おっぱい揉み揉み大好きTS美少女ちゃん、金髪で巨乳なお姫様のおっぱいハーレムを作ろうとしたら、ついでに世界を救っちゃった! 作:丸尾裕作
「おっぱいを揉んでください」
そんなリィーネの一言によって、俺の右手はリィーネちゃんのおっぱいに手が導かれる。
わずか一秒の中で、スーパーコンピュータでもないのにとんでもない情報量が手を通じて、脳内になだれ込んできた。
俺の脳は俺の長年の夢が叶った喜びという感情を受容することに全力を注ぎ始めた。
5本の指全てがおっぱいという何よりも素晴らしい母性的なソファにふんわりと沈み込む。
将棋の駒をプロ棋士が駒を指すときに手先を震わせてしまうかのように指先に全身を集中させていき、触覚以外の五感がいつしか消え去っていく。
指と服越しの隙間がゼロとなる瞬間。
なんと俺はおっぱいの形を完璧に捉えることができてしまった。
なぜなら、おっぱいの形が美しいドーム型の半球型でてっぺんすらもどこかもはっきりとわかってしまうほどに服から美しいフォルムが浮き上がっているからだ。
もはや、服の耐久力が心配になってくる。
このおっぱいの体積及び質量からボタンなんてあろうものなら弾け飛ぶには違いないぐらいの破壊力があると容易に予測できる。
おっぱいの服へのあまりのプレッシャーがすごい。
思わず服がびりびりってダイナミックに破けてしまんじゃないかと嬉しいハプニングも期待しちゃうほどだ。
興奮が収まらず、ハラハラドキドキしてきて、もはや心臓の音がうるさい。
服って何のためにあるんだっけという誕生した経緯から考えなくてはならないと思う。
そもそも衣服が裸と着衣の境界線を作成しているはずなのにその機能を果たしていないぐらいにおっぱいの立体感、臨場感があふれている。
目に見えることだけではなく、服越しでもおっぱいの温度、いや、熱、まさにある生命エネルギーを手のひら越しに目の見えない力だって感じる。
それと同時に、服越しでもおっぱいには人と人が直に触れ合うスキンシップでしか得られない包み込まれたような温かさがある。
ぴたり。
手が虚空を掴むのをやめて、おっぱいという地点に全て着地した時、思春期以来ずっと考えてきた長年にわたるある問いの答えを求めるのを俺の脳についにやめた。
夢が叶った瞬間の感情はなんだろうか。
それは。
感謝、感激、感動。
あー、これが俺の求めていたものなんだ。
手に入れたくても手に入れないまま無念に死んでしまった。
生涯かかっても手に入れ難い物をついに俺は手に入れたんだ。
俺はとにかく頑張った。
おっぱいを揉んだ感触は何だろうかと、50キロメートルで走る車の窓から手を出し、その空気が当たる空気こそがおっぱいの感触という俗説を信じて、そんな空気を揉んだり、でかいマシュマロを揉んだり、ゲームセンターでデカめのクッションを大金を積んでUFOキャッチャーで取って揉んだり、ありとあらゆるおっぱいの感触と思われるものを揉んで、触覚だけでもおっぱいを揉んだという疑似体験を手に入れようと試行錯誤をしてきた。
だが、揉みさえすれば小学生でも分かる。
偽物は本物には当に及ばないのだと。
ついに、俺はこの手で夢を、否、おっぱいを掴み取り、ついには、おっぱいを揉むことさえできたんだ。
おっぱいは想像していた以上に柔らかい、何よりも温かい、あー、すごくいい。
その感謝感激感動を言語化しきれない絶望感が俺を打ちのめす。
おっぱいを揉む感触がそんなに素晴らしいことなのかと人にバカにする奴ももしかしたら存在するのかもしれない。
そうしたらこう答えてやる。
笑止千万。
俺にとって、金髪巨乳のお姫様のおっぱいを揉めた幸福が前人未到レベルに強く、天国に到達する瞬間よりも素晴らしいでしかないのだ。
おっぱいのてっぺんが中指と薬指の間に適切に配置されていると確認する。
人差し指でつんつんといじったり、ちょんちょんとつついたり、さわさわと撫でたりしたいという思春期になりたての男の子が急に好きな女の子にちょっかいを出したくなるような悪戯心が永遠に湧き上がってくる。
けれども、創造神から絶対に触ってはいけないと言われる神聖な場所なように感じられた。
カリギュラ効果だろうか。
そのせいで、余計に触りたいという誘惑がアダムとイブが禁断の果実に手を伸ばそうと蛇に唆される気持ちがわかるぐらいに湧き上がってくる。
どうでもいいけど、そのてっぺんが禁断の果実であるリンゴと同じ色の傾向が多いのに気づくと黒い欲望がもはやブラックホールとなって、俺の理性を飲み込もうとする。
そんな欲望に勝つために他の五感を復活させるのはどうだろうかという天才的なインスピレーションが湧いた。
いやぁー、人類の叡智とは偉大なものだ。
さて、このありがたすぎる体験を脳内に記憶にしっかり留めるために視覚という機能だけは優先的に復活させることに集中しよう。
すると、おっぱいが自分の手より巨大であるということについて、視覚的に何よりも認識しなければならないとすぐに気づかされた。
あまりに大事な視覚情報であるがゆえ、ぴこんぴこんと脳内に激しいアラームが鳴って、絶対に記憶すべき情報だと海馬の奥にまで刷り込まれるプログラムが発動する。
おっぱいは山というよりお山だと、つんとしたてっぺんと共におっぱいの本来のあるべき姿は概念を体現していると哲学的にも理解できて、おっぱいとは何たるものかと深い理解でき、前頭葉側頭葉後頭葉の奥底におっぱいの形態が埋め込まれる。
ところでおっぱいに1番大事なものは何かと考えて、大きさ、形、揉み心地、柔らかさなどと考えさせてくれるが、実際には大きさも形も揉み心地も柔らかさも全て兼ね備えているおっぱいを目の前にするとそんな疑問はくだらないものでしかなくて、全部あるに越したことがないというあまりにも馬鹿らしいぐらいに簡単な結論がついてしまう。
目の前にあるおっぱいはおっぱいの理想なの条件を兼ね備えている究極形態であり、理想そのものであり、これを揉むことができる人類こそが何よりも幸福であり、他のありとあらゆるおっぱいを揉みたいという男たちから嫉妬されても仕方がないという諦めの境地に至らせてくれるほど素晴らしい。
人間とは欲深い物だ。
この手であまりに大きな物を掴み取りたいと思ってしまうほどに愚かな生き物だ。
だがしかし、この目の前のおっぱいを掴み取りたいと思うのも仕方のないことだ。
今ここに、俺の右手とおっぱいのどちらが大きいかという頂上決戦が始まる。
じゃんけんでパーはぐーを包むように物を掴むときは自分の右手と物体で戦闘が始まるのと同じ原理だ。
しかし、掴もうとする前に敗北が確定してしまうほどにやはりおっぱいはでかい。
敗北。
その2文字を認識することが始まるが、勝負において負けることが悔しいということが忘れさられてしまう。
お前は永遠に右手でおっぱいを包み込むことが不可能という事実を突きつけてくる。
自分が愚かだという事実を認識させ、自分をより謙虚にさせ、賢明に人間にさせてくれもする。
おかげさんで、悔しくないどころか、逆にドキドキ感が強くなり、ますます興奮もしてくる。
とにかくでかい。
これが夢が詰まっていて、ロマンがあるということだ。
そう認識するたびに興奮が指数関数のように無限大に伸びていく。
無限といえば、円周率である。
円周率といえば、π。
乙π。
そう、πとはおっぱいなのだ。
おっぱいはπという無限と同じように、無限に素晴らしいものなのだ。
そりゃあ、手よりもでかいお山をこの手で包み切ることができないのは当然だ。
永遠に負け続けるという事実にマゾヒズムでないのにただただドキドキしてしまう。
とはいえ、そのドキドキもより強大の力で堰き止められてしまう。
なぜなら、ドキドキ以上にふわふわという感触が脳内を支配してくるからだ。
弾力以上に指に伝わる温かい柔らかさが癒しの波動を脳から下半身まで届く。
これは安心感だ。
母性だ。
赤ちゃんだった頃をなぜか生き生きと思い出すことができる。
次の瞬間、俺がここまで育ててくれたのは紛れもなくおっぱいだという感動が胸いっぱいに広がる。
夢いっぱいおっぱいぱいぱい。
あまりに有り難さすぎて、その尊さを気持ちを感じ切る限界値をすぐに振り切ってしまった。
どんな容器でも貯まる量には限界があるから仕方ないのだが、幸せという感情が溢れ出て、すぐに洪水になってしまう。
もちろん触れただけなので実時間1秒程度だが、感動補正も相まって10分以上にも感じられる驚異的な幸福が全身を駆け巡る。
幸せすぎてもはや怖くなった。
これ以上幸せを享受したら自分はどう壊れてしまうんだろうか。
俺の理性は機能しているのだろうか。
そんな疑問のおかげかなんとか我に帰り、自分が人生を賭けて揉みたかったおっぱいが目の前にあり、まさにそのおっぱいを揉んでいる自分の手に意識がいった。
急に恥ずかしくなった。
ふと力を抜き、指を離そうとするとぽよんとおっぱいが反発して、指先が飛び上がる。
漫画ならば、鼓膜にまでその音波が伝わってくる擬音がつくんじゃないかというぐらいおっぱいは迫力満点だ。
その瞬間、体全身に楽しさと嬉しさと興奮が狂わんばかりに駆け巡る。
この弾力で遊ぶことで物理法則を完全に理解できると本能が告げている。
思春期なりたての男性はそして物理学における弾性だけは極めてしまう恐ろしいことが起こるという根拠ない自信が溢れ出てくる。
この自信を相手を幸せにするために使おう。
そう思って、ふとおっぱいを揉ませてくれている相手のご尊顔を改めて見る。
ぱちっ。
目が合う。
時が止まった。
というか、目が合う以外の光景がモノクロになって完全に情報として認識できなくなったという方が正しいだろうか?
このお互い見つめ合っているこの状況はラブコメ漫画でも、ラブコメドラマでも、ラブコメアニメでも、ラブコメラノベでも何でもいいが、ラブコメもののワンカットの男女が見つめ合うシーンに普遍的に起こりそうな光景であろう。
先に相手が動き、口を動かした。
「ふふっ、そんなにオドオドしてどうしたんですか、好きなだけ触っていいんですよ?」
相手が女神以上に女神に見えた。
強いていうなら、この世で認識できる中でもっともありがたいものであり、出会うことができるだけで全てが勝利が確約された究極的で完璧な幸福を与え過ぎてくれる存在というのだろうか。
俺の幸福量は天元突破をした。
ぐはっ。
可愛すぎて、一瞬死んだかと思った。
吐血してもないし、貧血につながるほどの鼻血にもなっていないけど、たぶんギャグマンガだったら、俺はこの場で失血死していたんだろうなぁと思う。
目の前の光景があまりに神々しすぎて、精神が耐えることも不思議にしか感じないのだ。
この世にこんなに可愛い人って存在できるんだと、いや、こんな可愛い人を見ても俺は死ななくていいんだと生命の奇跡を感じる。
相手のご尊顔、いや、100点満点中120点の笑顔というのが正確な表現なんだか、それはまぁ可愛すぎること、可愛すぎるって認識しているだけなんだが、俺はその情報を脳内に送り込むことで心拍数が人間の限界を軽く越えそうで何で自分を生きているかわからなくなるのである。
どうやったら、そんなに可愛い笑顔が生まれるのかも振り返ってもわからない。
笑顔とは相手に安心感と嬉しさを伝えるために使われる表情の一つだ。
目を細めて、口角を少し上げているという笑顔というには表情筋を使用している部分は極めてシンプルでコンパクトなのに、そもそも表情が相手に何かを伝えるという機能であることを改めて思い出させているぐらいには笑顔の役割はバッチリ果たしすぎているぐらいには果たしている。
回りくどくいったが、笑顔が可愛すぎて、相手から嬉しいんだよという気持ちがお互いの空間が一致してしまうぐらいに強烈に現在進行形の伝わってきているんだ。
この1秒に起こった出来事はただ、おっぱいを揉むために5本の指の関節を曲げただけに過ぎない。
それにも関わらず起こる全米が泣いた映画が観客に与えるフィーバーより大きな感動が俺の心に湧き立っている。
まさに、一揉みの奇跡。
いや、俺からすればこんなでっけぇおっぱいを一揉みできたことが紛れもない奇跡なのだが、おっぱい街道を歩んだエロい大人たちから見れば振り返れば小さな軌跡でしかないんだろうが、俺にとっては大いなる一歩でしかない。
先ほどのセリフと表情から相手がどんなことを思っているのだろうかとフル回転で脳みそを回して、自分の記憶からありとあらゆる情報を引き出し、スーパーコンピュータにも負けないぞという気概で自分の感謝を相手にぶつけようとするが、幸せが俺の理性を上回った。
ぱーん。
脳内で弾けた音がする。
俺の口がカタカタとぎこちなく動いた。
「ほ、ほ、本当におっぱいをもっと揉んでもいいですか?」
「どうぞ」
唇を動かしているのが見えて、吐息ぐらいの小さな声なのに「可愛い」って俺に向けて微笑んできたのが見えた。
がしゃーん。
心の何かが割れた。
もう俺は永遠に不幸になることができない。
幸福にしかなることのできない存在なんだ。
お姫様という高貴で上品で触れてはいけないものに人類を包み込むふんわりとして母性溢れて何もできない自分を育ててくれる温かい物を持っている。
なんてありがたいことなんだ。
それをこの手で触れていいんだという地下深くにあり、絶対に手に入らないと思っていた財宝が今手におさまっているように揉むことができる。
揉むことができるだけでもありがたいのに目に入る光景が目に入るのだ。
金髪である。
アルパカのようなモコモコしたものより柔らかい手触りがあるキラキラと光り、金よりも高い価値があるのに間違いないと個人的に思える金髪がちょんっと髪が胸の谷間に溢れ、時より揺れてしまい、肌をサワサワとしている。
これはエッチなんだろうか。
いや、芸術ではなかろうか。
芸術で女性の裸体を美しく描くものがあるのだから、目の前の金髪巨乳お姫様のおっぱいが美しくもあり、ありがたくもあり、神聖なものであり、同様に芸術として認めることも許させるのではないのだろうか。
俺はおっぱいに対して感じているのはエロいからだけなのか?
その問いにはいと答えるのは間違いな気がする。
エロ心だけで下半身が暴走するだけならどんなに分かりやすいだろう。
ありとあらゆるプラスの生の感情が俺の理性を根底から破壊してきている。
目から雨が降ることが止まらない。
メガネがかけている人がメガネが雨で濡れて目の前が何も見えなくなるぐらいに目の前が何も見えない。
サウナで汗をかくよりも大量に目から雨が流れ出てくる。
泣くといえば、伝わるのだろうがそんな勢いじゃないぐらいに俺は感動しすぎで泣いている。
モーミカリバーがむくむくっとした。
この瞬間、俺が男じゃなくてよかったと心底から思った。。
絶対に下半身が暴走して、俺の理性すらも破壊されて暴走されて、おっぱい星人ではなく、おっぱい揉み揉み魔人になるところだった。
それも悪くはないけど、エロという言葉だけでは言い表し切ることのできない興奮と高揚感が体全身に満ちている。
不思議とヒーローが子供に応援されるから元気が出るようにエネルギーだけ湧いてくる。
おい、そこのおっぱい大好きなエロ野郎と大人から俺は笑われるだろう。
結局、何が言いたいかって?
生きててよかった。
人生で生まれてから1番感動した出来事が何かって言われたら今日って答えるだろう。
その大人が悔しがるほどに俺はこう叫ぶ。
誰もが望む1番の幸せを俺はもう手に入れた。
俺は幸せものだ。
この日があるおかげでこの先胸を張って、永遠とドヤ顔で生きることができるだろう。
大事なことなので、繰り返し言わせてもらうが、たかが1秒、されど1秒の出来事である。
◆◆◆あとがき、お礼、お願い◆◆◆
ここまでお読みいただきありがとうございます。
たった1秒のおっぱいをもめた瞬間を描いたもの以外何もありません。
ここまでお付き合いいただき本当に本当にありがとうございました。
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