漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ 作:場取らず
1週間が過ぎる頃、はっきりとした変化があった。
生徒の数が目に見えて減っていったのだ。
入学当初はまだ生徒数は二桁はいたはずだ。
朝の校門ですれ違う顔も、それなりにあった。
だが、日を追うごとにその姿は減り気づけば。
「今日、誰か来てた?」
教室の窓から外を見詰めていた小鳥遊さんは、俺の問いかけに首を横に振った。
「いえ。今日は私とあなたとユメ先輩だけです」
「……そっか」
その後も状況は変わらなかった。
むしろ加速した。
数週間後、最終的に残ったのは三人。
俺。
小鳥遊さん。
そして、梔子先輩。
校舎も今までいた本館はたった三人では砂害から維持するのは不可能との事で事実上の放棄。
離れた場所にある別館へと移動することとなった。
その頃には、小鳥遊さんと梔子先輩が一緒に行動している場面をよく見るようになっていた。
いつからそうなったのかは分からないが、二人で並んで歩く姿は妙に自然だった。
そして小鳥遊さんは生徒会入りし、副会長となっていた。
後から聞いた話だと、小鳥遊さんはもともと、梔子先輩には距離を取っていたらしい。
遠くから、梔子先輩の活動を眺めていたらしいのだが。
「ユメ先輩は……あまりにも危なっかしかったので」
そう言って、小鳥遊さんは小さく息を吐いた。
「ですので、生徒会に入りました。このままでは、いずれ取り返しのつかないことになると判断しましたので。本当に……いろいろと」
最後の一言だけ、妙に力が抜けていた。
何やら俺が知らないところで苦労があったらしい。
「二人とも! 今日からここが新しい校舎だよ!」
「ただの別館じゃないですか」
「うっ……それはそうだけど……」
梔子先輩は、少し気まずそうに苦笑した。
「でも、ここからだよ!」
「根拠のない楽観論はやめてください」
「ひぃん……」
いつも通り前向きな梔子先輩と、そんな先輩に対して容赦なく現実を突きつける小鳥遊さん。
「と、とにかくこれからは三人で頑張っていこう?!ケンジ君もまだ
「ユメ先輩は、人のことを言えた立場じゃないでしょう」
小鳥遊さんは、ため息混じりに続ける。
「私が今まで、どれだけフォローして回ったと思っているんですか……。にしても……」
そう言って、小鳥遊さんは俺の方へと視線を向けた。
「……こんな状態のアビドスに残り続けるなんて。あなたも大概、物好きですね」
一瞬、間を置いてから、
「まぁ……無責任に去っていった人達よりは、マシですが」
と、ぶっきらぼうに付け足した。
「ホシノちゃん、そういう言い方は良くないよ。悪いのは砂漠化でしょ?」
「…アビドスを見捨てたことには変わりないじゃないですか」
梔子先輩は、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。
けれどすぐに、いつものように柔らかく笑う。
「……うん。そうだね。みんながいなくなっちゃったのは、やっぱり寂しいよ」
そう言ってから、校舎――別館をぐるりと見回す。
がらんとした廊下。
使われていない教室。
風の音だけが響く、広すぎる空間。
「でもね」
梔子先輩は、こちらを見た。
「それでも、私は諦めないよ」
迷いのない声だった。
「だって、今ここに、二人がいるでしょ?」
その視線が、俺と小鳥遊さんを順番に捉える。
「ケンジ君も、ホシノちゃんも。こんな状態のアビドスに、それでも残ってくれた」
少し照れたように、けれど嬉しそうに笑う。
「それだけで、私には十分すぎるくらいなんだから」
小鳥遊さんが小さく息を吐く。
「……大袈裟なんですよ、ユメ先輩」
「そ、そんなことないよ!」
梔子先輩は慌てたように首を振る。
「三人で頑張って、いつか新しい後輩たちがたくさん入ってきて、廊下がうるさくなるくらい、この校舎が賑やかになって……」
一度息を吸ってから、続ける。
「文化祭とか、部活とか、放課後の寄り道とか……そういう“普通の高校生活”を、みんなで出来るようにするんだ!」
「またそんな絵空事を…!」
小鳥遊さんが、半ば噛みつくように言う。
「現実を見てください、ユメ先輩。生徒は三人。借金は9億以上。状況は最悪です」
(なんという正論)
と心の中で同意する、一つも間違っていない。
「それでも!」
梔子先輩は、少し声を張った。
「それでも、今は三人いるんだよ!ゼロじゃないんだから!」
その言葉に、小鳥遊さんは一瞬だけ言葉を失った。
「……うへ~……本当に、この人は…」
呆れたような口調。
だが、その声音には先ほどまでの鋭さはなかった。
「まぁ、アビドスを復興させるという目標に反対するつもりはありませんよ。」
そう小さく付け加え、視線を逸らす。
梔子先輩は、きょとんとした後、ふわっと笑った。
「えへへ……ありがとう、ホシノちゃん」
「感謝される覚えはありません」
即座に返すが、否定はそれだけだった。
そのやり取りを、俺は黙って見ていた。
ここに来てから一か月ちょっと。
なぜ自分が
戸惑ってばかりだったのは確かだ。
銃が普通に出てくる日常。
借金を抱えた学校に、砂漠に飲み込まれかけてる自治区。
今でも、慣れたとは言い難い。
(ま、他に行く当てもないし、今さら別の学校に放り込まれても困る。)
それに二度目の人生のスタート地点となった
小鳥遊さんと梔子先輩にも何だかんだちゃんと面倒を見てもらってきた。
恩返しだとか、大げさな話じゃない。
奇跡なんざ起こせないし、全部背負う気もない。
ただ、できることをできる範囲でやる。
それくらいでいい。
「……あの」
二人のやり取りが一段落したところで、俺は小さく声を出した。
梔子先輩と小鳥遊さんが、同時にこちらを見る。
「俺も――生徒会に入ります」
一瞬、空気が止まった。
「え?」
最初に声を上げたのは、梔子先輩だった。
「い、いいの!? 本当に!?」
「はい。といっても、役職とかは別にいいので……書類整理でも、雑用でも、庶務でも。正直、キヴォトスのこともアビドスのことも、まだ分からないことだらけなので」
できることなんて、たかが知れている。
けれども。
「ただ……何もしないで見てるのは、ちょっと嫌なので」
それだけ言って、言葉を切った。
次の瞬間。
「やったぁ!!」
先輩が、ぱっと顔を輝かせた。
「ありがとう!ケンジ君!生徒会、三人だよ!三人もいるんだよ!?」
こちらの手を握ってぶんぶん振り始める。
「……はぁ」
と、小鳥遊さんがため息をついた。
「即決ですか、ユメ先輩」
「だって嬉しいんだもん!」
「……まあ、反対はしません」
意外にも、即座の否定はなかった。
小鳥遊さんは腕を組み、改めて俺を見る。
その視線は、最初に会った時のような警戒心はない。
代わりにあるのは値踏みと、少しの呆れ。
「ほんとに物好きですね。あなたは…」
「……自覚はあります」
「ただでさえキヴォトスの生活に右往左往しているのに、それでいてさらに生徒会に入るなんて」
小さく肩をすくめる。
「普通なら、さっさと別の自治区に逃げます」
「……でしょうね」
「それでも残る。その上、面倒事の中心に首を突っ込む…もはや変人です」
「否定できません…」
その返答に、小鳥遊さんはわずかに口角を上げた。
ほんの一瞬だけ。
「言っておきますが、生徒会は遊びじゃありません。借金問題も、治安改善も、校舎の維持も、楽な仕事は一つもないです」
すぐに、いつもの引き締まった口調に戻る。
「撤回するなら今のうちですよ?」
「撤回はしません」
即答した。
小鳥遊さんは少しだけ目を細めて、
「なら、好きにしてください。…ただし!」
小鳥遊さんは、はっきりとした声で続けた。
「生徒会として行動する時は、必ず私たち二人の指示に従ってください。特に、外で活動する時です」
腕を組み、こちらをまっすぐに見据える。
「今のアビドスの治安は、お世辞にも良いとは言えません。あなたにはヘイローがない。私たちにとってなんて事のない一発が、あなたにとっては致命傷になりかねません」
その言葉に、梔子先輩もはっとしたように息を呑んだ。
「あ、そっか……キヴォトスの外の人は私たちほど頑丈じゃなかったよね…」
「そうゆう事です。だから、生徒会としての活動で外に出る時は勝手な行動は禁止。単独行動も原則なし。必ず私たちと同行すること……いいですね?」
「あー…その事だけど…」
今まで隠していた、というより話す機会がなかったのだが。
(でも、生徒会に入るって決めた以上、ここで言わないのは不誠実だよな。)
「一応、自衛できる程度には力があるぞ?」
俺は二人に呪力のこと、術式、呪力強化による身体強化や
反転術式のことを実際に見せながら話した。
掌に呪力を集め、術式を起動する。小さな炎が灯った瞬間、
「すごーい!」
と、梔子先輩は子どものように目を輝かせてはしゃいでいた。
一方で、小鳥遊さんは明らかに疑いの目を向けている。
「手品か何かでは?」と言いたげな目だ。
そのまま説明を続けて自身の強度確認の際、実際に自身を撃って確認した事を話した辺りで「何やってんだ、こいつ」っと言いたげな呆れの混じった目となり、少し指先を切って、実際に反転術式を見せたら、珍獣でも見る様な目になっていった。
「ねぇねぇ!他にどんなのが出来るの?」
梔子先輩が身を乗り出してくる。完全に好奇心のスイッチが入っていた。
「え、ええと……じゃあ、こんなのとか」
俺は火礫蟲を発動させ、空中を自在に飛ばせて見せた。
「わあ……! 魔法みたい!」
(魔法じゃないです、呪術です…)
その様子を見ていた小鳥遊さんが、深いため息をついた。
「…はぁ、もういいでしょう。ケンジさんが特殊能力を持った変人ということは十分理解しましたので。」
(ひでぇ言われよう…まぁ拒絶されるよりはマシだが)
変人扱いで済んでるなら上出来と判断する。
まだ好奇心冷めやらぬといった感じの先輩と、それを諫める小鳥遊さんを見やり。
(んじゃ、最後に小型火山見せて終わりにするか…)
一応、主な能力を一通り見せた方がいいかと二人から少し離れて小型火山を生成し、出力を抑えた炎を噴射させようとしたタイミングで…
「ケンジさんも、もうわかりましたからそろそろお終いにし――」
と、こちらに歩いてくる小鳥遊さん。
俺は来るとは思っていなかった。
本当に、まったく想定していなかった。
結果。
シュボゥ!
「「あ」」
俺と先輩の声が、綺麗に重なった。
炎の射線とに重なってしまい、ほんの一瞬、火柱に飲まれる小鳥遊さん。
幸い出力を抑えていたおかけで、火傷などはしていなかったが、見事にコゲていた。
「す、すみません!」と、慌てて頭を下げる。
先輩も駆け寄ってきて「ホシノちゃん大丈夫?」と問いかける。
小鳥遊さんはゆっくりとこちらを向き――
「うへっ」
「(うへ?)たっ…小鳥遊さん本当にゴメン!当てるつもりはなかったんだ…」
小鳥遊さんはニッコリと笑いながら
「いえ、特にケガをしたわけでもないのでこの程度気にしなくていいですよ?にしてもなかなかの火力ですね、動いてないのに熱かったですよ。なるほど、出力を抑えた状態でもこれなら、その辺の不良くらいなら問題にならないでしょう」
と、笑みをうかべてながら、
「た…小鳥遊さん?」
「攻撃面は申し分ないですね。では次は耐久面を確認しましょうか。50口径も問題ないとおっしゃってましたね?心配しないで下さい、ちゃんと加減しますので」
カチャンと銃のセーフティーを外し、ヤルキ満々の小鳥遊さん。
「ガチギレしてるよなぁ!?あと銃撃に加減も糞もないよなぁ!?」
「あ、動いちゃダメですよ?手元が狂うので」
俺は全力で逃げ出した。
「待ちなさい!!」
「え?あ、ちょ…ちょっとホシノちゃん!?ストップ!ストーーーップ!!」
鬼気迫る表情で俺を追いかける小鳥遊さんと、完全に蚊帳の外に置かれた梔子先輩。
地獄の追いかけっこは日が暮れるまで続いた。
――こうして。
アビドス高等学校生徒会、三人体制での活動は、
最初から最後まで騒がしい幕開けとなったのだった。