ベーカリー・カルデアのある街で   作:テトマト

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間話① 灯りの窯焼きパン

夜の店は、音が少ない。

 

 昼間に満ちていた話し声や足音はすっかり消えて、

 今はオーブンの余熱と、焼き上げたパンの香りだけが、

 静かに店の中に残っている。

 

 棚の籠は半分以上が空で、

 今日という一日が、きちんと終わりに近づいていることを教えていた。

 

「行きましたね」

 

 マシュが、入口の扉の方を見て言った。

 

 鈴の音を残して出ていった二人の背中は、

 もう通りの向こうに消えている。

 

「そうだね」

 

 藤丸は、カウンターを拭きながら頷いた。

 

 並んで立って、

 同じ紙袋を受け取って、

 少しだけ歩幅を合わせるようにして帰っていく姿。

 

 特別なことは、何もない。

 ただの帰り道。

 

「仲が、よろしいですね」

 

 マシュの声は、いつもより少し柔らかい。

 

「うん。

 見てると、ほっとする」

 

 それ以上は言わなかった。

 

 ああいう空気は、

 言葉にしすぎると壊れてしまう。

 

 藤丸は、ふと棚の一角に目を向ける。

 

 夜用に焼いた、

 少し色の濃いパンが並んでいる。

 

「灯りの窯焼きパン、まだあったよね」

 

「はい。

 今日の分は、まだ残っています」

 

「じゃあ、二つ出そうか」

 

「……よろしいのですか?」

 

「一日の終わりだし。

 一緒に食べよう」

 

 マシュは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせてから、

 小さく微笑んだ。

 

「……はい。

 ありがとうございます」

 

 紙袋から出したパンは、

 まだほんのりと温かい。

 

 甘さは控えめで、

 香りも強くない。

 

 ただ、

 一日の終わりに食べるための味。

 

 噛むたびに、

 「今日はここまででいい」と思えるような、

 静かな焼き加減。

 

「さっきの子、どう思いましたか?」

 

 マシュが、パンを半分にしながら聞いた。

 

「うーん……」

 

 藤丸は少し考えてから答える。

 

「……ちょっと、気が張りすぎてる気がするかな」

 

「そう、ですね……」

 

 マシュは一拍置いてから、続けた。

 

「でも、選べていましたね」

 

「うん。

 自分で決めてた」

 

 それだけで、十分だった。

 

 誰かに勧められたわけでも、

 無理に背中を押されたわけでもない。

 

 自分で選んで、

 自分で受け取って、

 自分の足で帰っていく。

 

 それは、とても大事なことだ。

 

 マシュは一口かじって、

 少しだけ目を細めた。

 

「……落ち着きます」

 

「そうだね」

 

 藤丸は、店の灯りをほんの少し落とす。

 

 外は、もうすっかり夜だった。

 

 この店は、

 何かを始めるための場所じゃなくてもいい。

 

 戦うための場所でも、

 決意を固める場所でもなくていい。

 

 ただ、

 一日の終わりに立ち寄れて、

 静かに息をつける場所であれば。

 

「明日も、焼こうか」

 

「はい。

 きっと、誰かが来てくれます」

 

 パン屋の灯りは、

 今夜も消えずに、

 やさしく残っていた。

 

 

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