ベーカリー・カルデアのある街で   作:テトマト

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第2話 シャッターの音と、ふたり分の紙袋

放課後の商店街は、人通りが少なかった。

 夕方の風に、どこか甘い匂いが混じっている。

 

「……ここだな」

 

 木之本桃矢は、足を止めて看板を見上げた。

 

 ベーカリー・カルデア

 

 白い木枠の、控えめな店構え。

 派手さはないが、通り過ぎにくい何かがある。

 

「前から気になってたんだよ」

 

 隣を歩く月城雪兎が、柔らかく笑う。

 

「さくらがさ、

 ここのパン、よく買ってくるだろ」

 

 桃矢は、ポケットに手を突っ込んだまま言った。

 

「……帰り道が、前より静かなんだ」

 

 言葉にした瞬間、

 それが理由だと自分でも分かった。

 

 雪兎は少し考えるように視線を上げてから、

 ゆっくりと頷く。

 

「たぶんさ。

 疲れてるっていうより、

 落ち着いてるんじゃないかな」

 

 その言い方に、

 桃矢は妙に納得した。

 

 扉を開くと、鈴の音がちりんと鳴った。

 焼きたての匂いが、ふわりと広がる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 カウンターの向こうには、

 エプロン姿の青年と、落ち着いた雰囲気の女性。

 

 どちらも、過剰に笑わない。

 それでいて、冷たくもない。

 

(……普通だな)

 

 桃矢は、そう思った。

 

 妙に気負った様子もなければ、

 必要以上に踏み込んでくる感じもない。

 

「普通のパン屋さんだね」

 

 雪兎が、少し安心したように言う。

 

 棚に並ぶパンの名前を見て、

 桃矢は眉をわずかに寄せた。

 

「……地名、か?」

 

「ええ。

 行ったことのある場所や、

 大切にしている名前です」

 

 青年――藤丸の声は、静かだった。

 

 詳しい説明はない。

 過去も、理由も、押しつけてこない。

 

 桃矢は、その距離感を悪くないと思った。

 

「じゃあ、これと……」

 

 雪兎が、丸いパンを指さす。

 

「あと、これも」

 

「ありがとうございます」

 

 紙袋が、ふたつ。

 カウンターの上に並ぶ。

 

 会計の間、

 桃矢は店内をゆっくりと見回した。

 

 写真も、派手な装飾もない。

 ただ、きちんと整えられた空間。

 

 特別なことは、何もしていない。

 それが、逆に落ち着いた。

 

(……さくらが通う理由として、十分だ)

 

 袋を受け取って、

 雪兎がにこりと笑う。

 

「ここ、いいね」

 

 桃矢は、短く頷いた。

 

「ああ」

 

 外に出ると、

 夕焼けが商店街を染めていた。

 

 パンの袋を持ったまま、

 桃矢は店の前で一瞬だけ足を止める。

 

 ガラス越しに見える店内では、

 片付けが始まっていた。

 

 青年がカウンターを拭き、

 女性が奥で何かを整えている。

 

 会話は聞こえない。

 それでも、動きが揃っているのが分かる。

 

 ただ、毎日を続けている店。

 それだけの光景が、妙に印象に残った。

 

「焼き色、いいな」

 

 雪兎が袋を覗き込んで言う。

 

「ああ」

 

 桃矢は視線を戻し、

 紙袋を少しだけ持ち直した。

 

 落ち着ける場所が、

 増えたなら。

 

 それで、いい。

 

 背後で、

 シャッターが下りる音がした。

 

 今日も、

 きちんと終わった合図だった。

 

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