遅筆な僕ですが、今年もシン・ウルトラマンティガを書き続けていきたいと思いますので、お付き合いいただければ嬉しいです。
さて、ちょっと唐突で申し訳ないんですけど、前話(第10話、ティガの復活)の(2)の部分を改変しました。今後のストーリーに結構深くかかわる部分なので、お手数ですが先にそこだけ読んでくれると幸いです。
では、第11話:Girl to Woman —少女からオンナへ—、お楽しみください。
Girl to Woman —少女からオンナへ—
(1)
ニューヨーク、クイーンズ。
廃れたビル街の一角に、場末のコンビニエンス・ショップがある。
「It's awfully warm for December.」
(12月にしては暖かいな)
紫色のスポーツドリンクと2ドルのピーナッツをレジに運ぶと、澤井は店主と他愛もないスモールトークを始めた。
久しぶりの客だ、と言わんばかりに彼はニコニコしながらそれに応じる。
「That's right. We might not have a white Christmas this time around.」
(そうさ。今年のクリスマスは雪が積もらないかもな)
「But I hear it's already snowing in Scarborough.」
(スカラボロ―ではもう雪が降っているそうだがね)
何気なく発せられたその返答に、店主はピクリと反応した。
「How deep is the snow?」
(雪の深さは?)
店主の顔から笑顔が消える。それに動じることなく、澤井は淡々と質問に答えていく。
「6 feet, 8 inches.」
(6フィート、8インチ)
「Who do you want to go there with?」
(誰かと一緒に行くのかい?)
「With my mother-in-law and my youngest son.」
(義母と一番下の息子とね)
「When do you plan to visit there?」
(いつそこへ行くつもりだ?)
「In 33 days.」
(33日後)
その答えを聞くなり、むくりと立ち上がる店主。
レジの横の鍵束を持ち、「This way(こっちだ)」と店の奥へと入って行った。
向かった先には、鍵のかかった小汚いドアがあった。店主が鍵を開けると、その先には地下へと続く薄暗い階段が。
「ごゆっくり」
ドアを開け、道を譲る店主。澤井は「Thank you」と会釈し、100ドル札のチップを渡した。
階段を下がっていくと、キャンドルライトに照らされた開けた空間があった。大きなダイニングテーブルにタキシード姿の男女が3人、テーブルを囲みながら、厳しい表情で黙々と料理を口に運んでいる。
サーロインステーキ。フィレ・ミニオン。ビーフ・ウィリングトン。豪華な肉料理が並ぶ中、空席にはファミレスで出てくるようなハンバーグが鉄板の上でジュウジュウと音を立てている。
「お待ちしておりました。ミスター・サワイ。ご希望の料理は準備できております」
バトラーに上着を預け、澤井は空席に着いた。
「やぁ、遅くなってすまなかった。事態が事態なのでね」
流暢な英語を話しながら、澤井はグラスに入ったバーボンをちびりと口にした。
「ミスター・サワイ、」
ナイフとフォークを皿に置き、英国訛りの紳士が話を切り出す。
「TPCの存在が公になった今、我々の行動一つひとつには相応のリスクが伴う。要件があるのなら、単刀直入に話してもらおう」
3人の視線が澤井に集中する。しばしの沈黙を開けたのち、彼は口を開いた。
「Good news(グッドニュース)とBad news(バッドニュース)がある」
空気がピンと張り詰め、じりじりとデミグラスソースが跳ねる音が場を満たす。
澤井がハンバーグにナイフを入れると、溶けたチーズがとろりと流れ出た。
「Good newsから先に話そう。ティガの人間体を特定できた。ダイゴ・マドカという17歳の青年だ」
「それは何よりだ、早速その人物を――」
「Bad newsは、奴らに先を越されたらしい、ということだ」
ディナーテーブルがざわつく。
ポーカーフェイスを保っていた三人も、この知らせには動揺を隠せないようだ。
「ミスター・サワイ、あなたは極東支部における全責任を持つと宣言したので、私たちも介入を避けてきましたが、ここ最近の言動には目に余るものがあります」
「ミセス・ヴァレンタインの言う通りだ。このままではシナリオの修正が効かなくなるぞ」
そんな批判には知らん顔で、澤井は黙々とハンバーグを咀嚼し、バーボンでそれを流し込む。
「———まさか、これもお前の想定内、とでもいうのか?」
「まさか。連中がこんなにも早く彼に手を付けるとは私も思っていなかった。ただ手は打ってある...Project:GUTSを始動させるのだ」
「まぁ事態を鑑みると仕方ないだろうが...GUTSのチームには我々の支部のメンバーも参加させてもらうぞ。今度ばかりは失敗は許されない」
失敗なんて、初めから許されてはいないがね。
ぼそりと言い捨てながら、澤井は追加のバーボンを注文した。
(2)
響剛介は外出許可をもらい、3週間ぶりに実家へ帰っていた。1ヶ月の内5日間だけ許される外出を、響は決まって帰省に使っているのだ。
帰省する際は、何かしらの土産を持って帰ることにしている響。今回も駅前を何度も行き来し、悩みに悩んだ末、気づけば空はすっかり茜色に染まっていた。
「おーい、帰ったぞー」
返事はない。
日曜の夕方にしては、家は妙に静まり返っていた。
リビングを覗くと、弟の文也がテレビゲームに没頭している。ヘッドホンをしているせいで、響の声が聞こえなかったらしい。
肩を軽く叩くと、文也はびくっと体を跳ねさせ、慌ててヘッドホンを外した。
「あ、兄ちゃんお帰り」
「兄貴が帰って来てやってんのに返事ぐらいしろや」と軽く弟を叱りながら、土産を紙袋から出す。
「ミカはどうした?」
「え、ねーちゃん?」
「日曜だろ。塾ねぇはずだろ」
一瞬だけ目をそらす文也。
「なんか知らないけど、用事があるんだって」
「...用事?まさかアイツ...男、できたのか?」
文也は無言でポチポチとコントローラーを鳴らし続ける。
「おいフミ、どーなんだ!?」
そのそっけない態度に、響はつい声を荒げてしまった。
「し、知らないよ!直接聞きゃいーじゃんか!」
「んなこと言ったってアイツ俺と口きいてくんねーんだよ!」
響の妹、穂美香は高校二年生。思春期真っただ中である。
「で、でも、この前『男なんてクズばっかり』みたいなこと言ってたぜ」
「そ、そうか。なら男じゃ...なさそうだな」
無理やり自分を落ち着かせる響だったが、その根拠はどこにもなかった。
(3)
時計は午後11時を回っていた。
しかし、一向に穂美香は帰ってこない。何度目か分からない着信音のあと、また留守電に切り替わる。
その機械的な音に、響はスマホをぶん投げてしまいそうになった。
――何かあったのか?
最悪の事態を、勝手に想像してしまう。
いや、違う。年頃の女子高生だ。女友達と遊んでて気づけば夜遅くになっていた——そんなところだろう。
冷静を保つため、必死に自分に言い聞かせる。
だが、もし万が一のことがあれば....
胸のざわつきは、時間がたつほどに強くなっていく。
気づけば、時計は午前3時を指していた。
ガチャリ。
玄関のドアが開く音。
心臓が跳ねる。
どうか、穂美香でありますように――
響はほとんど走って玄関に向かった。
そこには、何食わぬ顔で靴を脱ぐ穂美香の姿が。
「あ、帰ってたの」
まるで遅くなったことを意識すらしていない口調。
響の脳裏で何かが切れる。
「おいミカ、ちょっとここ座れ」
あからさまにうんざりした顔をしながら、穂美香はリビングに入ってきた。
「こんな時間まで、どこ行ってた?」
「別に」
「人と話すときは目を見ろって言ったよな」
穂美香が泳いでいる。合ったかと思えば、すぐ逸らされる。
響は瞬き一つせず、その様子を見ていた。
「もう一回聞くぞ。昨日、どこ行ってた?」
「...彼氏の家」
「お前って嘘つく時、髪いじるよな」
ぴたり、と穂美香の手が止まる。
――沈黙。
しばらくして、穂美香がぽつりとつぶやいた。
「...バイト」
「何のバイトだ」
「友達に誘われて。楽に稼げるって言うから...」
「答えになってねぇぞ。何するんだ?詐欺か?」
「そんなんじゃない。ちょっと話したり、一緒にカラオケ行ったりするだけ」
「...男と、か?」
その問いに、穂美香は答えなかった。
両手に顔をうずめる響。重い息が口から漏れ出る。
「言っとくけど、アタシと同じぐらいの歳の子ならだれでもやってるから」
そうじゃねぇだろう。
そう心で思っても、穂美香を叱る言葉すら出てこない。
俺は...何を間違ったのだろう。
いつから、ミカをこんな風にしちまったんだろう。
自分の知らない間に、妹は大きくなっていた。
こんなにも遠く、自分が嫌う存在になってしまっていた。
誰のせいでこんなオンナになってしまったのか――
響にはもう、分からなかった。
(4)
「...もう、いい?」
席を立つ穂美香。兄はまだ動けないでいる。
逃げるように階段を上がり、部屋のドアをバタンと閉じた。
ベッドに身を投げ出し、スマホを開く。反射的に画面のアイコンをタップし、某有名SNSを起動する。
こんな夜には、あの人の声を聞かないとやってられない。
指先が迷いなく、一つのチャンネルを選ぶ。
『キリエルの庭』——そのアバターを見るだけで、ほっとしてしまう自分がいる。
「生きるって、疲れますよね」
画面に映るあの人の姿。その顔を見るだけで、心が満たされていく気がする。
「生んでくれって頼んだわけでもないのに、勝手に命を背負わされて。期待を押し付けてくるくせに、失敗したら自己責任。自分じゃどうにもならないことに人生を振り回される毎日。」
雪のように白い肌。天使のように優しい目。そして透き通るような美しい声。
その全てが、ただ尊い。
「疲れますよね。辛いですよね。大丈夫ですよ。あなたは生きているだけで、十分偉いんです。」
しっとりと穂美香の心に染み込むその言葉。
この人のおかげで、アタシは生きていける。
この人の声さえあれば、アタシは何も考えなくて済む。
アタシは、もう大丈夫なんだ。
うっすら笑みさえ浮かべながら、穂美香は眠りについたのだった。