ワイ「やろうと思えば何でもできる不思議パワーが使える種族に転生したから色んなモノ模倣してみるわ」 作:rikka
「そう、あの時の迷子が原因か。一応フードは被っていたのだが……迂闊だった」
警戒こそ解くつもりはないが、まずは問答だけでもしてみる事にした。
どちらにせよ殺さなければならないが、あまりに異質なその思考の裏を――獣の法則を読み取っておく必要があると思ったからだ。
「……なぜ送り届けた。お前にとってはどうでもいい事だろう」
「放っておけなかったのもそうだが、迷子がそのままであれば捜索される。そうすれば大勢の人間にこの小屋が見つかってしまう」
魔族は言葉をそれらしく発するだけの獣である。
それが一般的な認識であり、絶対の事実である。
だが――
(コイツ、死臭が全くしないな……。それどころかうっすらと花の香りを漂わせているなんて……私は悪い夢でも見ているのか?)
私の目の前に座っているドレスを着た魔族は、角さえなければ隠遁中のどこかの訳アリ令嬢だと信じてしまいそうになるほど魔の気配がしない。
どれほど言葉を上手く操る魔族ですら漂わせる死や血の気配を、魔族を憎み、それゆえ多くの魔族を屠って来た私が全く感じない。
それがどれだけ異常な事か、私が一番分かっている。
「……お前、人を殺した事は?」
わざわざ人食いの獣に、こんな問いかけをすること自体が馬鹿げている。
いつだって魔族は、自分が無害な者である事を主張して否定する。
あるいは、人しか食べられないと無実を
「ある」
「ほう。……では、喰った事は?」
「信じなくていいが、ない」
だが、コイツはそのどちらでもない。
「どうしてだ?」
「……それはどちらに対して?」
「両方だ」
「……まず、食べなかった理由から」
私とコイツは今、コイツの小屋の中のテーブルを挟んで席についている。
ご丁寧にテーブルクロスまでキチンと敷かれていて、脇には中身こそ空だがパンなどを入れる可愛らしいバスケットが飾られている。
魔族の女はなんでもない宙に手を振ったかと思うと、そこに金色に輝く渦――いや穴が生じる。
攻撃かと思って魔法を放とうとするわずかな間の間に、女はその穴の中から木彫りのカップを二つ取り出した。
一つを自身の、もう一つを自分の前に置くと、今度は指先からお茶を出して中に注いでいく。
(空間を倉庫に接続する魔法? ……はともかくとして、温かいお茶を出す魔法だと?? なんという事のない人間の民間魔法みたいなモノを魔族が使うのか)
先生が見たら顔をしかめて即座に消し飛ばしそうな真似をした魔族は、表情を変えずに自分のカップに口を付けて一口飲む。
毒ではないと言いたいのだろうか。
「そもそも、自分が人を喰う種族であると知らなかった」
「嘘だ」
「本当」
「……魔族にとって、人を喰らうのは本能だ。幼い時なら猶更な。お前らは人を食わずにいられない」
「繰り返すが本当だ。幼い姿の頃に、自分の姿を見た旅人にいきなり矢を射られた事がある。その時に自分が人に恐れられる存在だと知ったが……まさか食する種族だとは思いも寄らなかった」
ドラフ、あるいは鬼かオーガだと思ってた、などと訳の分からない事を呟き、女は自分のカップを早々に空にして二杯目の茶を注ぐ。
魔法という物に誇りを持つ魔族ではまずあり得ない魔法であり、なおかつその茶の味がキチンと『茶』であることに、もはや驚愕を通り越して呆れてすらいる。
この魔族の頭の向こう側に見える、これまで訪れたどんな料亭や宿屋でも見たことがない金属製の、見たことがない流し場やキッチン。
そしてそこにあるフライパンや包丁、洗い物の途中だったのか流しに積まれているボウルや皿は明らかに使い込まれており、騙すための
「食人という自分の種族特性を知ったのは……おおよそ……多分五百年は前。ここら一帯に開拓村を開こうとしていたキャラバン隊がこの森の中を突っ切ろうとして、その時に偶然出会って知る事になった」
「どうやって?」
「『人食いの化け物がいるなんて聞いてないぞ!』と叫ばれた。さすがに馬鹿でも分かる」
「いや、それが事実ならお前は馬鹿じゃない。イカれているんだ」
「さっきからなんだお前」
あるいはこの小屋の持ち主を殺して成りすましているのかとも思ったが、そもそもこんな森の奥にポツンと住む馬鹿はいない。
この小屋は間違いなくこの魔族の娘の物であり、この空間に溢れる
その事実に、まるで二日酔いにでもなったような気持ち悪さがさっきから続いている。
「知った所で、すでに自分の食生活は安定していた。無理して人を食べる必要性も感じなかった。そもそも気持ち悪い。理解できない」
「では殺したのは?」
悔しい事に魔族の出した茶は美味かった。
温度も適温で飲みやすく、気を紛らわせるには最適であったのがまた腹立たしい。
ぐっ、と飲み干し空になったカップを差し出すと、そうして当然と言うように魔族の娘はその上に手をかざし、中身を新しい茶で満たす。
「角を隠したのが失敗だった。当時森の端に隠れ住んでいたならず者が襲って来て、その反撃の際に勢い余って殺した。それ以降、近隣を根城にしようとした山賊……いや、盗賊団を数回潰している」
「……なるほど。一般人を装わずに角を丸だしにしていた理由としては……まぁ、五十点はくれてやるさ」
「逃げてくれるならそれでいい。化け物と見て襲ってくるならしょうがない。けど、どちらにせよ殺人は気持ちよくない」
こっそりカップとその中身を解析してみるが、やはり仕掛けはなにもない。
毒も呪いも何もない、ただの茶でしかなかった。
不意を突かれた瞬間に攻撃するための術式を待機させているが、そのまま受け入れて死にそうに見えてしまうこの魔族に、どうした物かと小さく溜息を吐く。
(この場で心臓と頭を撃ち抜き、終わらせる。それで済む話だ。一番話が早い。だが……)
絆されたわけではない。
今自分の頭にあるのは、最大級の警戒だった。
(五百年は前だとコイツは言った。それが偽りでなければ……いや、脅しの嘘だったとしてもこの魔力量はありえない)
才能がない一般人とほぼ変わらない魔力量。
これが人間ならばあり得る話だが、目の前にいるのは魔族だ。
その名の通り魔法と共にある種族だ。
(あの金色の……『空間倉庫』とでもいうような魔法、そしてお茶を出す魔法を使った時にわずかだが魔力が増えて揺らいだ。つまり、コイツはおそらく……)
魔力を隠している。
自分のように。
だから恐ろしい。だから警戒する。
明らかに隠されているからこそ底が見えない。
戦っていい相手なのかどうか判別が出来ないのだ。
「私からも問う」
「……なんだ?」
「貴女がここに来たのは、私の捜索だろうか」
「そうだ」
「近隣の村から依頼が?」
「いや。……だが、いずれはそうなるだろうな」
「そう」
淡々と、魔族らしく無表情なコイツは初めて困ったように少しだけ眉が動く。
「引っ越す必要があるか」
そう呟くと魔族がカップを置いて立ち上がり、窓の方へと向かう。
本当に引っ越しの算段を立てていたのか、どうやら家畜の様子を窓越しに覗きながら何事か考え始めて――
――完全な隙が視えた。
ほぼ反射的に、密かに手に握りこんでいた小石を宙に放る。
狙いは頭と心臓。
《
大抵どこにでも落ちているだろう石を使った攻撃魔法。
消費する魔力を最小にした上で、かつ発動から攻撃までのタイムラグが少ない魔法として開発したばかりのソレを迷わず撃ち込む。
それは真っ直ぐ着弾し、はじけ飛ぶ。
――パキィ……ン!!!
狙いのその手前、ギリギリの所に張られた障壁によって、小石がだ。
「狙いが正確すぎる。急所の狙撃ではなく、散弾にするべきだった」
こちらを振り返りもせずに、魔族はそう言う。
「……それで仕留められたとは思えんがな」
身体を囲うように張られていたのではない。
間違いなく隙だらけだった。
だが攻撃を攻撃と認識したその瞬間に、弾道を正しく把握して未知の防御術式を展開したのだ。
オレンジ色の、八角形の魔力障壁二枚を解除して魔族は周囲を確認している。
ただ単に、壊れた物がないか気にしているだけだ。
「反撃しないのか?」
「争いを好む同種とは違う。それに、理はそちらにある」
自分の事をいつでも殺せると思っているのか、どうでもいいと思っているのか、魔族は平然としたまま再び椅子に座り、お茶のお代わりでカップを満たす。
「この身は人を模倣する獣である」
応戦のために立ち上がっていた私に、再び座るように勧めながら。
「人を模倣した姿で紛れ込み、人を模倣した言の葉で誑かし、その肉に牙を突き立て貪る危険な野生生物である。私も自衛こそするが、人間が私を駆除しようとするのは当然の話である」
そんな、私が魔族に関して説明する時の言葉とほぼ同じような事を言いだすのだ。
魔力に乱れはない。
相も変わらず一般人レベルの平凡な魔力だけを見せて、揺らぎも、殺意も、敵意も、怒りや不快感すらその顔から欠片も見せない。
「……そうか」
明らかに、普通の魔族とは違う。
「ああ。欠片も悪いとは思っていないが悪かったな。すまん。それと、これからも隙があり次第殺すつもりではあるがそれも勘弁してもらいたい。そもそも隙を見せたお前が悪いんだし問題ないな? クソ魔族」
「ホントお前なんなんだ」
結果として、私はしばらくの間この小屋で生活することになった。
私が目を剥くほどの魔力制御もそうだが、あの奇襲への対応で見せた背筋が凍るほどの精密操作を持ち、そして人への擬態が上手い……というより、無害な存在であると装えるこの魔族から目を離すわけにはいかなかった。
なんとしても、仕留める必要がある。
「おい、薪はこっちでいいのか」
「大丈夫。あと、それが終わったら餌箱に干し草入れておいて」
この魔族は、どうやら住処を変えるようだ。
私は先の奇襲の
「……おい、魔族」
「? どうした、フランメ」
「なぜお前の本棚の中に聖典がある」
「何百年か前に出会った商隊が私に驚いて積み荷をそのままに逃げてしまって、その時に拾った」
「窃盗だぞ」
「獣に人の法を説かないで欲しい」
「……それもそうだな」
「娯楽に飢えていたから本の類はもらっていった。こちらの文字の勉強もしたかったし」
「……で、魔族に女神さまのお話は楽しめたのか?」
「それなりに。加えて魔法を記述した暗号も隠されていて驚いた。あれの解読がここ数百年の趣味と言える」
「…………」
「どうした、フランメ」
「お前、なぜ……あぁ、いや……ともかくその成果は残してあるか?」
「一応。紙で」
「……私に譲ってくれないか?」
「嫌」
「そう言わずに」
「嫌」
「分かった、写させてくれ。取り分は半々だ」
「嫌。というか何の話をしている」
「…………私が三でお前が七ならどうだ?」
「断固辞退する」
わざわざ客室を作っていたあたり、益々正気を疑う魔族だった。
聖典を研究しているともなればもはや意味が分からない。
未だに手の内を見せないが、魔族ならば自身の魔法を磨いた方がよほどタメになるだろうに。
私に与えられたのは一階の客室だった。
ベッドもキチンと作られており、テーブルに椅子まで用意されている。
「ふぁ……ぁ……」
「フランメ、もう太陽はとっくに昇っている」
「起こしてくれてよかっただろう。薄情な魔族だな」
「部屋の入口に結界を張っているだろう」
「お前ならすぐに破れる」
「結界を解析しようとしたらそれが貴女に伝わり、解析してる間の隙を突いてドアごと私を消し飛ばす算段だと推測する」
「………………………………ちっ」
「昼食まで短いとはいえ、とりあえず軽食を用意する。その間に顔を洗って髪を整えてくるといい」
「分かったよママ」
「誰がママか」
コイツの生活を観察する事でコイツが使う魔法を解析しようとしたが、使われるのはどれもこれも民間魔法ばかりだった。
それもわざわざコイツが自作したものだ。
果実水をエールにする魔法。
牛乳をバターにする魔法。
牛乳をチーズにする魔法。
しつこい油汚れを落とす魔法。
鍋を温め続ける魔法。
動物の脂を石鹸にする魔法。
魚から骨を全て取り除く魔法。
肉にどこまで火が通っているか分かる魔法。
石鹸から花の香りがする魔法。
果てには薬草を探す魔法に食べられる野草を判別する魔法と……本当に意味が分からない。
口笛が上手くなる魔法ってなんだ。なぜ作った。言え、言ってみろ。
ふざけるな。なぜ魔族がこんな人間的で面白い魔法を量産している。
「フランメ、出来た。樹木から枝を掃う魔法の魔導書」
「……お前、筆まで早いのか」
「古エルフ語との指定だが、それでいいのか? 普通に人間の言語でも書けるが」
「問題ない。むしろ古エルフ語での描写の方が魔法のイメージには適している。感謝するぞ魔族」
「……また泣き喚かれたらたまらない」
とりあえず三日三晩土下座した上で足に縋りついて、それぞれの魔導書を書いてもらう事には成功した。
この地に魔族を足止めにする事にもなるし一石二鳥と言う奴だ。
我ながらよくやった物だと感心している。
「おい、豚の解体終わったぞ」
「助かった。本当に感謝する。ありがとう。心から礼を言う」
「……お前、初めて表情を見せたな。顔が蒼いぞ」
「肉は好きだが……屠殺も血抜きも解体も苦手だ。何百年経っても慣れない」
「……この私が、魔族の言葉を信じる事になるとは」
「…………」
「お前、血が駄目というのは本当なんだな」
「戦闘時ならともかく、こういうのはキツい」
「……ほら、水だ」
「感謝する。いずれ必ず、目を瞑っていても家畜を綺麗に解体できる魔法を作る」
「その時は手を貸してやるさ。それより、腸を洗ってくるからお前は挽肉とその調理をやっておけ」
「『綺麗に挽肉を腸に詰められる魔法』、理論的には上手く組み立てられたはず」
「私とお前で計算が合ったのなら確率は高いだろう、後は実験して微調整だ」
そうして家畜の整理がてら、せっかくだからと新しい魔法を作ってみたり。
「花畑を作る魔法? あぁ、あるぞ。というか使える」
「魔導書量産の代価にそれを教えて欲しい」
「……なぜ、それを?」
「次に住まう場所は、もう少し華やかにしたい」
「目立ってどうするんだ。馬鹿かお前」
「とはいえ、殺風景なのも悲しい。ここの花壇も、作るのに苦労した」
「…………」
「私は長命種だ。それゆえに、美しい物を目にする。それだけで救われる日もあると私は知っている」
「…………。お前は、本当に面倒な魔族だな」
「面倒くさい人間に言われたくない」
「言ったな、クソ魔族。…………今日の夕食は、前にお前が作ったテンシンハンとやらだ。マッシュルーム多めでネギ少なめ」
「……魔導書の代価だと言ったのに」
「黙れ、追加料金だ。どうする?」
「分かった。それでいい」
時折、なんてことのない魔法を教えたり。
「……おい」
「分かっている、離れているが魔物の気配。多分、少し知恵がついた亜人型」
「どこかから流れて来たか、かなりの群れだ。お前の結界があるから森には入って来れないが……」
「周囲の村を襲う可能性が高い。フランメ、出るぞ」
時折現れる魔物を、村を襲う前に狩ったり、
「水車小屋の解体、終わった。お疲れ」
「あぁ……本当に疲れたな」
「先に食事と風呂を用意しておいて正解だった。すぐに食べる?」
「いや……先に汗を流したい」
「分かった。先に入ってくるといい。その間に温めておく」
少しずつ小屋周りを整理する日々を過ごした。
ああ。
正直に言おう。
楽しい。
楽しかったのだ。
間違いなく、悪くない生活がここにはあった。
魔族への憎しみは消えない。
魔族への怒りは消えない。
奴らは根絶されてしかるべき種族だ。
だというのに。
絆されたか愚か者、と先生に叱られても仕方がない程に。
あの魔族との、小屋での日々が楽しかった。
だから、
だからこそ、
「フランメ」
「ああ」
「それが貴女の回答か」
「……そうだ」
「やはり、お前を逃がすわけにはいかない」
残すはこの半年を過ごした小屋だけとなったその日に。
私は真っ直ぐ、人の形をした獣に杖を突きつけていた。