ベーカリー・カルデアのある街で   作:テトマト

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第8話 選ぶ、ということ

 

 

 その日は、いつもより遅い時間だった。

 

 カード戦が終わり、

 緊張の名残がまだ体の奥に残っている帰り道。

 友枝町の空は、すっかり夜の色を帯びている。

 

「ふぅ……」

 

 さくらが、ひとつ息を吐いた。

 

 次の瞬間、

 ぱっと表情を切り替える。

 

「ね、小狼くん」

 

 くるりと振り返って、

 そのまま小狼の手を取った。

 

「寄っていこう」

 

「え?」

 

「ほら、あそこ!」

 

 引かれるまま視線を向けると、

 白い扉のパン屋に、あたたかな灯りがともっている。

 

 さくらの足取りは軽い。

 

「大丈夫だよ。

 もう終わったから」

 

 その言葉に、

 小狼は短く息を吐いた。

 

「……ああ」

 

 答えながら、

 無意識に周囲へ目を走らせる。

 

 何もないはずの場所でも、

 体が先に反応してしまう。

 

(……癖、か)

 

 それでも、

 さくらに引かれる手は、離れなかった。

 

 扉を開けると、

 控えめな鈴の音が鳴る。

 

「いらっしゃい」

 

 カウンターの奥から、藤丸が顔を上げる。

 

「こんばんは」

 

 マシュも、柔らかく微笑んで一礼した。

 

「こんばんは。

 遅い時間に、ありがとうございます」

 

 昼間よりも静かな店内。

 パンの香りが、穏やかに残っている。

 

 その空気に、

 小狼の肩が、少しだけ下がった。

 

「今日はどうする?」

 

 藤丸の声は、低く落ち着いている。

 

「ウルクの朝焼きパン、くださーい」

 

 さくらは即答だった。

 

「はい」

 

 藤丸が動き出す。

 

「小狼くんは?」

 

 そう聞かれて、

 小狼は棚に目を向けた。

 

 前は、同じものを選んだ。

 それで、十分だった。

 

 でも今日は――

 

 並ぶパンの名前を、

 ひとつずつ目で追う。

 

 知らない土地。

 知らない名前。

 

 その中で、

 不思議と目が止まったものがあった。

 

「……これで」

 

 指さした先には、

 飾り気のない、少し硬そうなパン。

 

「ローマの堅焼きミルクパンですね」

 

 マシュが、やさしく説明する。

 

「噛むほど、味が出るパンです」

 

 藤丸は小狼を見て、

 少しだけ表情を緩めた。

 

「いい選択だと思うよ」

 

 言い切りではなく、

 押しつけでもない声。

 

 それだけで、

 胸の奥が、少し軽くなる。

 

「一緒じゃないんだね」

 

 さくらが言って、楽しそうに笑う。

 

「……うん」

 

 違うパン。

 違う選択。

 

 それでも、

 並んでいることは変わらない。

 

 紙袋が二つ、並んで渡される。

 

 店を出ると、

 夜風が心地よく頬をなでた。

 

「どう?」

 

 さくらが聞く。

 

 小狼は袋を見下ろしてから、答える。

 

「……落ち着く」

 

 それは、

 戦いのあとに欲しかった感覚だった。

 

 構えなくていい。

 正解を探さなくていい。

 

 ただ、選んで、受け取る。

 

「また来ようね」

 

 さくらの声は、明るい。

 

「ああ」

 

 ふたりは並んで歩き出す。

 

 夜の友枝町は静かで、

 何事もなかったように、やさしかった。

 

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