魔法少女リリカルなのはEins 覇王の記憶を受け継ぐ少女 作:ヒアデス
仕事の帰り際、突然現れた《覇王》らしき少女を見上げ、俺は大きく息を吐き出してから言った。
「聞きたいことがあるなら下りてきたらどうだ。そこから落ちたら脳震盪を起こすかもしれねえし、そんな恰好で上に立たれると目のやり場に困る」
今さらスカートの中が見えたぐらいでどうもしねえけどな。その一方で自称覇王はわずかに顔を赤くし――
「失礼しました。ではお言葉に甘えて」
そう言って彼女はあっさり俺の前に降り立つ。よし逮捕……にはまだ早い。
「まず君の名と職業を教えてもらおうか。どこの誰かわからん奴の質問に答えるほどお人好しなつもりはない。それに最近武術家や元武術家を襲う傷害事件が起こっててな。怪しい人間の身元ぐらいは確かめておく必要がある」
「……わかりました」
少女はバイザーに手をかけ、またもあっさり素顔を晒す。
そして“奴”と同じ、紫色の右眼と蒼色の左眼を露わにした。
「名前は『ハイディ・E・S・イングヴァルト』。職業には就いていませんが、《
ハイディ・E・S・イングヴァルトさん。無職、自称カイザーアーツの使い手ね。
ディスプレイに彼女が言った情報を打ち込む。おそらく偽名と偽流派だろうが。職業は隠してるだけだと思いたい。
「まさかと思うけど、さっき言った武術家を襲った犯人は君だったりする?」
俺の問いにハイディと名乗る少女は動じることなく返事を返す。
「否定はしません。ですが、すべて同意を得たうえでの正当な勝負です」
「同意を得ても路上での野良試合は例外なく不当だ、馬鹿者。で、聞きたい事とはなんだ?」
ツッコむ俺に異を唱えるでもなく、ハイディは平然と言った。
「聖王オリヴィエの
「――!」
「伺いたいのは、あなたの
「明日にでも襲撃に行きますと言いそうな奴に教えると思うか。俺が教えたせいで二人に何かあれば首どころじゃ済まなくなるし、個人的にも二人を売る真似はしたくない」
言いながらわずかに身を構えるが、ハイディは気分を害さずむしろ納得した様子で、
「理解できました。その件は他をあたるとします……ではもう一つ、確かめさせてほしい事があります。あなたの拳あるいは武器。それと私の拳のどちらが強いのかです」
ハイディは籠手を嵌めた拳を掲げ、俺に挑む。それを見て……。
やっぱり“あいつ”に似てるな。挙動や構え、そして所々ズレてる所とかも。
◆
公道で闘うわけにいかず、近くの公園に移動しそこで自称覇王ことハイディと対峙する。
地球と違って、ミッドチルダじゃ遮断結界を張っても探知魔法が使える市民に気付かれる可能性があるからな。
「防護服と武装をお願いします」
「おう」
それを見てハイディは不服そうに眉を寄せた。
「あなたの武器は剣だったと報道されていましたが?」
「丸腰の相手に武器を使うわけにいかねえよ。それに素手ならではの戦い方ってのもある。侮ってるつもりはねえから、遠慮なくかかって来な」
ハイディは不承不詳ながら構えを取る。俺も両腕を構え、臨戦態勢を取った。
――その直後、
「はあああっ!」
ハイディは吼えながら眼前まで接近し、右拳を突き出してくる。
俺は首を逸らし拳を躱しつつ、反撃を試みる。
が、ハイディは腰を落とし、俺の腹めがけて腕を突き出す。
だが、俺は開いたままの左手で彼女の拳を受け止め、右拳を胴に叩き込んだ。ハイディはとっさに左腕で受け止めながらも――
「ぐっ――!」
激しい擦過音を立てながらハイディは真後ろに滑る。その光景が“奴との喧嘩”と被り内心瞠目しながらも、俺は冷笑と問いを向けた。
「なっ。素手でもそれなりにやれるだろう? これでも不満かい?」
「いえ、失言でした。非礼をお詫びします(今の戦法は“あの時”と同じ。まさか本当にこの人は……)」
ハイディは気を引き締めるように片手をぴんと伸ばす構えを取る。“シュトゥラ流”と同じ構えに確信を強めながら――。
「なぜ辻殴りまがいの真似をしている? ジムや道場に入るなり大会にでも出れば合法的に強い奴と闘えるだろうに。野良試合で済んでる今のうちにやめておけ。《聖王》や《冥王》に手を出したりすれば、管理局と教会に睨まれて一生表に出られなくなるぞ」
「ご忠告痛み入ります。ですが――」
言い終らぬうちにハイディの姿が掻き消え、俺の前に現れる。俺は反射的に腕を持ち上げ、奴の拳を受け止めた。
「私の確かめたい強さと生きる意味は――表舞台にないっ!」
彼女はさらに徒手を繰り出しながら訴える。
「列強の“王”たちを全て
それを避け、払っている隙に彼女の右手が緑色の輝きを帯びていく。
「覇王――
魔力光を帯びた右腕が俺のどてっ腹めがけて放たれる。その手ごたえに勝利を確信したのか……
「弱い“王”は、ただこの手で屠るまで」
彼女の口から捨て台詞が零れる。それを聞いて――
「弱くて悪かったな…………だが、今のお前ほどじゃないぞ」
「――!?」
アインハルトは改めてこちらを見、驚愕に目を見張る。
膨大な魔力を纏った彼女の拳は、俺の脇腹すれすれで空を切っていたからだ。
(この距離で外れ――いや躱した? まさか“あの技能”で――)
「この――馬鹿野郎おぉぉぉっ!!」
紺色の魔力光を帯びた右拳を振るい、彼女の胴体を貫く。ハイディはうめき声も上げず吹き飛び、地面を転げ回ったのち動かなくなった。
まさかあの時とは逆に、俺が“覇王”を
しかし、さっきの技で完全に確信がついた。あの娘は“クラウス”の――。
「おい、大丈夫か?」
非殺傷・物理非破壊設定を付けているから万が一のことはないはずだが。
そう思いながらも声をかけた瞬間、彼女の体が光に包まれ、白いワンピース姿の“11.2歳ほどの女の子”に変わった。
変身魔法……こんな子が“自称覇王”の正体とはな。
仕方ない。ひとまず――。
◇
一方、クラナガン南部にある大きめの一軒家・『八神家』。
そのリビングで……。
「おまたせー! 今夜はアインスの好きなブリの照り焼きと肉じゃがやで~♪」
エプロンを付けた茶髪の女家主は、リインフォース・アインスの前に白い湯気の沸いた夕食を置いていく。
アインスは遠慮がちに……
「ありがとうございます……でも、ほんとうにお手伝いをしなくてよろしいのでしょうか?」
「ええのええの。アインスは仕事や健斗君のお
「…………」
アインスは何も言えず、ばつが悪そうな苦笑いを浮かべる。シグナムもヴィータも彼女に同情的な目を向けながら、食事を口に運んでいた。
この主、アインスを引き戻しにかかっている。アインスをこの家に戻して、プライベートの間だけでも健斗から引き離すつもりか。
頷くわけにいかず、さりとてこの雰囲気で断る事もできず、どうしたものかと思っているとテーブルに置いたデバイスからピリリッと通知音が鳴った。しかもデバイスに映った名は自身の婚約者のものだ。
「すみません、ちょっと失礼します――はい、リインです」
アインスはデバイスを手に席から立つ。が、彼女が名乗った呼び名で相手を察し、はやては面白くなさそうに味噌汁に口を付ける。
それをよそにデバイスからモニターが浮かび、彼の姿が映し出された。
『リイン、例の襲撃事件の犯人を捕まえた』
「えっ? 本当か?」
リインの問いに健斗は頷く。確かによく見れば彼の頬には砂塵がついており、戦った跡が窺える。
だが、達成感も見せず健斗はばつが悪そうに……
『それで悪いんだが、今から迎えに来てくれないか。相手は十歳少しの女の子で、俺の家に連れて行くわけにいかんし、倒れてる女の子を車に乗せている所を見つかったら後々面倒なんだ』
「えっ? いや、私は構わないが……」
リインは顔を青くしながら後ろを見る。
彼女たちの主、はやてはにんまりとした笑みを浮かべて……。
「ええよ、うちにつれてきて。ついでに婚約者さんもここに来てもらって。聞きたいことがいっぱいあるから」
有無を言わさぬ雰囲気を纏う主にリインはこくこくと頷き、すぐそちらに行くと伝え家を出た。