漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ 作:場取らず
――――ゲヘナとの境界地区に近い、トリニティ自治区の街。
「美食に対して礼を尽くすのは、大事なことなのです」
「…………」
「美食というのは孤高でありながら、普遍的でなくてはなりません……」
「…………」
「モノを食べる時は、誰にも邪魔されず自由でなんというか、救われてなきゃあダメなんです……静かで豊かで……」
ハルナは堂々と持論を展開している。
「あの伝説の『ゴールドマグロ』を観賞用として扱い、見世物にしてお金稼ぎの道具にするなど、マグロさんも望んでいないはず! 私たちはその声に共鳴しただけ! そうですよね、フウカさん?」
「んんっ! んーーーーっ! んんんっ!?」
同意を求められたゲヘナ学園給食部の愛清フウカが、猿轡をされたまま必死に何かを訴えている。
「ゴールドマグロと聞いては黙っていられませんでしたね~」
「あーーーん! お腹すいたーーー!」
「だから止めようって言ったじゃん!」
悪びれる様子もないアカリ。
空腹を訴えるイズミ。
そして、今さらながら抗議するジュンコ。
そんな彼女たちを前に、俺は深々とため息をついた。
「……お前らさぁ」
ゲヘナとトリニティの間で、近く締結される予定の『エデン条約』。
何かといがみ合っている両校が不可侵条約を結び、これからは互いに協力していきましょう、という話らしい。
そんな時期に、アビドスの生徒である俺がトリニティで何をしているのか。
一言でいえば、警備の仕事だ。
本来ならトリニティの正義実現委員会が担当する仕事なのだが、条約締結を前に両校の緊張が高まっている今、ゲヘナとの境界付近で大々的に活動すれば、相手を刺激しかねない。
そこで、ゲヘナの風紀委員会とも交流があり、なおかつ両校とは直接関係のない俺に白羽の矢が立ったというわけだ。
で、そんな警備の最中。
なぜかトリニティ自治区を走っている、ゲヘナ給食部の車を発見した。
こんな時期に、どうしてゲヘナの給食部がトリニティに?
不審に思って確認してみれば、乗っていたのは
そして、
事情を聞いてみたところ、トリニティのアクアリウムで伝説の『ゴールドマグロ』が展示されると知り、GetBackersするために向かっている最中らしい。
お前らの所有物じゃねえだろ。
「ご覧なさい! フウカさんも感涙にむせび泣くほど同意しています!」
「誘拐同然に連れ回されて、猿轡までされてることへの抗議だろうよ」
「そもそも、食材をアクアリウムで展示するとはどういう了見ですか!」
「生き物の暮らしや生態を、実際に見ながら学ぶためだよ」
お前、ホシノの前でそのセリフ言ってみろ。
ヘイロー以外、吹っ飛ばされるぞ。
今度の水族館巡りの候補だっつーのに……。
「とにかく、いい子だから引き返せ。今のご時世に問題起こすと、マジでゲヘナ、トリニティの両校から睨まれんぞ」
まぁ、こいつらはそんなこと知ったこっちゃねぇんだろうが。
「はぁ……仕方ありませんわね。逃げ切れるとも思いませんし」
「だから言ったじゃん! ケンジがいるらしいから止めとこうって!」
「ゴールドマグロの魅力には抗えませんでしたね~」
まったく反省している様子のないアカリに、ジュンコが恨めしそうな視線を向ける。
「では、最近発見された、七色に美しく輝くという『ドパ牡蠣』を、次の目標にするといたしましょう」
(……何そのトリコに出てきそうなの)
そんなことを考えながら、フウカの拘束を解き、猿轡を外してやる。
「……ご迷惑をおかけします」
「君も大変ね」
ジュリとたった二人でゲヘナの給食を切り盛りしているうえに、美食研まで襲来してくるのだ。
同情せずにはいられない。
「では、フウカさん。残念ながらゴールドマグロは諦めることになりましたが、代わりに『ドパ牡蠣』で存分にその手腕を振るってくださいな」
「殴るなら手伝うけど?」
「……少し考えさせてください」
「ねぇ、それより本当にお腹すいたから何か食べない?」
「確かに目的地は遠いですし、先に食事にしましょうか。確かこの近くに、モツ煮の美味しい喫茶店が……」
「残念ながら、時間切れみたいだぞ」
そのとき、猛スピードで一台の緊急車両がやって来た。
俺たちのすぐ近くで急停車すると、中からゲヘナ学園救急医学部の氷室セナが降りてくる。
「お待たせしました。焼死体はどこですか?」
「焼死体にはしてないが、回収すんのは……ほれ」
そう言って、美食研の面々を指さす。
こいつらを確保した時点でゲヘナ側に連絡を入れ、引き取りに来てもらうよう頼んでいたのだ。
風紀委員会が直接乗り込んでくると大事になりかねないため、救急医学部に間に入ってもらったらしい。
「な、何で救急医学部が!? いや、それよりも早く逃げ……!」
「風紀委員長より伝言です。『大人しく戻るなら、私もこのまま引き上げる』とのことです。現在、境界付近で待機されています」
相手が相手なので、ヒナが直接出向いてきたらしい。
「なっ!? ケ、ケンジさん! 何か言って……!」
「車は大丈夫みたいだな。気を付けて帰れよ」
「はい。いろいろとありがとうございました」
そう言って、美食研が乗り回していた給食部の車に乗り込み、ゲヘナへと帰っていくフウカ。
「フウカさーーーん!? ぐえっ!?」
抵抗しようとする美食研の面々に、セナが問答無用でハンドグレネードを叩き込む。
そして、まとめて救急車へと放り込んでいった。
「では、新たな焼死体が出ましたらご連絡ください」
そう言い残し、セナは颯爽と救急車で去っていった。
さて、俺も腹が減ったし、ハルナが言ってた喫茶店でも探すか。
***
モツ煮が美味しい喫茶店で食事を済ます。
トリニティのお嬢様方も普通にモツ煮を食うらしい。
が、一味派と七味派の間には、決して埋められない深い溝があるようだ。*1
そんな新たな見識を得て、再び警備の仕事に戻ろうとしたところ……。
正義実現委員会の生徒から声をかけられた。
「ナギサ様がお話ししたいことがあるそうです。一度、学園までお越しいただけませんか?」
警備の仕事で何か不都合でもあったのかと思ったが、どうもそういう訳ではないらしい。
となると、いったい何の用だろうか?
まぁ、依頼主からの呼び出しを断る理由もない。
そんな訳で、トリニティ総合学園へと向かうことになった。
――――トリニティ総合学園
「ご無沙汰しております、ケンジさん」
「こちらこそ。お久しぶりです」
学園へ到着し、案内された一室で出迎えてくれたのは、以前ノノミと一緒に訪れた際に知り合った桐藤ナギサさん。
現在はトリニティの生徒会にあたる『ティーパーティー』に所属し、フィリウス派の代表としてホストを務めているとのこと。
以前から相当な良家のお嬢様だとは思っていたが、まさかここまでの大人物になっていたとは。
「境界沿いの警備を引き受けていただき、改めてありがとうございます。今日もトラブルを未然に防いでくださったそうで……。『炎帝がいる』というだけで不届き者たちも鳴りを潜め、住民の方々からも好評です。ゲヘナ側との連携も円滑に進んでいるようですし」
とりあえず、警備の仕事については問題なしと見なされているようで一安心。
ナギサさんは穏やかな笑みを浮かべながら続ける。
「既にご尽力いただいているところへ、さらにご負担をおかけするのは心苦しいのですが……一つ、お力をお借りしたいことがあるのです」
ナギサさんは紅茶を一口飲み、静かにカップを置いた。
そして、一呼吸おいてから口を開く。
「トリニティに潜む裏切り者を探すのを、手伝っていただきたいのです」
「……裏切り者?」
何のこっちゃ。
俺が首を傾げていると、ナギサさんは静かに話を続けた。
「エデン条約についてはご存じでしょうか?」
「ええ、多少は……」
もともとは、失踪した連邦生徒会長の発案だと聞いている。
まぁ、キヴォトス最大規模を誇る両学園が、万が一にも激突するような事態を避けるためなのだろう。
連邦生徒会「なかよくしなさい(怒)」
ゲヘナ「ごめんね(怒)」
トリニティ「いいよ(怒)」
……くらいのものだと思っていた。
連邦生徒会長の失踪で話自体が流れるかと思っていたが、どうやら俺が考えていた以上に重要な案件らしい。
「長らく続くゲヘナとの確執……。トリニティ、ひいてはキヴォトスの平和のための条約ですが、残念なことに、その締結を阻止すべく暗躍している者がいるのです。これが裏切りでなければ、何と呼ぶのでしょう?」
「ええ、まぁ……」
……いるでしょうね。
その言葉を、すんでのところで飲み込む。
両校のイザコザは有名だし、ゲヘナにはトリニティの生徒に嫌がらせをしたり、襲撃を仕掛けたりする不良連中もいる。
温泉開発部や美食研なんて連中もいるし……まぁ、あいつらは条約云々とは関係なく、ただただ迷惑なだけだが。
これだけ仲が悪いんだから、反対派が出てくるのも当然。
むしろ、トリニティほどのマンモス校で、全員がもろ手を挙げて賛成するなんて、ほぼ不可能だろう。
「それで……その裏切り者を探してほしいとのことですが、具体的には何をすればいいのでしょうか?」
というか、何故俺に?
――桐藤ナギサ side――
「それで……その裏切り者を探してほしいとのことですが、具体的には何をすればいいのでしょうか?」
目の前の青年、倉戸ケンジさんから当然の疑問が投げかけられました。
トリニティ内部の裏切り者を探す。
本来であれば、部外者である彼に頼むようなことではありません。
ですが、今の私には彼の協力が必要なのです。
エデン条約の締結を控えた現在、トリニティ上層部には不穏な空気が漂っています。
正義実現委員会や、私の身近にいる人たちでさえ、無条件に信用することができなくなってしまいました。
裏切り者がどこに潜んでいるのか分からない以上、内部の人間だけで調査を進めることには危険が伴います。
だからといって、見ず知らずの外部協力者を招き入れるわけにもいきません。
その点、ケンジさんは少々特殊な立場にあります。
賞金稼ぎとしてキヴォトス各地で活躍する一方、現地の治安維持組織とも積極的に協力。
それでいて、各自治区の内情には深入りしない。
これは母校であるアビドスの政治的な立場が弱いこともあるのでしょうが、彼自身、そもそも政治的な野心を持ち合わせていないのでしょう。
彼が何よりも優先するのは、自身が所属するアビドスと、そこにいる仲間たちです。
これは以前お会いした際にも感じたことでしたし、その後の彼の行動を調べても変わっていません。
いわば『アビドス派』という、実質的な中立。
彼にはトリニティ内部の派閥争いに加担する理由がなく、ゲヘナの利益のために私たちを陥れる動機も見当たりません。
無論、それだけで全面的に信用できるというわけではありませんが……。
それでも、今の私には彼以上に適任と思える人物がいないのです。
何より、彼の実績と実力は申し分ありません。
『炎帝』という異名は伊達ではなく、単独でもキヴォトスでトップクラスの戦力。
それでいて、力任せに問題を解決しようとする人物でもありません。*2
今回の境界地区の警備でも、ゲヘナとの無用な衝突を避けながら、問題を未然に防いでくれています。
シャーレの先生に協力をお願いした際には、私の望むような形での協力は得られませんでした。
ですが、ケンジさんならば、また違った立場から状況を見ていただけるかもしれません。
もちろん、彼が私の考えに無条件で賛同してくれるとは思っていません。
むしろ、納得できないことがあれば、はっきりと疑問を口にする方でしょう。
それでも構いません。
今の私に必要なのは、裏切り者とつながっている可能性が低く、なおかつ不測の事態にも対応できる協力者なのです。
そもそも、境界地区の警備についても、アビドスが彼を派遣してくださるとは思っていませんでした。
駄目で元々と、ノノミさんを通じて打診してみたところ、正式に雇用する形であれば構わないとのお返事をいただけたのです。
それも、彼ほどの実力者を雇うには破格と言ってよい条件で。
カイザー侵攻の際に援軍を派遣した甲斐があったというものです。
――――
すでに裏切り者の候補は何人かに絞られており、現在は『補習授業部』という新設の部活にまとめられているらしい。
そして、その面々の面倒を見るという名目で、シャーレの先生にも来てもらっているのだという。
……いろいろと言いたいことはあるのだが、それよりも気になることが一つ。
「少しよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「そもそも、どうしてシャーレや俺……アビドスに協力を求めたのでしょうか? 連邦生徒会には相談されなかったのですか?」
「……連邦生徒会、ですか?」
「ええ。エデン条約が締結されたとしても、それで両校の対立がすぐになくなるわけではないでしょう?」
何せ、長年いがみ合ってきた連中だ。
条約を結んだ翌日から仲良くしましょう、なんて単純な話ではあるまい。
「今後、両校の間で問題が起き、意見が対立した場合、それを仲裁する組織が必要になると思うんです。とはいえ、ゲヘナとトリニティはキヴォトスでも最大規模の学園です。仲裁するなら、両校が納得するだけの権限を持った組織でなければ難しいでしょう」
ミレニアムなら規模や影響力という点では申し分ないだろうが、わざわざ他校同士の揉め事に首を突っ込む理由がない。
となれば、残る候補は……。
「それなら、キヴォトス全体を統括する連邦生徒会が妥当だと思うのですが……」
そもそも、条約を発案したのも連邦生徒会長だという話だ。
本人が失踪したからといって、組織そのものがなくなったわけでもあるまい。
ナギサさんは静かに紅茶のカップを置いた。
「ええ、まったくもってその通りです」
そう言って、優雅で気品に満ちた笑みを浮かべる。
思わず見惚れてしまいそうなほどの笑顔だった。
――カップを置いた瞬間、とんでもない怒気が放たれていなければ。
そこから始まったのは、優雅さと気品、品位、知性、そして見識という名のオブラートに幾重にも包まれた罵詈雑言。
一言にまとめると、「
どうやら、彼女が溜めに溜め込んでいた怒りの
こうなった相手が求めているのは、助言でも建設的な意見でも、ましてや反論でもない。
ただただ、同意である。
そのことを俺は一年生の時、ホシノから学んだ。
ナギサさんの、サーモバリック爆発が連続するかのような怒りの炎は、いっこうに鎮火する様子がない。
適度に相槌を打ちながら、ケーキスタンドに並べられたキューカンバーサンドへと意識を向ける簡易領域を展開。
ひたすら耐え続けるのだった。