放課後の商店街は、昼間より少しだけ人が増えていた。
制服姿の学生や、買い物帰りの人たちが行き交う中、
さくらは知世と並んで歩いている。
「今日も、開いてますわね」
「うん。
この時間なら、だいたいいつも」
白い扉と、控えめな看板。
もう見慣れたはずなのに、
ふたりで来ると少しだけ違って見えた。
扉を開けると、鈴の音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
藤丸が顔を上げ、すぐにふたりに気づいて微笑んだ。
「こんにちは、さくらちゃん。
それに、知世さんも」
「こんにちは」
「こんにちは。
先日はお世話になりましたわ」
マシュも穏やかに会釈する。
「また来てくださって、ありがとうございます」
それだけのやりとりなのに、
“戻ってきた”という感じがした。
知世はさっそく、店内をゆっくりと見渡す。
棚に並ぶパン。
午後の光の入り方。
前に来たときと同じはずなのに、少し嬉しそうだ。
「やっぱり、素敵ですわ」
そう言ってから、カメラを構える。
「撮っても、よろしいですか?」
「どうぞ」
控えめなシャッター音が、静かな店内に響く。
さくらがパンを選ぶ様子。
棚の前で少し悩む横顔。
知世は迷いなく、その一瞬を切り取っていく。
「……あの」
さくらが小さく声をかけた。
「そんなに撮らなくても……」
「だめですわ。
これは“記録”ですもの」
「き、記録……?」
「はい。
さくらさんが、ここで笑っている時間の」
「……ほぇぇぇ!?」
思わず声が裏返った。
「そ、そんな……!
そ、そんな大したことじゃ……!」
両手をぶんぶん振りながら、
さくらは顔を真っ赤にする。
「えっと、その……
パン、パン選びます!」
逃げるように棚の方へ向かう背中に、
シャッター音が、楽しそうに重なった。
「ふふ……」
知世は満足そうだ。
「今日は、どれにしますか?」
マシュの問いかけに、
さくらは少しだけ落ち着いてから答えた。
「ウルクの朝焼きパンを」
知世がぱっと顔を上げる。
「それが、さくらさんのお気に入りですの?」
「うん。
なんていうか……
食べると、ちゃんと朝が来る感じがして」
「まあ……!」
知世は感動したように手を合わせる。
「それは、ぜひ同じものを」
ふたり分のパンが、並んで紙袋に入れられる。
同じ名前、同じ重さ。
それだけなのに、
少しだけ特別に感じられた。
「……また、来てもいいですか?」
さくらが袋を受け取りながら言うと、
藤丸は少し驚いたようにしてから、笑った。
「もちろんです」
「パンが焼けている時間なら、
いつでも」
店を出ると、夕方の風がふたりの間を通り抜けた。
「いい場所ですわね」
知世が、しみじみと言う。
「うん」
さくらは紙袋を胸に抱える。
「ここに来ると、
なんだか、ほっとするんだ」
「ほっと?」
「うん。
大丈夫、って思えるの」
知世は何も言わず、
ただ優しく微笑んだ。
ふたり分の紙袋が、並んで揺れる。
それだけで、
今日という一日は、
少しだけ、やさしくなった。