(1)
ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。
規則正しく鳴り響く心電図の音を聞きながら、玲奈は数2の問題集を解いていた。
シャーペンを走らせながら、時折ちらりと視線をずらす。その視線の先には、病室のベッドで横たわっている大吾の姿が。
あの事件から2日。教室から救出され、病院へ緊急搬送された大吾は、ずっと眠りについたままだった。
「命に別状はないようです。今はそっとしといてあげましょう」
医者はそう言っていたが、こうも寝たっきりだと本当に大丈夫なのか疑ってしまう。
「人が心配してやってるのに、呑気な寝顔ね」
無邪気な顔ですーすーと寝息を立てる大吾に向かってつぶやく。こうしてみると、つい一昨日まで死ぬ直前だったとは思えない。
「生き残れさえすれば、後は何とでもなるんだ」
あの時の大吾の言葉がいまだに脳内で反響する。
そうは言われたけど、でも現状はあんまり変わってない。この問題集だってまだ解説がないと全然解けないし、この前の国語の点数もまだ67点のまま。
命を救われておいてこんなことを言うとバチが当たりそうだけど、怪獣に襲われて死にかけたからと言って推薦で受かるわけでもない。
――なんで、生き残れたことを素直に喜べないんだろう。
父さんも母さんも、無事な私を見てあんなに喜んでくれたのに。
「ねぇ、なんでアンタは生きてるだけでそんなに楽しそうなの?」
答えなんか返ってこない。そんなの分かってる。
でも、コイツの生き様を見ると無性にイライラしてくる。
本当に嫌うべきなのは自分なのに、変なプライドのせいでコイツにヘイトが向いてしまう。
「...そういう君は楽しくないワケ?」
「へっ!?」
変な声が出ちゃった。なんでこのタイミングで起きてくんの?
「あっ、いや、そのっ」
顔が熱い。人生で一番やらかしてしまったかもしれない。
「そんな反応しなくても...てか、ここどこ?」
「び、病院よ、病院!アンタ、丸2日寝てたんだからね!」
ぽかーん、とした表情の大吾。
「2日!?ってことは今日は金曜...玲奈、今何時?」
「え、4時半くらいだけど...」
時刻を聞いた途端、血相を変えてベッドから跳ね起きる大吾。
「ちょっと、病み上がりなんだから寝てなきゃダメ!」
「んなこと言ってらんないんだよ、金曜は『揚げ物祭り』の日なんだ...か...ら...」
大吾が立ち上がったかと思うと、電源が切れたように病室の床に倒れこんでしまった。
「わ、わわわっ」
慌ててナースコールを呼ぶ玲奈。幸いにも、ただの貧血だったらしい。
「すぐに起き上がるからですよ。今は安静にしててください」
こっぴどく看護婦に叱れ、あっさりとベッドに逆戻りとなった大吾だった。
「だから言ったじゃん、寝てなきゃダメって」
「仕方ないじゃんか。今日揚げ物祭りなんだもん」
「何その祭り?今日祭りなんてあったっけ?」
「駅前の『サンシ』、行ったことある?あそこでバイトしてんだけどさ、毎週金曜はあそこの揚げ物系のお惣菜が半額になるんだ。だから俺が行かないと補充が間に合わなくなっちゃんだよ」
サンシなんて名前、久しぶりに聞いた気がする。そういえば昔はよく母さんと一緒に買い物について行ってたっけ。
「円くんって、部活行ってなかったんだね。陸上部の子たちと仲いいから、てっきり陸上部にいるのかと思っちゃた」
「うん、まーね。スカウトは受けたことあるんだけど。色々忙しくって」
返ってきたのは、予想よりも重い答えだった。
「ほら、俺んとこさ、親とかいないから」
相槌を打とうにも、軽い言葉しか浮かばず、それを口にする気にもなれなかった。
さっきまで小ばかにしていた相手は、自分が想像していたよりもずっと地獄を見ていたのだった。
ピッ。ピッ。ピッ。ピッ。
心電図の音が、重い沈黙の中で規則よく鳴り響く。
「...あ、あれ、俺たちの学校じゃね?」
あまりの気まずさに申し訳なくなったのか、大吾がテレビに映るニュースに話題を移す。
「う、うん。あの例の騒動で休みになってるんだ」
「へー、じゃあ休みなのにわざわざ見舞いに来てくれたのか」
いや、別に暇だったから、と大吾に目線を移した玲奈。
「ありがとな」
思ったよりも10倍ぐらい優しい笑顔がそこにあった。ここまで人は優しく微笑むことができるのか。
身体がぽっと温まり、慌てて目をそらす。
「...う、うん」
なんでコイツは楽しそうに生きていられるのか。その答えが、少しだけ玲奈は分かった気がした。
(2)
株式会社・サワイテクノロジーズ。
今や国際的にも知名度の高い、日本の誇る大企業だ。
日本支部の大会議室にて、創始者の澤井総一郎は急きょ記者会見を開くことを発表した。
総員300名を想定して建てられた会議室は記者たちで瞬く間に満員に。フラッシュの光が絶え間なく瞬き、空気は熱を帯びていた。
そして、予定時刻の17時、満を持して澤井氏はポディウムに姿を現した。
「はい、では早速始めていきますが...」
前置きも挨拶もなし。自分の伝えたいことはまっすぐ伝える。それが彼のビジネスにおけるポリシーだ。
「先日、巨大生物が出現した事件の際、それを迎撃した二機の戦闘機をご存じかと思いますが、あれを設計したのはわが社でございます」
巻き上がるシャッターの波。間髪入れずに、記者からの質問が一斉に押し寄せて来る。
「質問には――」
澤井氏の一言で、会議室が静寂を取り戻す。
「発表の後で対応させていただきますので、それまでご清聴をお願いします」
二十代で2千万の負債を追いながら、体一つで業界のトップに上り詰めたSAWAIのスピーチを、ビデオカメラが黙々と記録していく。
「かねがね私は、考えておりました。『平和』とは何なのかを。現代社会では、例えばこの日本国がアメリカと戦争をする、なんてことは到底考えられないことですが、それは日本とアメリカの間に『平和協定』と呼ばれる約束を結んでいるからです。しかし、約束は所詮、約束。どちらかが破ってしまえば、そんなもの何の価値もないわけです。だから我々は武装を重ね、万が一に備えて軍事勢力を蓄えていくのです」
スピーチが進むにつれ、どんどん口調に熱が入っていく。
「だが、そんなものは平和ではないはずだ。本当に平和を望む気があるならば、私たちは武器を捨ててしまえばいい!...そんなことを言うと、インターネットでまた『澤井の奴は身も蓋もない理想化だ』とか書かれてしまうでしょうな」
くすくす、と笑いが群衆の間で起こる。実際に、彼はSNSでしばしばバッシングの的になっている。
「今日は、そんな絵空事を語りに来たのではありません。アメリカやロシアに軍事力を手放せと言ったところで、笑いものにされるのが関の山。しかし、もし国境を越えた、国際的な警察組織が存在すれば、話は別です。要するに、各国がちゃんと武器を捨てて、互いに平和的に交流できているかどうか、ちゃんと監視する組織があればいいのです。そして、必要とあればしかるべき対処をとってこれを強制する。それがあって初めて、我々は軍事力を捨てる勇気が持てるでしょう」
会場がまたざわつき始める。
勘のいい記者なら、澤井氏がこれから何をしようとしているのか、想像するのは難しくなかった。
「真の世界平和を実現すべく、世界の、いや、地球の平和を維持するための国際組織―それがTerrestrial Peace Consortium、略してTPCです」
同時にスクリーンに投影される、『TPC』のロゴマーク。その形は、謎の戦闘機の尾翼に描かれていたロゴそのものだった。
「二日前巨大生物を迎撃した二機の戦闘機。あれこそが、TPCの主戦力としてサワイテクノロジーズが開発した『
続けて、二機の戦闘機の映像がスクリーンに映し出された。従来の戦闘機とは違い、商業性を重視した派手なデザインと、未知のレーザー技術。先ほど澤井氏が熱弁していた理想論が、現実味を帯びてくる。
「現段階では、日本政府はTPCに加入することを『前向きに検討している』としております。他のG7加盟国にも、加入の招待状を送らせていただく見込みです...私の発表としては、以上となります。さて、質疑応答に入りましょう」
この記者会見でのスピーチは瞬く間にSNSで拡散され、賛否の渦とともに、世界に「TPC」という名を刻み込んだ。
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本作は、特撮作品「ウルトラマンティガ」の「シン・ウルトラマン」風リメイクを目指して作成しています。
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