漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ 作:場取らず
校舎に積もった砂を、最後に一掃きする。
「……よし」
箒を壁に立て掛け、軽く背伸びする。
(インフラ整備もそろそろ手ぇ付けないとな……)
校舎のあちこちがガタついている。
電気、水道、設備はどれも満足とは言い難い。
今は最低限動いているだけだ。
(防具のメンテついでに、エンジニア部に相談してみるか)
アビドスの財政では業者に頼み続けるのは厳しい。
装備の整備は定期的に必要だし、エンジニア部に行ったついでに、素人が設備の整備の為に何から学べばいいか聞いてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、生徒会室へ向かう。
角を曲がり、廊下の先に生徒会室が見えたその瞬間。
バンッ!
扉が勢いよく開いた。
「――っ!」
飛び出してきたのはホシノだった。こちらに気付く様子もなく、そのまま廊下を駆け抜けていく。
「……おい?」
呼び止める間もなく、ホシノはそのまま校舎の出口へと消えていった。
(なんだ……?)
生徒会室に入ると、床一面に紙屑が散らばっていた。
破かれたポスターらしい紙片だ。
その中央で、ユメ先輩がしゃがみ込み、一枚一枚を拾い集めてはセロテープで繋ぎ合わせている。
(うわっちゃあ……)
状況を見た瞬間、大体の事情は察した。
多分、ユメ先輩が何か言って、それにホシノが噛みついたのだろう。
そこまでは、今までもよくあることだった。
ひぃんひぃんうへうへ仲良くケンカしな、と普段なら気にしない。
だが、床に散らばるポスターの残骸を見る限り、今回はだいぶヒートアップしてしまったらしい。
「あ、ケンジくん。お掃除、終わった?」
こちらに気づいたユメ先輩が少しだけ困ったように笑いながら声をかけてきた。
「さっきホシノが飛び出していきましたけど……何かあったんですか?」
床に散らばった紙屑を拾いながら、俺はユメ先輩に声をかけた。
「あー……ちょっと、ケンカしちゃって」
と言いながら手元のセロテープで補修途中の紙切れをこちらに見せる。
「……アビドス砂祭り?」
「アビドスに活気があった頃に行われていたお祭りでね、お掃除してたら見つけちゃって懐かしいなーって思って」
セロテープを貼りながら、話を続ける。
「また、こういうお祭りができるようになったらいいねって……ホシノちゃんに言ったら……ちゃんと現実を見てください、って生徒会長なんだから、自覚を持てって怒られちゃった」
俺は、手近な紙片を一枚拾い上げる。
「まぁ……この間も騙されかけてましたもんね、ユメ先輩。人助け自体は否定しませんけどね、騙されること多すぎるんですよ。だからもう少し慎重にはなった方がいいと思います」
ポスターの破れた端を合わせながらユメ先輩にそう告げる。
「ひぃん…反省してます……」
ホシノの気持ちも分からなくはない。
今の余裕なんてないアビドスの状況で、現実味のない夢物語を聞けば、苛立つのも無理はない。
ただアイツの事だ、言い過ぎたと思って、どこかで頭を抱えているに違いない。
(あとでフォローしとくか…できるだけ穏便に。)
ポスターの修復を続けていると机の上で、ユメ先輩のスマホが震えた。
「あ、ちょっとごめんね」
ユメ先輩はスマホを取り、通話に出る。
「はい、もしもし? ……あ、ネフティスの方ですか」
ネフティス。
どこかで聞いた名前だが、特に気にせず俺はそのままポスターの修復を続ける。
だが。
「ええ、ええ……はい、それなら――買います!」
(…うん?)
顔を上げる。
ユメ先輩は、まだ通話中だ。
「はい!では明日にでも…はい、よろしくお願いします!」
通話が終わり、先輩がスマホをしまいながら、こちらを見る。
「どうしたの?」
「いや……今、何かを“買います”って言いましたよね?」
「うん!ネフティスの人から連絡が来てね?砂漠横断鉄道に関係する施設の使用権を、買わないかって――」
俺はゆっくりと、深く息を吐き、半眼になって言った。
「さっき慎重になれって言ったそばから騙されてません?」
「ひぃん……信用ないよぉ…」
「いや、信用っていうか……実績の問題というか」
「ひぃん…大丈夫だよぉ。電話の相手、ネフティスの担当者さんだったの。去年、生徒会の件で一度会ったことある人だから、間違いないよ」
「ふむ」
まぁそれなら大丈夫か。
「それでね、砂漠横断鉄道に関係する施設の使用権を買わないかって。お値段、なんと百万円!」
(……ああ、ネフティスに砂漠横断鉄道って…)
ネフティスとアビドスが共同で進めていた計画だ。
砂漠を横断する鉄道網を作り、物流と人の流れを取り戻す、そんな壮大な構想だったはずだ。
だが結局、途中で頓挫した。
結果だけ見れば、アビドス衰退の一因とも言われている。
「それで?なんで買うことにしたんです?」
俺はユメ先輩を見る。
ユメ先輩は、少しだけポスターの切れ端を見下ろした。
「確かにね、鉄道計画が上手くいかなかったのは事実だし……それが原因でアビドスが苦しくなったのも、否定できないよ…でも、ネフティスの人たちも、アビドスの人たちも自治区のためを思って、一生懸命作った鉄道なんだよ」
手元のポスターを、そっと整える。
「だから、できれば……何とか残したいなって」
ユメ先輩は顔を上げる。
「明日、街の銀行まで行ってくるね。とりあえず一万円払って、残りは食費削ったりお菓子我慢したりして、何とかやりくりするから。だから心配しないで!」
(子供か)
百万円を、そんな家計の延長で何とかしようとするな。
俺は立ち上がり、生徒会室の棚へ向かい、棚の奥、金庫を開ける。
今月の返済用に確保していた資金だ。
中から封筒を一つ取り出し、中身を確認し、そのままユメ先輩に差し出す。
「ケンジくん?」
「これで買って来てください」
「……え?」
「百万円。今月の返済金から回しました。減った分は…まぁ俺が賞金首共とっ捕まえて補填しときますので」
「……いいの?」
ユメ先輩は、差し出された封筒と俺の顔を交互に見た。
「まぁ、廃校寸前の今のアビドスには無用の長物な気はしますけどね。将来、もしかしたら役に立つ可能性があるかもしれないので。」
ポスターの破れ目を軽く指で押さえながら続けた。
「ホシノには、俺から言っときます」
どうせ今頃、さっきの言い合いを思い出して凹んでいるだろう。
「あと、明日出かけるなら気をつけてくださいよ」
「うん?」
「お金落としたり、盗まれたり、知らない人について行ったりしないように」
「ひぃん!やっぱり信用されてないよぉ!」
(さて、ホシノへの釈明を考えんとな…)
――――翌日
小鳥遊ホシノは、廊下をゆっくり歩いていた。
(……やりすぎた)
昨日のことが、頭から離れない。
ユメ先輩に言った言葉。
そして、勢いのまま飛び出してしまった自分。
(最低ですね、私)
ユメ先輩は、ああいう人だ。
理想ばかり語って、騙されて、それでも人を信じる。
それが分かっているのに、あんな言い方をする必要はなかった。
(ケンジも……多分、事情は聞いてるはず)
あいつなら、間違いなくユメ先輩から事情を聞いているだろう。
(顔合わせづらい……)
小さく息を吐いて、扉を開ける。
そして。
教室の真ん中でこちらに向かって土下座しているケンジの姿が映った。
「……は?」
「おはようございます、ホシノさん。まずはわたくしめの話を聞いていただけますでしょうか」
土下座の姿勢のままだった。
~~~~~~~~~~
「――と、いう訳でございまして。ホシノさんに相談もなく使用した百万円につきましては、ワタクシが責任をもって賞金首どもをしばきあげて補填いたしますので、どうかご納得の程を――」
「いや、もう分かりましたから。いい加減顔を上げてください。というか土下座をやめてください」
ホシノが呆れたように言う。
どうやら俺の土下座での誠意は伝わったらしい、実るほどなんとやらだ。
俺はゆっくり顔を上げ、ようやく土下座をやめた。
「……と、まぁそういった理由で今日はユメ先輩は来ないから、ポスターの件、謝るのは明日な」
いつもの口調に戻り、そう告げる。
「……分かりました」
ホシノはそう言ったものの、どこか気まずそうな顔をしている。
少しして、ぽつりと口を開いた。
「……何か言わないんですか?」
「何を?」
「いや、その……昨日のこと」
ホシノは少し言い淀む。
俺は肩をすくめた。
「お前のことだから、昨日あの後ずっと反省してたんだろ?だったら、俺が言うことは特にない」
「……なんか見透かされてるみたいで腹立ちますね」
ホシノが不機嫌そうに言う。
「ユメ先輩ほどじゃないが、お前も大概分かりやすいぞ」
俺の発言にすぐに言い返してくる。
さっきまでの気まずさはどこへやら。
ホシノは、すっかりいつもの調子に戻っていた。
(ま、明日ユメ先輩に謝って、これで一件落着だろう)
そう思っていた。
だが翌日も、ユメ先輩は学校に来なかった。
――――――――――――
俺とホシノは、砂漠を走り回っていた。
銀行とネフティスの窓口を当たり、ユメ先輩の足取りを追う。
百万円を振り込んだところまでは確認できた。
振り込みを終え、銀行を出るところまでは間違いない。
そこから先が分からない。
そして、もう一つ分かったことがある。
先輩が街へ行ったその日、近くで規模の大きい砂嵐が発生していた。
先輩はその砂嵐に巻き込まれ、遭難した可能性が高い。
(マズいマズいマズい…!)
ユメ先輩が失踪して3日。
キヴォトス人は頑丈だがそれでも飲まず食わずで砂漠を彷徨えば、いずれ力尽きる。
まだ希望はあるが、余裕はない。
最初にユメ先輩のスマホへ連絡したときはかろうじて繋がったが、途切れ途切れの声、砂を叩きつけるようなノイズ。
状況はほとんど分からなかった。
そしてそれ以降は繋がらない。
電池が切れたのか、それとも、電波が届かない場所にいるのか。
どちらにせよ時間がない。
「……ユメ先輩」
ホシノが小さく、その名前をつぶやいた。
俺もそうだが、不眠不休で探索を続けている。
顔には、はっきりと疲労の色が浮かんでいた。
ホシノからすれば先輩とは喧嘩別れのままだ、精神的には俺よりもずっとキツイはずだ。
(だからって休め、と言える状況でもない…くそっ!)
無能な自分が恨めしい。
もし俺の術式が、夏油の呪霊操術みたいに呪霊を使役できる術だったなら。
冥冥の黒鳥操術みたいにカラスを遠隔で操れる術だったなら。
この広い砂漠だって、広範囲に目を走らせ、何十、何百という手で捜索できたかもしれない。
(クソッ!メカ丸なら―)
そこまで考えて――ふと、思考が止まる。
(……メカ?)
頭の中で、何かが引っかかった。
ポケットからスマホを取り出す。
震える指で連絡先を開き、祈るような気持ちで、通話ボタンを押した。
『――もしもし? メンテナンスは来週のはずだが、どうかした――』
「後生だ! 力を貸してくれ!!」
『……はい?』
~~~~~~~~~~
力が入らない。体がもう動かない。
足も、腕も、もうほとんど感覚がない。
(……あぁ)
意識が、ゆっくりと遠ざかっていく。
(ホシノちゃん……)
最初に浮かんだのは、その顔だった。
怒った顔。
悲しそうな顔。
結局、ちゃんと話せないままだった。
(ごめんね、最後まで……頼りない先輩で)
次に浮かんだのは、もう一人。
(ケンジくん)
あのとき、何も言わずにお金を差し出してくれた。
自分の我儘を止めることもできたのに、それでも送り出してくれた。
(ごめんね、せっかく信じてくれたのに)
視界が白くぼやけていく。
(みんなで……お祭り、できたらよかったな…)
意識が、ゆっくり沈んでいく。
(……いやだよ死にたくないよ…。ホシノちゃん、ケンジくん…二人に会いたいよ…)
意識が途切れる瞬間―――
「ここに居たんですね。 まったく……探しましたよ、……ユメ先輩。」
ちょっぴり意地悪だけどホントは優しい後輩の声が聞こえた気がした。
――――後日――――
あの後、ホシノと共に気絶しているユメ先輩を発見し、応急処置を施した後病院へと運び込んだ。
医者から「衰弱は激しいが、一命は取り留めた。後遺症も残らないだろう」と告げられたとき、
俺たちは揃ってその場にへたり込んだ。
そして今。俺は、あの時電話で協力を依頼し、結果的にユメ先輩の命を救うことになった人物――
ミレニアムのエンジニア部、白石ウタハのもとを訪れていた。
ユメ先輩は入院中、ホシノには本人の意向もあって先輩に付きっきりになってもらっている。
「本当に助かりました!ありがとうございました!」
土下座しながら礼を述べる。
「うん、わかったからいい加減、土下座をやめようか」
呆れたような声が降ってきた。
「それに君の先輩が助かったのは私ではなく、彼女の助力のお陰だよ」
そう言って、ウタハは自身の隣に座る人物に視線を向ける。
俺もつられるように顔を上げ、そちらを見る。
「改めて、ありがとうございます――ヒマリさん」
「いえいえ、この聖母の如き慈愛を持つ、超天才清楚系病弱美少女ハッカーヒマリちゃんとしては、他校の生徒であっても窮地に陥った人に手を差し伸べるのは当然のことですから」
儚げな見た目とは裏腹に、中身が図太い彼女の名は明星ヒマリ。
優秀な頭脳が集まるミレニアムの中でも、文句なしに天才と呼べる人物らしい。
ハードウェア分野では絶対の自信を持つウタハだが、ソフトウェアに関してはヒマリの方に軍配が上がるとのことで、二人はよく意見交換をしている仲だという。
今回も、俺がドローンなどユメ先輩探索の為の機材を借りられないかとウタハに連絡し、
事情を聞いたウタハがヒマリに助力を求めた、という流れらしい。
優れたハッカーでもある彼女は、事情を聞くとすぐにユメ先輩のスマホを調べ、GPSの情報などを追跡し、大まかな位置を割り出し、俺たちに伝えてくれたらしい。
ウタハも遠隔操作でドローンを送ってくれて捜索の手が増えたおかげで、俺たちはユメ先輩を見つけることができ、先輩は一命を取り留めた。
「……改めて、礼を言わせてください。二人とも本当に、ありがとうございました」
俺は、今度は土下座ではなく、きちんと頭を下げた。
「ええ、どういたしまして」
ヒマリさんは軽く頷き、ウタハも笑顔で応えてくれた。
「ところで――」
ヒマリさんの目がこちらを捉える。
「倉戸ケンジさん、お噂は伺っていますよ。なんでも炎を扱う特殊能力をお持ちとか――」
「ああ!その事は私も聞きたかったんだ!以前はそんなことできるとは知らなかったからね!
発生源は体内かい?外部エネルギーの変換?それとも何らかの媒介を介している?」
「出力の上限は?連続使用時間は?熱量の制御はどの程度精密に?」
二人の研究者魂に火が付いたのか、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
完全に押されながら、どうにか説明を返すが、向こうの知識と興味の方が明らかに上回っていた。
(最悪「サンプルです」って指を1本ちぎって置いてくか…それくらいなら反転術式で治るし)
最後の手段を頭の片隅に置きつつ、助けてもらった立場なので、大人しく二人の知的好奇心が落ち着くまで付き合う事にする。
どうやら、しばらくは解放してもらえそうにない。