漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ   作:場取らず

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しばらくは週1で投稿できそうです。


3話

アビドス高等学校の正門の前に立ち、俺は一度だけ深く息を吸った。

 

「ここか」

 

立派な門構え。

風雨に晒されながらも崩れていない校名プレート。

一目見ただけで分かる程度には風格を感じる。

 

(そりゃそうだ。昔はキヴォトス最大の学校だったって話だし)

 

事前に調べていた情報が頭をよぎる。

かつては圧倒的な規模と生徒数を誇り、キヴォトスの中心のひとつだった学園。

それが砂漠化による自治区の衰退によって、ここまで追い込まれた。

 

「……」

 

校門の内側へと視線を向ける。

 

静かだ。

朝の登校時間のはずなのに、騒がしさがない。

広い敷地に対して、生徒の姿は驚くほど少ない。

 

「え、これで全部?」

 

思わず声が漏れた。

数人の生徒が、まばらに校舎へ向かって歩いているだけ。

クラス単位の集団も、友人同士の雑談も見当たらない。

 

(元・最大規模の学校、って言われてる場所の光景じゃないよな……)

 

立派なつくりの本館。

広すぎる校庭。

人が溢れていたであろうことを前提に作られた設計。

それらが、今はほとんど空っぽだ。

 

「そりゃ、寂れるわけだ。ヤンキー校じゃなさそうなのは安心したけど……」

 

そこだけは正直、ホッとした。

この一か月で見てきた街の治安を思えば、「荒れ果てた学園=不良の巣窟」でもおかしくなかったからだ。

だが実際は、まったく活気がない。

 

「……行くか」

 

小さく呟く。

 

ここが、これから通うことになる学び舎。

かつて栄え、今は衰退した――アビドス高等学校。

 

俺は静かな校門をくぐり、広すぎる校舎へと足を踏み入れた。

事前にもらっていた案内文を、もう一度だけ頭の中でなぞる。

校舎の中も、外と同じくらい静かだった。

足音がやけに響く。

廊下は無駄に広く、掲示板やロッカーは揃っているが、使われている形跡は少ない。

 

(そういえば教員の類も見当たらない様な…)

 

そんな事を考えている内に目的地の一年生の教室へと到着した。

 

「おはようございます」

 

そう挨拶しながら中に入る。

 

静かだ。

教室は広い。だが、席に着いている生徒は一人だけだった。

窓際の席。外の砂漠に視線を向けていた桃色のショートカットで小柄な少女が、こちらを振り返る。

 

彼女と目が合う。

一瞬、空気が張りつめた。

だがすぐに、少女は小さく姿勢を正し、

 

「おはようございます」

 

そう返してくれた。

声は落ち着いているが、ほんのわずかに間があった。

視線も、どこか探るような感じがある。

 

(警戒されてる?)

 

とはいえ、敵意というほどのものではない。

単に様子を見ている、そんな程度だ。

 

(まあ、そりゃそうか)

 

このキヴォトスでは、男性といえば獣人やロボット市民くらいで、ましてや男子生徒となれば、おそらく自分くらいだろう。

 

(女子高に男が入ってくるようなもんだし、そりゃ警戒するよな…)

 

そう納得して、深く考えないことにする。

俺は空いている席、彼女から少し距離を取った場所に鞄を置いた。

 

「倉戸ケンジです。君も新入生だよね?これからよろしく」

 

「小鳥遊ホシノです。よろしくお願いします」

 

席に腰を下ろしてから、ふと気になって周囲を見回す。

 

……やっぱり、誰もいない。

 

「……あのさ」

 

声を抑えめにして話しかけると、小鳥遊さんは静かにこちらを見た。

 

「他の一年生って、まだ来てないのかな?」

 

一瞬考えるように視線を逸らし、それから首を横に振る。

 

「多分、いないと思います」

 

「え?」

 

「入学予定の一年生、私とあなたの二人だけだって聞いてるので」

 

あまりにもあっさりした答えに、言葉を失う。

 

「……二人だけ?」

 

「はい」

 

事実を述べているだけ、という調子だ。

冗談でも誇張でもなさそうだ。

 

(生徒数が少ないとは思ってたけど……ここまでとは)

 

短い沈黙が落ちる。

 

(それにしてもこの子…)

 

当然、小鳥遊さんもヘイローを持ちなので力を感じるのだが、その力の量が凄すぎる。

全身から常に力が立ち昇っている、乙骨かよ。

などと考えていると、教室の扉が勢いよく開いた。

 

「おはよー! 一年生のみんな!」

 

やけに明るい声が響く。

入ってきたのは、緑色の長髪でスタイルの良い女子生徒だった。

表情は柔らかく、どこか親しみやすい雰囲気。

が、足元で少しつまずいた。

 

「ひぃん!あ、だ、大丈夫!」

 

誰にともなくそう言ってから、こちらに向き直る。

 

「えっとえっと……新入生だよね?はじめまして! 梔子ユメです!」

 

元気よく名乗ったあと、思い出したように付け足す。

 

「あっ、一応、生徒会長、やってます!」

 

「……え?」

 

思わず、間の抜けた声が漏れる。

 

「梔子ユメ先輩は三年生で、この学校の生徒会長ですよ」

 

と、小鳥遊さんが淡々と補足する。

 

「えへへ……」

 

梔子先輩は少し照れたように笑った。

 

「ほんとはね、他にやる人がいなくてね?気づいたら私がなってた、みたいな?」

 

(“みたいな”で済ませていい話じゃないだろ……)

 

「で、えっと……大事な話があってね…実はね、この学校……借金が……9億円以上あります!」

 

「……はい?」

 

即座に理解が追いつかなかった。

 

「ご、ごめんね! 入学初日からこんな話! でも、隠しておくのも違うかなって思って!」

 

慌ててフォローするその様子は、どう見ても“頼れる先輩”という感じではない。

 

小鳥遊さんは苦虫を嚙みつぶしたような表情で、

 

「多額の借金があるのは知っていましたが、9億ですか……」

 

と、静かに呟いた。

 

「えっとえっと、取りあえずね!」

 

少し空気が重くなったのを察したのか、先輩は両手を軽く叩いて場を仕切った。

 

「まずは二人とも、高校生活に慣れていこ? アビドス、色々あるけど……」

 

少し言葉を探すように間を置いてから、にこっと笑う。

 

「困ったことがあったら、何でも言ってね! 一応、生徒会長だから!」

 

胸を張るが、直後にバランスを崩しかけて慌てて姿勢を直す。

 

「あ、転ばないように気をつけます」

 

(そこかよ……)

 

「じゃあ今日はこの辺で! 改めて、入学おめでとう!」

 

そう言い残して、先輩は手を振りながら教室を後にした。

 

扉が閉まり、教室に静けさが戻る。

 

「……慌ただしい人だったな」

 

俺がぽつりと呟く。

 

「そうですね」

 

と小鳥遊さんも相槌を打った。

 

正直、情報量が多すぎて整理が追いつかない。

借金9億。生徒会役員1名。生徒数僅か。

それでいて、あの人がトップ。

 

(大丈夫なのか?この学校…)

 

そんな不安を抱えたまま、特に何があるわけでもなく時間だけが過ぎていく。

結局、その日はオリエンテーションらしいものもなく、そのまま解散となった。

 

「じゃあ……また明日」

 

「ええ、では」

 

短いやり取りを交わし、俺たちはそれぞれ教室を後にする。

 

これがアビドス高等学校での初日の出来事だった。

 

 

 

 

 

それからしばらくの間は、新生活に慣れることに費やされた。

まず驚いたのは、やはり教員の存在だ。

正確に言えば、いないという事実。

 

(ブルアカってプレイヤーが先生って呼ばれてなかったっけ?記憶違いか?)

 

教室に来ても、誰かが授業を始めるわけではない。

代わりに教材として配られたのは、ブルーレイディスクだった。

 

「これで勉強するの?」

 

思わず呟いた俺に、小鳥遊さんは当然のように頷く。

 

「はい。BDで自主学習が基本です。キヴォトスではこれが普通ですよ」

 

(普通ってなんだ……)

 

再生すると、淡々と進む解説映像。

一時停止も巻き戻しも自由。

理解できるまで繰り返せるのは利点だが、強制力がない分、自己管理が問われる。

最初の数日は、正直かなり四苦八苦した。

幸い数学や英語等に関して苦労はしたが大きな問題にはならなかった。

内容は前世で習っていたものと大差なく、俺自身も前世で高校一年生だったため、ついていけないということはない。

 

問題は――歴史だった。

 

「……誰?」

 

画面に映る人物を見て、何度目かわからない疑問が浮かぶ。

 

アビドス自治区の成立。

自治区間抗争。

歴代生徒会の政策。

 

前提知識がなければ、何ひとつ噛み合わない。

理解以前に、用語が分からない。

 

「ごめん小鳥遊さん、ちょっとここの問題の事聞きたいんだけど……」

 

「まぁ…分からないですよね」

 

 

 

後日。

 

「これ使ってください」

 

そう言って差し出されたのは、少し年季の入ったBDケースだった。

 

「私が中等部の頃に使っていた歴史のBDです。基礎からなので、分かりやすいと思います」

 

「いいの?」

 

「ええ。どうせもう使うことはありませんし」

 

その言葉に素直に甘えることにした。

 

授業を終え、割り当てられた範囲の校舎に入り込む砂を掃除し、帰宅する。これが学校生活でのルーティーンだ。

 

早朝と放課後は、別の意味で忙しかった。

訓練だ。

 

呪力、術式の扱い。

体の動かし方。

実戦を想定した反復。

 

キヴォトスでは銃撃戦が日常だ。

ヘイローを持たない俺にとって、なおさら疎かにはできない。

 

(学生生活って、もっとこう……平和なものじゃなかったっけ?)

 

そんなことを思いながらも、体は自然と順応していった。

 

そして、そんな日々が続き、気づけば数週間が過ぎていた。

アビドスでの生活に少しずつ、当たり前として馴染み始める――っと思っていたのだが、

予想していなかった事態に直面することになる。

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