、巨体の一部が炎に包まれる。

 

やがて煙が晴れる。

ビナーは変わらず、そこにいた。

 

「…………」

 

無傷というわけではない。

攻撃が通っていないわけでもない。

だが、その巨体を止めるには到底足りない。

 

(効いてないわけじゃなさそうだが……見た目通り、相当タフだな)

 

『ビナーから高エネルギー反応。お気を付けを』

 

黒服から警告が飛んでくる。

 

直後、ビナーの頭部が動いた。

こちらを捉えるように、その巨大な口腔が向けられる。

 

「――ッ!!」

 

ぞわり、と全身を駆け抜ける悪寒。

咄嗟に炎を噴き出し、その勢いで真横へと全力で飛ぶ。

 

ズドォォォォォォォォォン――!!

 

ビナーの口腔から放たれた光が、一直線に砂漠を貫いた。

 

一瞬遅れて、凄まじい熱と衝撃が襲いかかる。

地面には真っ直ぐに抉られた巨大な跡。

その延長線上にあった廃屋も、ついでに先ほど気絶させた三人のPMC兵も跡形もなく消えていた。

 

(……当たったらシャレにならんな)

 

背中を冷たい汗が伝う。

少なくともあれだけは、まともに食らうわけにはいかない。

 

ビナーがその巨体を大きくくねらせる。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――!!

 

「なっ――」

 

巨体が砂漠を掻き回し、凄まじい勢いで砂が巻き上げられる。

瞬く間に膨れ上がった砂塵は、まるで津波のように視界を埋め尽くしながらこちらへ迫ってきた。

 

「んっの野郎が……砂漠化で苦しんでるアビドス生に砂嵐とか喧嘩売ってんのか!?」

 

『喧嘩かは分かりませんが、現在進行形で敵対しているのでは?』

 

「そういう意味じゃねぇよ!」

 

冷やかしているのか、それとも本気で言っているのか。

相変わらずよく分からない黒服の返答を聞きながら、足裏に小型火山を生成し、炎を噴き出す。

迫る砂嵐に呑み込まれる寸前、爆発的な加速でその範囲から全力で離脱した。

 

「っと……!」

 

砂の津波から逃れ、そのまま大きく距離を取る。

 

巻き上げられた大量の砂はまだ視界を覆っていた。

その向こう側に、霞みながらもビナーの巨大な影が見える。

 

「ったく……デカい、硬い、火力も高い。その上、範囲攻撃までありかよ」

 

『デカグラマトンの預言者ですから』

 

「何の免罪符だ」

 

軽口を返しながらも、頭の中では今までの攻防を整理する。

 

ミサイルは迎撃できる。

あの光線は食らわなければいい。

砂嵐も、今のように距離さえ取れば逃れられる。

少なくとも今のところ、攻撃を凌ぐこと自体はできている。

 

このままなら時間稼ぎは出来そうだが……。

 

砂嵐の向こうで、巨大な影が揺らいだ。

 

ドドドドドドドドドドッ――!!

 

砂塵を突き破り、ビナーがこちらへ突っ込んできた。

 

巨体からは想像もつかない速度。

大地を抉り、砂を撒き散らしながら迫ってくるその姿は、もはや突進というよりも、巨大な建造物そのものがこちらへ倒れ込んでくるようだった。

 

「そう単純にはいかないか!」

 

ビナーの進行方向へ手を向ける。

 

砂地が大きく隆起し、地面から突き出すように小型火山が形成され、その火口がビナーへと向けられる。

 

ドォンッ!!

 

火口から噴き出した炎が、横合いからビナーの巨体を直撃した。

予想外の方向から攻撃を受け、ビナーの突進が止まる。

 

「もう一発喰らっとけ!」

 

足を止めた一瞬を逃さず、その頭部へ狙いを定める。

先程よりも威力を高めた熱線が迸った。

 

ズドォンッ!!

 

熱線がビナーの頭部へ直撃する。

爆炎が弾け、その巨体が僅かに揺らいだ。

そして。

 

ズズズ……。

 

ビナーが、後ろへ下がる。

 

「……!」

 

ほんの僅か。

あの巨体からすれば数歩にも満たない程度の後退。

それでも確かに、こちらの攻撃を受けてビナーが距離を取った。

 

(押し返せないわけじゃない)

 

ここで釘付けにすることが出来れば、それでいい。

倒す必要はない。

ホシノたちが避難を終えるまで、こいつをここから先へ進ませなければ――。

 

その時、ビナーの巨体が沈んだ。

大量の砂を巻き上げながら、あれほど巨大な身体が砂中へと潜っていく。

そして完全に姿を消した。

 

「……?」

 

静寂。

先ほどまでの激しい戦闘が嘘だったかのように、砂漠から音が消える。

 

(撤退した……って訳ではなさそうだな……)

 

そんな都合のいい話があるはずもない。

周囲を見回し、警戒を続ける。

 

『――地中より高エネルギー反応』

 

黒服の声。

 

「何してくる気だ……」

 

ズドォォォォォン!!

 

「ッ!」

 

離れた場所で砂漠が爆ぜた。

地中から飛び出した光線が、砂塵を吹き飛ばしながら空へと伸びていく。

 

だが――。

 

「……どこ狙ってんだ?」

 

俺からは大きく外れている。

地中から撃ったせいで、こちらの位置を正確に捉えられなかったのか。

 

そう思った。

その一瞬が、マズかった。

 

「!?」

 

足元から、凄まじい振動が伝わってきた。

 

「しま――」

 

砂中から飛び出したビナーの巨体の一部が、こちらへと襲いかかる。

 

ドガァァッ!!

 

爆発音。

 

全身に凄まじい衝撃が走り、身体が宙へと弾き飛ばされた。

天地がひっくり返り、空と砂漠が目まぐるしく入れ替わる。

 

ズザァァァァァッ!!

 

「がっ――!?」

 

背中から砂漠へ叩きつけられ、そのまま勢いを殺せず地面を転がっていく。

何度も砂を跳ね上げながら吹き飛ばされ、ようやく身体が止まった。

 

「ぐっ……!」

 

一瞬、呼吸が止まる。

全身が軋むように痛む。

それでも意識は飛んでいない。

 

(……あのビーム、注意を逸らす為の囮かよ!)

 

ただデカくて硬いだけじゃない。

こいつ、普通に戦い方を考えてやがる。

 

『ご無事で?』

 

「……何とかな」

 

痛む身体を無理矢理起こす。

左腕に力を入れようとして――。

 

「っ……」

 

折れてるな、これ。

それでも、あの質量をまともに食らった結果としては遥かにマシだ。

 

直撃する寸前に発動した術式。

拡張術式――『爆甲』。

 

俺版【落花の情】――というのは、流石に言い過ぎか。

実際にはその劣化版みたいなものだ。

 

仕組みは単純。

攻撃を受けた瞬間、接触箇所で爆発を起こし、その衝撃で攻撃を逸らす。

要するに、爆発反応装甲。

 

元々は狙撃なんかの不意打ち対策として編み出した術式で、別にどんな攻撃でも防げる無敵の盾というわけじゃない。

ましてや。

 

砂の向こうで蠢くビナーの巨体を見る。

 

(あんな大質量、受け止められるわけねぇだろ……!)

 

今回は爆甲で僅かに衝撃を逸らし、同時に炎を噴射。

自分から後方へ吹き飛ぶことで、どうにか直撃の威力を殺した。

それでも、この有様だ。

 

だが。

 

「……何で追撃してこないんだ?」

 

ビナーは動かない。

こちらを見据えたまま、何かを警戒するようにその場で動きを止めている。

 

『……攻撃した対象が、接触した瞬間にいきなり爆発したので警戒しているのでは?』

 

「…………」

 

なるほど。

 

爆甲はあくまで防御のために使ったものだ。

だが、そんなことをビナーが知るはずもない。

 

自分が攻撃を当てた瞬間、相手の身体から突然爆発が起きた。

何かしらの反撃を受けたと考えても不思議ではない。

 

(相手が高性能なおかげで命拾いしたな……)

 

なんにせよ、僅かでも時間が出来たのはありがたい。

 

折れた左腕へ意識を集中し、反転術式を回す。

 

ズキズキと響いていた痛みが薄れ、折れた骨が繋がっていく。

打ち付けた背中や全身の傷も、同時に修復していく。

左手を開き、握る。

 

「……ふぅ」

 

問題なく動く。

 

視線を上げると、ビナーはまだこちらを観察するように動きを止めていた。

 

(ありがたいが……次も同じ手で止まってくれるとは思わない方がいいな)

 

もっとも、次の攻撃を食らうつもりはない。

というか、食らえない。

あんなものを何度も食らっていたら、こっちの身体が持たない。

 

ビナーを警戒しながら、黒服へ尋ねる。

 

「……学校の方はどうなってるか分かるか?」

 

『少々お待ちを』

 

黒服の返答と共に、近くに浮かんでいたドローンが僅かに動く。

 

『おや?これは……』

 

「どうした?」

 

僅かな沈黙。

そして――。

 

『ククク……なかなか面白いことになっていますよ』

 

「ああ?」

 

 

――小鳥遊ホシノ side――

 

本当なら、もうアビドスを離れているはずだった。

 

残っていた住民の避難は終わった。

先生への連絡も済ませた。

後は私たちもここを離れて、ケンジが戻ってくるのを待つ。

そのはずだった。

だけど――。

 

ドォン!

 

また一つ、自治区の建物が吹き飛んだ。

 

大挙して押し寄せてきたカイザーPMC。

戦車や装甲車まで引き連れた大部隊が、アビドス自治区を好き勝手に踏み荒らしていく。

 

それを見て、最初に動いたのはシロコちゃんだったか、 セリカちゃんだったか。

正直、よく覚えていない。

 

気が付いた時には、みんな銃を手にしていた。

 

止めるべきだった。

ケンジが言っていたように、ふん縛ってでも全員をここから連れ出すべきだった。

 

分かってる、分かっていた。

けれど。

 

目の前で、アビドスが壊されていく。

 

私たちの学校が。

ケンジと。

ユメ先輩と。

シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん。

みんなと過ごしてきた場所が、目の前で壊されようとしている。

そう思ったら……、どうしても出来なかった。

 

(ごめん、ケンジ……!)

 

今頃、あいつは一人で正体不明の化け物を食い止めている。

私たちを逃がすために。

少しでも遠くへ逃げる時間を稼ぐために。

 

それなのに、私たちはまだここにいる。

 

(ごめん……!)

 

一人で時間を稼いでくれている彼を裏切るような行為だ。

それでも、銃を握る手から、力を抜くことは出来なかった。

 

その時――。

 

『てっきり取り逃がしたかと思ったが……まさかノコノコと出向いてくるとはな』

 

「……!」

 

そこに見覚えのある男の姿が映し出される。

カイザー理事。

昨日、私たちが基地で対峙した男。

 

『炎帝がいないところを見るにビナーは奴が足止めしている、といったところか?』

 

「…………」

 

『無駄なことを』

 

理事が鼻で笑う。

 

『あれが何なのかも知らず、一人で立ち向かうとはな。勝てるとでも思っているのか?』

 

銃を握る手に、力が籠もった。

勝てるかどうかじゃない。

ケンジは最初から、そんなことのために残ったんじゃない。

私たちを逃がすためだ。

こいつらから。

その化け物から。

私たちを守るために、一人で残った。

それを――。

 

「……無駄じゃない」

 

『何?』

 

「ケンジが稼いでくれた時間で、住民の避難は終わった」

 

『…………』

 

「だから、無駄なんかじゃない!」

 

少なくとも、あいつが一人で残った意味まで、こいつに否定させるつもりはない。

 

『どの道、無意味なことだ』

 

理事が吐き捨てる。

 

『奴はビナーに殺される。そして貴様らも、ここで始末して終わりだ』

 

「ん。終わるのはそっち」

 

シロコちゃんが銃口をPMCへ向ける。

 

「そうです!こんな真似をして……連邦生徒会が黙っているとでも思っているんですか!?」

 

アヤネちゃんも負けじと声を上げる。

だが――。

 

『そんなものはどうとでもなる!!』

 

怒鳴り声が響いた。

 

昨日の余裕ぶった態度とは打って変わり、理事は声を荒らげてアヤネちゃんの抗議を遮る。

 

『連中がカイザーと、貴様ら廃校寸前の弱小校を天秤にかけるとでも本気で思ったのか!?』

 

「……っ!」

 

『貴様らの後ろ盾であるあの若造も、今はここにいない!いたところで死体が一つ増えるだけだがな!』

 

理事の声が、自治区に響き渡る。

 

『貴様らに手を差し伸べる者など――誰もいないのだ!!』

 

 

 

 

 

「いるわよ!ここにね!!」

 

直後。

 

「!?」

 

彼方から飛来した一発の銃弾。

それは戦場を一直線に駆け抜け、カイザーの戦車、その砲塔へと吸い込まれた。

 

ドガァァァァァン!!

 

「うわっ!?」

 

戦車が爆発四散した。

砲塔が吹き飛び、炎と黒煙が噴き上がる。

突然の出来事に、PMCの動きが止まった。

 

『な――!?』

 

理事も絶句する。

私たちも同じだった。

 

「べ……便利屋!?」

 

振り返った先。

硝煙を上げるスナイパーライフルを構えたアルちゃんが、不敵な笑みを浮かべていた。

その傍らには、ムツキちゃん、カヨコちゃん、ハルカちゃん。

 

「自分たちの大事なものを守るために、この大軍に立ち向かうなんて……やるじゃない。まぁ、私たちを退けたんだもの。それくらいはやってくれなきゃね」

 

「いや、どうしてここにいるのよ!?」

 

セリカちゃんが当然の疑問をぶつける。

 

「フッ……、血と硝煙の匂いに誘われて……ってところかしら?」

 

アルちゃんが前髪を掻き上げ、不敵に笑う。

 

「またラーメン食べに来ただけじゃん」

 

「謝って許してもらえたし、慰謝料代わりにあの現金入りの鞄も置いてきたとはいえ……この短期間でまた顔を出すのはどうかと思ったんだけど」

 

「アル様は、どうしてももう一度あのラーメンを食べたいと……!」

 

「そこ!うるさい!」

 

顔を真っ赤にしたアルちゃんが三人を一喝する。

 

『便利屋……!』

 

忌々しげな声が響く。

それを聞いたアルちゃんは、今度こそ余裕たっぷりの笑みを浮かべた。

 

「あら?お久しぶりね、元クライアント」

 

『依頼を放棄しただけに飽き足らず、今度は我々を裏切るとはな……!』

 

「裏切る?申し訳ないけど、気に入らない依頼は蹴る。雇い主であろうと気に入らなければぶっ飛ばす」

 

そう言って、ライフルを理事の映像へと突きつける。

 

「それが私たち便利屋68よ!」

 

「散々『依頼を蹴ったら便利屋としての評判が~!』とか言ってたじゃん」

 

「その後の報復もかなり気にしてたよね」

 

「シャラップ!!」

 

『どこまでもふざけおって……!』

 

理事の声が怒りに震える。

 

『かまわん!たかが数人増えたところで、貴様らが死ぬことには変わら――』

 

ブォォォォォォォォン!!

 

砂煙を盛大に巻き上げながら、こちらへ猛スピードで近づいてくる車が一台。

 

「ヴァルキューレのパトカー?」

 

何人かのPMCを轢きながら、車体を横滑りさせ、私たちのすぐ近くで停止した。

運転席のドアが開き、そこから姿を現したのは――。

 

「……コノカ?」

 

シロコちゃんが目を丸くした。

呼ばれた少女はこちらに片手を上げる。

 

「やっほー、シロコっち。お久ー」

 

「えっ!?ヴァルキューレ!?ま、まさか私たちを捕まえに……!?」

 

「んなわけないでしょ、社長」

 

「ヴァルキューレ……?随分早いけど……一人?」

 

「あー、それなんだけどさ」

 

コノカちゃんが頭を掻く。

 

「実はシャーレの先生からの要請で、砂漠の基地だっけ?そこの調査について先生とヴァルキューレ(うちら)で話してたんだよね」

 

「基地の……」

 

昨日見つけたカイザーの基地。

先生は本当に、戻ってすぐ動いてくれていたらしい。

 

「そしたら今朝になって、カイザーがアビドスに侵攻してるって先生から連絡が来てさ。ほら、うちの子たちって炎帝の兄貴に助けられたことある子、メッチャいるじゃん?」

 

コノカちゃんが肩を竦める。

 

「それ聞いたら『今度はこっちが恩返しする番だー!』って、みんな集まってきちゃって、結構な大所帯になっちゃってさー。手続きとか、その他諸々で出発まで時間かかりそうだったから私だけ先に来たってわけ」

 

「一人で……?」

 

「そ。まぁでも、カンナの姉御が率いた援軍がもうじき来るよ」

 

『ヴァルキューレだと……!』

 

明らかに理事の声色が変わった。

 

「あー、あんたが理事さん?」

 

コノカちゃんが映像へと顔を向ける。

 

「ガッツリ、アビドスに武力侵攻してんねぇ。これ、普通に重罪じゃない?それにさっき、随分と物騒なこと大声で怒鳴ってたよね?」

 

『……!』

 

「残念。バッチリ聞こえてたよ。いやー、まさか企業のお偉いさんが『生徒をここで始末する』なんて堂々と言ってるところに出くわすとは思わなかったなー」

 

軽い調子で、ひらひらと手を振る。

が、その目は笑っていなかった。

 

『あの……若造が……!どこまでも私の邪魔を……!』

 

理事が忌々しげに吐き捨てる。

 

「んー?先生のこと?それなら、もうすぐ――」

 

バラバラバラバラバラ――

 

遠くから聞こえてくるローター音。

1機のヘリが、こちらへ向かって急速に近づいてきていた。

 

全員が空を見上げる。

 

「あのマーク……シャーレの!」

 

「先生です!」

 

ヘリはそのままこちらへ接近。

高度を落として地面すれすれでホバリングする。

 

扉が開き、中から先生が降りてくる。

 

"皆!無事!?"

 

「先生!」

 

「ん。私たちは無事。住民も避難させた。ただ……よく分からない化け物を足止めしに行ったケンジ先輩がどうなってるかは分からない」

 

"ケンジのこともホシノから聞いたよ"

 

先生の表情が僅かに曇る。

 

"心配だけど……ひとまず先に"

 

そう言って、先生が視線をカイザー理事に向ける。

 

『シャーレの……先生……!』

 

"理事、PMCを引き上げて、投降してください。これ以上の戦闘は――"

 

『黙れ!!』

 

理事の怒声が響き渡った。

 

『貴様がいなければ……!貴様さえ現れなければ……こんなことにはならなかった!!』

 

もはや昨日までの余裕は欠片も残っていない。

 

『全隊、攻撃!!』

 

「!!」

 

『一気に押し潰せ!!奴らだけは――確実に消してやる!!』

 

号令と同時に、PMC部隊が一斉に動き出す。

 

「先生!」

 

咄嗟に先生を守るように、みんなで周囲を囲む。

 

「往生際が悪いわね!」

 

「ヴァルキューレの援軍が来るまで、何とか持ちこたえないと……!」

 

便利屋とコノカちゃんが加わったとはいえ、圧倒的な戦力差があることに変わりはない。

 

だけど――。

 

"大丈夫"

 

「……先生?」

 

先生の声は、不思議なくらい落ち着いていた。

 

「大丈夫って……敵の数が圧倒的なのは間違いないよ?」

 

"援軍に来てくれたのは、ヴァルキューレだけじゃないよ"

 

「?それってどういう……」

 

***

 

「おのれ……おのれ……!」

 

何故だ……、どうしてこうなった。

 

計画は失敗、もはや当初の目的を達成することなど不可能だ。

ならばせめて――。

 

「奴らだけは……絶対に……!」

 

アビドス。

炎帝。

そして、シャーレの先生。

 

奴らだけでも道連れにする。

それさえ出来れば――!

 

「理事!」

 

「何だ!無駄口を叩いていないで、さっさと連中を――!」

 

「左翼後方より敵襲です!」

 

「何!?」

 

「ゲヘナの風紀委員会です!部隊先頭に風紀委員長、空崎ヒナの姿も確認!」

 

「何だと!?」

 

ドォン!!

 

遠方で立て続けに爆発が巻き起こる。

左翼に展開していたPMC部隊から、次々と通信が飛び込んでくる。

 

『被害甚大!敵部隊、こちらの防衛線を突破!』

 

『止まりません!風紀委員長が――』

 

ザザッ――!

 

通信が途絶えた。

 

「くっ……!何故、ゲヘナの風紀委員がこんなところに……!?」

 

ドドドドドドドォォォン!!

 

「!?」

 

今度は別方向から爆発音。

 

「何事だ!?」

 

アビドスの連中か?いや、ここからではまだ距離が――。

 

『り、理事!』

 

別のPMC兵から通信が入る。

 

『側面より砲撃を受けています!』

 

「今度はどこだ!?」

 

『所属不明!現在確認を――いえ、判明しました!トリニティです!トリニティの砲撃部隊より攻撃を受けています!』

 

「な……」

 

ゲヘナだけでなく、トリニティまで……?

 

「理事!ヴァルキューレの部隊が接近!間もなく戦闘区域へ到達します!」

 

「…………」

 

「理事!指示を!」

 

何故だ……どうして――。

 

「馬鹿な……」

 

廃校寸前の弱小校だぞ。

生徒など、たった数人しか残っていない。

後ろ盾など何もない。誰も助けに来るはずがない。

そのはずだった。

 

「こんな……馬鹿な……」

 

***

 

「ゲヘナに……トリニティまで……」

 

"ホシノから連絡を受けて、事情を聞いてすぐにゲヘナへ救援を求めに行ったんだ"

 

「ゲヘナに?」

 

"うん。ヒナたちがすぐに動いてくれた。トリニティの方は、ヒフミがティーパーティに掛け合ってくれたみたい"

 

「ん。覆面水…… 一緒にたい焼きを食べた絆」

 

コノカちゃん(警察)の前で覆面水着団(銀行強盗犯)について口を滑らせそうになったシロコちゃんが、シレッと言い直す。

 

"さぁ皆!押し返すよ!"

 

「反撃開始です☆」

 

ノノミちゃんがミニガンを構える。

 

「皆さん!頑張りましょう!」

 

アヤネちゃんが周りを鼓舞する。

 

「アビドスから叩き出してやるんだから!」

 

セリカちゃんも銃を手に、迫るPMCを睨みつける。

 

「ん。今度はこっちの番」

 

シロコちゃんも続く。

 

「そうだね……」

 

銃を構え、前を見る。

 

「みんな!行くよ!」

 

「「「「おー!」」」」

 

待ってて、ケンジ。

こっちは大丈夫だから。

すぐにそっちに向かうから。

 

――――――

 

『ククク……あちらは形勢逆転、といったところですね』

 

「…………」

 

『おや?これはドローンでの撮影でしょうか。カイザーがアビドスへ侵攻している映像が、SNSやネット上で凄い勢いで拡散されていますね。クックッ……そちら方面にも強いご友人をお持ちのようで』

 

どこぞのマイスターか、ハッカー集団か。

あるいは両方か。

何にせよ有難い。

 

『それにしても、ゲヘナとトリニティまで動かすとは……。あれが今噂の、シャーレの先生……。ククク、実に興味深い人物です』

 

黒服が愉快そうに笑う。

 

「…………」

 

そうか。

先生が。

みんなが。

 

「……そうか」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――!!

 

ビナーの巨体が再び動き出す。

大地を掻き回し、周囲の砂を凄まじい勢いで巻き上げていく。

 

視界を埋め尽くす、津波のような砂嵐が迫り――。

 

ズガァァァ!!

 

灼熱の閃光が砂嵐へと突き刺さり、砂の壁を貫いた。

そのまま砂嵐の向こうにいたビナーへと炸裂する。

 

直撃した装甲が焼け焦げ、巨体が後方へとよろめく。

 

拡張術式――『穿焔』。

炎を一点に圧縮し、超高温の熱線として放つ拡張術式。

一点に熱量を集中させることで、貫通力に特化させた技。

 

足元から炎を噴き出し、一気に空中へ飛び上がる。

 

砂の津波を飛び越えながら、空中で身体を捻る。

そして再び炎を噴射。

落下の勢いに更なる加速を上乗せし、渾身の蹴りを叩き込む。

 

【黒閃】

 

凄まじい衝撃がビナーの頭部を突き抜ける。

 

ズズン――!!

 

巨体が大きく傾き、砂煙を巻き上げながら地面へと倒れ込む。

 

「デカいナリしてるくせに、情けないじゃないか預言者。栗浜アケミ(マッスルゴッテス)は踏ん張ってたぞ」

 

黒閃(ラッキーヒット)を棚に上げた俺の挑発に反応した、という訳ではないだろうが倒れていたビナーが再び動き出す。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――!!

 

巨大な身体を起こし、そのまま砂を掻き分けるように巨体を沈めていき、再び砂中へと姿を消した。

 

「…………」

 

先ほどと同じ奇襲に引っ掛かるつもりはない。

恐らく、向こうも同じ手が二度通じるとは思っていないだろう。

 

(今度は何をしてくる気だ……?)

 

『地中より高エネルギー反応。先ほどよりも大きいです。なおも上昇中』

 

「……成程」

 

なんとなく、奴が仕掛けてくることが分かった。

なら、こちらも準備するとしよう。

 

地中深くで、ビナーはひたすらエネルギーを蓄積していく。

そして。

 

ドォォォォォォォン!!

 

大量の砂を巻き上げ、ビナーの巨体が地中から飛び出した。

 

その口腔には、これまでとは比較にならないほどのエネルギーが収束している。

狙いを定めるように頭部が動き、俺を捉えようとして……、ビナーが動きを止めた。

 

「…………」

 

その視線が俺ではなく、その上へと向けられる。

俺の頭上――そこには。

 

巨大な、燃え盛る火山岩が生成されていた。

 

「火力勝負といこう」

 

仕上げの呪力を注ぎ込み、準備完了。

 

「極ノ番――【隕】!!」

 

轟音と共に、巨大な火山岩が落下を始める。

対するビナーも、収束させていた膨大なエネルギーを解き放った。

 

ズドォォォォォォォン――!!

 

ビナーを押し潰さんと迫る『隕』。

それを撃墜すべく放たれた『アツィルトの光』。

 

二つの莫大なエネルギーが真正面から激突し、互いを押し退けんとせめぎ合う。

 

『拮抗……互角。……いや』

 

――ピシッ。

 

『隕』の表面に亀裂が走った。

そして瞬く間に全体へと広がっていく。

 

『ケンジさんの勝ちですね』

 

ドガァァァァァァァン――!!

 

『アツィルトの光』が『隕』を砕いた。

巨大な火山岩が爆ぜ、無数の破片となって空中へ飛び散る。

 

が、砕け散った火山岩はその勢いのまま、流星群のようにビナーへと降り注いだ。

 

ドドドドドドドドドドドドッ!!

 

大小無数の火山岩が、次々とビナーの巨体へ激突する。

そして、破砕を免れた『隕』の本体もまた、光に押されて大きく軌道を逸らし――。

 

ドゴォォォン!!

 

ビナーのすぐ傍らの砂漠へと着弾した。

 

大地が爆ぜる。

砂と炎、凄まじい衝撃波が周囲一帯を呑み込み、ビナーの巨体すらも軽々と吹き飛ばしていく。

 

やがて巻き上げられた砂煙の向こうから、ビナーの姿が現れる。

 

先ほどまでとは明らかに違う。

全身の装甲はあちこちが砕け、焼け焦げ、剥がれ落ちている。

その隙間からは、これまで装甲に覆われていた内部機構が露出していた。

 

『お見事です』

 

「…………」

 

『単身でデカグラマトンを退けるとは……。あの有様では、ビナーも撤退するしかないでしょう』

 

黒服が愉快そうに続ける。

 

『カイザーの侵攻も退けられたようですし、クックックッ……完全勝利といったところでしょうか』

 

「…………」

 

『……ケンジさん?』

 

今回のカイザーの一件に関して言えば、ビナー(こいつ)も利用された被害者なのだろう。

だが、過去にはアビドス高校と交戦し、砂漠横断鉄道の建設を妨害したこともある。

こいつは決して、無害な存在じゃない。

 

こいつはアビドスの。

――俺の敵だ。

 

両腕を構え、印を結ぶ。

 

『!?これはッ……!』

 

黒服が膨大な呪力を感知するのと、ドローンから送られていた映像が途絶えたのはほぼ同時だった。

 

***

 

先ほどまで広がっていた砂漠が消え失せ、景色が一変する。

 

四方を取り囲む焼けた岩壁。

至るところから溶岩が流れ出し、空間そのものが灼熱に満たされた、まるで火山の火口を彷彿とさせる石室。

 

突如として変貌した周囲を、ビナーが見渡す。

 

何が起きたのか理解できていないのか。

あるいは、この空間そのものを脅威と判断したのか。

ビナーが巨体を動かす。

 

『隕』によって全身の装甲を破壊され、内部機構すら露出した満身創痍の状態では、この空間の高温に耐え続けることができないらしい。

ここから脱出しようとビナーが動き出し――。

 

「逃がすかよ」

 

周囲を流れていた溶岩が一斉に隆起した。

幾筋もの溶岩がビナーの巨体へ絡みつき、その動きを封じ込める。

 

ビナーが身を捩る。

だが、既に遅い。

その視線がまるで今更気づいたかのように、俺へと向けられた。

 

そんなビナーを見上げる俺の背後で、溶岩が渦を巻き、集まり、形を成していく。

やがて作り上げられたのは巨大な紅蓮の腕(かいな)。

 

「じゃあな」

 

腕を振るう。

それに呼応して、紅蓮の巨腕がビナーへと迫り――。

 

ズガァァァァァ――!!

 

その頭部を、灼き貫いた。

 

***

 

ビナーが完全に活動を停止したのを確認するのとほぼ同時に、灼熱の石室が崩れ去る。

焼けた岩壁も流れ落ちる溶岩も、全てが消え失せ、再び見慣れたアビドスの砂漠が広がった。

 

領域展開――【蓋棺鉄囲山】。

 

黒閃によってゾーンに入った今の状態ならいける。

そう考えての、ぶっつけ本番だった。

 

(百の訓練より一つの実戦……ってことかね)

 

成功した。

成功はしたのだが。

 

「…………っ」

 

膝から力が抜けそうになる。

 

(消費が半端ねぇ……頭回んねぇ……)

 

ノリと勢いでやった代償か。

立っているのも辛いほど、身体から力が抜け落ちていく。

 

(学校は……ホシノ達はどうなった……?つーか黒服の野郎……どこいった……?アイツ、見るもん見たら挨拶も無しに帰りやがって……*1)

 

考えがまとまらない。

やがて考えることすら億劫になってきた。

 

「…………」

 

とうとう身体を支えきれなくなり、その場へ倒れ込む。

 

(ホシノ……みんな……先生……)

 

意識が霞んでいく。

もう、目を開けていることすらできない。

 

――大丈夫だよな?

 

最後にそれだけを思い。

俺は、意識を手放した。

*1:
ククク、ドローン代請求しましょうか?

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