ベーカリー・カルデアのある街で   作:テトマト

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第4話 シャッターの向こう側

 

 その日の午後、

 ベーカリー・カルデアの扉が、いつもより少し元気よく開いた。

 

「こんにちは〜!」

 

 明るい声と一緒に入ってきたのは、

 ふわりとした雰囲気の少女だった。

 

 肩までの髪に、落ち着いた色のワンピース。

 首から下げたカメラが、歩みに合わせて小さく揺れる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 藤丸が顔を上げると、

 少女はぱっと表情を明るくした。

 

「噂は本当でしたわ……!

 この空気感……とても素敵です!」

 

「……噂?」

 

 思わず首をかしげる藤丸の横で、

 マシュが小さく微笑む。

 

「もしかして、さくらちゃんのお友だちですか?」

 

「はい。

 大道寺知世と申します」

 

 丁寧に頭を下げたあと、

 知世はゆっくりと店内を見渡した。

 

 焼き上がったパンの匂い。

 午後の光が差し込む棚。

 忙しすぎず、静かすぎもしない、ほどよい間。

 

「朝の始まりとか、

 帰り道の途中にあるパン屋さん、って感じなのに……」

 

 知世はそう言ってから、

 少し考えるように首を傾げる。

 

「でも、それだけじゃなくて……

 “物語の途中”みたいな場所ですわ」

 

 その言葉に、

 藤丸は一瞬だけ視線を落とし、

 言葉を選ぶように間を置いた。

 

「……そう見えるなら、

 とても、嬉しいよ」

 

 余計な説明はしなかった。

 けれど、その一言で十分だったらしく、

 知世は満足そうに微笑む。

 

「撮っても、よろしいですか?」

 

「パン、ですか?」

 

「いえ。

 この空間ごと、です」

 

 控えめなシャッター音が、

 静かな店内に溶けていく。

 

 棚に並ぶパン。

 差し込む光の角度。

 エプロン姿のふたりが動くたび、

 シャッターが小さく鳴った。

 

「……ああ、本当に素敵ですわ」

 

 カメラを下ろした知世は、

 満足そうに息をつく。

 

「さくらさんが、

 ここに通う理由が分かりました」

 

 その名前が出た瞬間、

 マシュがやわらかく微笑む。

 

「さくらちゃん、

 よく来てくれます」

 

「やっぱり……!」

 

 知世は少しだけ声を弾ませ、

 今度はパンの棚へと近づいた。

 

 一つ一つ、

 名前を確かめるように目を通し、

 その中で足を止める。

 

「このパンの名前……

 “キャメロット食パン”?」

 

「はい。

 大切な場所の名前です」

 

「そうですか……」

 

 それ以上は聞かず、

 知世は小さく頷いた。

 

「では、それを」

 

 藤丸が丁寧に包み、差し出すと、

 知世は両手で大事そうに受け取った。

 

「今度は、

 さくらさんと一緒に来ますわ」

 

「ぜひ」

 

 そう答えると、

 知世はもう一度だけ店内を振り返り、

 名残惜しそうに扉へ向かった。

 

 鈴の音が鳴り、

 午後の光が一瞬だけ揺れる。

 

「……にぎやかでしたね」

 

 マシュの言葉に、

 藤丸は小さく笑った。

 

「でも、

 悪くない」

 

 一日の途中で、

 誰かが立ち寄り、

 また歩き出していく。

 

 午後の光の中、

 パンの焼ける匂いは、

 今日も変わらず、そこにあった。

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