ワイ「やろうと思えば何でもできる不思議パワーが使える種族に転生したから色んなモノ模倣してみるわ」   作:rikka

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 森を切り裂き、空を切り裂き、大地を切り裂く聖なる輝きの奔流の中から、大きな――だが光に比べて随分とちっぽけに見えてしまう影が飛び出す。

 

 その巨体を焼かれながらも、女の姿の魔族を抱えて飛び出す魔王軍最強の戦士。

 

 人類のいかなる戦士にも敗れた事がない無敗の将軍は、もはや反撃すらままならぬ巨体を盾にして虫の息である同族を逃がすので精一杯だ。

 

「ふん。やはりこの未来はこうなるか」

 

 その光景を離れた山の頂から見て、金の髪を伸ばした背の低いエルフは面白くなさそうな声で呟く。

 

「当然の帰結だ。その身を聖別し、エルフの魔力と繋がり変異した事で『退魔の剣(セイバー)』はほぼ完成した。今の時点でもまともに対抗できるのは魔王様かお前くらいだろう。エルフ」

 

 そしてその隣には、漆黒のフードで覆いながらも隠し切れない角を持つ魔族が立っていた。

 

「…………ちっ。この私が魔族と同席する事になるとはな」

「夢の中だ。現実ではない」

「不快な事には変わらん」

 

 未来視は絶対ではない。

 どれだけ遠くを見渡し、多くの道筋を見つけられたとしても細かい見落としは必ずある。

 

 それでも、近い時間軸であればあるほどその精度は跳ね上がる。

 

「まさか、魔族側から手を貸せと言われるとは思わなかった」

「お前にとっても悪い未来ではなかったハズだ、大魔法使い。だからあの地でセイバーを足止めしたのだろう」

「…………」

「もはやソリテールは数百年は動けない。これで『赤の勇者』を追うお前の()()と、『かつての名無し』を追う()()がかち合う未来は確実に潰えた」

 

 魔族の言葉に、エルフは忌々しそうに再び舌打ちをする。

 

「仮に出くわしたとしても、あの程度なら馬鹿弟子でもどうにかなる。むしろ本来魔族とはどういった物か叩き込むチャンスでもあったのだがな……」

「だが絶対ではない。万が一という事もある故に、打ち消しておきたかった」

 

 戦いの光、聖なる裁きの奔流が収まって尚、人間がそこにいれば温かみを感じる光がうっすら立ち上っている。

 

 その光を見て眩しそうに眼を細めながら、『全知』と呼ばれた大魔族は続ける。 

 

「お前の弟子が『名無し』を森から連れ出し、共に旅をする中でソリテールに殺害された時こそ……あの『名無し』が聖女の剣(セイバー)でも、そして正義の味方(アーチャー)でもなく、裁定者(ルーラー)に……魔を狩り尽くす女神の分霊となる分岐点であった」

「すでに奴は、あの愚かな物好きの従者だ。その未来はすでにない」

「ゆえに万が一だ。全てが見えているのであれば、そもそもアレは誕生しなかった」

 

 闇夜を割くその光の粒子は地から天へと、一つ一つはまるで蛍のように立ち上り、消えていく。

 

「同じ物を見たのならば分かるだろう。()()()の誕生と増殖はなんとしても防がねばならなかった」

 

 不機嫌そうに眼を細めているエルフは忌々しそうに、だが無言を貫く事で肯定する。

 

 ここに揃う二つの千里眼が持ち主に視せた、とある未来。

 

 エルフの弟子――フランメと呼ばれる女魔導士の亡骸を抱き抱えた魔族が、魔族らしからぬ丁寧さでその遺体を埋葬したその後。

 

 魔族は何年も掛けてちょっとした小屋程の大きさの、謎の光る球を作り出す。

 

 魔族の持つ全てを掛けて作成されたそれは、まるで雨後の筍のように世界各地にその姿を現す。

 魔族はその分裂発生を把握してから、光球の中へとその姿を消していく。

 

 そして――魔族は再誕するのだ。

 

 まるで雛のように、光球という卵の中から。

 

 魔を狩り続ける異形として。

 空を飛び、魔を狩り続け、増殖し続け。

 

 それはいつしか、世界の監視者にして裁定者となり果てる。*1

 

 魔を滅し、人を守り、それゆえに人に恐れられ続け、争いの火種になりかねない怪物に。

 

 

「……お前がさっさとアレを殺していれば済んでいた話だ」

「どちらの事だ」

「どちらもだ」

 

 エルフは『魔』と正反対の輝きから目を放して、大魔族に向き合う。

 

「ソリテールはあれで魔王軍の戦力としては十分すぎる。今回の敗北は(ひとえ)にセイバーと、そのセイバーが育てた剣士が異常なだけだ」

「なら、奴は?」

「…………」

「確かに奴は強い。今となっては殺すのも難しいだろう。だが、それまでに殺す機会が全くなかったわけではあるまい。聖別を終える前にチャンスはあったはずだ」

 

 逆に大魔族は、今も輝きをずっと見つめている。

 

「ソリテールが、元の個を――『ヴィーラ』を殺害する未来は視えていた」

「だが、その先までは視えなかったと?」

「……興味がなかった故かもしれん」

 

 決して魔族には生み出せない――手にする事も、触れる事すら出来ないその輝きを。

 

「我ら魔族にとって魔力の弱い個体は、強い個体を生かすためだけの存在だ。『ヴィーラ』はソリテールの研究材料になる事でその役割を全うした。……そうとしか考えていなかった」

「だが、奴は生き残った」

「そうだ。失ったハズの命を手にした。どんな大魔族でも、どれだけの魔力を持っていても不可能な『復活』という奇跡を起こした」

 

 グラオザームという大魔族からエルフの里襲撃の詳細報告を耳にした者は、その誰もが半信半疑であった。

 確かに胴体に大穴を空けて、にも拘わらず『再生』した魔族という()()()()()現象を。

 

 確実に死ぬ怪我を受けて、霧散するしかないほどの負傷が致命打とならない。

 そんなデタラメな存在など、在り得ないハズなのだから。

 

「奇跡とは、起こり得ないから奇跡なのだ。それをあの個体は手に入れた。聖典の力も、果てには人間の言う主人や弟子といったものまで」

「……答えになっていない。復活を確認し、その先を見てなぜ殺さなかった。アレはお前達魔族にとって、天敵と言える存在になったのだぞ」

「そうか。この感覚はわからないか」

 

 聖剣の輝きがようやく消えると、今度は違う輝きが発せられる。

 セイバーが全力で修復魔法を使い、周囲の戦闘の痕跡を消しているのだ。

 

「我ら魔族とは、その多くが何一つ得る事なく死んでいく種族だ」

 

 一方でセイバーの弟子は、セイバーから受け取った普通の両刃剣を老人に見せてなにやら話している。

 

「好奇心が強く魔法以外に学ぼうとしているソリテールもそうだ。学びはすれど、それを受け継ぐ者はいない。受け取ろうとする者もいない。セイバーの言葉を借りれば、我ら魔族はどこまで行っても『個』しかない種族だ」

 

 老人は、なぜか涙を零しながらその剣の刀身を撫でている。

 

「仮に何かを手にしたとしても、手にしたという事実に気付くことすらなく全てを取りこぼし、何も残せぬまま消えるのだろう」

 

 何の変哲もない、ただの剣を見て、まるで我が子が帰って来たかのように涙を零しながら。

 

「だが奴は、セイバーは違う。すでにそれを越えている」

 

 修復魔法の効果を最大化するために少し空へと浮かび上がっているセイバーは、その様子を見て――小さく微笑んだ。

 

 油断させるための擬態でも、溶け込むための模倣でもなく。

 

「奴は受け継ぐ事で多くを得た。そして得た物を(はぐく)み、共有し、後世に残せる種へと進化した。ただの村落に住む幼い個体を、英雄と言って差し支えない腕にまで育てたように」

 

 ひどく分かりづらいが確かに、微笑んでいた。

 

「奴こそ魔族の希望だ。いつか滅びる魔族という種族が、価値を得られるやもしれぬ数少ない可能性なのだ」

「……ならば、ソリテールという魔族を殺さないのはなぜだ。今度はそちらが邪魔だろう」

「同族殺しがアレを生んだのだ。万が一の二度目を考えると手は出せん。なにより、お前も見ただろうエルフ」

 

 光が落ち着き始めて、ようやく『全知』は『大魔法使い』へと顔を向ける。

 

ソリテールは遠い未来で、セイバーに何もかもを奪われ消滅する

 

「ふん。魔族同士で勝手に潰し合っていればいい」

「分かっているのだろう、お前も関わる事になる。その果てにセイバーが完成するのだからな」

「…………未来視は絶対ではない。他ならぬお前が証明した」

「そうだ。だが無視は出来まい。現にお前は今、セイバーという個体に興味を持っている」

 

 

「先の激突で、お前という存在を相手にして初めて『()()()』をした魔族に対して」

 

 

「違うか? 大魔法使い」

「…………ふん」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「……人の夢にズカズカ入り込んで、言いたいことを言ったら消えるか、『全知』といえど所詮は魔族だな」

 

 大魔法使いであるエルフは夢の中で、確定した未来を見ながら嘆息する。

 

「しかし、完成……か」

 

 魔王の腹心と言われる魔族の言葉を、繰り返す。

 

(確かに、アレは一つの完成と言えるだろう。あの域に達すればもはや敵はいない。魔法での比べ合いならばともかく、戦いとなれば私も……)

 

 大方を終えた魔族モドキ――セイバーは全ての武装を納めて、修復したばかりの小屋に、他のエルフや人間と共に帰っていく。

 なぜか主人であるエルフに背負われて、その背に蝉のように掴まっているが。

 

 他の人間達も共に。

 本来ならば捕食のための殺害を恐れ、警戒して然るべき魔族と共に、平然と一つの屋根の下に。

 

「だがその過程が分からん」

 

 大魔法使いは未来視の魔法を持っている。

 だがそれは絶対ではない。

 己もまた全知と同じく、()()の誕生を見過ごしていたので未来視の結果を警戒する気持ちを持っている。

 

 そのうえで、その結果があまりにも信じられなかった。

 

 ソリテールという魔族とセイバーの戦い。

 

 その中でセイバーが見せた『札』の一枚。

 

 それは――

 

「なぜ私があの魔族モドキに、わざわざ魔法を教えている?」

 

 魔族を従者とすること以上に不可解な事実が、大魔法使いゼーリエの眉間に深い皺を作る。

 

 自分が魔族と、魔法を教える程の関係になる。

 そう示されている、現時点で最も可能性が高い未来の姿に、彼女は一言、吐き捨てる。

 

「天地がひっくりかえってもあり得ん事だ」

 

 その過程らしき所が、謎の緑の輝きによって覆い隠されている以上、尚更である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんだ、モドキ』

『どういう意味か』

『お前のその力は、一体なんだと聞いている』

 

 だが、天地――ゼーリエの世界はひっくり返る事になる。

 遠い、だがエルフから見ればさほど遠くない未来において。

 

『人の力だ。ゼーリエ』

『…………人の力だと?』

『そうだ。あぁ、今なら分かる』

 

『受け継がれる意思、受け渡そうとする願い、紡がれる絆、重ねていく知啓、託される希望』

 

『あぁ。人とは、社会とは、願いとは、生命とは……そして進化とはすなわち……っ……ゆえに!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲッタアアアアアァァァァァァアァァァァァァァァァァァァアアァァァァ!!!!!!!!!

 

 互いの全てを掛けて、激突するその日。

 

 魔族であることを超えようとする獣と戦うその時に。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「セイバー、もう身体はいいの?」

「あぁ。ずっと簡素な食事で申し訳なかった。今日からまた任せて欲しい」

「おぉ……楽しみな様な恐ろしいような……あまり無理するんじゃないぞ」

「ええ、お気遣いありがとうございます先生」

 

 ソリテールという蟲ともう一人の大魔族との戦いから三日。

 あの後大変だったのは、戦いの光を見て駆け付けて来た領主軍への対応だった。

 

 幸いあの後すぐに、お師様が全力で広域修復魔法(フィクサービーム)*2を全力で使ったおかげでここいらが戦いの中心地とは見做されなかったようで、すぐに領主軍は遠くの――お師様の最後の聖剣の一撃の痕が残っている地へと馬を走らせていた。

 

 お爺ちゃんが「凄い光がここまで届いたが何があったか分からん」と証言してくれたのも大きかったのだろう。

 

 お師様は戦闘そのものは問題なかったが、むしろその後の隠蔽工作で魔力を限界まで使ってしまって、しばらくの間は私とミリアルデ様でお師様の世話をしていた。

 

「モニカ、戦いの後で疲れていただろうに世話や家事をしてくれて本当に感謝している。マスターも」

「いえいえ!」

「ええ。気にしなくていいのよ、セイバー」

 

 執事服とエプロンを身に着けて、手でパリッパリッとレタスを剥いている姿は完璧にいつも通りのお師様だ。

 

 いや、正確にはいつもなら『綺麗に野菜の皮を剥く魔法』や『綺麗な水を出す魔法』でもっと手早く調理をしている。

 その全てを手作業でやっているのは、また消費してしまった魔力の温存のためだろう。

 

「しかし……マスター」

「? なにかしら?」

「入浴の介助や食事の補助には感謝しているが……私の口に固形食を放り込んだ後、必ず頬を捏ねまわしていたのにはどういう意味があったのだろうか?」

「……………………………………アレよ」

「アレとは」

「ピクリとも動けなかったでしょう、咀嚼の手助けになると思って」

「なんと、そうだったのか」

 

 ……あの。

 お師様?

 

「すまないマスター。私は君の心配りに気付けていなかった」

「気にしないでセイバー。好きでやった事よ」

「あぁ、ありがとう。君の従者で良かったと心から思う」

「うふふふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや! いやいや! いやいやいやいやいやいや!!!」

「仕返し! お師様それ仕返し!! 多分人間砲弾の!!!!」

「なんと」

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 いつものように食事を用意をしながら、獣はかつてを思い出す。

 

 味と美味の違いが分からず、そして自分が人食いだと分からず森で暮らしていたあの日々を。

 

 理由らしい理由はなかったのだと思う。

 

 単に、己が記録の人間と同じような手足があり、目鼻が揃った顔があり、口の中に同じような歯が生えていたために、記録のソレを模倣し続けていた。

 

「そういえばセイバー、今日の朝食は?」

「フレンチトーストとベーコンエッグ、それにほぐした蒸し鶏を添えたサラダだ」

「いつものね?」

「久々のキッチンだからね。勘を確認しておきたい」

 

 ただの模倣、ただ見栄えのみの真似事が研究に変わったのは、あの日からだ。

 

 あの日、一人の少年を拾った日から。

 

 恐らく、生まれて初めて緊張という物を経験した日だった。

 

――待たせた、食事だ。口に合えばいいんだが……。

――こ、こんなに食べていいの!?

――? あぁ、もちろんだ。ただ、食材の質と安全以外は保障出来ない。ゆっくり口にして万が一があったら吐き出してくれ。

――怖っ!!!?

 

 人間に関わり、化け物だと畏れられ石や矢が飛んできた時ですら不思議と恐怖はなかったのに、あの少年に食事を提供する時は恐る恐るだった。

 

 自分に味覚そのものはあったとは思う。

 思うが、何かが噛み合わなかった。

 

 塩味は分かる。

 甘味は分かる。

 酸味も、辛味も、旨味も分かる。

 

 だが、それが美味いという――記録の中の人間がたどり着く多幸感らしき所に辿り着けなかった。

 

――美味いかどうかが分かんないの?

――そう。君に出していたのも、おおよそこの程度だろうという曖昧な判断で出している。

――だから最初の日にそんな事言ってたんだ。

 

 

――馬鹿! 馬っっっっっっ鹿!!!!

――すまない。

――なんで食ってる時にき……き……口付けてきたんだよ!

――君が美味いと感じた物をその時に共有すれば、味もそのまま共有できると思ったのだ。

――人の言葉を喋れ!!!

――獣だが。

 

 

――姉ちゃんは魔法が使えるし、作れるんだろう?

――ああ。

――じゃあ、俺が食べてる時の感覚が分かる魔法を作れば分かるんじゃない?

――……………………なる、ほど。そうか、そういう魔法もありなのか。ありなのか。

――最初に思いつけよ魔法使い!!!

 

 

 魔法が完成した事を伝えた時、それを我が事のように少年は喜んだ。

 だから、お祝いだとしてクリームをふんだんに使ったケーキを作って一緒に食べた。

 

 初めての味への驚きと、強い甘味と苺の酸味への喜びが伝わって来た。

 

 魚を焼いて一緒に食べた。

 白身を噛みしめた仄かな甘みを楽しんで、だが皮の苦みの不快さが伝わった。

 

 畑の作物を肉と合わせてソテーした物を一緒に食べた。

 肉の油とソースが染み込んだ野菜への楽しみと、一部の野菜への不快が伝わった。

 

 魔法が完成してから、一緒に食事をする回数はそんなに多くなかった。

 精々が十数回と言った所だ。

 

 少年を失ったその日、いつか彼に手渡すハズだった剣を持って、周囲の魔を全て斬った。

 

 本当ならばまだ続いたハズの日々を。

 

 食べるという人にせよ獣にせよ当たり前の行為の中に、もっと何かを求める日々を奪った魔族(同胞)が許せず、初めて怒りを持って目に入る全てを討ち取った。

 

 足が捥がれても。

 

 呪いで腕が腐り落ちても。

 

 残る腕で剣を振るい、それすら失えば歯を突き立て。

 辺りが静寂に包まれるまで戦った。

 

 自分から奪った者達を、取り逃がした忌まわしき一体を除いて全て屠った。

 

 

 でも。

 

 それでも、少年はもう戻らない。

 

 帰って来ない。

 

 味を教えてもらう人を失った。

 味を共有する人を失った。

 

 

――今の姉ちゃんの舌って俺と同じなんだろう?

――ああ。

――だったら、美味いモン作り続けてくれよ!

――? 別に構わないが、どうして?

――だって、姉ちゃんが最高に美味いと思ったもんは、俺にとって最高に美味いもんじゃん!

――……確かに、そうなるな。

――じゃあ頼むよ、姉ちゃん!

――……まぁ、私にとっても損は特にない話だ。

――やった! じゃあ……

 

 

――『約束』だよ! 姉ちゃん!

――ああ。了承した。

 

 

 他愛もない約束だけが残り、あの日々は思い出だけのモノになった。

 

 そして長い年月で、とうとうその舌すら変わってしまった。

 

 少年が苦手だった芽キャベツの苦みはいつしか、薄れていた。

 

 少年が大好きだったケーキは、今の自分には過敏に感じる。

 

 感覚を取り戻そうとしていたのか、あるいは維持しようとしていたのか。

 

 約束として作物を作り続け、料理を作り続け、少しでも美味しいと思う事を大切にしていた。

 

 そうして、無為な積み重ねを続けていた時に――

 

 

――……驚いた。コイツは美味いな。甘酸っぱいトロトロしたソースと卵、米、それに海老なんかの具材が噛み合ってる。

――天津飯(てんしんはん)という料理だ。まだ試作品の域を超えていないが。

――……見た事も聞いたこともねぇな。米の料理なんて粥とリゾットしか知らなかった。

――今年は稲の出来が良かったのもある。ここいらの河海老は身も詰まっているし、気に入ってくれたのならよかった。

――あぁ、これでネギが少なくてマッシュルームと海老がもう少し多ければ最高だ。

――…………君は、本当にネギとかタマネギが嫌いだな。

 

 

 彼女(フランメ)が、小屋を訪れた。

 

 無礼な女だったと、今でも思う。

 一日泊まって最初の朝は、いきなり昼過ぎまで寝ていた。

 

 それでも食事を用意しておいたら、髪もボサボサのままあくびをしながら一目見て「タマネギ嫌いだから他のにしてくれ」とか抜かす女だった。

 泣いて謝罪するまで頭を締め上げ続けた。

 

 それでも、彼女との食事は――そう、楽しかった。

 少年の時とは違い、味覚の共有はしていない。

 かつて伝えてもらい、そして変わってしまった味覚を頼りに、彼女と半年間食を共にした。

 

 その半年で、ずっと上手くハマらなかった何かが、カチリと噛み合った気がした。

 

(……焼き色……良し、火の通りも完璧)

 

 上手く焼けたフレンチトーストを皿に盛りつけ、飾りでレタスとトマト、ビーンズを添えて、隣のコンロでいい感じに焼けたベーコンエッグを横に乗せる。

 

 あの日々で、少年に良く出していた朝食だった。

 

 これをフランメに、ミリアルデ(マスター)に、そしてモニカや先生、時には旅で出会った商人や客に提供する度に、益々感じる。

 

 私は、あの日少年から受け取った物を、確かに未来へと繋いだのだ。

 

 フランメと出会ったあの日から、少年が私にくれた物を用いて生まれた物が、確かに世界に関わり始めた。

 

 それが世界を救うわけではない。

 

 それが悪を討つわけではない。

 

 正義でもなんでもない。

 

「四人分完成。待たせた、すぐに運ぶ」

「あ、待ってくださいお師様! 運ぶのは私も手伝います!」

「……そうだね。頼むモニカ、先生の分を。私はマスターの分をまず運ぶ」

「はい!」

 

 なんということない普通の、ありふれた当たり前の事だけれど、

 

「おお、しばらくお前さんは旅に出ていたからこれも久々じゃな」

「これ、中に切れ込み入れて半熟の卵詰めて食べるの私好きなんですよね」

 

 あの日々で生み出された物を楽しみ、喜ぶ人間がいる。

 それがただの消費であっても、この一皿を記憶してくれる人がいる。

 

 あの料理勝負や屋台での活動を通して、少年が教えてくれた『美味しい』という感覚が生み出したものが確かに地域に、ひいては世界に広がっていく。

 

 私は確かに、少年がこの獣の身に渡してくれたバトンを、微々たる大きさとはいえ未来へ送り届けられた。

 

 そして、これからも。

 

 私の手綱を握る人間が、私を隣人としてくれる限り。

 

「セイバー、食べましょう?」

「……ああ」

 

 従者ではあるがマスター命令で、基本的に食事の席はいつも一緒だ。

 

 席に着いて、皆と共に祈りを捧げる。

 

 感謝を。創世の女神様。

 

 そして記録を、知識を残してくれた、遠い世界の誰か。

 

 この身を今一度動かせてくれた事に。

 

 人を食べずとも済む身体である事に。

 

 人と同じ物を食べて、楽しむ事が出来る事に。

 

 多くの恵みを齎す知識があった事に。

 

 それらを共有できる出会いがあった事に。

 

 

 心から。心から、感謝いたします。

 

 

 そして女神様への祈りを捧げ終えて、もう一言。

 

 この身体を維持するために、血肉とするために取りこんだ命に。

 

 それらを楽しい物だと感じる舌をくれた、少年に。

 

 

 

「――いただきます」

 

*1
再生の卵/Drag on Dragoon

*2
SSSS.GRIDMAN

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