ワイ「やろうと思えば何でもできる不思議パワーが使える種族に転生したから色んなモノ模倣してみるわ」   作:rikka

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 魔族君と一緒に本格的にこの小屋に住みだして、三か月になる。

 今日はいつものピアノや管楽器を混ぜたモノではなく、琴という弦楽器と竹で作った笛が奏でる、いつもとかなり雰囲気の違う曲が流れている。

 

 相変わらず、驚くほどに多芸だ。

 昨日はとうとう発酵蔵まで併設された。

 

 前々から試したかった事が出来ると、豆やら麦を臼で挽いて色々混ぜて樽に仕込んでいた。

 作業用のゴーレムもまだ試作段階だというのに、なぜそこまで仕事を増やすのか。

 

「ミリアルデ、お茶だ」

「ええ、いただくわ」

 

 すでにここの生活には慣れた。

 慣れてしまったと思う程に慣れてしまった。

 

 コタツ・テーブルは更に改良されて、内側の床を外すことで高さはそのままで椅子のように座れるようになった。

 

 足をブラつかせながら、彼女が持ってきたティーセットを受け取る。

 

 かぶりつくには少々大きすぎるカスタードシュークリームに私のフォークとナイフ。

 そしてここ数日彼女が色々組み合わせを試している、彼女のブレンドしたお茶の入ったポットにティーカップ。

 

「やっぱり、牧場が出来てからかなり安定したわね」

「ミルクもそうだが、鶏が増えて卵に余裕ができたのが大きかった」

「……そういえば最近多いわね、卵料理」

 

 昨日の夕食――ふんだんに卵を使った大きな、ナイフを入れて横にサッと切ると、トロリと開き下に敷いたライスに覆いかぶさる程の蕩けたオムレツを思い出す。

 

 ここ最近は、前の小屋にいた頃の料理勘を取り戻すためと言って朝食には必ずオムレツが付いてきている。

 彼女の料理を彩る各種ソースも、牧場が整ってからはその味が格段に上がった。

 

 ……その日のパンと酒さえあれば、あとはどうでもよかったあの頃の自分が今の自分を見ればどう思うだろうか。

 

 …………。

 

 酒瓶を投げつけてきそうだ。

 

「魔族君」

「ああ」

「今日は休日ね」

「? そうだね」

 

 とりあえず、休日という物を決める所から始める事にした。

 この魔族は休みを知らない。

 自分の身体を改造したことによるダメージで碌に動けない時でも、給仕や掃除といった家事は全て終わらせていた。

 

 放っておけばそれこそ寝ずにアレコレ働いていそうな彼女に、五日働いたら二日は、実験や研究で身体に負担が出たのであればそれを解消するまで身体を休めるようにと頼み込んだ。

 

 結果、身体を休めるという事は疲労を回復させる魔法の研究に没頭する事ではないという『当たり前』を伝える事に苦労するハメになった。

 

 あと、その結果基礎理論が完成しそうになった『疲れ果てても24時間働ける魔法(リゲイン)』とやらは封印した。

 念入りに、念入りに封印した。

 

 魔法を一つ作る度に魔導書に遺しているという彼女にそれを禁じ、過程のメモすら破棄させた。

 

 アレは駄目だ。

 絶対に世に出してはならない物だと、社会というものに疎い私でも分かる。

 

 次は作業の交代制を切り出さなくては。

 ゴーレムができるまで、これ以上彼女が働き続けるのを眺めるのは、さすがの私でも罪悪感が出る。

 

 ……厳しい話し合いになりそうだな。

 

「なら、時間はあるわね。今日は、少し君に踏み込もうと思ったのよ」

「む?」

 

 カップ――一度お湯で温めたのだろう、少し湯気が立ち上っているソレにポットからお茶が注がれる。

 ……何かの花の強い香りがカップから広がる。やはり新作か。

 

「ずっと疑問だったわ。君はなぜ、そうまで人に献身的なのかしら?」

「……そうだろうか?」

「やりすぎなくらいよ。正直。この前の戦闘後を覚えている?」

「すごく君に止められたな」

「村を元に戻すのはいいわ。対魔結界も、まぁいい。防壁や水道を兼ねた堀も………………うん。ギリギリだが良しとしましょう。だけど、君にはそれでも不足だったのでしょう?」

「……上下水道の設備くらい駄目なのか? 魔法が使えない人間には凄く便利だと思うが」

「その上で水洗公衆トイレに公衆浴場、果てには給水所とそのタンクに浄水設備……断言するけど、魔物や魔族を退けた所で……いや、退け、頑強な『町』になればこそ、今度は人間同士があの場所を巡って争いを始めるわ」

 

 正直、今でも少々怪しいと思っている。

 

 私と彼女で、特殊な対魔族結界を五層も敷いた。

 少なくともあの場所に魔物や魔族が入り込む事は、今後千年はないだろう。

 

 魔王軍が暴れ回り、魔物の被害が増える中、()()()()()()など人間からすれば喉から手が出るほど欲しがるのは目に見えている。

 

 その上で彼女が本気を出した町など、住んでいる人間もそれを欲する人間もなんやかんやあって最終的に人類が堕落とその奪取の末に滅亡しそうだ。

 

 

――とりあえず畑を元に戻したら、防衛も兼ねた農作業用ゴーレムを作ってあげようと思う。

――…………。

――それと上水を引いて各農地へまわして、加えて各住居に引きやすいように遊びを残して……最終的には労働そのものを――

――君は人類を滅ぼす気なの? 却下よ。

 

 

 実際、そう言って止めた。

 私自身怠惰な身である事は自覚しているが、あの時私はきっと後年の大きな戦争をいくつか止めたと自負している。

 

「君は献身――いや、人類への奉仕性が極めて強い。……本来あってはならないのだけど、私はすでに君という魔族にそれなりの信を置いているわ。そんな異常が起こる程に……君は人類にとって有益な存在」

 

 そして当然だが、そんな場所を十日程度で――一月もあればそれ以上を作れてしまう彼女自身も、人間達からすればなんとしても手元に置きたい存在だ。

 魔族だとして最初は恐れられていても、いずれ気付く者は出る。

 

 いや……もういたか。

 

「私が私の全てを賭して、人の暮らしを向上させたりしたら……」

「私は社会という物に興味がない。なかったの。だから……今の時点での憶測になるけど……」

 

 その先に、良い道筋はないだろう。

 もし、人間がかつての統一帝国のように纏まっていれば、国家に飼われるという手があったかもしれない。

 あまりよくない字面だが、それでも彼女にとってもっとも安定した生を得られたかもしれない。

 

 だが、結果として人は割れた。

 

 魔族でもそれが起きるように。

 エルフでも一枚岩とはならないように。

 

 その時――

 

「……おそらく、君という存在の奪い合いになるでしょう」

 

 割れたものは、かならずぶつかる。

 

「私はここで君と暮らしているから、君が最も力を発揮するのは暮らしを向上させる事だと知っている。だけど――」

 

 休日に設定しているため新造はしていないが、それでも装備品の整備は欠かしていない。

 壁に立てかけられた、魔族すら一瞬で(ほふ)る魔具の数々。

 

 そして――

 

(沸き立て、我が血潮)

 

 先日受け取ったそれを起動させてみる。

 近隣の村から、魔王軍を倒した報酬としてもらった魔法材を注ぎ込み完成した彼女の魔具。

 

「人間達は必ず、まず君が作る武器や防具に目を付け、それを手にしようとするでしょうね」

 

 月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)

 一度発動させればあらゆる攻撃や魔法から身を守る、自立式自動防御礼装。

 

 試作品ですら魔族の戦士複数の攻撃を防いだというそれに、攻撃機能まで兼ね備えた万能の魔道具。

 

 目の前の魔族が作ったソレを、渡された自分が平然と使用出来ている。

 魔力は確かに消費しているが、別段重いわけではない。

 防御だけなら普通の人間でも使えると言っていた。

 

 果たして、この一品だけでどれだけの価値を持つか……。

 

 恐らく、一財産などというレベルではすまないだろう。

 

「私はまず、人と敵対するつもりはない」

「そうね」

 

 でなければ畑を耕し、家畜の世話をし、その収穫物を持ち込んで嬉々として厨房に立ったりしないだろう。

 

「私自身が獣であることは理解しているが、その上で隣にいる誰かがいれば、共に生きる事にも疑問は持たない」

「ええ」

 

 でなければ、こんな暮らしは成り立たない。

 彼女は人間の生活を理解し、確かに歩み寄っているから今ここに、私と彼女は一つのテーブルについているのだ。

 

「そして、もし隣で共に生きてくれるのならば、その者には幸せであって欲しい」

「……幸せ」

「そうだ。獣の隣に身を置く事を選んでくれたのだ。ならばその生は、対価として幸福であってくれねば……申し訳ない」

「それが、魔族でも?」

「私の価値観――人は……言葉を介せる者はむやみに襲うべきではないという考えを尊重し、そこを合わせてくれるなら」

「…………」

 

 驚いた。

 本当に。

 

 まさか、自分の中にまだ『憐み』という感情が残っているとは思わなかった。

 

 哀れだ。

 本当に……哀れだ。

 

「ゆえに私は、この身に出来る全てを隣人に捧げよう……捧げるべきだと、そう思っていたのだが……」

 

 間違いなく善性という物を持ちながら、その善性が彼女自身の毒となっている。

 彼女自身にも、そしてその周囲にも毒に成りかねない。

 

「ミリアルデ。聖典には、健やかに生きよと書いていた」

「ええ、あるわね」

「獣なりに考え、私はその言葉を『楽しく生きろ』と解釈したのだ。人間は、楽でいい。楽になっていいのだと」

「…………そうか。君は聖典を魔法の研究材料だけでなく、人間文化の学習の基本にしたのね」

 

 悪くはない。

 私は信心深いわけではないが、それでも女神の宗教という物が文化の根幹にある事は間違いない。

 ただ――

 

「では健やか、とは何を指し示す? 苦労して生きろというわけではないだろう。辛く苦しいという物とは反対のハズだ」

 

 言葉ではない――言葉には出来ない物を読み取り、噛み砕いて初めて文化はその者の文化足り得る。

 

「……獣が人を楽にするのであれば、それは関係の一つとして正しいのではないか?」

 

 そういうものだと言葉だけで知っても、それは文化の内に入ったことを意味しない。

 宗教と同じくだ。

 

(それでも、本質に触れようとした事自体は悪い事ではない……か)

 

「……その疑問に答えるために、もう少し君の理解を深めたいわ。話題を変えてもいいかしら?」

「ああ」

 

 どうやら、今回のお茶は彼女の中で成功に入る出来の様だ。

 彼女の温かいお茶を出す魔法で、いつの間にか空になっていた私のカップに、同じお茶を出す。

 

 私からすれば彼女の生み出す物はどれも美味なのだが彼女なりに線引きがあるようで、それを下回る品はリクエストしない限り出さないのだ。

 それがお茶を出す魔法に覚えさせたのは、また出すつもりという証に違いない。

 

 このシュークリームも、前に出された物から大きく変わっている。

 前回の物に不満があったのだろう。

 今回は中に込めたクリームを二種類にして、パイ生地も少し硬めになっている。

 

「君が勇者、あるいは聖女と呼ばれる最大の理由である、喪失した手足の再生だけど」

「あれか。正直私も驚いた」

「本当に想定外だったのね……。心当たりは?」

 

 今も巷に流れる「赤の勇者」の戦い。

 この近隣を荒らしまわっていた魔王軍の将軍らを一掃した事。そしてその戦いにて多彩な武器を使う事などがもっぱら話題に上げられるが、その特異性から最も語られるのは『失った手足すら治す奇跡』についてだ。

 

 傷ついた戦士達を集め、女神の加護がかけられた輝く粉塵を振りまくや否や、傷は戻り、失った手足が再生し、死にかけていた瀕死の者は息を吹き返した、と。

 

 質が悪いのは、これが事実だという証拠――証人が多数出ているという事だ。

 どう考えても悪目立ちしすぎている。

 ただ魔族を倒すのにすごい武器や魔法を使ったというなら話が盛られているで済むが、これに関してはそうはいかない。

 

 よかった。

 分かってやったのだったら、もう一度この獣の頬をこねくり回さなければならない所だった。

 

「以前言った通り、私は女神の加護と相性が悪かった。だから、身体を流れる血液そのものに女神の保護魔法を各種流し込んで呪いの――特に精神魔法に対しての対処にしようとした」

「だが、効果が出ているか不安になった?」

「……私は、私の身体の記録がある。……正確には、この身体が人間の構造とほぼ変わらないと言われている記録だが……」

「……?」

 

 少し言い回しが妙だが、彼女は時折そういう時がある。

 ここで尋ねようかとも思うが、今はまだ説明の途中だ。

 

「人の――生物の身体にとって血液とは重要な物だ。吸い込んだ空気や口にした物から得られる重要な要素を体中に回し、流し込む物」

「あまり人体には詳しくないけれども、そうね。それは分かるわ」

「そして血液とは、骨から作られる物だ。少なくとも、人間は」

 

 思わず、ティーカップを傾ける手が止まった。

 

「……まさか、あの夜君が行った事って……」

 

 あの日、彼女は見ていたら肉が食べられなくなるような真似をすると言った。

 実際、どう見ても自分の身体を切り刻もうとしていたが――

 

 まさか、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 思わず、唾を呑み込んだ。

 

「造血や操血等の魔法各種を込めた骨に、該当する魔法に相当するページを可能な限り正確に。縮尺を取って彫り込み、そこに魔力を更に流し込んで定着させた」

 

 血管の方は、『観察する魔法』でよく見える状態にした上で、焼き付けた。

 そう語る魔族君の顔は、いつもと全く変わらない。

 誇らしさも苦痛もうかがえず、ただ淡々と話してる。

 

「……痛くなかったの?」

 

 本人から言葉にされるとクる物がある。

 思わず反射的に、馬鹿な質問をしてしまう程に。

 

「一応痛み止めは打っていた。それに、この身体は痛みに耐性がある」

 

 いくら彼女特製の薬とはいえ、限界はあったハズだ。

 強い痛み止めの薬は知っているが、それを飲めばまず動けなくなる。

 おそらく、彼女の薬とて今回ばかりは変わるまい。

 実際彼女はしばらくの間、碌に動けなかったのだ。

 

「骨と血管とは、どこまで?」

「手が届くところは全て。足りない所は手持ちの金属片を加工して、彫り込んだ上で骨の周りに貼り付け、その一部となるよう固定した」

「……君が十日も調子を崩すなんてと思っていたけど……よく十日で済んだわね」

「問題ない。再生薬として例の粉塵も用意していた……ミリアルデ?」

 

 そっと身体を伸ばして、彼女の腕に触れる。

 

 何という事のない、いつもの手だ。

 お茶を淹れて、料理して、掃除をする、この小屋になくてはならない――私の隣人。

 

「その粉塵は、その時はそこまでの回復力がなかったのね?」

「なかった。あれはかつて住んでいた地域に生えていた薬草を乾燥させて粉末にし、それに回復と解毒の魔法を溜め込んだ物だ。そしてあの村で使ったのは――」

「その後に作った物?」

「私の回復に使った分の補充品だった。薬草どころか、碌に吟味せずにとりあえず問題なさそうなここいらの野草の粉末で作った代用品。だから、本当に応急処置のつもりだった」

「……その結果が『奇跡』なのね」

 

 間違いなく、その処置のせいだろう。

 骨と血管に直接聖典を刻み付ける。

 果たしてそれにどれほど効果があるかは分からないが、結果として彼女の身体は変質した。

 

(……現実的に考えるならば、イメージの補強?)

 

 魔法はイメージの世界。

 これはどんな魔法でも絶対だ。

 人間の魔法はもちろん、魔族の、そして女神の魔法も。

 

(特に女神の魔法はその敬虔さが問われる。痛みに耐えて身体に聖典そのものを刻み込むという行為が、女神の魔法のイメージ補強に作用した?)

 

「魔族君」

「ああ」

「君は、女神を信じているのね?」

「信じている。心から」

 

 僧侶が聞けば助走をつけて彼女を蹴り飛ばしかねない獣の発言だが、彼女は真面目に答えている。

 長いとは言えないがそれなりの付き合いだ、それくらいは読める。

 

「女神様がいなければ、私のような存在が生成されるハズがない」

 

 …………。

 

(言葉としてはおかしくないわ。だけれども――)

 

 なんといえばいいのだろうか。

 

 違和感だ。

 

 なにかが時折、彼女と認識が致命的にズレている気がする。

 自分はエルフで、彼女は魔族だ。

 それはなにもおかしくないが……。

 

「魔族君」

「ああ」

「君は、血と臓物が駄目なのよね?」

「苦手だ。血の気が引いてしまう」

「なのに、君は自分の身体を解体できたの?」

「……上手く……言えないのだが……」

 

 この件もそうだ。

 血と臓物に、何百年も慣れない。

 

 魔族は怪物だが、それでも生物だ。

 長く生きていけば、生活の習慣に癖が付き、慣れていく。

 

 人食いでなかろうと――何百年も一人で生きてきてそれに慣れないというのは奇妙だ。

 技術面での癖ならともかく、これは感性の話。

 

 苦手なままというのはあっても、多少は身体に染みついていくハズだと思う。

 

「スイッチが切り替わる。食べる為……違うな」

 

 いつも真っ直ぐ背筋を伸ばして、まるでどこかのご令嬢のような彼女が前のめりになり、コタツ・テーブルに完全に身体を預ける。

 

「……戦闘の時は大丈夫なんだが、それ以外が駄目になる。出来る限り細かく自分の記憶を分析したが、そうなんだと思う」

「なら、君の身体の改造は?」

「精神魔法への対策は生死に直結する」

「……つまり、戦いのためだから?」

「恐らく」

 

 戦いの為。

 正確には、生き残るため。

 最後に立つ者であるためならば、どれほどの苦痛だろうと耐えられる。

 

 その上で、自分の側にいる隣人に全てを注げる精神。

 

「苦痛を苦とせず、自己の負担を気にしない。……自分の存在が魔族という害になる物でしかないが故に……か」

 

 存在が許されないと思っているのだろう。

 

 だから苦痛が当たり前なのだろうか。

 罰やそれに値する物と思っているのかもしれない。

 

 在るべきではない生物と、分かっているのだろう。

 

 だから、自己の存在を許す者に対してどこまでも奉仕する。

 それ自体が、自分の生存の正当な代価だから。

 

 …………。

 代価、か。

 

「魔族君、話を戻すわ。健やかとはなにか、だったわね」

「ああ」

「おおよそ、君の認識で間違いないと思う。……いや、私と意見が近いと言うべきね。人は『楽』でいいのだと思うわ」

 

 正しいかどうかは分からない。

 ただ、それでも踏み込んだ分の代価は払っておくべきだろう。

 

 日々の献身を考えたらまだ足りない。

 まったくもって足りないだろうが。

 

 きっと、これはその一歩になるだろう。

 

「だけれど、それは物や物品、設備といった実在する物だけではないのよ。心が楽でなくては意味がない」

「……物の豊かさは、心の豊かさへ繋がらないのか?」

「繋がりはする……とは……思う、けど」

 

 今の日々を思う。

 

 間違いなく、満たされている。

 

 ただ寝て、起きているだけで彼女が新しく便利な何かを作り上げ、食事を提供してくれ、そのための用意を全て済ませてくれる日々。

 

 他のエルフが見れば、さぞかし冷たい目で私を見るだろうが……。

 彼女は私が何もしない事に、何も言わなかった。

 何も言わずに、ただ尽くしてくれた。

 

 ただ、変わらずそこにいて――

 

「だけど、多くを与えられた者は必ずどこかで罪悪感か嫌悪感を抱くものよ」

「……罪の意識を? それは罪に当たる行動を起こした実行者が持つものでは?」

「いいえ、持つわ。自分がこれほど()()()()()()()()()()()()()()()() と、どこかで考えてしまう時が来る。そんなはずがないと疎ましく思う時が来る」

 

 私の言葉に獣は何かを重ねようとして、その開いた口をもにょもにょと閉じる。

 

「ええ。君だってこれまでに感じたことがあるハズよ。多くを与えられると、そこに不安と恐怖が生まれる。自分とその繋がりを持つ誰かに釣り合う者なのかと。あるいは、自分に不釣り合いな利が何かの罠に誘う餌ではないのかと」

「……私は」

「私が君の事をどこにも漏らさずこの小屋で過ごし始めた時、私がそうだったように君も()()()()()を警戒したはず。違うかしら?」

 

 私の質問に、魔族君は少し動きを止める。

 コタツテーブルの上から顔を引き剥がし、コクリと頷く。

 

「君もそうだけど、人は()()を支払ったという実感が必要なのでしょうね。何かを受け取れば、それに値する物を与える事で……心の……しこり、とでもいうべき()()は減るのだと思う」

 

 どうしても言葉が詰まる。

 私だってそこまで気にして生きた事はない。

 他者との関わりに関して、ただでさえ他者を気にしないエルフの中で自分は特に鈍い存在だ。

 

「君がこれまで、どのように他者と関わっていたか私はあまり知らないわ。だが、互いに互いを尊重し、君の奉仕に対して労働で返したために良い関係を築いた存在がいたのは知っている」

 

 だが、この奉仕者が疑問を持ってその解を求めるのならば――

 

 魔族君の口が、小さく動く。

 その口は声を発さず、だがなんと言ったのか、私は分かる。

 

「そう、フランメ。君のかつての隣人」

 

 私と彼女が出会う数年前に一緒に暮らしていたという、人間の魔法使い。

 

「彼女は君を襲った代償と家賃として労働の代価を払い続けて、君はそれを受け取り彼女の生活を保障した」

 

 恐らく、彼女にとって本当に特別だったのだろう人間。

 

「無論、それだけではないでしょう。人と人の関係という物は、糸の一本二本で表せるほど単純ではないでしょうから……」

 

 実際、他人事ながらそのフランメという人間には同情する。

 さぞ困惑し、さぞ恐怖し、だからこそ私以上に魔族君を理解していたのだろう。

 

「……だが、破綻してしまった。私は獣で、彼女は人間だ」

「そうね」

 

 そして理解してしまったから、決断しなければならなかった。

 

 彼女を隣人の一人として扱うか、魔族の一つとして扱うか。

 人間は、その決断を先送りできるだけの時間を持ち合わせていない。

 

「でも、それがなんだというの?」

 

 私の言葉に、彼女が首を傾げる。

 

「どういう意味だ、ミリアルデ」

「そのままよ、魔族君。確かに君達は破綻し、別離する結果となったのだけど……」

 

 

「それでも、楽しかったのでしょう?」

 

 

 魔族君は肯定も否定もせず、珍しく目をパチクリさせている。

 

「与えるだけではなく、彼女に仕事を頼んだり、逆に頼まれたり、共にくだらない魔法を作って、そんな日々が楽しかった。違う?」

「…………ああ」

 

 本当に、もしフランメという存在がエルフであったら。

 彼女と共に歩めるだけの時間があれば、あるいは違う選択肢を選んでいたのかもしれない。

 

「きっと、それこそが『健やか』な暮らしだったのだと私は思うわ」

 

 ただ、そんな仮定に意味はない。

 確かなのは、たとえ破綻してしまったのだとしても。

 一人の人間と一匹の獣が結果傷ついたのだとしても。

 

 二人が共に過ごした半年は、きっと黄金のように輝いていたのだろう。

 

「……ミリアルデ」

「なに?」

 

 珍しく空になったカップをそのままに、魔族君がこっちを見る。

 

「私の存在は――」

「面倒ではあるけど、迷惑ではないわ」

 

 何を言うか、なんとなく分かったので先に制しておく。

 

「まぁ、私にとって大抵の人間は同じような感想になるのだけど」

「…………そうか。あぁ、すまない」

 

 空のカップに気付いた彼女が、素早くカップをお茶で満たす。

 

「気にしなくていいわ。……多分、君という存在には隣人が必要なのでしょうね」

「君のような?」

「どうかしら。私は君に甘えてしまいそうね」

 

 実際、甘えている。

 これだけの献身に対して『まぁ、ちょっと面倒程度のお願いなら聞いてもいい』程度にしか考えていない自分は、とんでもない薄情者なのだろう。

 

「君の奉仕を受けながら君の手綱を握る、そういう存在がいるといいわね」

 

 魔族君はなるほど、と頷く。

 

 

「……私の手綱……」

 

 

「手綱……か」

 

 

 そしてジッとなぜか――私の手を見つめていた。

 

 どうしたのだろう。

 肌のためにと作ってくれたハンドクリームは全く問題ないのだけど。

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