ベーカリー・カルデアのある街で   作:テトマト

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第3話 ウルクの朝焼きパン

その日は、朝からなんとなく運がなかった。

 

 テレビの占いは最下位で、画面の中のマスコットが大げさに肩を落としていた。

 見たときは思わず笑ってしまったけれど、制服に袖を通す頃には、その結果が少しだけ頭の隅に残っていた。

 

 授業中。

 黒板の文字がうまく頭に入らなくて、ノートを取る手もいつもより遅れる。

 先生に当てられたとき、分かっているはずの答えがすぐに出てこなくて、教室に流れた沈黙が、やけに長く感じられた。

 

 放課後。

 友枝町の空はまだ明るいのに、

 胸の奥に残ったざらつきが消えない。

 

(……やっぱり、今日はうまくいかない日かも)

 

 理由はひとつじゃない。

 放課後にあった出来事も、まだうまく言葉にできないまま、心の中に引っかかっている。

 

 さくらは小さく息を吐いて、商店街の角を曲がった。

 

 気づけば、足は自然とその店の前で止まっている。

 

 白い扉に、控えめな看板。

 派手さはないのに、なぜか目に入る場所。

 

 鈴の音がして、店の中に入る。

 

「いらっしゃいませ」

 

 エプロン姿の藤丸が顔を上げ、

 その隣でマシュが、いつもの穏やかな笑顔を向けてくれた。

 

「こんにちは、さくらちゃん」

 

「こんにちは」

 

 声に出した瞬間、胸の奥のざらつきが、ほんの少しだけ和らぐのが分かる。

 

 店の中は、いつもと同じだった。

 焼きたてのパンの匂いが強すぎない距離で漂っていて、

 誰かに急かされることもない。

 

 棚に並ぶパンを、ゆっくりと見て回る。

 今日は、すぐに決めなくてもいい。

 

 その中で、自然と視線が止まった。

 

 丸みのある形で、表面がきれいに焼けたパン。

 名前を見た瞬間、なぜか胸の奥が静かになる。

 

「それにします」

 

 さくらが指さすと、藤丸は一瞬だけ目を瞬かせてから、静かに頷いた。

 

「それは、最後まで残った街の名前をつけたパンです」

 

「最後まで……?」

 

「何度も大変なことがあっても、

 それでも朝を迎えた場所、だそうです」

 

 それ以上の説明はなかった。

 でも、不思議と足りないとは思わなかった。

 

 マシュがパンを袋に入れながら、そっと言う。

 

「このパン、

 次の朝に食べると、少し元気が出るんですよ」

 

「……そうなんですね」

 

 紙袋を受け取ると、ずしりとした重さが手に伝わる。

 でも、それは嫌な重さじゃなかった。

 

(最後まで、立っていた……)

 

 今日の自分は、そこまで強くない。

 うまくいかないことも多かった。

 

 それでも、

 朝は来る。

 

「また、来てもいいですか?」

 

 気づけば、そんな言葉が口から出ていた。

 

 藤丸は少しだけ笑って答える。

 

「もちろんです。

 パンが焼けている間なら、いつでも」

 

 店を出ると、夕方の風がやさしく頬を撫でた。

 

 紙袋を抱え直して、さくらは歩き出す。

 

 今日は、全部がうまくいったわけじゃない。

 でも、次の朝を待ってみようと思える。

 

 それだけで、

 帰り道は、少しだけ明るかった。

 

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