ベーカリー・カルデアのある街で   作:テトマト

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第12話 交換するパン、並ぶ気持ち

 

 

 放課後。

 昇降口を出たところで、ともよちゃんが少しだけ声の調子を変えて言った。

 

「今日は、パン屋さんに寄りませんこと?」

 

「行く!」

 

 さくらは、迷うより先に答えていた。

 横を歩いていた小狼くんが、ほんの一瞬だけ驚いた顔をしてから、静かに頷く。

 

「……俺も、いい」

 

 三人で並んで歩く帰り道は、特別な話題がなくても不思議と落ち着く。

 カードの異変もなく、授業も無事に終わった日。

 だからこそ、寄り道をする理由なんて、なくていい。

 

 小さなパン屋の扉を開けると、控えめなベルの音が鳴る。

 

「いらっしゃい」

 

 藤丸さんの穏やかな声と、マシュさんの柔らかな「こんにちは」が重なった。

 夕方の店内は、昼よりも少し静かで、灯りも落ち着いている。

 焼きたての甘い香りが、自然と肩の力を抜いてくれた。

 

 棚に並んだパンを見た瞬間、ともよちゃんの目がきらりと輝いた。

 

「今日は……交換してみませんこと?」

 

「交換?」

 

「それぞれ、一番気になるパンを選んで、あとで分け合うんですの」

 

「えっ、楽しそう!」

 

 さくらは思わず声を弾ませた。

 小狼くんは一瞬だけ考えるように視線を棚に向け、それから小さく頷く。

 

「……悪くないな」

 

 選ぶ時間は、それぞれ違った。

 

 ともよちゃんは迷わない。

 見た目の美しさと、写真に収めたときの映え方まで想像しているみたいに、すぐに一つを手に取る。

 

 さくらは、棚の前を行ったり来たり。

 

「……うーん……」

 

「さくらちゃん、真剣ですわね」

 

「だって、どれも美味しそうなんだもん……!」

 

 小狼くんはじっと棚を見つめていた。

 甘さ、重さ、食べる時間帯。

 静かに考え込むその姿は、選ぶという行為を大事にしているように見えた。

 

 それぞれの紙袋を受け取り、店の奥の小さな飲食スペースに並んで座る。

 外の音が少し遠くなり、この場所だけ時間の流れが緩やかになる。

 

「では……交換ですわ」

 

 最初に差し出されたのは、ともよちゃんのパン。

 

「オルレアンのリボンブリオッシュですの」

 

「いただきます!」

 

 さくらが一口かじると、思わず目を丸くした。

 

「わ……! ふわふわで、すごく上品!」

 

「でしょう? 見た目も可愛らしかったので」

 

 次は、小狼くん。

 

「……ローマの堅焼きミルクパンだ」

 

「ありがとう、小狼くん」

 

 一口食べて、さくらはゆっくり頷く。

 

「うん……甘いけど、落ち着く味だね」

 

「……甘すぎない方がいいと思って」

 

 小狼くんは少し照れたように、視線を逸らした。

 

 最後に、さくらのパンを二人に分ける。

 

「アヴァロンの花蜜ロールだよ」

 

「さくらちゃんらしいですわ」

 

「……軽いな」

 

 三人で笑う。

 理由なんて、なくていい。

 

 今日は、誰かが悩んでいるわけでも、立ち止まっているわけでもない。

 ただ選んで、分けて、少しだけ相手の好みを知る。

 

「また、三人で来ようね」

 

 さくらがそう言うと、ともよちゃんは嬉しそうに頷き、小狼くんも小さく「……ああ」と答えた。

 

 パン屋の灯りは、今日も変わらない。

 けれど、その中で過ごした時間は、確かにそれぞれの胸に残っていく。

 

 選ぶことも、迷うことも。

 今日は全部、誰かと一緒でよかった。

 

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