その日は、朝からなんとなく運がなかった。
テレビの占いは最下位で、画面の中のマスコットが大げさに肩を落としていた。
見たときは思わず笑ってしまったけれど、制服に袖を通す頃には、その結果が少しだけ頭の隅に残っていた。
授業中。
黒板の文字がうまく頭に入らなくて、ノートを取る手もいつもより遅れる。
先生に当てられたとき、分かっているはずの答えがすぐに出てこなくて、教室に流れた沈黙が、やけに長く感じられた。
放課後。
友枝町の空はまだ明るいのに、
胸の奥に残ったざらつきが消えない。
(……やっぱり、今日はうまくいかない日かも)
理由はひとつじゃない。
放課後にあった出来事も、まだうまく言葉にできないまま、心の中に引っかかっている。
さくらは小さく息を吐いて、商店街の角を曲がった。
気づけば、足は自然とその店の前で止まっている。
白い扉に、控えめな看板。
派手さはないのに、なぜか目に入る場所。
鈴の音がして、店の中に入る。
「いらっしゃいませ」
エプロン姿の藤丸が顔を上げ、
その隣でマシュが、いつもの穏やかな笑顔を向けてくれた。
「こんにちは、さくらちゃん」
「こんにちは」
声に出した瞬間、胸の奥のざらつきが、ほんの少しだけ和らぐのが分かる。
店の中は、いつもと同じだった。
焼きたてのパンの匂いが強すぎない距離で漂っていて、
誰かに急かされることもない。
棚に並ぶパンを、ゆっくりと見て回る。
今日は、すぐに決めなくてもいい。
その中で、自然と視線が止まった。
丸みのある形で、表面がきれいに焼けたパン。
名前を見た瞬間、なぜか胸の奥が静かになる。
「それにします」
さくらが指さすと、藤丸は一瞬だけ目を瞬かせてから、静かに頷いた。
「それは、最後まで残った街の名前をつけたパンです」
「最後まで……?」
「何度も大変なことがあっても、
それでも朝を迎えた場所、だそうです」
それ以上の説明はなかった。
でも、不思議と足りないとは思わなかった。
マシュがパンを袋に入れながら、そっと言う。
「このパン、
次の朝に食べると、少し元気が出るんですよ」
「……そうなんですね」
紙袋を受け取ると、ずしりとした重さが手に伝わる。
でも、それは嫌な重さじゃなかった。
(最後まで、立っていた……)
今日の自分は、そこまで強くない。
うまくいかないことも多かった。
それでも、
朝は来る。
「また、来てもいいですか?」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
藤丸は少しだけ笑って答える。
「もちろんです。
パンが焼けている間なら、いつでも」
店を出ると、夕方の風がやさしく頬を撫でた。
紙袋を抱え直して、さくらは歩き出す。
今日は、全部がうまくいったわけじゃない。
でも、次の朝を待ってみようと思える。
それだけで、
帰り道は、少しだけ明るかった。