ベーカリー・カルデアのある街で   作:テトマト

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第1話 優しい名前のパン

 

 

 朝の商店街は、いつもより少しだけ甘い匂いがしていた。

 

「……ここかな?」

 

 木之本さくらは、立ち止まって看板を見上げる。

 白い木枠の小さな店。ガラス越しに、焼き色のいいパンが並んでいる。

 

 ――ベーカリー・カルデア

 

 不思議な名前だな、と思った。

 

 扉を開くと、鈴の音がちりん、と鳴る。

 

「いらっしゃいませ」

 

 カウンターの向こうで、エプロン姿の青年が顔を上げた。

 その隣には、柔らかく微笑む女性。

 

 ふたりとも、とても穏やかな雰囲気なのに――

 なぜか、胸の奥が少しだけ、きゅっとした。

 

(……あれ?)

 

 理由は分からない。

 でも、安心する匂いと同時に、

 「ここに来てよかった」と思ってしまう。

 

「えっと……初めて来ました」

 

「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」

 

 青年――藤丸立香は、そう言って微笑んだ。

 その笑顔は、少しだけ不器用で、でもとても優しかった。

 

 棚に並ぶパンの名前を見て、さくらは目を瞬かせる。

 

「ウルクの朝焼きパン」

「オルレアン風バタークロワッサン」

「キャメロット食パン」

「バビロニア・ナッツロール」

 

(……地名、なのかな?)

 

 どれも聞いたことがないはずなのに、

 なぜか懐かしい響きがある。

 

「おすすめ、ありますか?」

 

 思わずそう聞くと、藤丸は一瞬だけ考えてから答えた。

 

「そうですね……

 初めての方には、これが」

 

 差し出されたのは、

 丸くて、素朴な見た目のパンだった。

 

「名前は……?」

 

「えっと……」

 

 藤丸は少しだけ困ったように笑う。

 

「特に、名前はないです。

 ……どこでも食べられるように、って作ったので」

 

 さくらは、そのパンを受け取った瞬間、

 胸の奥が、ふわっと温かくなるのを感じた。

 

「……じゃあ、これにします!」

 

「ありがとうございます」

 

 会計の間、隣にいた女性――マシュが、優しく声をかけてくる。

 

「お口に合うと、いいのですが」

 

「はい! 絶対おいしい気がします!」

 

 外に出て、さくらはすぐにパンをひと口かじった。

 

「……!」

 

 派手な味じゃない。

 でも、涙が出そうになるくらい、安心する。

 

(なんだろう……この感じ)

 

 世界が、ちゃんと守られている。

 そんな気がした。

 

 振り返ると、ガラス越しに見えるふたりが、並んで立っている。

 

 戦う人じゃない。

 でも――

 

(きっと、この人たちは)

 

 たくさんの「大切」を、守ってきた人たちだ。

 

 さくらは、そう思った。

 

 次は、友達も連れてこよう。

 そんなことを考えながら、

 彼女はもう一度、パン屋の看板を見上げた。

 

 ――ベーカリー・カルデア。

 

 不思議で、やさしい名前の店。

 

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