12月28日。世間は仕事納めだ。俺のような個人輸入商に上司はいない。だが、海外のサプライヤーとの不毛なメールバトルと、年末の通関トラブルとの戦いはようやく終わった。
たった一人のオフィス(自宅)でPCを閉じる。静寂。部下もいなければ、労ってくれる同僚もいない。
あるのは、口座に振り込まれた売上という名の“数字”と、一年分の疲労だけだ。
「……ふぅ。終わったか」
俺はジャケットを羽織り、外に出た。
向かったのは大阪市住吉区、長居(ながい)。
巨大なスタジアムと公園があるこの街には、表立った風俗街はない。だが、公園の裏手にはひっそりと、しかし確かにラブホテルが点在している。欲望というものは、ネオンが輝く街よりも、こういう静かな住宅街の影にこそ濃く溜まるものだ。
(ポン、ポン、ポン……)
立ち止まり、ネクタイを緩める。身体の奥底で、いつもの警報とは違う、重低音のアラートが鳴った。
「……いかん。腹が減った……のではない。……溜まっている。俺は今、猛烈に……拝みたい」
そう。今日の俺が求めているのは、単なる排泄ではない。芸術鑑賞だ。この澱んだ心を洗浄してくれるような、圧倒的なヴィーナスを拝みたいのだ。
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スマホを取り出し、以前から目を付けていた店『クラブ・ファースト』のサイトを開く。ここは安くはない。70分20,000円(指名料込み)。だが、在籍嬢のレベルが高いと噂の店だ。
俺の目は、ある一点に釘付けになった。
『マリン(18)』 【新人】【即ご案内OK】
パネル写真に写っているのは、この世の物とは思えない美少女だった。透き通るような白い肌。人形のように整った顔立ち。そして、華奢な身体に不釣り合いなほどの、豊かな胸の曲線。
「……18歳。Gカップ。顔面偏差値70超え」
俺は冷静に分析する。通常なら、これは“地雷(詐欺)”だ。こんな逸材が、年末の風俗店に即日案内で転がっているはずがない。
スーパーの精肉売り場で、閉店間際に“A5ランク松阪牛”が半額シールを貼られて残っているようなものだ。普通なら“色が悪い”か“脂身ばかり”かのどちらかだ。
いや、逆に年末だからこそ、奇跡的に売れ残った“熟成肉”なのだろうか。うーん、悩む……。
だが、今日の俺は引かない。なぜなら、“風俗納め”こそアタリを引いて気分良く年越しを迎えたい。たとえ写真詐欺(成型肉)でもいい。その“夢”を買う権利を行使したい。
「……見せてもらおうか。その18歳の奇跡とやらを」
俺は震える指で予約を確定させた。
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チャイムが鳴り、ドアが開く。現れた少女を見て、俺は息を呑んだ。
(……本物だ。霜降りだ。極上のA5ランクだ)
いや、写真は過小評価だったかもしれない。目の前にいるのは、加工アプリなど不要な、正真正銘の“動く芸術品”だった。芸能事務所が血眼になって探すレベルの原石が、なぜか今、俺の目の前でデリヘルの鞄を置いている。
顔、100点。スタイル、100点。
俺は心の中でガッツポーズをした。勝った。これまでの数々の敗戦、ドブに捨てた数百万円は、今日この女神に出会うための布石だったのだ。
「はじめましてぇー」
彼女はペコリと頭を下げた。声も可愛い。俺は勝利を確信し、ソファに座って一息つこうとした。
「てかさー、マジだるくてぇ」
……ん? 唐突に放たれた第一声は、甘い囁きではなく、気だるげな愚痴だった。
「彼氏がさー、全然働かないんよ。マジでヒモ。昨日もパチンコで負けたとか言って金せびってくるしぃ」
(……おい。今、その話をするのか?)
100点の美貌から繰り出されるのは、あまりにも所帯染みた、そして聞きたくもない雑音(ヒモ)の話だった。俺は引きつった笑顔で相槌を打つしかない。
「あ、あはは……それは大変だね。まあ、とりあえずシャワーでも……」
「でしょー? しかもさー、私この仕事初めてで、最初わけわかんなくて素〇とか適当にやってたらさー」
彼女はタオルを取り出しながら、とんでもないことを口走った。
「なんかお客さんから変な病気もらっちゃってぇ、それを彼氏に移しちゃったんだよねー(笑)」
「…………ッ!?」
俺の脳内で、緊急停止ボタンが押された。『バイオハザード』。そのカタカナが、美しい彼女の顔の上に極太ゴシック体で上書きされる。
なんてことだ。最高級のショートケーキを注文したら、中から納豆が出てきたような衝撃だ。
(……待て。笑い事じゃない。俺は個人事業主だ。身体が資本なんだぞ!)
俺の息子(リトル・ゴロー)が、恐怖で縮み上がっていくのを感じる。すまない、マイサン。来年こそ一緒に美味しいものを食べに行こう。
彼女は悪気なくケラケラと笑っている。「今日ランチでパスタ食べたんだよね」くらいの軽さで、パンデミックな告白をしてきやがった。恐ろしい。これがジェネレーションギャップなのか。
「あ、でも今は完治してるから大丈夫っすよー。はい、脱いでくださーい」
彼女に促され、俺たちはバスルームへと入った。
……美しい。お湯に濡れた彼女の裸体は、完璧だった。
白磁のような肌。重力を無視した豊かな双丘。AVでも滅多に見られない、神が手作りしたような肉体美。おへそのピアスも他の嬢が付けたところで“シュウマイに乗ったグリンピース”にしか見えないが、彼女が付けると途端に“極上のフォアグラに乗った最高級のキャビア”に見えるのが不思議だ。
彼女の手が俺の背中を洗う感触は、確かに心地よい。視覚と触覚だけなら、ここは天国だ。息子もさっきのことは忘れて呑気に背伸びしてやがる。
だが、聴覚情報(病気エピソード)が地獄すぎる。俺の脳は混乱していた。
「抱きたい」という本能と、「逃げろ」という理性が、脳内で激しい殴り合いを始めたまま、俺たちはベッドへと移動した。背伸びしたままの息子を連れて。
彼女は俺の横に座ると、冷めた目で言った。
「あ、私、本〇はしないんで。あと素〇もしないから(笑)」
(……クソッ。普段の俺なら“あわよくば”を期待するところだが……今回ばかりは、その“鉄壁の守り”に感謝するしかない。誰がバイオハザードの震源地に飛び込むんだ!)
心の中で絶叫する。彼女は完全に、俺を“客”として見ていない。“金ヅル兼、愚痴聞きマシーン”として処理している。
プレイが始まった。彼女の手つきに愛はない。気持ちも入ってない。ただ淡々と、マニュアル通りの工程をこなしていくだけだ。
俺がどこを触っても、彼女は石像のように無反応。心はここになく、パチンコ屋にいる彼氏の元へ飛んでいるのだろう。
(……虚しい)
俺は天井を見上げた。目の前には絶世の美女がいる。手には極上の感触がある。なのに、心は砂漠のように乾いている。
これは、レストランのショーケースに飾られた“食品サンプル”だ。見た目は湯気が立つほど美味そうな蝋細工のハンバーグ。だが、口に入れると味は塩ビとワックスだ。
「……ふぁ」
あろうことか、彼女は小さなあくびを噛み殺した。限界だ。帰ろう。2万円は高かったが、これ以上ここにいても精神が削れるだけだ。
俺が身を起こそうとした、その時だった。
「んー、じゃあ最後いくねー」
彼女が気だるげにモノを口に含んだ。……その瞬間。
(……!?)
世界が回った。いや、俺の息子が、物理的に回転している!?
彼女の舌先が、まるで高精度のドリルのように高速で回転し、俺の急所を螺旋状に抉り取っていく。なんだこれは。人間業じゃない。ダイ◯ンの掃除機か? それとも産業用タービンか?
やる気のない態度とは裏腹に、口内(ここ)だけは精密機械のような超絶技巧だ。これが噂の『ローリング・トルネード』か……!
「……っ、うぉ!?」
俺の意思など関係ない。その圧倒的な技術(テクニック)の前に、俺の理性は白旗を上げた。病気の話も、ヒモ彼氏の話も、すべてが彼方へと吹き飛んだ。
ただ、快楽という名の暴力だけが、俺と息子を貫いた。
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ホテルを出ると、長居公園の夜風が汗ばんだ肌に冷たかった。
「……終わった」
20,000円。安くはない出費だ。満足度……判定不能。視覚的には120点。技術的にも100点。だが、ホスピタリティはマイナス500点だ。
俺はスマホを取り出し、メモ帳に一文だけ書き残した。
『美しさは、愛想の代わりにはならない。だが、技術は全てをねじ伏せる。byリトル・ゴロー』
彼女はたぶん、すぐにこの業界から消えるだろう。風俗は、彼氏の遊興費を稼ぐための腰掛けバイトで務まるほど甘い世界じゃない。
だが、あの『ローリング』の感触だけは……悔しいが、俺の脳内HDDの“殿堂入りフォルダ”に保存せざるを得ない。
ふと、腹が鳴った。精神的に疲弊しすぎたせいか、あるいは全てを吸い出されたせいか。猛烈な空腹感が襲ってくる。
駅の向こうに、黄色い看板のカレーチェーンが見える。
「……いいだろう。今の俺には、複雑なスパイスなどいらない。ただただ甘くて、そして辛い、ドロドロのルーがお似合いだ」
俺はカツカレー大盛りを注文するため、独り、店へと向かった。
口の中にはまだ、あの甘美で危険な毒(キス)の味が残っている気がした。