漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ 作:場取らず
「ごちそうさま、大将!」
「おう、まいど!!」
腹を満たし、紫関ラーメンを後にする。
賞金首を追って自治区外へ出て、帰還後は祝勝がてら紫関ラーメンで晩飯。
ここ最近の休日は、そんなルーティンが定着していた。
(今回の懸賞金で今月の利息分は確保できそうだな…
改めてキヴォトスの治安の悪さを思い知らされ、苦笑いしながら自宅へと歩を進める。
「こんばんは、倉戸ケンジさん」
静かな声が掛けられた。
足を止め、顔を向ける。
黒いスーツ。
影のように黒く、無機質な身体。
右目に相当する部分だけが白く発光し、そこから全身へと亀裂が走っている。
頭部の裂け目からは、モヤのようなものが滲み出ていた。
(――呪霊!?)
あまりにも異質な外見でそう判断し、全身に呪力を漲らせ、距離をとり戦闘態勢を取る。
キヴォトスに存在するのは、基本的に女生徒と獣人、そしてロボ市民。
少なくとも、こんな得体の知れない姿をした存在など、これまで見たことも、聞いたこともなかった。
「おや? これは驚かせてしまいましたかね?」
落ち着いた声。
こちらの警戒など意にも介していない様子で、黒服は一礼する。
「それならば失礼しました。私は【ゲマトリア】に所属する者でして、名前は…そうですね。【黒服】とお呼びください」
(人語を話す)
それだけで、脳内の危険度が跳ね上がる。
(最低でも二級……いや、この淀みない会話。この知性…特級か!?)
これまで、キヴォトスで呪力を感じたことは一度もなかった。
ヘイローを持つ生徒からも、獣人からも、ロボ市民からも。
負の感情が集まりやすいはずの学園ですら、呪力どころか残穢すら感じたことがない。
だからこの世界に呪霊が生まれる可能性そのものを俺は無意識のうちに、完全に思考から外していたのだ。
「今回声を掛けさせていただいたのは所謂スカウトです。倉戸ケンジさん貴方の炎を操るその力…
(いったい何の畏れの呪霊だ?術式は?こいつ一体か?……いや、組織名を口にしたな。複数存在する?)
「カイザーグループの上層部とは繋がりがありましてね。…貴方がこちらに来ていただけるのならば現在アビドスが抱えている借金の………あの…倉戸ケンジさん?」
(まさか……俺という
最悪の仮説が、頭の中で形を成し始めていた。
脳裏に浮かぶのは、同級生と先輩の顔。
「あの……私は貴方と敵対するつもりはなく、ただお話を――ええと……もしもし?」
(ただでさえアビドスは風前の灯火だ。これ以上、あの二人に負担をかけるわけにはいかない。しかも、その原因が俺だなんて……)
「えーっと……本当に危害を加えるつもりはありませんので。できれば警戒を緩めていただけると……具体的にはですね、今まさに放とうとしているであろう巨大な火球を、そっと仕舞っていただけると……」
(死んでも…こいらは祓う!)
決意と共に、呪力が一気に膨れ上がる。
その瞬間。
目の前の呪霊が、慌てたようにこちらから見えるように両手を掲げ、
「あの…本当に危害をくわえつもりはございませんので」
降参と言わんばかりの態度。
そこでようやく、俺は一息つくことができた。
(……呪力を…感じない?)
改めて相手を観察してみるが、どれだけ意識を集中しても呪力の気配はない。
その事実に気づいた瞬間、自分が完全に独り相撲で先走っていたことを悟った。
誤魔化すように、軽く咳払いをする。
「……もう一度、最初からどうぞ」
努めて冷静を装い、仕切り直しを促す。
呪霊モドキは何も言わず、ただじっとこちらを見つめていた。
その無言の視線が痛かった。
改めて話を聞くと、この呪霊モドキの名は【黒服】。
【ゲマトリア】と呼ばれる組織に所属しており、キヴォトスに存在する【神秘】の探求と研究を目的としているらしい。
(キヴォトスに満ちている、あの正のエネルギーに似た力……あれは神秘って呼ばれてるのか)
そして神秘の裏側に位置する概念が【恐怖】。
その恐怖と似て非なる力…【呪力】を操る俺に目を付け、スカウトに来たという訳だ。
「いかかでしょう?ゲマトリアにお越しいただければ、アビドス高校が抱えている借金の……そうですね、半分ほどはこちらで肩代わりいたしましょう」
(呪霊じゃないのは分かったけど、厄ネタには変わらねーじゃねーか)
前世で聞いた闇バイトの勧誘でも、もう少しマシな誘い文句だった気がする。
どうしたものかと考える。
誘いに乗る気は毛頭ない。
だが、話の端々から感じるのは、まるで最初から俺の動向を把握していたかのような口ぶり。
(まあ、力を隠蔽してたわけでもないし、それ自体は今さらなんだけどさ)
問題はそこじゃない。
ここで断った所で「では次の機会に」だの「また改めてお話を」だの言いながら、今後もまとわりついてきそうな、そんな嫌な予感しかしなかった。
(絶対めんどくさいタイプだ、コイツ)
「……ゲマトリア、って言ったな。そういう胡散臭い組織にさ、実際に生徒で所属してる奴なんているのか?金と引き換えに臨床実験、ってオチじゃないだろ?正直、そんな条件で首を縦に振る物好きがいるとは思えないね」
「ククク……率直なご意見ですね。確かに貴方以外にも声をかけていますが、色よい返事はいただけていませんね。ですが、ご安心を。強制も、人体実験も行っておりません」
「…待て。まさか、俺みたいなのが他にもいるって言うのか?」
「貴方と同質の力、つまり【恐怖】を操る存在、という意味であれば違います。そのような事例は、現在確認できている限り……倉戸ケンジさん、貴方一人だけです」
(呪力持ちはやっぱり俺だけか…それはともかく…)
「あんたみたいな見るからに怪しいやつにスカウトされてる時点で、その子には同情するね。報酬をちらつかせて女子高生を勧誘?犯罪では?」
皮肉半分、本音半分でそう言うと――
「ククク……これは手厳しい。なかなか酷いことをおっしゃいますね。ですがご安心を先ほども申した通り、強制も脅迫も行っておりません。にしても、クックックッ……同情、ですか。でしたら――明日にでも、ご本人に直接お伝えになってはいかがでしょう?」
「……は?」
(明日?伝える?こいつ、何を言って――まさか…)
「おい、その勧誘した子っていうのは…」
「ククク……ええ。ご想像の通りです。貴方にとって――非常に身近な方ですよ」
(こんのクソ野郎が。マジで燃やしてやろうか…)
内心、腸が煮えくり返りそうになる。
だが断られているという事実に、ひとまず理性が追いついた。
少なくとも、今この瞬間は大丈夫だ。
「そうかい……だが残念だったな。ユメ先輩は確かに、超がつくほどのお人好しで、決して要領のいい人じゃない。だがな、そんな明らかに胡散臭い勧誘に、ホイホイ乗るほど愚かな人では―
「小鳥遊ホシノさんです」……ん?」
「私が勧誘したのはアビドスの生徒会長ではなく、暁のホルス。小鳥遊ホシノさんです。」
「…ホシノ?」
「はい」
「弛んだネクタイ、サイズの合っていないシワだらけのワイシャツ、ほどけた靴紐と、見た目からしてドンくさそうで騙しやすそうなユメ先輩じゃなくて?ホシノ?」
「…そうですが。貴方、なかなかに酷いことおっしゃいますね…」
「………お前もしかしてロリk「違います」
黒服いわくホシノはキヴォトス最高の神秘らしく、自身の研究のために身柄を求めているとの事。そういえばとんでもない量の神秘を発していた事を今更思い出す。
(砂漠化による過疎化に多額の借金。三人しか生徒がいない上に、その内二人が胡散臭い組織に目を付けられる……なんだ?呪われてんのか?アビドス……)
「ふむ……では、こういう条件はいかがでしょう?貴方が
(もう本当に、こいつを跡形もなく燃やして……いや、仲間がいるんだったな。それはマズい)
正直関わりたくはない。
だが、もう関わらないという選択肢も消えた。
(ここで断ったところで素直に引き下がるとは思えない…。この様子だとコイツは、事あるごとに俺とホシノに関わってくるだろう。強制はしないと言っているがそれが信用できるかわかったもんじゃない。何を仕掛けてくるか分からない)
「…考える時間をくれ。明日の同じ時間、同じ場所だ。それまでに答えを出す」
「ほう……」
黒服の白い右目が、僅かに細まった気がした。
「ククク……構いません。熟慮は、良い判断を生みますからね。……では、また明日。倉戸ケンジさん」
背後からの視線を感じながら、その場を後にした。
(――さて。本気で、頭を回さないとな。ますは…)
――――――翌日、アビドス高等学校
「ホシノ、お前にパパ活持ち掛けてきた奴について聞きたいんだけど」
「………は?」
スカウト被害者同士、情報交換からだ。