放課後の友枝町は、まだ明るさを残していた。
けれど、影は長く、風は少しだけ涼しい。
さくらは、少し前を歩いている。
「ほんとに、ただのパン屋さんだからね」
振り返ってそう言う声は、いつもより軽い。
「分かってる」
小狼は短く答えながら、
無意識に周囲へ目を走らせた。
何もないはずの場所でも、
体が先に反応してしまう。
(……気配は、ない)
それでも、足取りは慎重だった。
「ね、ここ」
白い扉と、小さな看板。
通りの中では目立たないはずなのに、
なぜか見落とせない。
「最近、よく来てるの。
ここのパン、すーごい美味しいの!!」
言い切る声に、迷いはない。
扉が開き、鈴の音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から、穏やかな声。
青年と、その隣に立つ少女。
どちらからも、特別な気配は感じられない。
「こんにちは」
「こんばんは」
自然に挨拶を交わす。
「こんにちは、さくらちゃん」
名前を呼ばれているのを見て、
小狼はわずかに目を細めた。
「こちら、小狼くん。
……私の、大事な人」
一瞬、言葉に詰まりそうになって、
小狼は咳払いでごまかした。
「は、初めまして」
「初めまして。
来てくれてありがとう」
藤丸の応対は、変わらない。
探るような視線も、意味深な間もない。
店内は静かで、
焼きたてではないパンの匂いが、やさしく残っていた。
その空気に、
さくらの肩が、ふっと下がる。
それを見て、
小狼は胸の奥で何かがほどけるのを感じた。
「ウルクの朝焼きパン、くださーい」
迷いのない声。
「はい、どうぞ」
藤丸は慣れた様子でパンを取り、
紙袋に入れる。
「小狼くんは?」
「……今日は、同じので」
さくらが、ぱっと顔を上げる。
「一緒だね」
「……ああ」
それだけで、十分だった。
ふたり分のパンが、並んで袋に入れられる。
会計を終え、店を出ると、
外の空気は少し冷えていた。
「どう?」
さくらが聞く。
小狼は、紙袋を見下ろしてから答える。
「……変な場所だな」
「えっ」
「何もないのに、
落ち着く」
さくらは、少し驚いたあと、笑った。
「でしょ」
歩き出しながら、
小狼は隣のさくらを見る。
さっきまでの張りつめた感じが、
もうない。
(ここは……)
戦う場所じゃない。
力を使う場所でもない。
ただ、
さくらが力を抜いていられる場所。
それだけで、
ここを否定する理由はなかった。
「また、一緒に来てもいいか?」
小狼がそう言うと、
さくらは少しだけ照れてから、頷いた。
「うん」
ふたり分の紙袋が、並んで揺れる。
その距離が、
今のふたりには、ちょうどよかった。