フリーレンを愛したい魔族ちゃんがコロコロされる話 作:丹羽にわか
村の共同墓地が動物によって荒らされている。
村長からの相談を受けたネルべは、フリーレンを伴って日中の墓地を訪れていた。
「なんで私まで」
「痕跡を探ったりする魔法をフリーレンは使えるでしょ。結界だって張れるし」
「それはそうだけど……研究とか」
「大詰めだって前に自慢してたじゃない」
「むう……」
共同墓地は村と森の境界線にある。
木柵で囲われた土地に墓碑がすらりと並ぶその一帯は、曇り空なのも相まってどこか薄暗く不気味な雰囲気で、普段村人があまり近づかない場所だった。村人達で協力して維持管理をしているが、雑草などが処理しきれずに少し雑然とした雰囲気が漂っている。
「ここね」
森側に近い墓地の奥の一角。そこの荒れようは酷いものだった。墓碑はいくつも押し倒され、湿った土が掘り返され、そこにあるべきものは食い荒らされ、殆ど無くなってしまっている。
「臭いがひどいね」
フリーレンが鼻を摘み、顔をしかめながら言う。埋葬され土の下で腐乱した死体を掘り起こされ食い荒らされたのだ。この一帯には酷い死臭が充満している。だが、ネルべは気にした素振りも見せずにしゃがみ込んで現場を確認していた。
「よくネルベは平気だよね」
「顔に出さないだけよ」
「かっこつけ」
「はいはい」
ネルべは適当に相槌を打ちながら、無造作に転がっている骨片や地面に残された足跡、墓碑の傷跡などを検分していく。
「まず、これをやったのは動物じゃなく、魔物でしょうね」
「柵を壊して墓石を倒して……そんな事、この辺りの狼とかは出来ないよ」
「ええ。最初に魔物が荒らして、そのお零れを狙って動物が来た、って感じかしら」
ネルべは地面の足跡のうち、特に大きい足跡を辿って歩いていく。そして、一際荒れ果てている墓の前まで来た。
「一番被害が大きいのは三日前に埋葬したミゲルの墓。ここを中心に荒らされてるわ」
ネルべは立っている地点から周囲を見回して言う。フリーレンも眉をひそめたままその隣りに立って視線を巡らせる。
「荒らされている墓とそうじゃない墓があるね。埋葬された時期とかが関係してるのかな」
「そうじゃないかしら。骨を食べても仕方ないもの」
「まあそうだよね……」
フリーレンは何かに目が止まり、ある墓に近づく。
何の変哲もない墓碑だ。だが、周りの墓が荒らされているのに対してそこだけは無事だった。
「……墓が無事って事は、この下には骨しか無いんだろうね」
「そうでしょうね。掘り返してみる?」
「いや、いいよ」
フリーレンは立ち上がると杖を取り出し左手に握る。
ネルべも双剣を構えた。
「──
フリーレンが幾条もの光の矢を放つ。
それはネルべを掠め、森の中へと飛び込んでいった。
「外した。来るよ」
森の木々が不自然に揺れた。
空気を揺るがす咆哮と共に、薄闇の中から巨体が飛び出してくる。鼻の潰れた犬のような見た目をした魔物だ。
「これが犯人かしら」
「たぶんね」
「さっさと終わらせるわよ」
魔物が唸りを上げて飛びかかってきた。
二人はそれぞれ回避し、ネルべはその場でステップを踏んでくるりとターンすると、魔物の懐に潜り込む。
「
魔法が発動する。ネルべに攻撃しようとしていた魔物は悲鳴を上げたたらを踏んだ。魔法により強烈な幻肢痛を挟み込まれ、体勢を大きく崩す。
「──っ!」
隙が出来た魔物の目に剣を突き立てた。脳髄まで切っ先を届かせんと押し込むが、魔物が首を振り回し暴れ出したので飛び退る。
「ああもう、上手くいかないわね。フリーレン!」
「
逆巻く風を纏った魔法の槍が地面も巻き込んで魔物の身体を大きく抉り取った。
断末魔すら上げられずに魔物は地面に倒れ、魔力の粒子へと還っていく。
墓地に静けさが戻った。フリーレンは残心を解くと、ふぅと息を吐く。
「ねえネルべ。最近、この辺りの魔物が増えてるって前に言ってたよね」
「そうね。この辺りにはいない筈の北方の魔物まで……北で何かあったのかも」
「何かって?」
「そうねえ……魔物が本来の縄張りから押し出されるような、強力な個体が現れたとか、かしら」
「……頑張ってね」
「その時はあなたも働くのよ」
「ええー」
張り詰めていた緊張の糸が緩み、フリーレンはふと気付いた。
「あ」
「どうしたのよ」
「お墓が……」
魔物を仕留めたのは荒らされていない墓の近くだった。そして、フリーレンの魔法によってその辺りは地面が大きく抉られてしまっていて、土に混じって白い欠片が見える。人間の死生観に疎いフリーレンであっても、それが歓迎されない事だという認識はあった。
「ど、どうしよう」
「不可抗力よ。事情を話せば分かってもらえるわ」
「ネルべ…一緒に謝って……」
「仕方ないわね」
巻き上げられた土などを魔法で戻して、墓地全体を結界で覆ってから、二人はその場を後にする。
「あっという間に大きくなって、あっという間に老いさらばえて、あっという間に死ぬよね、人間って」
フリーレンが右腕の解呪のためにこの村に居着いて
見送ってきた村人たちは両手両足の指を足しても足りない。仲が良かった人間は多くないが、それでも共に語らい、笑いあった友人というのは確かにいるのだ。
「そういうものよ。わたし達とは生きている時間が違うわ」
「そう、だね」
フリーレンはぎこちなく頷いた。
でも、その魔族ですら、エルフよりは先に死ぬ。
その時、自分は何を思うのだろうか
「──あっ……」
墓地を抜け、自宅へ戻ったところでフリーレンが足を止めた。
「どうしたのよ」
「……これ、今夜だったなと思って」
庭に植えられた一本の木。
白い幹に、涙滴のような形をした藍色の蕾がいくつも垂れている。
「ああ。そういえばそうね」
「咲くと思う?」
「条件は揃っているわ」
それ以上の話はしなかった。
フリーレンが扉を開け、ネルべはその後に続いた。
❅
ネルべは魔族であり、魔族は人食いの猛獣だ。
その睡眠サイクルは人類とは異なり、短い睡眠を一日の間に複数回とる形になる。*1
だから、夜中にフリーレンがネルべの部屋の扉をノックしたときも、ベッドに横になっていただけの彼女ははっきりと「どうしたの」と扉の向こうに語りかけた。
「山道の獣避けの結界が破られた。敵だと思う」
フリーレンの言葉を聞いてネルべは即座に思考を巡らせた。
この魔法使いが設置した結界は並のものではない。ただの動物や魔物には破壊できない、おそらく魔族だろう。目的は? 分かりきっている。この村の人間を殺すことだ。
「住民は?」
「これから知らせるよ」
「教会に集めなさい。結界も張っておいて。足手まといだわ」
「わかった」
ぱたぱたと、足音が遠ざかっていく。
『わたしはどうするんです?』
『迎え撃つわよ。ここはわたしの実験場。どこの馬の骨とも知れない輩に横槍を入れられるなんて、気に入らないもの』
一年で最も夜が長くなる日である『冬至』と、月がその姿を隠す『新月』が重なる日がある。
今日この日はその日だった。太陽と月の復活を祈る特別な日として村ではささやかだが祭が執り行われていた。
この襲撃はまるで、その祭りによる油断を突こうとしているようだった。
「随分と多いわね」
村の門の外。魔力探知で索敵したネルべは面倒そうに言う。
「誰かが操ってるんだと思う。魔力がバラバラだし、本来、魔物はこんなに統率は取れないから」
同じように索敵していたフリーレンは魔力探知の解析結果を伝えた。その右腕は未だ黄金に輝いている。
「術者はやっぱり魔族でしょうね。魔物をこんな数操るなんて人類の魔法じゃ無理だもの。位置は?」
「分からない。範囲外にいるのか、潜伏してるのか」
「なら範囲外ね。魔族は魔法使い相手なら真正面から戦おうとするから」
「なんで?」
「そういう生態…価値観なのよ。ああでも、魔力量の差が大きければ逃げたりもするけどね」
「そうなんだ」
そう言うと、フリーレンは自身から溢れる魔力をスッと抑えた。本来の十分の一以下、熟練の老魔法使いのような魔力にまで。魔力制限特有の揺らぎもない、完璧な偽装だ。
「何してるのよ」
「油断してくれるかなって。逃げられても困るしね。やってみたら出来た……なんかしっくり来る」
「やめなさい。魔法使いとしての誇りは無いの?」
「うっ」
ネルべに指摘されフリーレンは呻いた。
そうだ。これは自分の好きな、誇り高き魔法を愚弄する行為だ。いくら魔族との戦いのためとは言え、そんな卑怯なことをするのは己のプライドに関わる。
──なのに、何でだろう。やめようと考えても、心が、身体が、それを受け入れない。
「フリーレン?」
ネルべは不機嫌になって語気が少し強くなる。魔法という誇り高きモノを穢す行為は、魔族にとってのタブーだ。
特に、ネルべの魔力量は伸び悩んでいた。総量は数十年しか生きていないような若い魔族にも劣るだろう。その分、操作精度などを磨いてはいるが、魔族は魔力量が全て。それはネルべという魔族のコンプレックスだった。
「ごめん、卑怯な事だって分かってるけど、でも……」
「フリーレン、あなたね──」
『わたし、今はそれよりも敵を』
『私』に言われ気付く。敵の反応が大分近付いてきていた。
「……仕方ないわね」
「ネルべ?」
「構えなさい。来るわよ」
森がざわめく。大地が震える。
規則的な足音と共に闇の中から続々と現れたのは、種族がバラバラな魔物達に、時折混ざる首無しの人型。首無しは死臭を放っている。死体なのだろう。
『(首無しの戦士……もしかして……)』
それらは声を上げる事なく襲い掛かってきた。
「
フリーレンが魔法で薙ぎ払い、撃ち漏らしをネルべが刈り取って行く。
だが、元は優秀な戦士だったのだろう一体の首無しは、ネルべの飛行魔法を併用しての跳ね回るような不規則な動きからの斬撃を的確に防御した。
「
ネルべは顔をしかめる。自身の魔法が通用しないというのはプライドを大きく傷付けた。
「下がって。
そこにフリーレンの攻撃魔法が撃ち込まれ、首無しはバラバラになって吹き飛ぶ。
「魔物は生きてるのに、人間はアンデッド。魔力でマリオネットみたいに操っている……とはまた違いそうね」
「どれも動きに画一性が無い。生前の動きをそのままなぞっているとしたら、凄く高度な魔法だ」
「アンデッドなんかと一緒にしないで欲しいわね」
魔物達が退き、一人の魔族が現れる。
新月の夜闇の下ではその容貌ははっきりとは窺えない。だが、それは相手も同じ事。
しかし、『私』はその魔族の声に聞き覚えがあった。
『(その声……魔法も……やっぱり)』
断頭台のアウラ。未来にて、フリーレンに討たれる大魔族。
「驚いたわ。情報では碌な戦力なんて無かったはずなのに、結界はあるし魔法使いも居るし。まあ、警戒は無駄だったみたいだけどね。大した魔力じゃないわ」
「若造が。何しに来たのよ」
「……あら? この魔力、魔族かしら。ここは貴方の狩り場だったの?」
「わたしはここを守ってるのよ」
「守る? 魔族が? 人間の村を? アッハハ、なにそれ!」
アウラはおかしそうに笑う。
「愉快ね。道化として手元に置いてあげようかしら」
「おい」
フリーレンは微かな苛立ちを滲ませながら口を開いた。
「そこの魔族。いいから退いてくれない? 今なら見逃してあげるよ」
「ふぅん? ……練度は高いけど、魔力量は大したこと無いわね」
「……」
「それと、断るわ。だって、私の方が優勢だもの」
新月の夜の戦いは続いた。
間断無く現れ押し寄せる魔物や死体を二人は数えるのも億劫なほどに屠る。
「──っ、いい加減、しつこい、ね」
フリーレンの肩が激しく上下している。
魔力の消耗自体はそれなりだが、黄金化した右腕はデッドウェイトとなり彼女の体力を奪い去っていた。
そして、前線で剣をふるい続けているネルベも、人間よりも優れた身体強度を持つ魔族であっても疲労の色が色濃く出ている。
「っ、フリーレン、あの魔族は」
「奥からこっちを観測してる」
「チッ、
「無理だね。弾速も射程も貫通力も足りない」
「なら、包囲を突破して直接首を取りに行くしか無さそうね」
「それだと村の守りが」
「教会には結界もあるから多少は保つでしょう。このままだと全滅よ」
ネルべの意見は正論だった。このまま消耗戦を続けていては自分たちの命すら危うい。
フリーレンは逡巡してから頷き──。
その時だった。
新月の闇に紛れ、魔力探知を潜り抜けた『影』が、上空からフリーレン目掛けて急降下したのは。
(──鳥型の魔物か。魔力を隠すのが上手いね。一撃は仕方ない、この右腕で受けて凌いで反撃を叩き込む)
フリーレンは冷静に判断を下す。
そして、それは
(奇襲ね。でも問題ないわ、戦線離脱するほどじゃない)
動こうと思えば対処できる。だけど、フリーレンは優秀な魔法使い。あれくらいは問題な──。
「────フリーレン!!」
──え?
❅
百年以上の歳月で一度たりとも触れることの出来なかった『舵』を、いつの間にか『私』が握っていた。
ドンッ、とフリーレンを突き飛ばす。
直後、ザンッ、と背中を過ぎ去る感覚。次いで、激痛。
「……あ……」
視界が明滅する。
鳥型の魔物の鉤爪が、
「ぐっ」
勢いそのままに倒れる。傷口が熱い。焼きごてでも当てられているようだ。
「……ネル、ベ……?」
呆然とした声が聞こえる。
意識が朦朧としてくる。
「魔族が他人を庇った? なにそれ。訳が分からないわ。そんなの」
何処か戸惑うようなアウラの声。
『何を無駄なことやっているの、私。フリーレンほどの魔法使いなら、多少負傷しても問題ないでしょ』
そして『わたし』が心底不思議そうに言っている。
確かに、そうだ。フリーレンは強い魔法使いだ。それは、過去を思い出せなくても変わらない。
「何故、なのでしょうね。私にも、分からないけど」
身体が勝手に動いていた。何か思考や計算を巡らせる間もなく、反射的に。
「あなたが無事でよかった。フリーレン──」
❅
ネルべはかすかな笑みを浮かべていた。今まで見たこと無かったその表情は、優しくて、儚げで。
浅い呼吸を繰り返している。傷口からは少しずつ魔力が粒子となって漏れていた。
「ほんと、気味が悪いわね。服従させようと思ってたけど、いらないわ」
アウラは嫌悪感すら滲む目を倒れ伏すネルべに向ける。
「……」
ゆらり、とフリーレンは立ち上がり無言で杖を構え、アウラを睥睨した。
「──馬鹿だね、私は。最初から
そう呟くと、ぶわり、と膨大な魔力がフリーレンから放出される。
「魔力の差が大きければ逃げるって、言ってたじゃないか」
「な、によ。その魔力……」
アウラはその圧に一歩、二歩と後ずさる。
「まさか、隠してたって言うの!?」
けれど立ち止まり、歯をぎりと食いしばり、口を開く。
「この卑怯者!! 魔法使いの風上にも置けない屑が!!」
それは激昂の叫びだった。
格上の相手への恐怖はある。けれど、それ以上に魔法への冒涜とも言える行為に怒りを覚えた。
「お前は存在してはいけな──」
「うるさい」
フリーレンはただ爆発的に魔力を放出した。それだけでアウラが操る魔物達が薙ぎ払われる。
「──ッ!?」
「さっさと失せろ」
ネルベを抱えたフリーレンは虫けらを見るような目でアウラを見た。
背筋に氷柱を突っ込まれたような感覚がアウラを襲う。攻撃は従僕に阻まれ自分に届かない。だが、時間の問題だ。
アウラの中では魔法を冒涜するものへの怒りと、生への執着。両者が心の中の天秤にかけられる。
「覚えてなさい……!!」
天秤は後者に傾き、アウラは魔物を引き連れ撤退した。
❅
魔物の背に乗ってアウラは逃げていた。
その胸には怒りが渦巻いている。
「クソ! クソ! 許さない! 絶対に!」
アウラは歯噛みしながら屈辱を思い出し──。
「…………何を、許さないのかしら」
──そうだ。何をこんなに怒っている?
だって、魔族と人間、格下の魔法使い二人に粘られて、そこに自分よりも圧倒的な魔力をもつ魔法使いが現れたから撤退した。それだけだ。
勿論、悔しさはある。
だが、魔法使い同士、正面から正々堂々と戦った結果だ。幸い命はあるのだから、潔く結果を受け入れ、さらなる鍛錬に臨む。それだけのはずだ。
「ええ、そうよ。また、力を蓄えないと」
アウラはちらりと背後を振り返る。
「百年もすればどんな魔法使いでも死ぬわよね。その時こそ、滅ぼしてあげる」
その胸の奥には、自分自身でも理解不能な、黒い澱が残っていた。
再度、アウラがフリーレンと邂逅するのは、五百年近く未来の話。
読了謝謝茄子!
襲撃してくる魔族、ソリテールとどちらにするか考えて、ソリテールだと勝ち目無いからやめた
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