ベーカリー・カルデアのある街で   作:テトマト

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第6話 いつもの帰り道

 

 気がついたとき、さくらはもう商店街の角を曲がっていた。

 

 空は、思っていたより暗い。

 夕方というには遅く、夜というにはまだ早い、

 街灯が一斉に灯り始める時間帯だ。

 

(……もう、こんな時間)

 

 制服の袖口が少しだけ汚れているのに気づいて、

 さくらは視線を落とした。

 息を整えたはずなのに、胸の奥がまだ落ち着かない。

 

 放課後。

 ――でも、まっすぐ家に帰るには、遅すぎた。

 

 体は疲れているのに、

 頭の中だけが、まだ動いている。

 風の音や、遠くの車の音が、

 いつもよりはっきり聞こえる。

 

 足を止めてから、はっとする。

 家とは、反対の方向だ。

 

(……あれ?)

 

 でも、引き返そうとは思わなかった。

 理由は分からない。

 気づいたら、ここに向かっていた。

 

 白い扉の前で、さくらは小さく息を吸う。

 一拍置いてから、そっとドアを押した。

 

 鈴の音が、静かに鳴る。

 

「いらっしゃいませ」

 

 藤丸の声は、いつもと変わらない。

 それだけで、肩に入っていた力が抜けた。

 

「あ……こんばんは」

 

「こんばんは、さくらちゃん」

 

 昼間よりも店内は静かで、

 焼きたての匂いはもう薄い。

 それでも、ちゃんとパン屋の空気が残っている。

 

 カウンターの奥では、マシュが片づけをしていた。

 こちらに気づくと、にこりと微笑む。

 

「今日は、遅いですね」

 

「……うん」

 

 それ以上、言葉は続かなかった。

 聞かれもしない。

 

 さくらは棚の前に立つ。

 並んだパンを見ていると、

 胸の奥のざわざわが、少しだけ遠のいた。

 

 視線は、自然と同じ場所へ向かう。

 

「ウルクの朝焼きパン、ありますか?」

 

「ありますよ」

 

 藤丸は慣れた手つきでパンを取り、

 紙袋に入れる。

 

「学校帰りですか?」

 

「……うん」

 

 嘘ではない。

 でも、全部でもない。

 

「お疲れさまです」

 

 理由を聞かれないことが、

 今はありがたかった。

 

 会計を済ませて、袋を受け取る。

 ずしりとした重みが、

 ちゃんと“ここにいる”ことを教えてくれる。

 

「……あの」

 

 さくらは少し迷ってから、口を開いた。

 

「今日のパン、

 今すぐ食べた方がいいですか?」

 

「どちらでも」

 

 藤丸は少し考えるようにしてから言った。

 

「でも、

 落ち着いてから食べるのも、いいと思います」

 

「……うん」

 

 それで、十分だった。

 

 店を出ると、空はもう夜に近い色だ。

 風が、少し冷たい。

 

 さくらは近くのベンチに腰を下ろし、

 紙袋を開ける。

 

 一口。

 

 噛むと、ほんのり甘くて、

 ちゃんとした味がした。

 

 さっきまで体に残っていた緊張が、

 少しずつ、ほどけていく。

 

(……だいじょうぶ)

 

 うまくいったわけじゃない。

 疲れも、まだ残っている。

 

 でも、ここに来た。

 このパンを、ちゃんと食べている。

 

 それだけで、

 今日を終えていい気がした。

 

 紙袋を膝の上に置いて、

 さくらはもう一口、パンをかじる。

 

 夜は、まだ続く。

 明日も、また何か起きるかもしれない。

 

 でも――

 この時間に、

 寄れる場所は、もう知っている。

 

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