漏瑚の術式を持ってブルアカ世界へ   作:場取らず

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9話

「ようこそいらっしゃいました。倉戸ケンジさん。では早速、今回の実験といたしましょう」

 

俺は以前“縛り”で契約した通り、黒服の研究所を訪れていた。

これまでに数回足を運んでいるが、今のところ黒服は契約内容を破るような素振りは一切見せていない。

 

(まぁ、今のところは問題なし、か)

 

油断するつもりはないが、過剰に警戒して身構え続けるのも疲れる。

 

(とはいえどうせ同じマッドならヒマリさんやウタハの方が良かったな…)

 

ミレニアム勢ならば黒服と違い倫理観があるし、*1

なにより美少女だ*2

 

「…おまえバ美肉とか興味ある?」

 

「はい?」

 

「…いや、何でもない忘れてくれ」

 

(ガワが良くても中身コイツじゃ意味ねーわ…)

 

そんなアホなことを考える俺をよそに、黒服は実験室の中央へと歩み寄り、

 

「では、本日の試作機をご覧ください」

 

そう言って、机の上を指し示した。

そこに置かれていたのは、両手(?)にボクシンググローブをはめ、チャンピオンベルトを巻いた、妙な鳥のぬいぐるみだった。

丸い体。間の抜けた目。そして、舌が出しっぱなしになっている。

何ともブサイクな姿である。

 

「正式名称は、試作型呪力制御補助装置。通称――」

 

「ジュガイ君でいい」

 

「では、通称は“ジュガイ君”で」

 

特に不満げな様子もなくあっさり頷いた。

ノリいいなコイツ。

 

「この個体は、内部に設定された呪力量の要求値をランダムに変化させます。要求値に対して過不足のない呪力が供給された場合、反応はいたしません。しかし、過剰、あるいは不足が発生した場合、即座に矯正行動――物理的なフィードバックを行います」

 

(つまり殴るってことだな)

 

ジュガイ君の元ネタは呪術原作で虎杖が呪力操作を覚える為に使っていたあの人形。

俺はもう基礎操作は問題ないので今回のこれはその応用版。

呪力の要求値をランダムにし、その変化を察知して瞬時に調整する。

反応速度と感知精度、そして制御能力の向上を目的とした訓練という訳だ。

 

黒服の所に来ているのは、別に縛りを結んだだけだからじゃない。

研究や実験を俺自身の強化の為に利用するためだ。

 

自分でも訓練は続けているが完全に我流。

それに生得術式以外にも、式神術、結界術、符術、封印術…呪術師としての素質があれば努力次第で誰もが使用可能な汎用呪術が存在する*3

原作ではこれらに焦点が当てられることはほとんどなく、分かっていることも多くはない。

 

だったら頭いい奴に考えさせようという訳だ。

黒服は呪力研究が進んでハッピー。

俺は自身の強化ができてハッピー。

まさにwin-winの関係である。

 

「では、どうぞ」

 

黒服はそう言って、机の上のジュガイ君をこちらへと差し出した。

俺は右手をかざし、呪力をほんのわずかに流す。

反応なし。

数回繰り返すが特に問題ない。

 

「やはり基礎的な制御能力については、十分に安定しているようですね」

 

「まぁ流石にな」

 

「クックックッ…では難易度を上げましょう」

 

黒服は手元の端末を操作する。

 

「要求値の変動幅を拡大しました。加えて変化の間隔を短縮しております。より迅速な感知と調整が求められます」

 

俺は再びジュガイ君に呪力を送る。

 

(あ、ヤベッ。要求より呪力量が少な…)

 

Smash!

 

「ブッ!?」

 

ジュガイ君の拳が、迷いなく俺の顔面を打ち抜いた。

 

「ククク…稼働に問題はなさそうですね。継続してトレーニングに使用してください」

 

そう言って何事もなかったかのようにジュガイ君をこちらへ差し出す。

 

俺は軽く頬をさすりながら、それを受け取り改めて手元のぬいぐるみを見る。

呪骸リスペクトでキモカワイイ系の見た目にしてくれと黒服にリクエストを出していた。

ちゃんと要望通り、完璧(パーフェクト)だ、黒服。

 

「このぬいぐるみはもしかしてお前が縫ったのか?」

 

「いいえ、たまたま破棄された倉庫で発見したものです。ご要望に合致する外見であり、かつ大きさも手頃でしたので、流用したに過ぎません」

 

「ふーん、なんか売れなかったキャラの在庫だったのかね」

 

けどユメ先輩はこういうの好きそうだな、バナナとり手帳とか愛用してるしあの人。

 

「それじゃあ、日課のトレーニングにこいつも追加するか…他に何もないなら、今日はもう帰るぞ。明日も早いんだ」

 

「ククク……賞金稼ぎですか。精が出ますね」

 

「いや」

 

俺は首を振る。

 

「そうじゃなくて先輩の退院祝いを買いに行くんだ」

 

 

 

――――翌日、トリニティ自治区・ソルート川沿い。

 

(マジんが~?)

 

俺は、目的の店の前にできた長蛇の列に並びながら、小さく息を吐いた。

今日ここに来た理由は一つ。

退院したユメ先輩への祝いとして、有名な限定ケーキ「ミラクル5000」を買うためだ。

人気が凄まじく、売り切れは当たり前。

だからこそ、俺はわざわざ早朝から並んだ……はずなのだが。

 

(もうこんな並んでんのかよ)

 

既に店の前には列ができており、俺の順番は正直、買えるかどうかは微妙なところだ。

 

(まぁ、ダメならダメで他のお店に行けばいいんだけどな。トリニティは有名なスイーツ店多いから…今はそれよりも…)

 

ちら。

 

また、横から視線を感じる。

 

俺はスマホを適当に見て気づかないふりをする。

並んでいるのは、ほぼ全員が女生徒。

お嬢様学園のトリニティ生が多いのか雰囲気も、どこか上品で華やかだ。

そこに男が一人。

しかもキヴォトスじゃ珍しい男子生徒。

 

物珍しいのも無理はない。

悪意がある訳じゃないのも分かっている。が。

 

ちらちら。

ひそひそ。

 

この空気は地味に堪える。

 

(視線が痛ぇ…帰りてぇ…)

 

だがここまで並んで、今さら抜けるのも癪だ。

先輩の笑顔の為と我慢する。

そんなことを考えていると。

 

「あの…どうかされましたか?先ほどから、少しお顔の色がすぐれないようですが…」

 

後ろから、落ち着いた声がかかった。

驚いて振り返る。

そこに立っていたのは、シスター服の様な制服を身に纏った女生徒だった。

姿勢もまっすぐで、視線も穏やか。

ただ、その表情にはわずかに気遣うような色が浮かんでいた。

 

「え?ああ、いや、すごい並んでてちょっと驚いてしまって…」

 

女の子の視線を集めていて困っています――とは流石に言えず、適当に誤魔化す。

まぁ、全くの嘘でもない。

想像以上の行列なのは事実だ。

 

そう言うと、彼女は前方の列を見やり、静かに頷いた。

 

「ええ、確かに。私も、ここまでとは思っておりませんでした。人気の商品とは伺っておりましたが…これほどとは…」

 

その後も、列で待っている間に当たり障りのない世間話が続いた。

 

「まぁ…では本日はその先輩のために、お求めになっているのですか?」

 

「ええ、退院したばっかりなんで。景気づけみたいなもんです」

 

「それは、きっとお喜びになりますね」

 

彼女の名は、歌住サクラコさん。

トリニティ総合学園で「シスターフッド」という組織に所属している、シスターの一人との事。

言葉遣いは終始丁寧で、姿勢も崩さず、話す内容も落ち着いていて理知的。

少々まじめすぎる印象を受けるが、会話の端々で、このケーキの話題になると、

ほんのわずかに声の調子が柔らかくなったり、店の方へ視線が向いたりする。

お嬢様とはいえ女子高生、スイーツには目がないようだ。

 

やがて開店時間を迎え、それに合わせて列がゆっくりと動き始めた。

列は順調に進んでいき、店からケーキの入った箱を手にした生徒たちが、次々と外へ出てくる。

その姿を横目に見ながら、あと何人か、と距離を測る。

そのとき後方から悲鳴が上がった。

 

何事かと振り返れば、先ほど通り過ぎたケーキ購入者が不良に襲われていた。

制服の腕を掴まれ、持っていた箱を乱暴にもぎ取られる。

抵抗する間もない、一瞬の出来事だった。

 

奪った不良はそのまま通りの端に停めてあった車へと駆け込む。

車体は勢いよく発進し、あっという間に通りの向こうへと走り去っていく。

残されたのは、泣き崩れる生徒と、騒然とする周囲のざわめきだった。

 

「……なんてことを」

 

隣で、サクラコさんが低く呟いた。

その声音には、はっきりとした憤りが滲んでいる。

視線の先には、ケーキを奪われ、その場に座り込んで泣いている生徒の姿。

 

俺は小さく息を吐いた。

 

(これを見なかったことにして買って帰ったところで、ユメ先輩は……喜ばんわな)

 

被害に遭った生徒のもとへ駆け寄ろうとするサクラコさんの横に一歩出て、

 

「列、先どうぞ」

 

と短く声をかけ、返答を待たずに逃走した車の後を追って駆け出した。

 

(せっかくだ。試すか)

 

自身の足に小型火山を生成、炎の噴射を推進力に変換し、急加速。

瞬間的な炎の噴射で加速を重ね、そのまま一直線に駆け抜けた。

 

 

 

――――――――店から離れた路地裏

 

 

 

「いやー、楽勝だったな」

 

「な?言っただろ、こういうのはタイミングだって」

 

「早く食おうぜ」

 

「バーカ、食う訳ねえだろ。フリマアプリで高値で売るんだよ」

 

くだらない会話が続く、その時。

 

「いや、日持ちしないもんを転売すんな」

 

「――は?」

 

振り返る間もなかった。

 

ゴッ。

 

ケーキの箱を抱えていた不良が、何が起きたか理解する前に意識を刈り取られ、崩れ落ちた。

その隙に、俺は不良の腕から箱をひったくる。

潰れてもいない。

中身も無事だろう…多分。

 

「なっ?!テメェ!!ケーキ返しやがれ!!」

 

怒声が飛び、残りの不良たちが一斉にこちらを睨みつけた。

 

俺は軽く箱を持ち上げ、もう一度潰れていないか確かめながら。

 

「心配せんでもちゃんと返すさ……元の持ち主に」

 

そう言って掌を不良たちに向けた。

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

不良どもを片付けた後、通報を受け、やってきた正義実現委員会の子たちに引き渡す。

なんか顔芸レベルの凄い表情した娘と、いろいろと大きな娘の二人組に事情を説明し、後始末をまかせる。

 

(片方は高笑いしながら不良共連れて行ってたし、もう片方の子はしっかり対応してたけど目線がケーキの箱に固定化されてたが大丈夫か?)

 

そんな事を考えながら店まで戻ってみるが…。

 

(まぁ…そうなるな…)

 

店の入り口に張られた「本日分完売」の札を見て独りごちる。

 

「しゃあない、他の店に行くか。確かプリンが好評な店が…」

 

「――あの」

 

背後から、落ち着いた声がかかった。

振り返るとそこに立っていたのは先ほど列で話していた、サクラコさんだった。

 

サクラコさんから被害に遭った生徒に正実から連絡があり、無事に彼女のもとへミラクル5000が戻ったこと教えてもらう。

 

「それは、よかった」

 

それが確認できただけでも十分だ。

するとサクラコさんは、こちらをまっすぐ見て言った。

 

「取り戻して、正義実現委員会の方々へ引き渡したのはケンジさん、あなたなのでしょう?」

 

「まぁ……たまたま近くにいただけです」

 

「いいえ、あなたが動かなければ、あの生徒は悲しんだままだったでしょう」

 

そして、彼女は両手で、大切そうに抱えていた箱を前へ差し出す。

 

「どうぞ」

 

見覚えのある包装の箱――ミラクル5000。

 

「へ?いやいや、俺は列を抜けて順番を譲ったわけですし、受け取るわけには…」

 

「私の順番は、ちょうど最後でした。ケンジさんが列を離れなければこのケーキは、あなたが購入していたはずのものです」

 

「それなら尚更受け取るわけには…」

 

「正しい行いをした人は、正しく報われるべきです。どうか先輩さんと、ぜひ」

 

そう言って柔和な笑みを浮かべるサクラコさん。

思わず背筋を正したくなるような、不思議な説得力があった。

後光が差しているように見えるのは気のせいではないだろう。*4

俺は差し出された箱を、両手でしっかりと受け取る。

 

「ありがとうございます。先輩も喜びます」

 

「それは何よりです」

 

(情けは人の為ならず、ってこうゆう事なのかね?)

 

そんなことを思いながらサクラコさんと別れ、帰路についた。

 

 

――――翌日、アビドス高等学校

 

「迷惑かけたのに、退院祝いまで貰っちゃってごめんね。でも、ありがとう」

 

そう言いながら、ユメ先輩はフォークを口に運ぶ。

ふわりと頬が緩み、目を細める。

 

「おいし~い」

 

その一言に、全てが詰まっている。

本当に、心の底から幸せそうな顔だ。

 

「私の分まで……ありがとうございます」

 

「まぁ俺とお前で半分ずつなのは申し訳ないがな」

 

そう、帰ってから確認したら箱にはミラクル5000が二つあった。

 

――<()()()()()()()()()()()>

 

サクラコさんがそう言っていたことを思い出す。

あの人、二つ手に入ったミラクル5000を両方とも譲ってくれたのだ。

なんという博愛の精神。

ありがたく俺とホシノで分け合い、いただくことにする。

 

「にしても買いに行ってもらった身でこんなこと言うのもなんですが、よく買えましたね?事前に調べた話だと、正直厳しいと思っていたのですが…」

 

「ああ、それはな…」

 

譲り受けた時のことを思い出しながら、俺は答える。

 

「聖女様からの施しものだ」

 

「「……聖女様?」」

*1
ブレーキにはならないが

*2
重要

*3
ただし向き不向きがある

*4
気のせい




呪術師に聖女認定される未来のシスターフッドの長。
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