漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ 作:場取らず
――小鳥遊ホシノ side――
便利屋68とコノカちゃんの加勢に加えて、ゲヘナとトリニティの援軍にヴァルキューレまで駆けつけたことで戦況は完全にこっちへ傾いた。
数だけは多かったカイザーPMCも次々と蹴散らされ、最後まで悪あがきを続けていた理事も無事にお縄。
後始末はコノカちゃんたちに任せて、私たちアビドスの生徒と先生はすぐにその場を離れ、今も一人でビナーと戦っているだろうケンジの元へ。
「ケンジ先輩……大丈夫でしょうか」
「ん、きっと平気」
「大丈夫だよ。何だかんだケンジは強いからね」
ノノミちゃんを安心させるように、そして何より、自分自身の不安を押し込めるようにそう言い聞かせる。
いくらケンジが強いとはいえ、相手はカイザーがあの大戦力を持って相手取ろうとしていた存在だ。
少しでも早くケンジの元へ――。
「!? 皆さん!あれを……!」
突然、アヤネちゃんが声を上げた。
「何あれ!? あれがビナーって奴!?」
セリカちゃんの驚愕の声。
その先にあったのは、砂漠に横たわる巨大な影。
遠目からでも分かるほど巨大な、蛇のような機械。
だけど。
「……動いて、ない?」
巨体はピクリとも動かない。
あれほどの大きさなら、動くだけでも砂煙の一つくらい上がりそうなものなのに、静かに巨大な機械の身体を砂漠へ横たえていた。
そして、さらに近づいたところで――。
「ん! あそこ! ケンジ先輩!」
シロコちゃんが指差した先、頭部と思われる部分を大きく潰されたビナーのすぐ近くに、人が倒れている。
見間違えるはずもない。
「ケンジ!」
考えるより先に倒れたケンジへ駆け寄ろうとして――。
「……おぉ、お前ら来たのか……。良かった。無事で」
「…………」
意外と平気そうだった。
――――――――――
「ケンジ!」
名前を呼ばれて意識が戻る。
まだ気怠いが、動けないほどじゃない。
顔を上げて身体を起こすと、そこにはいつものメンバーと先生がいた。
「……おぉ、お前ら来たのか……。良かった。無事で」
「…………」
どうやらあちらも無事に乗り切ったらしい。
良かった良かった。
「心配したんだけど!?」
「ん! 死んでるのかと思った!」
「ビックリしたじゃない!」
「……声量落としてくんない?」
まだ頭に響くのだ。
「それで……身体は本当に大丈夫なんですか?」
ノノミが心配そうに尋ねてくる。
「ああ。消耗は激しいが、大きな怪我はないよ」
念のため、試しに術式を発動させる。
指先に小さな炎が灯った。
大分消耗しているせいか、マッチの火程度の大きさしかないが、問題なく使える。
領域展開の直後に焼き切れていた術式も、どうやらもう修復されているようだ。
"この大きな機械? がビナーってやつなのかい? ケンジが倒したの?"
「ええ……まぁ……。大分ギリギリでしたけど……」
「……時間を稼いで逃げるって言ってなかった?」
ホシノがジトッとした目を向けてくる。
「そっちだって住民避難後は逃げるっつってただろ……。つーか俺は『無理そうなら逃げる』と言ったんだ。行けそうだったから戦闘続行しただけです~」
嘘は言っていない。
黒閃をキメてプチ天上天下唯我独尊状態になり、その場のノリと勢いで領域展開までぶっ放したことは黙っておく。
絶対怒られるから。
「あ、あの……ケンジ先輩?目……それに、耳からも血が流れた跡がありませんか?」
「へ?」
おずおずと声を上げたアヤネが、俺の顔を見ながら自分の目元を指差す。
言われて目元を指で拭う。
既に乾いているが、確かに血の跡が残っている。
耳の辺りにも触れてみれば、同じように乾いた血が指先に付着した。
「…………」
(やべ……領域展開した時の負荷か?)
初めてだったから加減も調整の仕方も分からず、ほとんど勢い任せに展開したからな。
領域そのものは問題なく完成したが、必要以上に負荷をかけていたのかもしれない。
今のところ頭が重い程度で、目も見えるし耳も聞こえている。
身体にもこれといった異常は――。
「……ケンジ?」
"ほ、本当に大丈夫なの?すぐに病院に行くべきじゃないかな?"
「そうですよ、ケンジ先輩!」
一気に旗色が悪くなったが……まぁ、仕方ないか。
ただ――。
「分かった、ちゃんと病院には行く。ただ今日はもう疲れたから、帰ってシャワー浴びてグッスリ寝て、体調を万全に整えてから明日改めて病院に――」
「確保」
ホシノの掛け声と同時に後輩たちが動いた。
あっという間に両手両足を拘束され、そのまま有無を言わさず病院へと搬送された。
***
あの後、俺が有無を言わさず運び込まれたのは、D.U.総合医療センター。
ユメ先輩が通う学校の附属病院である。
診察の結果、特に異常は見つからなかったのだが、念のためということでそのまま一晩入院する羽目になった。
当然、先生やホシノたちからは「無茶をするな」と散々説教を受けた。
そして案の定というべきか、俺がここに入院したことを知ったユメ先輩からもまったく同じ説教を受ける羽目になった。
涙目で。
怒鳴られるでもなく、ただ本気で心配した顔で「無茶しちゃダメだよ」と言われ続ける、こちらの良心をゴリゴリと削ってくる
まぁ、最後には「無事でよかった」と抱きしめられ、何がとは言わないが柔らかかったので良しとする。
今回の件のその後だが、まずはカイザーについて。
理事は当然ながら逮捕。
カイザーコーポレーションも、PMCによるアビドス侵攻の様子がネット上で拡散されて大騒ぎになった時点で、理事の解雇を決定した。
カイザーお得意の尻尾切り――と言いたいところだが、今回のアビドス侵攻は、理事……いや、元理事か*1。
あいつが独断で強行したものだ。
会社側からすれば、勝手に大規模なPMC部隊を動かした挙げ句、アビドスへの武力侵攻なんて大問題を引き起こし、その様子までネット上に拡散されたのだ。
一刻も早く切り捨てて被害を抑える、損切り一択だったのだろう。
それでも重役がやらかしたことに変わりはない。
コンプラだの何だのでしばらく批判は避けられないのだろうが、そっちに関しては知ったことじゃない。
ちなみに、ネット上に映像を拡散したのは、やはりヴェリタスだった。
例によって例の如く、コタマの奴が先生の音源を収集すべくシャーレの部室に盗聴器を仕掛けており、その結果カイザーによるアビドス侵攻を知ったらしい。
そこからエンジニア部のドローンを飛ばして現地を撮影。
その映像を即座にネット上へ拡散したことで、カイザー側が隠蔽に動くよりも早く、今回の一件を白日の下に晒せたわけだ。
いい仕事をしてくれる。
が。
どうやら俺とビナーが戦っているところまで、しっかり撮影してネット上に上げやがったらしい。
戦闘の余波や砂嵐の影響で画質はかなり荒く、《隕》とビナーのビームがぶつかったところでドローンが耐えきれず壊れたが、そこまではキッチリ撮られていた。
……なんでそんな酷いことするの?
おかげでカイザーの一件に加えて、ビナーと俺についても結構な騒ぎになっているらしい。
とりあえず「カイザーが流した悪質なフェイク映像」と言い張って切り抜けている*2。
カイザーについては、PMCがアビドス自治区から完全撤退。
カイザーローンにも連邦生徒会の捜査が入ることが決定。
例の3億円の保証金と、3000%とかいう阿呆の極みみたいな利息についても当然ながら撤回された。
流石にこれまでカイザーへ売却した土地に関しては、正式な契約のもとで行われた取引なのでどうにもならなかったが……それでも十分すぎる成果だろう。
そして、それ以上に喜ばしいことが一つ。
アビドスの借金が、ついに完済された。
カイザーから自治区侵攻の賠償金として、借金全額分をぶん取った――という訳ではない。
ビナーだ。
正確には、俺が倒したビナーの残骸。
事件からほどなくして、ミレニアムから正式に「あの残骸を買い取りたい」と打診が来たのである。
――――――カイザーPMCによるアビドス襲撃から数日後、アビドス砂漠
「お久しぶりですね。ケンジさん、ホシノさん」
「まさかお前が来るとはな……ヒマリ」
「うへ、久しぶりだね。ヒマリちゃん」
てっきりエンジニア部辺りが来るものだと思っていたが。
「いやぁ、以前のユメ先輩の捜索といい今回といい、何かと助けられちゃって申し訳ないねぇ」
「いえいえ。澄み渡った空のような心を持つこの私からすれば、当然のことをしたまでです」
相変わらずである。
「それに――」
ヒマリの視線が俺たちから外れる。
その先にあるのは、砂漠に横たわるビナーの巨体。
「今回は私としても、非常に興味深いものを見せていただけそうですから」
「まぁ、コイツが一体何だったのかは俺も気にはなるが……」
デカグラマトンだの預言者だのと、黒服は言っていたが……。
そういえば、黒服の奴、今回の一件の後に先生と接触したらしい。
何でも俺の領域展開を観測できたのが嬉しかったのか、若干テンションが上がった状態で先生の前に現れたそうで、大分警戒されたらしい。
まぁ、見た目も言動も倫理観もアレな奴がそんな状態で現れれば、さもありなん。
俺とあいつとの契約についても先生に一通り話した。
今後も実験や研究に協力するつもりだと伝えた時には大分難色を示されたが、黒服との間には『縛り』もある。
その辺りも含めて説明し、取り敢えずは納得してもらった。
今回の一件を知らせてくれたのもあいつだし、これまでだって契約そのものを破ったことはない。
信頼はできずとも、信用はできる。
「ところでケンジさん。どのような方法でビナーを仕留めたのです?映像は途中で途切れてしまっていましたし、ビナーの破損箇所……特に頭部を見る限り、相当な高威力の攻撃を――」
「部長。ビナーの移送準備、完了したよ」
ヒマリの言葉を遮るように、やたらと露出の多い格好をした少女――和泉元エイミさんがこちらへやって来た。
「ん?ヴェリタスの新入部員か?」
「いえ。今のヴェリタスはチーちゃんに任せて、私は新設した部活の部長を務めていまして。彼女はそちらの部員――」
「はぁ……。砂漠地帯って聞いてたから分かってたつもりだったけど……暑すぎるね……」
エイミさんが額の汗を拭う。
「いいや、脱いじゃお」
「うへ?」
「おお」
「ちょっ!?」
何の躊躇もなくさらに服を脱ごうとしたエイミさんを、ヒマリが慌てて制止する。
「エイミ! いけません! いくら暑いからといってここでそれ以上脱がないでください! 殿方もいるんですよ!?」
「でも暑いよ?」
「暑くてもです!」
エイミさんはなおも脱ごうとし、ヒマリは必死になってそれを阻止している。
まぁ、なんだ。
ここで目を逸らすのも、それはそれで失礼なのではなかろうか。
見せていただけるなら有難く拝見しよう。
これも立派な
しっかりと記憶に刻んで――。
ドゴォ!
「ぐぼぁ!?」
そんなことを考えながらガン見していた俺の脇腹へ、ホシノのレバーブローが突き刺さった。
「お前……ふざけんなよ……」
「うへぇ、何のことかなぁ?」
しらばっくれやがって……!
お前だってさっきまで一緒になって凝視してたじゃねーか!
脱ごうとするエイミさん。
それを必死に阻止するヒマリ。
地に倒れ伏す俺。
そして、そんな俺を踏みつけながら騒ぎを見物しているホシノ。
そんな光景を尻目にビナーは粛々とミレニアムへ出荷されていった。
――――――柴関ラーメン屋台
引退する気だった大将だったが、美食研を始めとする柴関ラーメンを求める客の姿を見て、営業再開を決意してくれた。
もちろん俺も、再開を熱望していた者の一人だ。
店ではなく屋台からの再開だが、大将は「元々屋台から始めたから、懐かしい気分だよ」と笑っていた。
開店資金については、「どっかの誰かさんがお金を置いていってくれた」とのこと。
まぁ、金は天下の回り物っていうし、ありがたく受け取っていいと思う。
「いらっしゃいませ~!」
セリカも柴関のバイトに復帰。
借金は完済し、懐にも多少の余裕はできたとはいえ、カイザーに買われた土地や、そこに眠っている『アビドスの宝』という名の厄ネタ。
過疎化に、何より全ての元凶である砂漠化の拡大と、問題はまだまだ山積みだ。
まぁ、後ろ向きになっても仕方ない。
ようやくゼロからのスタートだと気持ちを切り替えよう。
マイナスを抜けたのは、間違いないのだから。
「ったく、本気で殴りやがって……」
「うへ、セクハラ野郎には当然の処置じゃない?」
「ガン見してたのはお前もだろうが。同性でもセクハラになるってご存知?」
「おじさんは純粋に驚いただけだからねぇ」
「両手をお椀みたいな形にして?」*3
「…………」
「おう、こっち見ろや」
「ご注文お決まりですか〜?……どうしたの?」
「何でもないよ〜。おじさん、味噌チャーシュー。ケンジにツケといて」
「お前……。まぁいいや、俺も味噌チャーシュー。大盛りで」
「味噌チャーシューと味噌チャーシュー大盛り、入りまーす!」
「あいよ」
「いやぁ、それにしても借金を完済どころか、プラスになるとはねぇ。正直、想像もしてなかったよ。ビナー様々だねぇ」
「それだと、ビナーを連れてきたカイザーにも感謝することになるだろ……」
それは絶対に御免だ。
「懐事情が良いうちに、一回学校のインフラ周りを総点検して整備しねぇか?不具合がある度に俺やアヤネが直してたからなぁ」
「そうだねー。お礼も兼ねて、エンジニア部に発注かけようか」
「他の援軍出してくれたとこにも、礼としてしばらくは助っ人を請け負うかな。賞金稼ぎは続けるし」
「働くねぇ。借金なくなったんだから、少しくらい休めばいいのに」
「そんならユメ先輩も誘って、みんなでどっか出かけるか?」
「いいねぇ。そんじゃアクアリウムは?アビドスの郊外にあるやつ」
「お前の趣味全開だな。まぁ、それもいいか。いっそ各自治区の水族館巡りでもするか?そんくらいの贅沢は許されるだろ」
「おお~」
「味噌チャーシュー、お待ちどう様で~す!」
運ばれてきたラーメンを啜りながら、その後もホシノと他愛もない話を続ける。
学校の修繕をどこから始めるだとか。
水族館ならどこへ行くだとか。
ユメ先輩の予定はいつ空いているだとか。
そんな話をしながら久しぶりの柴関ラーメンを堪能し、気がつけばすっかり日も暮れていた。
「そんじゃ、ケンジ。また明日ね〜」
「ああ。また明日な」
軽く手を振り、帰路につく。
明日もまた学校だ。
少々あっさりした締めになりましたが、これにてアビドス編第1章&第2章、終了です。
さて、次回からどうやってケンジを他の章にねじ込むか……。