魔法少女リリカルなのはEins 覇王の記憶を受け継ぐ少女 作:ヒアデス
目が覚め、見覚えのない天井を見た瞬間、体にかけられたシーツを払い、がばっと跳ね起きる。
まさかと思って体を見ると、闘いの時に着ていたバリアジャケットでも着慣れたワンピースでもなく、黄色のパジャマを身に着けていた。もちろん着替えた覚えなどない。
――まさか、敗れた後彼がここに連れてきて……いや、それ以上の事も覚悟していたはず。もし体を見られる以上の事をされたとしても、意識がなかっただけましと考えるべきでしょう。でも……。
「おっ、やっと起きたか」
「あら、本当だわ」
ふいに女の子と女性の声が聞こえ、顔を向ける。
開いたままのドアの先には二房の三つ編みに編んだ赤髪の女の子と、着替えを両手に持った短い金髪の女性がいた。
女の子は躊躇なく部屋に入ってきて、私に声をかける。
「お前は健斗にやられた後、アインスの車に乗せられてうちまで運ばれてきたんだぜ。ずっと気絶してたから覚えてねえだろうけど」
「ワンピースは汚れてたからパジャマに着替えさせちゃったわ。もちろん、健斗君じゃなくて私がね」
最後の言葉に安堵を覚えながらも、不安を見透かされた羞恥から顔が熱くなる。
同時に“彼”の縁者かもしれない御神健斗を疑った自身を恥じた。
「自称《覇王イングヴァルト》か……確かにクラウスに似てんなあ。あいつの髪と目もこんな色だったっけ」
女の子は私の目をじっと見ながら呟く。その後ろから女性が声をとがらせた。
「駄目よヴィータちゃん。初対面の女の子の目をじっと見ちゃ。ごめんなさいね。昔の知り合いとそっくりだから。これに着替えて下にいらっしゃい。健斗君もこの家の家主さんも待ってるから」
「は、はい……」
女性の勧めに応じ、服を手に取る。その服も見覚えのないジャージだった。
でもこの二人、“クラウスの記憶”で見たことがあるような……。
◆
着替えを済ませ、一杯だけ水もいただいてから一階に降りる。
すると――
「お義母さん、リインフォースさんとの結婚を認めてください!」
「あんたにお義母さんと呼ばれる筋合いはないわ!!」
階段を下りた途端怒号が響き、思わず足を止める。一方、一緒に来た女性と女の子は呆れた顔で言った。
「あいつらまた漫才始めてるよ」
「健斗君もはやてちゃんも毎回よくやるわね。お客様が来てる時くらい遠慮してほしいわ」
そう零しながら二人はリビングらしき部屋に入り、
「おーい、覇王ってヤツが目覚ましたぞー!」
女の子が声をかけた瞬間、怒声を飛ばしあってた二人は喧嘩を止め、こちらを向く。
一人は昨日闘った御神健斗さん。もう一人は彼と同年齢ぐらいの茶髪の女性だった。でもさっきの話からすると、御神さんの義理のお母様になる予定の方でしょうか?
「おう覇王様、ようやくお目覚めか。待ちくたびれて家主とお喋りしてたところだ」
「お腹すいてるやろ。もうご飯できてるから一緒に食べよ」
そう言って家主様はテーブルに行くよう促す。テーブルの上には目玉焼きとパン、サラダといった朝食が並んでおり、近くのソファには置いてきたはずのバッグと畳まれた制服もあった。
私の視線に気付いたのか、部屋の隅にいた銀髪の女性が声をかけてきた。
「すまない。一応君は襲撃事件の容疑者だからな。捜査としてコインロッカーにあった荷物を調べさせてもらった。調べたのは私や他の女性だから、その点は安心してほしい」
「あ……ありがとうございます」
またも気を遣われ、私は赤くなった顔を隠すように頭を下げる。
「まあまあ、硬い話は置いといて、まずは朝ごはんにしましょう!」
長い水色髪の女の子から席につくよう言われたところで、ポニーテールの桃色髪の女性と犬耳尻尾を付けた褐色肌の男性も合流し、彼女たちと遅めの朝食を摂ることになった。
この二人も見たことがあるような……。
「さて、もう知ってるようだが一応自己紹介させてもらおう。俺は御神健斗。地上本部の治安維持部に所属している」
「あっ、はい。それは番組の動画を見てすぐに調べました」
何口か食事を口にしたところで御神さんが声を発し、私も食事を止め相槌を返す。
「私は八神はやて。時空管理局本局・海上警備部の捜査指令をやってます。階級は御神司令と同じ一等陸佐」
続いて茶髪の女性、八神はやてさんが自己紹介してきた。私はまた相槌を口にしながら頭を下げる。更に――
「あたしはヴィータ。航空戦技教導隊5番隊2班副隊長で二等空尉。こう見えてお前よりずっと年上だから子ども扱いすんじゃねえぞ」
「まあまあヴィータちゃん。私はシャマル。本局医療部の医務官をしています」
私を案内してくれた女の子と女性は名前と所属を名乗る。
「本局航空武装隊の一等空尉、シグナムだ。よろしく頼む」
「ザフィーラ。主とともに海上警備部に所属しているが、今は陸士108隊に出向している」
桃色髪の女性と褐色肌の男性もそう名乗る。
やっぱり聞き覚えがある気がする。“クラウスの記憶”のどこかで……。
「シグナムと同じ部隊の一等空士、アギトだ」
「海上警備部指令補、リインフォース・ツヴァイです」
赤髪の女の子と水色髪の女の子も自己紹介してくる。この二人は“記憶”に出てこなかった。
「慌ただしくてすまんな。家族が多いものだから自己紹介するだけでも賑やかになるんだ。私はリインフォース・アインス。地上本部で御神司令の補佐をしている」
この銀髪の女性も“記憶”に出ていない。でもリインフォースって、さっき御神さんと八神さんが喧嘩していた時に出てきた――。
「アインハルト・ストラトス。
「――はい」
ふいに御神さんに名前を呼ばれ、私はあわてて頭を上げる。
「荷物の中にあった制服と学生証を確認させてもらった。変身魔法で大人の振りをして夜の街を歩き、格闘家狩りをするような不良があの学校にいたとはな。
「は、《覇王》の強さを証明するための方法が他に思いつかなかったんです! 相手は格闘家で、昨日も言った通りちゃんと合意は得ましたし……もしかして、御神さんの姪御さんもヒルデ学院に通ってらっしゃるんですか?」
驚きのあまり跳ねた声で尋ねる私に御神さんはコクリと頷く。姪がいる歳には見えないけど。
「正確には
「……はい、間違いありません」
重苦しい声色で訊ねる御神さんに私は食器を置いて頷く。
「理由は力試しと、《聖王》と《冥王》を倒すためだったか?」
「はい――あっ、後者は少し違います」
頷きかけるもすぐに首を振って訂正する。昨夜は感情のあまりそんな事を言ってしまった気がするが、“彼”の望みはそんな事じゃない。
「古いベルカのどの“王”よりも《覇王》のこの身が強くあること――それを証明できればいいだけです」
「《聖王家》や《冥王》に恨みがあるわけやない、っちゅうことかな?」
八神さんの問いに「はい」と頷く。それを聞いて御神さんと八神さんたちは安堵の表情を浮かべた。
「それならよかったわー。今の聖王様は健斗君の身内でな、冥王様とも仲ええし」
「おいはやて、まだこいつに教えるわけには――」
「ええやん。嘘はついてなさそうやし、問答無用であの子たちを襲うような子やないやろ。健斗君もそう思ってるんとちゃう?」
八神さんに尋ねられ、御神さんはばつが悪そうに食事を口に入れる。
この二人の関係がわからない。さっきは大声で喧嘩してたのに、今は長年の友人や姉弟のように仲良くしてて。そもそもさっきの喧嘩やリインフォースさんとの関係は一体?(いまだにアインスさんとツヴァイさんのどっちのことかわかりませんし)
それから少し経ち、食事を終えたところで御神さんが「さて」と言った。
「本来ならこの後、近くの警防署に連れて行くところだが、被害者も私闘をしたからかやましい事でもあるのか被害届は出していない。ちょっと説教受けて再犯防止の誓約書書かされて解放だろう。
――が、俺はその手の
「無償奉仕、ですか? でも今日は平日だから学校に行かないといけなくて、その後では――」
逮捕されないだけ有難いとわかっていながら、私は食い下がる。でも、御神さんは厳しい顔で首を振り――
「駄目だ。迷惑かけた罰として今日はここで働け。学校にはこっちから連絡を入れてやるし、授業の内容は明日にでも友達にノート借りて見せてもらえばいいだろう」
そう言われ、思わず視線を伏せる。ノートを見せてもらえるような友達などいない。あの委員さんならお願いすれば見せてもらえるとは思いますが……。
様子を見て察しがついたのか、八神さんたちは同情的な目を向けたり御神さんに何か言いかけるけど――
「いないなら性格がよさそうな奴に無理やりにでも話しかけてみろ。それをきっかけに友達になれるかもしれねえし。お前が格闘家狩りなんて馬鹿な真似したのも、一人だけであれこれ考えて見当はずれな答えを出したせいかもしれん。とにかく今日はみっちり働いて反省したか見せてもらうぞ」
「……はい」
ぐうの音も返せず、私は力のない返事を返す。
八神さんたちも同意したのか、「がんばって」と言葉をかけたり同情的な笑みをくれるのみだった。
――なるほど、どおりでジャージを着せられてるわけです。
Ⓒ
「――ということで、襲撃事件の罰を受けさせるために犯人をこちらで預かることにしたんですが、後処理をお願いできますか?」
空間モニターに映る橙髪の青年執務官――ティーダ・ランスターさんに告げると、向こうは苦笑し。
『健斗らしいな。ただし誓約書は書いてもらうぞ。後でそっちに送る。……ところで、一司令と補佐が平日に休めると思えないんだが、もしかして無理やり休みを取ったのか?』
まさしくその通りで、俺はリインとともに苦笑いを浮かべる。
「今日は会議もないし、デスクワークは家や外でもできますから。明日オーリスに叱られて半日分仕事が増えるだけです。ははっ……」
『……そうか。頑張れよ』
同情的な顔で労ってくれるティーダさんに頷きながら再度詫びを入れて通信を切る。
そしてリインとともに、“箒を持って”立たせているアインハルトに顔を向けた。
「じゃあ早速だが“無償奉仕”をしてもらう。まずは海岸の掃除からだ。今から30分、海岸の周りを綺麗にしてくれ。俺とリインはここで仕事しながら見張ってるからサボるなよ」
「はい、わかりました」
サボったりなんかしませんと言いたげな顔で答え、アインハルトは箒を手に掃除を始めた。
一方、俺とリインはデッキチェアに腰掛けたまま、テーブルの上に空間モニターを開き、地上部隊から送られてきた書類に目を通したり、改善案の作成や新部隊の編成などの仕事に取り掛かる。
それから20分もしないうちに海岸の掃除が終わり、アインハルトが帰ってくる。まっ、こんなのは序の口だ。
俺は椅子に座ったままアインハルトに向けて、
「お疲れさん。じゃあ次の仕事だ。家の倉庫からトンボを取って砂場をまっ平らにならしてくれ」
「えっ……トンボで砂場をですか?」
アインハルトは目を見開きながら訊き返す。
ここの砂場は結構広い。それを全部ならすのは掃除の比ではない重労働だろう。
「ああ、泳ぎに来た客や稽古に来たチビたちが踏んであちこちデコボコだらけだからな。トンボをかけて平らにならしてもらう」
「……わかりました。では行ってきます」
釈然としない顔を見せながらも、アインハルトは八神家に戻っていく。……が、二十分経っても来ない。
「まさか、あいつサボってるか逃げ出したんじゃ」
「そんなはずは……」
否定しつつリインも青い顔でディスプレイを浮かべ、倉庫の様子を映す。
が、懸念に反してアインハルトは懸命に掃除用具を漁って、トンボを探している最中だった。妙に低く腰を屈めて。
「もしかして、トンボが何か知らないか昆虫の
「あっ」
リインの指摘に思わず声を上げる。トンボをかけろと言った時変な反応してた理由はそれか。
俺はすぐに通話ボタンを押し――
「アインハルト、目の前にあるT型の道具だ。それを持ってこい!」
『えっ? これですか?』
聞き返すアインハルトに肯きつつ、それを持ってこっちに戻るように言う。
そしてリインと顔を見合わせ、思った。
こりゃ想像以上に手がかかりそうだ。“先祖”以上の天然かもしれん。