フリーレンを愛したい魔族ちゃんがコロコロされる話 作:丹羽にわか
魔族、フリーレン、ゼーリエなどキャラや世界観が深堀りされて面白い小説なのでぜひ買ってください(ダイマ)
フリーレンは目を覚ました。部屋の中は薄っすらと明るい。鎧戸の隙間から差し込む日差しが誇りの舞う室内を照らし出していて、太陽が昇った事を教えてくれる。
「──ん、もう朝……?」
正午過ぎである。
もぞもぞとベッドから這い出たフリーレンが寝間着姿のまま、寝ぼけ眼を擦りながら部屋を出ると、途端に彼女の鼻腔を肉の脂が焼ける匂いが満たした。
ぐぎゅる、と腹が鳴る。胃の中が空っぽになったような、切迫した飢餓感が首をもたげ襲いかかってきた。
その匂いに導かれるように、フリーレンはダイニングのある一階へと続く階段を下りる。一段降りるごとに階下からの立ち上る匂いが濃密になり、フリーレンの口の中では唾液が止まらない。
「おぁよぅ」
ふにゃふにゃした声の挨拶とともに扉を開け、足を踏み入れる。
「──うわ」
そして思わず声を上げた。じっくりと炙られた獣脂の焼ける香ばしい匂い。そこに、チーズの芳醇で濃厚な香りが混ざり合い、暴力となってフリーレンの嗅覚を殴打してきた。
「ようやく起きたのね。顔を洗ってきなさい」
台所に立つネルべが小ぶりな鍋をかき混ぜながら声をかけてくる。
フリーレンは「う〜」と返事なのか唸っているのか微妙な声を上げてから家の裏手にある水桶から汲んだ冷水でざぱざぱと顔を洗い、ようやくしゃっきりした頭で改めてテーブルの上に並ぶ料理達を見る。
なかなかに豪快で豪勢な献立だった。厚切りにした猪肉のグリルには数種のベリーを煮詰めた甘酸っぱいソースがかかっている。その隣には、大ぶりでゴツゴツとした黒パン。そして、さっきまでネルべがかき混ぜていた、山羊のミルクとチーズ、キノコや根菜を使ったシチューが並ぶ。
「すごいね。急にどうしたの」
「朝の見回りで猪が罠にかかってたの。わたし達だけじゃ食べきれないし塩漬けや燻製にするのも手間だから肉を分けてきたんだけど、そしたら色々渡されてね」
「へぇ」
「どうせ、誰かさんは放っておくと昼過ぎまで起きないし、時間はあったからね」
「……へ、へぇ」
フリーレンは目を逸らした。
ネルべは村の人気者だった。
「身長は負けてる。でも、大きさはそんなに変わらないんだけど」
ネルべの慎ましやかな胸部と自身の胸囲格差が小さいことを再確認する。
「何言ってるの? ほら、さっさと食べないと冷めるわよ」
怪訝な顔をしたネルべに促されフリーレンは席に着く。ネルべは黒パンを切ると皿に盛って寄越してくれた。二人とも特に女神様に信仰があるわけでもなく、食前の祈りなどは無く木製のカトラリーを使って黙々と食べ進める。
(──うん、おいしい)
フリーレンは器用に左手だけで食器などを扱っていた。それもそうだ。彼女がこの村に居着いて
最初は教会で生活していたが、黄金化した右腕の研究をするにはしっかりとした拠点があったほうが良いという事で、ネルべの暮らしていた民家に移り住んだ。
もっとも、当初フリーレンは一人暮らしでいいと断っていたが、フリーレン自身がそんなに器用ではない事と、右腕の使えない日常生活が想像以上に困難でギブアップ。同居する事になった。
「ネルべって料理上手だよね」
肉を頬張り、ごきゅりと飲み込んでからフリーレンが言った。ネルべはパンに伸ばしていた手をとめると首を傾げる。
「そう?」
「エルフの里にロッフェルっていう料理好きのエルフがいるんだけど、その次に上手だと思う」
「褒めてるのかしら、それは」
「うん」
「よく分からないわね」
ネルべは興味なさげに言って食事を再開した。
フリーレンの知人であるロッフェルは料理にその悠久の生を注ぎ込んだ女エルフだ。彼女に次ぐというのは最大級の賛辞だが、その背景を知らない相手にはイマイチ伝わない。
もっとも、途中から激辛料理愛好家になってしまい、本人を除いて食べられる者の居ない料理ばかり作るようになってしまったのだが。
──もう食べれないと思うと、あの激辛料理でも恋しくなるな。
ふとフリーレンは内心で呟き、そして首を傾げた。
──ん? エルフに時間は幾らでもあるんだから、里に帰ればまた食べれるのに。
また、胸が疼く。
最近、右腕の研究は行き詰まっていた。それで気持ちが落ち込んでしまっていたのだろうと、フリーレンは自分を納得させる。
「おかわり」
そう言ってフリーレンは空になったシチューの器を持ち上げる。
「もう無いわよ」とネルべは言った。
❅
ネルべから見て、フリーレンは自分よりも遥かに格上の魔法使いだ。
人類と魔族では魔法の技術体系が異なるために単純な比較は出来ないが、彼女は数百年という歳月を生きてきた魔法使いであり、その総魔力量は圧倒的。魔力の操作技術も卓越している。
今は
扱う魔法も戦闘用の魔法にとどまらず、歴史の彼方に消えたような民間魔法なども修めていて幅広く、魔法使いの誇りを欠いた卑劣な魔力制限も行っていない。
色々な事にルーズなところはあるが、それでも日々を魔法に捧げるその姿勢は、魔法に誇りを持つ魔族としても感心する部分だった。
「──うーん……」
遅めの朝食を終えた午後。
フリーレンは黄金に輝く右腕を机の上に載せ、左手で解析魔法を発動させては霧散させ、また別の魔法を試して……というのを繰り返していた。
彼女にとってその黄金は『記憶喪失の間にかけられたと思しき謎の呪い』である。その原因がマハトという魔族だという記憶はネルべによって忘れられた過去になってしまっている。
「……ダメだね」
フリーレンはそう言って構築途中だった魔法を掻き消すと机に突っ伏し、銀色の髪を乱したまま小さなため息をついた。
この十年間、黄金の呪いはその後ろ髪にすら触れさせてくれない。フリーレンやネルべにとって大した時間では無いが、こうも成果が出ないと流石に多少は気が滅入ってくる。
「行き詰まってるみたいね」
ネルべはその背中に声を掛けた。片手で持つトレーには、山羊のミルクから作ったプリンの入った容器と果実酒の入ったコップが二つずつ載っている。
顔を上げたフリーレンの瞳がそれを見てキラキラと輝く。
「ひと休みしましょう」
ネルべは机にトレーを置くと、部屋の片隅からサイドチェアを引っ張ってきて腰掛ける。フリーレンはその間にプリンを木匙ですくって食べ始めていた。
「おいしい」
「その様子だとそうみたいね」
フリーレンの感想に、同じくプリンを食べながらネルべは無関心に言う。
「何だかいつも他人事だね」
「人の味覚にとっての最適な味付けを、適切な手順で調理しているだけだもの」
「魔族の価値観? それ」
「そうかもね」
人を真似て欺くのは魔族の基本だ。健常な大人が歩ける事を自慢に思うことが無いように、魔族が飛行魔法を誇ることがないように、ネルべも料理に対して特に思い入れは無い。
『よくここまで上達しましたね……最初は酷かったのに……』
脳内で声が響く。何時ぞやからずっと一緒にいる『私』だ。
この村に居着いた冬から、フリーレンと出会う春までの間にネルべの料理の腕は大きく向上した。何のためか。教会で子供の世話をするにあたって受け入れられるために調理技術が必要だった、それだけだ。
『わたしは魔族よ。当然じゃない』
『……そのストイックさは美徳ですね』
『私』はよく訳の分からない事を言う。だが、その声はネルべにとっては自身に学びを与え指針を示し、時には武器にも盾にもなるモノだ。邪険に扱うという発想はない。文字通りの一心同体なのだから。
「ネルべ。魔族なら、何かこの呪いについて分からない?」
プリンを食べ終え、果実酒をちびちび飲みながら自身の右腕を眺めていたフリーレンがおもむろに訊いてくる。その質問は何度目だろう。ネルべは首を横に振った。
「変わらないわよ。ただの黄金としか感じない。何もできないわ。その魔法を使った魔族は相当なものでしょうね」
「だよね……はぁ」
酒精の影響か、微かに赤らんだ頬でフリーレンは天井を仰ぐ。その瞳はトロンとしていた。
ネルべはそんな大魔法使いの姿を見ながら思案する。
マハトという魔族が使う
『……わたしの
『珍しく弱気ですね。らしくない』
『……フリーレンは優れた魔法使い。それがこうも苦戦しているのを見てるのよ』
ネルべは魔族らしく、魔法に対して真摯だ。そしてプライドも持ち合わせている。相手が人類であっても優れていれば評価するし、学ぼうともする。魔族は社会性を持たない嘘つきな人喰いの獣だが、おおよその人類と精神構造は異なるものの感情もある。恐怖や悔しさ、敗北感だって感じるのだ。
「んむぅ……」
「フリーレン?」
「すぅー、すぅー」
『寝てますね』
『そうね。さて、わたしも研究に戻ろうかしら』
『せめて毛布を──』
『どうかした?』
『──いえ、なんでも』
「うぅ……寒い……」
けれど、未だに『愛』は分からない。
❅
『私』達がこの村に居着いて、十年。
魔族である『わたし』とエルフであるフリーレンにとっては瞬き程度の時間だ。
私にとっては──。
「ネルべ様! フリーレン様! いらっしゃいますか!?」
宵の口。わたしが夕食の用意をしていると、切羽詰まったような雰囲気の声と共に玄関の扉がドンドンと強く叩かれた。
わたしは火にかけていた鍋を鍋敷きに下ろすと、エプロン姿のまま玄関に向かう。金属製の閂を抜いて扉を開けると、そこに立っていたのは村の酒場の看板娘、ミーアだった。子供の頃からわたし達によく懐いていて、今でも時折交流がある。
「どうかしたの? 随分な慌てようね」
わたしがそう言うと、ミーアの顔がくしゃっと歪んだ。堪えていたものが決壊したように、涙がポタポタと落ちる。
「──お姉ちゃん……!!」
いつの間にか使い始めた丁寧語は何処かに行き、だっ、と駆け出したミーアはわたしをぎゅうと抱き締めた。「本当にどうしたのよ」と言うわたしは、後ろ手に召喚していた短剣を気付かれないように仕舞う。
もし彼女に殺意があればあっさり殺すつもりだったのだ。「お姉ちゃん」と慕ってくれる相手を。
「フレイが、フレイがいないのっ」
そんな事を知る由もないミーアは名前を繰り返す。フレイとはミーアの妹だ。歳は彼女と八つほど離れていて、出産にわたしが立ち会ったし、そこから大きくなるまでも見てきた。
「あっという間に大きくなるのね」とわたしが驚いていたのは少し面白かった。「育つまで待ったほうが良かったわね」と村に来たばかりの事を思い出しながら言っていたのには閉口したが。
「落ち着きなさいな。さあ、息を吸って、吐いて。──もう一度。吸って、吐いて……ミーア。話を整理しようとしなくていいから、まずは話してご覧なさい」
未だ動揺の残るミーアの話した内容を纏めるとこうだ。
近所の子供たちと『かくれんぼ』をしていたフレイがずっと見つからず、日が暮れても戻ってこないのだという。最初は一緒に遊んでいた子供たち、そこから彼らの親や、村人たちも声を張り上げ松明を持ってあちこちを探しているが、森の入口まで行っても足取りが掴めない。かといって、夜の森に村人が入るのは危険すぎる。
それなら、魔法が使えるわたしとフリーレンに頼ろうと考えたらしい。
「分かったわ。わたし達も探してみるから、あなたは家に戻りなさい」
「で、でも」
「もしフレイがひょっこり戻ってきた時、抱きしめてあげる相手が必要でしょう?」
「お姉ちゃん……」
「ああ、ミーアだとまず拳骨かしら。黄金の右、だったわよね」
「しないよ!?」
わたしは姉貴分として完璧な対応をしていた。抱きしめていたミーアを優しく引き剥がし、彼女の背をぽんと叩いて帰るよう促す。冗談も交えて安心させるなんて『私』では出来ないだろう。不器用な優しさを持つ人間のような振る舞いだった。
「……なに、騒がしいけど」
すると、寝癖をつけたままのフリーレンが降りてきた。
「フリーレン。迷子を探しに行くわよ」
「ええ……面倒くさい」
「じゃあ夕飯が遅くなるかもしれないわね。それでもいいなら待ってなさい」
「……」
ちらりと台所を見るフリーレン。鍋敷きの上に鍋が一つ、後は何もない。これから食材の下ごしらえをしようとしていた所だから当然だが。
フリーレンはおもむろに召喚した杖を左手に握る。その姿には大魔法使いとしての貫禄が漂っていた。寝癖はそのままだしヨダレの痕もあるけど。
「──さっさと見つけようか」
現金な大魔法使い様だ。私は呆れた。
フレイはすぐ見つかった。
フリーレンが覚えていた魔法に『かくれんぼが得意になる魔法』というのがあった。隠れる時の気配や存在感を薄めるだけでなく、鬼側の時には観察力や直感を高めてくれる魔法らしい。便利な魔法だと思ったけど、民間魔法によくあることで、本当に『かくれんぼ』の時にしか効果を発揮しないようだ。
『何のためにこんな魔法があるのかしら』
『人間とは合理だけではないのでしょうね』
『ふぅん』
フレイが見つかったのは村の外れにある半ば廃墟と化した炭焼小屋だった。隠れようと必死になるあまり奥へ奥へと進み、そして隠れている最中に眠ってしまったらしい。
「ありがとうございます! フリーレン様! ネルべ様!」
「ありがとうネルべ姉さん。フリーレン」
「こらっフレイっ」
「いったーいっ!」
「……気にしないよ。お姉さんだからね」
フリーレンは何故か村の子供達に舐められている。雰囲気だろうか。
しょぼんと目と耳が垂れ下がっている。
そんな一幕がありつつも、わたし達は家に戻ってきた。
夕食の用意を再開すると、フリーレンは食卓について本を読み始める。手伝う気はないようだ。まあ、右腕があの状態では出来ることは少ないから仕方ない。
「夕飯はなに?」
「昼の猪肉の残りがあるからそれを煮込んで、あとはキノコのソテーとキャベツの塩漬け……ああ、スープも作ろうかしら」
「そう」
フリーレンは視線を本に戻す。
会話はない。沸騰する鍋。爆ぜる薪。じゅぅとキノコが焼かれ、トントンと包丁がまな板を叩く。時折、ペラリとページを捲る音。
母と娘か、姉と妹のような空気感。
この空間を満たしているのは、私がずっと望んでいた『平穏』だった。
視界の端に映るフリーレンは眠たげに目を瞬きながら魔導書を読みふけっている。
アニメの流れと記憶から推測するなら、彼女は今頃、どこかで一人黙々と解呪のための研究をしていたんだろうか。
けれど今、彼女は、魔族が作る夕食を心待ちにしている。
それは、彼女のあり方をどうしようもなく歪めていた。フリーレンというエルフは魔族を知り、魔族を恨み、魔族を欺き、魔族を屠る。そういう
それを成したのは『私』達だ。
私が言った『共に時間を過ごすことで芽生える愛』という嘘。わたしはそれを忠実に守り、今まで過ごしている。
わたしの手は、淀み無く鍋をかき混ぜている。そこに『愛情』なんてものは一匙も混じっていない。わたしにあるのは、ただ完璧に、効率的に、学んだ通りの『日常』を演じ過ごすという魔族の本能だけ。そうするほうが、フリーレンと共に過ごすのに受け入れられるから、という人食いの化物としての性。
「こんなものかしら」
わたしは小皿によそったスープを一口飲んで言った。猪の骨から取った出汁と胡椒のパンチが効いた風味がとても美味しい。
「フリーレン。できたわよ」
「わーい」
料理を並べ、わたしとフリーレンは食卓につく。
美味しい、とフリーレンが言う。
そう、とわたしが答える。
この平穏は間違っているんだろう。
だけど、人食いの化け物のわたしは、その本性を晒すこと無く変わり者の隣人として受け入れられている。
フリーレンが今のまま、争いを知らない、魔法好きで、ズボラで、確かな優しさを持った可愛いエルフの少女として生きていけるのなら、今のままで。
そう思うのは、いけないことだろうか。
読了謝謝茄子!
じょーじょーゆーj(ry
フリーレン可愛いよね。だから可愛がるね
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