孤独の風俗   作:M氏|夜の市場監査人

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第10話:泉大津市板原の『闇夜の魔術』と『銀歯の輝き』

 大阪府南部、泉大津(いずみおおつ)。

 

 この街は二つの顔を持つ。国内生産シェア9割を誇る『日本一のタオルの街』。そして、国道26号線沿いに煌めく、欲望のネオンサインが連なる『南大阪屈指のラブホ街』だ。

 

 肌触りの良い繊維と、肌触りの良い肉体。男たちが求める“温もり”が、ここには溢れている。

 

「……たまらん。瑞々しすぎる」

 

 俺は商談先の工場の応接室で、出された『泉州水ナス』を齧りながら唸った。

 

 生のまま手で裂いて食べる、この特産品。噛んだ瞬間に溢れ出す甘い水分と、リンゴのような香り。この圧倒的な“天然の潤い”が、乾ききった俺の中年(ハート)を逆撫でする。

 

「ゴローさん、うちのタオルはな、不純物を徹底的に洗うんや。せやから、使い始めから水をよう吸うし、肌触りがちゃうねん」

 

 工場長の自慢話を聞きながら、俺はサンプル生地を握りしめた。……白い。そして柔らかい。嘘のない純白のタオルと、瑞々しい水ナス。この“本物”たちに囲まれた反動だろうか。俺の脳内で、どす黒い警報が鳴り響いた。

 

『警告:マスターの精神が“清廉潔白”すぎてバランス崩壊寸前です。直ちに“不純物”を摂取してください』

 

 AIアシスタント・Ichiの冷徹な分析。否定できない。俺は今、無性に汚れたい。

 

 清潔なタオルではなく、安っぽい香水の匂いがする、生身の女の肌に包まれたい。

 

――――――――――――――――――――

 

 商談を終えた俺は、逃げるようにスマホを取り出した。狙いは定まっている。人妻店のSランク嬢か、高級店のモデル級美女。

 

 ……甘かった。画面に並ぶ『満了』の二文字。

 

 泉州の男たちは仕事が早いのか、あるいはサボりの天才なのか。俺のような流浪の民が入る隙間など、そこにはなかった。

 

「……詰んだか」

 

 諦めかけたその時、広告枠の隅っこに、一人の女性が微笑んでいた。

 

 『あきな(32)』【新人】【当日即ご案内OK】

 

 写真を見る限り、清楚な黒髪の美人だ。32歳という年齢も、嘘がなさそうで好感が持てる。

 

『分析:マスター、その店はデータ不足です。地雷原への単独潜入は推奨されません』

 

「うるさい、Ichi。今の俺は、綺麗なタオルよりも、泥臭い冒険を求めているんだ」

 

 俺は正常性バイアスという名の麻酔を自分に打ち込み、予約ボタンを押した。人間は、痛みを忘れる生き物だ。だからこそ、新たな地雷原へと足を踏み入れる。

 

――――――――――――――――――――

 

 待ち合わせは、泉大津のホテルの一室。ドアの向こうに現れた女性を見て、俺はフリーズした。

 

「はじめましてぇ〜、あきなですぅ」

 

 そこにいたのは、写真の清楚な美女ではなかった。少しパサついた茶髪。派手なメイク。そして何より、笑った口元からキラリと光る、安っぽい金属の輝き。

 

(……銀歯だ)

 

 奥歯ではない。笑えば完全に見える位置に鎮座する、生活感の塊。

 

 彼女から漂うオーラは“清楚なお姉さん”ではなく、完全に“場末のスナックのチーママ”だった。

 

「……あ、どうも」

 

 写真との乖離率、推定150%。俺は心の中で舌打ちをした。

 

 またやっちまった。Ichiの警告通りだ。だが、俺も伊達に歳を重ねていない。ここで不機嫌になるのは素人のすることだ。

 

「じゃあ、ムード出すね♡」

 

 入室して3秒。彼女はいきなり部屋の照明を落とした。間接照明だけの薄暗い空間。ラブホテル特有の、視界がぼやけるレベルの暗さだ。

 

(……おいおい、気が早いな。まだ顔もよく見てないぞ)

 

 少し不思議に思いながらも、俺たちは服を脱いだ。シャワーを浴びるために裸になった彼女を見て、俺の目が少しだけ見開かれる。

 

(……お?)

 

 意外だった。服の上からは分からなかったが、胸は驚くほど豊かで形が良い。脚もスラリと細い。これは拾い物か? テンションがV字回復しかけた、その時だ。

 

(……!?)

 

 俺の視線が、彼女の腹部に釘付けになった。

 

 胸と脚はモデル級なのに、下腹部だけが、まるでさっき工場で見た“泉州特産の水ナス”のように、パンパンに張り詰め、テラテラと艶やかにポッコリ膨らんでいるのだ。

 

(……なんだこの形状は。巾着袋か?)

 

 美しいパーツを適当に継ぎ接ぎして作った“キメラ(合成獣)”のような、歪なアンバランスさ。

 

 なるほど……。彼女が電気を消したのは、ロマンチックな演出ではない。この“愛すべき水ナス”を闇に隠蔽するための、軍事的なカモフラージュだったのだ。

 

――――――――――――――――――――

 

 ベッドの上。視覚情報を遮断された闇の中で、戦いが始まった。

 

 だが、感触は悪くない。いや、むしろ良い。彼女の豊満な胸は、俺の手のひらに吸い付くような弾力を持っていた。

 

 少し触れただけで、“練乳をかけたイチゴ”のような甘ったるい声を上げる。演技かもしれない。だが、この際どうでもいい。銀歯だろうが水ナスだろうが、暗闇の中では全ての猫は灰色であり、全ての巨乳は正義だ。

 

 俺の欲望に火がついた。こちらの興奮に合わせて激しく乱れる彼女を見て、俺は勝負に出た。

 

(……いける)

 

 俺は何も言わず、彼女との決定的な距離を詰めようとした。

 

 言葉はいらない。このまま流れで、深いところまで繋がれるはずだ。

 

 スルッ。

 

「……あれ?」

 

 かわされた。絶妙な腰使いで、俺の侵入ルートが逸らされた。

 

「……ダメかな?」

 

 思わず間抜けな声で聞く。すると彼女は、俺の耳元で妖艶に囁いた。

 

「気持ち良くしてもらったお礼に……今度は私が、たーっぷり責めてあげる♡」

 

 拒絶ではない。『奉仕』という名の提案。こちらの要求を、より高価なサービス(技術)で上書きする、ベテラン特有の交渉術。

 

 薄々分かっていたが、やはり新人ではなかった。俺が頷く暇もなく、彼女は俺の上に覆いかぶさってきた。

 

「……んんっ!」

 

 次の瞬間、俺は息を呑んだ。

 

 彼女は自分の豊かな胸を、潰れるほどに変形させ、俺のリトル・ゴローを強引に包み込んだのだ。

 

 柔らかい。だが、ただ柔らかいだけじゃない。暗闇の中で、視覚情報がない分、触覚だけが異常に研ぎ澄まされる。

 

(……なんだこれは。“つきたてのお餅”に包まれているみたいだ!?)

 

 かつて経験したそれは、ただ挟むだけの“添え物”だった。だが、これは違う。全身の体重と筋力を使い、万力のように物理的に圧迫し、魂ごと搾り取りに来ている。

 

「……くっ、ちょっ、待て……!」

 

 俺は必死に耐えようとした。

 

 もう一度交渉したい。最後まで行きたいという未練がある。だが、彼女の“銀歯の魔術”は、そんな俺の理性をあざ笑うかのように加速する。

 

「……っ!」

 

 抵抗は無意味だった。俺の意思とは無関係に、白旗が上がった。

 

 決定的な一線を超えずとも、その圧倒的な“圧”の前に、俺は不思議な満足感と共に沈んでいった。

 

――――――――――――――――――――

 

 パチッ。

 

 事後。彼女が部屋のスイッチを入れた。容赦ない蛍光灯の光が、部屋の隅々までを照らし出す。

 

「……お疲れ様でしたぁ〜」

 

 そこにいたのは、さっきまでの“闇夜の魔女”ではなかった。汗で化粧が崩れ、安っぽい銀歯を見せて笑う、少し疲れた中年女性。

 

 そして、光の下で露わになった、あのみごとな幼児体型の腹。魔法は解けた。シンデレラの馬車は、ただのカボチャに戻ったのだ。

 

(……そうか。彼女が最初に電気を消したのは、この“現実”を見せないためだったんだな)

 

 俺は妙に納得し、シャワーを浴びて服を着た。

 

 不思議と、嫌な気分ではなかった。彼女はプロだ。自分の瑕疵(見た目)を理解し、それを闇で隠し、代わりに一点突破の技術(胸)で客を満足させる。それはある意味、職人芸と言えるかもしれない。

 

――――――――――――――――――――

 

 ホテルを出ると、泉大津の空はすでに夕暮れに染まっていた。俺は鞄から、工場でもらった泉州タオルのサンプルを取り出し、顔の汗を拭った。

 

「……やっぱり、本物はいいな」

 

 不純物を取り除いた、真っ白なタオル。その吸水性は抜群で、肌に一切の抵抗を感じさせない。対して、さっきの時間は何だったのか。

 

 嘘と、隠蔽と、ごまかしの90分。だが、その不純物だらけの時間があったからこそ、今こうして、ただのタオルの白さが心に染みるのかもしれない。

 

 俺は銀歯の彼女の笑顔を脳裏から消去し、代わりに瑞々しい水ナスの味を思い出しながら、帰路についた。

 

 ……まあ、またあの店に行くことはないだろうけどな。




※この物語はフィクションですが、泉州の水ナスが美味しいのは本当です。

▼ 五郎の失敗から学ぶ『魔女の見分け方』は、ここでこっそり公開している。
[https://x.com/night_auditor_m]
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