魔法少女リリカルなのはEins 覇王の記憶を受け継ぐ少女 作:ヒアデス
「ふっ、――」
トンボというT字型の道具を地面に振り下ろし、足跡や砂遊びの跡などで凸凹した砂浜を平らにならしていく。
体力には自信があるつもりだったが、八神家近くの砂浜は思ったより広く、初夏の暑さも相まって一人だけでやるにはかなりハードな作業だった。
にもかかわらず、御神健斗さんもリインフォース・アインスさんもディスプレイに打ち込ながら時折こちらをちらりと見るばかりで手伝ってくれる気配もない。
罪滅ぼしとしての“無償奉仕”だから仕方ないと言えば仕方ないのですが。
そう自身に言い聞かせながらトンボを振るい、ようやく浜をならし終えた直後――
「お疲れさま。そろそろ昼だし休憩にしよう。これでも飲むといい」
リインフォースさんはそう言って水の入ったコップを差し出してくれる。
「ありがとうございます――」
喉が渇いていたからか遠慮するという考えは浮かばず、お礼とともにコップを受け取り一気に水を飲み干す。
そんな私を見てリインさんはふふと笑みを漏らし、ついてこいと言うように背中を向け八神家に向かう。
私も彼女と一足先に家に戻っていく御神さんについていった。
Ⓒ
「ところで昨日名前を聞いた時、“ハイディ・E・S・イングヴァルト”と名乗っていたが、あれがベルカ王族としての名か?」
昼食の最中、アインハルトに訊ねると彼女は顔を硬くしながらも首を縦に振り。
「はい。祖父から授けられた“イングヴァルト家としての名”です。正確には“ハイディ・
そこはレツヤと同じか。
七課時代の部下を思い出しながら頷きを返す。
「《覇王》とイングヴァルト家、他のベルカ王家について随分詳しいようだが、おじいさんから教わったのか?」
その問いにアインハルトは「いえ」と頷かれ、俺もリインも怪訝に眉を寄せる。
「私――いえ、イングヴァルト家は祖先の記憶を受け継ぐ《固有技能》を持っていて、《覇王》クラウスの子から代々彼の記憶を受け継いでいました……といっても、平民や他の世界の人と交わるうちにイングヴァルト家の血も薄れ、私の父などはクラウスの記憶も特徴も受け継がず、ベルカやイングヴァルト家のことなどほとんど知らずに育ったと聞きます」
ああ、思い出した。そういやクラウスも《騎士王》から始まる先祖の戦闘経験を受け継いでいたって言ってたな。本当の《技能》を隠すためのブラフかもしれなかったから半信半疑だったが。
「ですが、時折その血が色濃く蘇ることがあります。その蘇った血を引いた子はクラウスの記憶とともに、碧銀の髪や虹彩異色、彼の身体資質と
「他の王より《覇王》が最強だと証明することがか?」
『それはないだろう』と言いかけて喉元に押し込む。俺の知るクラウスは“最強”なんかに
が、前世の俺が死んだ後で奴がどう変わったのかは知らない。
「《最後のゆりかごの聖王》――オリヴィエが聖王になる前、クラウスは懸命に彼女を止めようとしました。しかしオリヴィエは聞かず闘いとなり、彼女にかすり傷一つ与えることもできず敗北しました。あの時のクラウスが弱かった――強くなかったせいで彼女を聖王連合や《ゆりかご》から救えなかった、守れなかったから……そんな後悔が数百年以上も私たちの中に流れているんです」
その記憶とやらがぶり返したのか、アインハルトの目から透明な涙が溢れ――
「だけどこの世界には鍛え上げた拳と悲願をぶつける相手もいない。救うべき相手も、守るべき国も、世界すらも――」
「わかった! もういい」
記憶の中から“
「とりあえずお前が《覇王》の子孫ってことは信じるし、襲撃事件もこっちで処理してやる。お前はとりあえず残りの飯食って少し休んでろ。昼からまた別の仕事させるからしっかり疲れを取っとけ」
「……はい」
涙を拭い、アインハルトは黙々と食事を口に入れる。
それを見てからリインと視線を交わし――
《で、お前と守護騎士たちは今の話知っているか?》
思念通話で問いかけるも、リインはふるふる首を横に振る。
《いいや。ケントがベルカからいなくなってすぐ、私も守護騎士たちも夜天の書とともに転生してしまったから。歴史書に書いてある通りなら、次の主が成長して騎士たちが再び蒐集を始めた時はもうクラウスもオリヴィエも……》
それ以上の言葉を止めるリインに《そうか》と答え、ひっそりため息をつく。
とりあえず“俺が死んだ後”の事を調べながら、
クラウスもまたえらいものを残してくれたもんだ。
Ⓒ
昼からは家にあるミットやサンドバックといった道具の運び出しを指示され、家と浜を何度も往復しながら砂浜の一角に道具を並べていき、それらの設置も任される。
黙々と作業にかかるうちに感情の昂ぶりも収まり、朝からしている作業の意味も分かってきた。
「ご苦労。だいぶ形になってきたな。“あいつら”が来るまでには終わりそうだ」
14時ぐらいになって道具の運び出しや設置も終わった頃に、御神さんたちもディスプレイを閉じ、道具が並んだ浜辺の方に向かってくる。
「御神さんたちはここで訓練されるんですか? それにしても数が多いようですけど。八神さんたちの分を含めてもまだ余りますし」
それにこう言ったらなんですけど、八神さんとシャマルさんなどはあまり鍛えているように見えない……。
私の訝しみを見透かしたように御神さんは「いいや」と首を振る。
「これは『八神道場』の門下生たちが使うトレーニング道具だ」
「八神道場?」
「八神家が主催している道場だ。元はここでザフィーラが鍛錬しているのを見た子供たちがあいつの真似を始めて、ザフィーラや他の騎士たちが口を挟むようになったのがきっかけだがな。いつもは子供たちに用意させるんだが、今日はたまにやる浜辺の整備と一緒にお前にやってもらった」
なるほど。言われてみればサンドバックなどは小さなものが多い。
少しだけ私が使うのと変わらないほどのものもありますが。
「あっ、御神さん、アインスさん。こんにちはーー!!」
町の方から元気のいい声が響き、私はそちらを向き、気配で気付いていたらしく御神さんも「おう」と言いながら後ろを振り返る。
そこには丈の短いジャージを着た薄赤髪の子供がいた。御神さんに続いて挨拶するリインさんにも挨拶を返しながらこちらに来る。
「ミウラか、早いな。おまえの
「はい。今日は昨年までの学力を測るためのテストだけだったので。そちらの方は新しい入門生ですか?」
「あ、いえ私は――」
入門生と間違えられ、私は口をまごつかせながらなんとか訂正しようとする。そこで御神さんは首を横に振りながら言った。
「こいつは俺の知り合いで一日だけの手伝いだ。たまにはお前らにすぐ練習させてやってもいいと思ってな。準備をしてもらっていた」
「そうなんですか。ボクはミウラ・リナルディです。八神道場の門下生でザフィーラ師匠やヴィータさんとシグナムさんから色々教わっています。気軽にミウラとお呼びください」
「アインハルト・ストラトスです。御神さんの紹介で少しだけお手伝いをさせてもらってます。こちらこそ気兼ねなく接してください」
ミウラさんも私も互いに丁寧な挨拶とお辞儀を交わしたところで、御神さんは町の方を見て――
「ちび達はまだ来そうにないな――ミウラ、先に準備運動と練習はじめていいぞ。アインハルトも用意はいいから見学しとけ」
「えっ?」
「ほんとですか! じゃあお言葉に甘えて」
困惑する私とは対照的にミウラさんは目を輝かせながら聞き返し、御神さんとリインさんの頷きを受けて私たちから少し離れた場所へと駆け、準備運動を始める。
そして他のものより大きめのサンドバックを視界に入れ、深呼吸を始めた。
――あんな遠くから?
「アインハルト、よく見ておけ。お前が見下していた“表舞台”の人間の実力というものを」
御神さんの言葉にえっ? と訊き返しかけた直後――
「はあああああっ!!」
駆けだした瞬間、ミウラさんは一瞬にしてバッグの寸前まで肉薄し、魔力光を纏った脚を振り上げサンドバッグを蹴り跳ばす。
バッグは衝撃で真っ二つに裂け、裂かれた方はあらぬ方へ飛んでいった。
あの
ミウラさんは我に返ったようにはっとして――
「す、すみません! つい加減を間違えて。大丈夫でしたか?」
こちらを振り返りながら謝るミウラさんに、御神さんもリインさんも動じた様子を見せず首を横に振る。
「大丈夫だ。こちらには飛んでこなかった。だがもう少し周りを見ろ。ちび達や客が巻き込まれたらただじゃ済まなかった」
「はい!」
ミウラさんは頷き、バッグの残骸を取りに向かう。御神さんはミウラさんを見守りながら私に向かって言葉をかけた。
「あいつは八神道場でも飛びぬけた実力の持ち主でな、このまま実力を積めばプロも狙えると見ている……お前が倒してきた格闘家崩れよりも強いんじゃないか?」
意地悪な笑みを浮かべながら顔を戻す御神さんから思わず目を逸らす。
「ミッドチルダは格闘技を含め魔法戦競技の補助が他の世界より手厚く、選手に入ってくる金も相当なもんだ。にもかかわらず途中で引退する奴は問題を抱えてるのが多い。身に覚えがあるだろう?」
訊ねられ、今まで挑んできた相手を思い出す。
確かに私が闘ってきた相手のほとんどは怪我や加齢、管理局やMWATに引き抜かれたからでもなく、問題を起こして公式試合に出られなくなった人たちだ。
「そいつらに比べたら、お前の言う“表舞台”で闘い続けてる選手の方がよっぽど強いと思うぜ(本当にヤバい奴は街なんかにいられないような犯罪者だしな)」
そこまで言い捨てると御神さんはミットを取り、私に投げつける。今度はどんな指示が来るのかと思いながら掴むと――
「ミウラ、アインハルトとミット打ちしてみないか?」
「えっ? でもザフィーラ師匠から、ボクは師匠やシグナムさんたち以外とはやっちゃダメだって――」
私を心配しながら言うミウラさんに対し、御神さんはなんでもなさそうな笑みと返事を返す。
「心配いらん。こいつも結構腕に覚えがあってな。さすがにさっきの蹴りは禁止だが、普通の打撃や蹴りも受け止められないほどヤワじゃない。なっ、アインハルト?」
御神さんは私に挑発的な笑みを向けながら訊ねる。それを見て、“昔”彼にからかわれた時を思い出し――
「大丈夫です。どうぞミウラさん、いつでも打ち込んできてください!」
両手にミットを嵌め、ミウラさんの前に立つ。ミウラさんも心もち嬉しそうに口を吊り上げ。
「ありがとうございます。では――はあああっ!」
ミウラさんが腕を振り上げた瞬間、ミットの向こうからのけ反りそうになるほど衝撃が走ってくる。
直後、体に鞭を入れ、地を踏みしめながら次の一撃を迎えた。
◆
「はっ――!」
数時間後、ミウラさんより少し小さな子供たちやザフィーラさんもやってきて、その子たちへの挨拶と準備の手伝いを済ませたのち、再びミウラさんとのトレーニングに戻り、今はミウラさんがミットを持ち、私がひたすら打撃を打ち込む。
そうしているうちに空も暗みがかかっていき、子供たちも帰っていく中、私とミウラさんはミット打ちを続ける。
口から漏れる息は荒くなり、拳を打つたびに体中に痛みが走る。それは向こうも同じはず。
でも、
そんな中――
「おやまあ、二人ともようやっとるなぁ。もうすっかり暗くなってるで」
ふいに特徴的な喋り方の女性の声が響き、ミウラさんと私はそちらを見る。
やはり声をかけてきたのは八神家の家主、八神はやてさんだった。
「はやてさん、お邪魔してます! すみません、トレーニングに夢中で気が付かなくて」
ミウラさんは姿勢を正し、はやてさんに頭を下げる。はやてさんは片手を振り、
「ええよええよ。仲良くなってくれて嬉しいし。でもそろそろうちも晩御飯の時間やし、特訓はここまでにした方がええんちゃう」
そう言われた途端、ミウラさんは顔を赤くしながら「そうですね」と返し、私も未練を感じながらも両手を下ろす。
そこではやてさんはパンと両手を鳴らして――
「そや、ミウラもハルやんも仲良くなったみたいやし。二人とも今日はうちにお泊りしていかへん?」
「えっ、いいんですか?」
八神さんに聞き返しつつ、御神さんの方も見る(ハルやんというのは、もしかしなくても私のあだ名だろう)。だが彼は『好きにしろ』と言いたげに苦笑を返すだけだった。
「じゃあ……お言葉に甘えて、お世話になります」
「うん! ミウラは?」
「もちろんボクもお世話になります! はやてさんのご飯美味しいですし」
ミウラさんもこくこく頷きながら快諾の返事を返す。
でも……
「あっ、でも二人とも汗びっしょりやし、先にお風呂入った方がええな。後がつかえてるし、二人で一緒に入っちゃって」
「えっ……?」
八神さんの一言に私は無意識に声を漏らす。
ミウラさんと……男の子と一緒にお風呂?
いや、でも初等科ぐらいの子供ですし、男の人の体はクラウスの記憶で何度も見覚えがありますし、ここで慌てたり拒絶したらミウラさん傷つくかもしれませんし年上としてどうかとも思いますし――――。
「そうですね。アインハルトさん、皆さんを待たせるわけにいきませんし、一緒に入りましょう!」
「えっ、あ、はい……そうですね」
躊躇う私に反し、ミウラさんは平気そうに私を誘う。
まだ異性を気にしない歳なんでしょうか? それとも異性と思われてないのか……でも、ここまで来たら断るわけにもいきません。
「わ、わかりました…………よろしくお願いします」
顔が火照っているのを感じ取りながら、流されるように了承の返事を返す。
そうして私はミウラさんと一緒に八神家に向かっていった。
二人が遠ざかったところで、はやてはぷぷと笑いを漏らす。
「健斗君見た? あの様子やとハルやん、ミウラのこと……ぷくくっ」
「まあ無理もない。一人称がボクだし、あんな体型だからな……くくく」
擁護しつつも健斗も笑いを漏らし、二人して堪えるような笑い声を重ねる。
そんな二人の後ろでリインは、
(まったく、この主たちは)
と、盛大に呆れのため息をついた。
その数十分後、さっぱりした様子で浴室から出てくるミウラと、