フリーレンを愛したい魔族ちゃんがコロコロされる話 作:丹羽にわか
ネルべとフリーレンが暮らす家の前には、背の低い木の柵で囲われた小さな庭がある。
その片隅に植えられた一本の木、背丈は大人の目線程度。その細木の幹にフリーレンはつーっと指を滑らせた。
「発芽するのに五年。そこから三〇年でこう。これぐらいに育つと魔力を自然に集めるみたいだけど、花が咲くまではもう少しかかるね」
その後ろで網籠を持って立つネルべはポツリと言う。
「三〇年、その種を放置してなければ早かったんじゃない?」
「うぐっ」
フリーレンは呻いた。
かつて、依頼の報酬として貰った『星涙樹』の種。それをフリーレンは保管していたが「いつか植えよう」と悠長に構えていたら、いつの間にかそれなりの時間が経過していた。この種をくれた男が老衰で亡くなった際に思い出して植えたのだ。
「特殊な星の並びの新月の夜に咲くらしいけど、前回は蕾をつけなかったわよね? 次は大体四十年後だったかしら」
「そんなのすぐだよ」
少しだけ、ムキになったようにフリーレンは言う。そう。四十年なんてエルフの自分や魔族のネルべからすればすぐだ。あっという間にその時は来るだろう。
「……でも」
「ん?」
フリーレンは振り向き、ネルべと、その背後の村を眺める。
相変わらず濃い針葉樹の匂いが漂うこの村だが、立ち並ぶ家々はその柱などの色味が変わったり、真新しくなっていたりとその姿を大きくは変えていないが、着実に変化している箇所があった。
「この半世紀で、だいぶ村の面々の顔ぶれが変わったよね」
「そうね。わたし達が村に来た時大人だった人間は大体死んでいるし、子供だって年老いて老人になったわ」
酒場の看板娘だったミーアは老衰で亡くなり、妹のフレイはヨボヨボのお婆ちゃんだ。
変わらないのは、フリーレンとネルべだけ。
「これの種をくれた人、花が見れなくて残念って言ってたんだ」
数十年前。病床に臥せった男の見舞いに訪れた時、そんなやり取りをした。
それが何のことだったのか、フリーレンはその場では思い出せなかった。星涙樹の事だというのを思い出したのは彼が亡くなった後だ。それから種を植え、魔力を注ぎ、育ててきた。
「……後悔、したんだと思う。知っている人の死に目なんて、初めてだったから」
初めてだった。それなのに後悔を抱いた。「なんで、また──」と。
でも、それは後悔による胸のざわめきと同じモノだとフリーレンは整理した。
「すぐ植えていても見れたかは怪しかったでしょ。星の巡りに木の成長速度、噛み合わないと咲かないんだから」
ネルベがフリーレンの方を向いて言った。相変わらず淡々とした口調で、無機質な暗灰色の瞳だ。だけど、その奥に何か別の色が映ったようにフリーレンは感じた。
「……慰めてくれてる?」
「ただ事実を述べているだけだけど」
その言葉から嘘は感じられない。フリーレンはじっとその目を見つめ返して、「はぁ」と息をついた。器用なのか不器用なのか。
「……ま、そういう人だよね、ネルベって」
「なによそれ」
怪訝そうな表情をするネルべに対してフリーレンの口元には微かな笑みが浮かぶ。
半世紀以上の時を過ごして、この風変わりな友人の事は少しだけ理解るようになった気がする。
「さ、買い物に行くよ」
フリーレンは左手でネルべの空いている方の手を引く。
「足止めしてたの貴女でしょ」
「甘いもの欲しい」
「銅貨一枚までね」
「クッキーも買えないんだけど」
他愛もない会話をしながら村の目抜き通りを歩いていると、道の向こうから中年の男が手を振りながら駆け寄ってくる。
「面倒事の気配」
「逃さないわよ」
「うっ」
振り解けない。フリーレンはエルフでありネルべは魔族。その身体強度や能力についてはネルべに分があった。
「ああネルベさん、フリーレンさん、ちょうど良いところに。少し相談したいことが」
「あら、貴方は……」
男は最近代替わりしたばかりの村長だった。父親だった村長が病気で亡くなり、若いながら村を背負う立場になり苦労しているのかやや草臥れているように二人は感じた。
村長の家に案内されテーブルにつくと、彼は話を切り出した。
「石像の掃除?」
「ええ。何分古いモノなので、私共がやろうとすると破損や怪我が怖くて……お願い出来ますか?」
石像、とは六十年以上前に森から掘り出した、忘れられた英雄の像だ。
最初は広場にポツンと置かれているだけだったが、今では周囲に花壇が出来たりとだいぶ様変わりしている。
「そうね……フリーレン、石像の掃除に役立つ魔法は無いの?」
「うーん、特には。水を出すくらいしか」
「なら、わたしが上から掃除していくから、水をかけてちょうだい」
「それくらいなら」
「という訳で、わたしは構わないわよ。フリーレンは?」
「報酬次第かな。魔導書とか」
フリーレンの要求に村長は「暫しお待ちを」と言って部屋を出ていった。少しして戻ってくると、その手には草臥れた小さな羊皮紙を持っていた。
「でしたら、こちらの『薪割りが気持ち楽になる魔法』のメモなどどうでしょう。気持ち楽になります」
「いいね」
「魔法だったら何でも好きよね、貴女」
ネルベは呆れたように言った。
掃除用具を持って二人は石像の前に来た。
雨垂れの跡や土埃などでだいぶ汚れているように見える。
「下の方がなんか色違うね」
「皆が手で触れるからでしょ」
「ああ、なるほど」
「さ、始めるわよ」
フリーレンが魔法で水をかけ、雑巾を手にしたネルベが飛行魔法で上から拭いていく。
ざばざば、ごしごし。
黙々と作業を続け、時折ネルベが汚れた雑巾をすすぎに降りてくる。
ギュッギュッと雑巾を絞るネルベの背中を見てフリーレンがふと口を開く。
「ネルベってさ」
「なによ」
「頼まれごととか断らないよね」
「無理なことは断るわよ」
「大体は引き受けてるでしょ。どうして?」
ネルベは村人達からの印象のような、親切心に溢れるような人物では無いとフリーレンは感じていた。自分の世話を焼くのだって研究のためだ。そんな疑問を口にすると、ネルベは気にする様子も見せずに答える。
「閉鎖的な村社会で受け入れられ続けるためよ」
村では皆何かしらの役割を果たす必要がある。それが出来なければ排斥されるだけだ。魔法でどんな過去を挟み込んでも、日々の行いの積み重ねで人々は判断する。故に、ネルベは村人たちにとって益になる存在として振る舞い続けている。
「ふぅん……何だか面倒……」
「そういう事も必要なの」
人の感情の機微などに鈍いフリーレンはいまいち理解の及ばない話だった。それに、エルフの集落に居たときも、皆は各々好きに生きていて、役割だとかそういう繋がりは強くなかった。
「……」
「フリーレン」
「……っ、何?」
「水、ここに入れてちょうだい」
「う、うん」
ふと過った悪寒を押し流すように木桶に水を注ぐ。
ネルベが拭き、フリーレンが水を掛ける。それを繰り返すこと暫し。
「こんなものかしら」
「うん、綺麗になった」
フリーレンは確かな達成感に口角を持ち上げ、額を流れる汗を手の甲で拭う。魔法で水を出すだけとはいえ日中の屋外での作業、体温も上がる。対してネルベは平然としている。
そこに村長がやってきた。綺麗になった石像を見上げ顔を綻ばせる。
「おお、見違えますね。ありがとうございます」
そして報酬である魔法のメモをフリーレンに渡すと、村長は「そういえば」と像の方を向いた。
「この石像の由来、お二人は知っていますか?」
「ううん」「いいえ」
掘り起こす現場に立ち会った二人はその時に交わした会話を覚えていた。これは伝説も何も残っていない、忘れ去られた英雄の石像なのだと。だから、由来は知らないと首を横に振った。
「これにはですね、この村を開拓する時に活躍した英雄だという伝説が伝わっています」
村長は胸を張って言う。ネルベは「そう」と無関心に言い、フリーレンは目を瞬かせた。
「……ねえそれうsモガモガモガ」
「? どうかされましたか?」
「なんでもないわ」
「そう、ですか?」
村長は不思議そうにしながらもそれ以上は追求せず、繰り返し感謝を口にしながらその場を後にした。
ネルベはフリーレンの口を塞いでいた手を離す。「ぷはっ」と解放されたフリーレンは困惑と不満が半々程度の表情でネルべを睨めつける。
「ネルベ、どうして口塞いだの」
「指摘する意味なんて無いでしょう? 心象が悪くなったりしたら面倒よ、藪をつついて蛇を出す必要は無いわ」
「心象が……? どうして?」
「そういうものなのよ。人間って」
「ふぅん」
フリーレンはよく分からないがそういうものなのだろうと納得する。少なくとも、対人経験という点において自分はこの魔族に圧倒的に劣っていた。
「ほんと、ネルべは人間関係の立ち回りが上手いよね」
「魔族だもの」
「ネルべだからじゃないの」
「……どうなのかしら」
掃除用具を片付け、帰路につく二人。
買い物が途中だったのでそれを済ませ、夕暮れの中を二人並んで歩く。
「私にも、もう少し優しくしてくれてもいいんだよ?」
「これ以上? おばあちゃんにでもなったつもり?」
「私に対してだけ言葉が優しくない……」
「貴女にはこれくらいでいいでしょう?」
「ひどい」
その影は長く、長く伸びているが、交わることは無い。
❅
「蕾、だいぶ大きくなってきたね」
フリーレンは自室の窓の外を見て言った。深い藍色で涙のような形をしたそれは、星涙樹の蕾だった。この村に来て
「そうね。次の新月で咲きそうかしら」
魔導書をめくりながらネルベは返す。フリーレンが集めた民間魔法の魔導書だ。
「そうだ、フリーレン」
「なに?」
「最近、魔物が増えてるらしいわ。近々村を空けるかも」
「……私の食事は?」
「パンとジャムで凌ぎなさい」
「えぇ」
フリーレンは不満げな声を上げる。
「私も行こうかな」
「構わないけど、右腕の研究は?」
「大詰め、ってところ。もしかしたら開花に間に合うかも。この花を材料にした魔法薬、高い治癒効果があるってレシピにあるし、楽しみ」
ネルベはページを捲る手を止める。
「そ。やっぱり、貴女は凄い魔法使いなのね」
「どうしたの急に。気持ち悪いよ」
心底からフリーレンはそう思った。ネルベが人を褒める所などこれまであっただろうか。
ネルベはパタン、と魔導書を閉じると顔を上げフリーレンを見た。口角が持ち上がり、笑みというより嘲笑うような表情だ。
「あら、夕食は石みたいに硬いパンだけでいいのね」
「ごめんて」
フリーレンは平謝りした。
息抜きにとネルベの買い物についてきたフリーレンは、村の雰囲気がいつもと違うことに気付いた。どこか人々はソワソワと浮ついたような感じで、店でも店員が忙しそうにしていた。
「なんだか賑やかだね」
「次の新月は冬至と重なっている特別な日だもの。祭りをやるって言っていたでしょ」
「そうだっけ」
「……最初から覚えてないのか忘れたのかどっちなのかしら」
ネルベがぼそっと言った言葉をフリーレンのエルフ耳は聞き逃さなかった。
「今私を年寄り扱いしたね? 二回目だよ? あと一回で酷いことになるから」
「その一回目っていつの話よ。で、酷いことって?」
「泣き喚く。三日三晩ね」
「めんどくさ……」
心底嫌そうにネルベは言い、食品などの入った網籠を手に帰路についた。
「あっ、置いてかないでよ」
❅
うす暗い森の中。
「どうしようかしらね」
鈴を転がすような声が響く。
美しい少女の姿をした魔族だった。
ボリュームのある
魔族は一体の魔物と対峙していた。複眼で双頭の巨大な狼のような魔物で、それは姿勢を低くして唸りながらいつでも飛びかかれるように構えている。
「その鋭い牙に爪。身体が大きいのに素早さも高い。まともに戦えば私よりお前の方が強いでしょうね。でも、残念」
魔族はその手に
魔族と魔物。それぞれの魔力が天秤に載る。
「お前と私、どちらの魔力が多いかなんて、分かりきってるわよね?」
魔力が練り上げられ、魔法が発動する。
「
ズンッと、天秤は魔族の魔力が載った方に傾いた。
魔物は唸り声を止め、その場で平伏するように這いつくばる。魔族はそれを見て口角を釣り上げた。
「順調ね。これなら、軍勢と呼べる程になるのもそう遠くないわ」
魔族の背後には大量の魔物が控えている。首無しの戦士なども混じっているがその数はまだ少ない。
「欲を言うなら、もっと戦士を増やしたい所だけど……そうね、せっかくだし、今の戦力でどれくらいやれるのか試してみようかしら」
魔族はこの辺りの地理を思い出す。
まだ若い魔族であるそれは北部高原で生まれた。だが、魔境とも言えるそこには魔法の効果が及ばない同格以上の魔法使いや魔物が多い。故に、それらを避けるように南へと移動を繰り返していた。
「そういえば、山の方に村が一つあったわね。ろくな魔法使いもいないらしい、小さな村が」
商人を襲った時に、そんな情報を聞き出したのを思い出した。
魔族はニンマリと、三日月のような笑みを浮かべる。
「明日は確か……月のない夜、新月というのだったかしら? 愉しくなりそうね」
魔族の名前はアウラ。
今はまだ、異名も何もないただの魔族だ。
読了謝謝茄子!
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