ワイ「やろうと思えば何でもできる不思議パワーが使える種族に転生したから色んなモノ模倣してみるわ」 作:rikka
何の塗装もしていない、光る一つ目を持つ無機質な銀色の大きなナニカが畑を耕している。
二本の腕――ただし手ではなく、魔族君がドリルと呼ぶ回転し続けるランスのような物で地面を掘り返して柔らかくしている。
まだ季節は冬のため、耕した所で何かを植えるわけではないが、試運転としては十分だろう。
魔族君がその光景を眺めながら、《本を作る魔法》で作り出した何も書かれていない本に何かを書き留めている。
「良質な鉱石を譲ってもらった甲斐があった。まだ少々大きすぎるが、試作品としては悪くない」
「君がここいらの魔物を狩った報酬よ。竜まで狩るとは流石ね」
「ミリアルデの結界を利用した一時保存魔法のおかげで、竜の素材も回収できた。感謝する」
「……結果、私がその恩恵に与っている。正直、申し訳ない気もするのだけど……」
「端材でついでに作った物だ。本当に気にしないで欲しい」
そっと、自分の肩にかかっている淡い緑色のカーディガンに手を伸ばす。
しっかりした生地で出来ているが非常に薄く、下に着ている服が透けて見える程だ。
緑翠竜の翼膜。
強力な魔法でも弾いてしまうそれを材料に加工と改造を重ねて対物理耐性まで上げた、もはや一級の魔導防具と言っても通用する一品。
これだけの装備品を作る際に一番力を入れたのが保温性だと言うのだから、もはや呆れを通り越して笑ってしまう。
(これが彼女の言う通り、“ついで”で作った装備だから尚更性質が悪い)
この冬の間、魔物は村に貯め込まれた食料や、あるいは村に閉じこもる人間を狙って襲いに来ることがある。
その気配を感じるや否や、飛び出さずにはいられないのが同居人だ。
西に亜人種の軍勢が出たと聞けば神機*1を持って全てを吹き飛ばした。
南に
ついでに避難民を見つけだしては保護し、村を元通りにした。
東の街道に行方不明の旅人や商人が多数出たと聞けば赴き、一度斬りつければ二度斬撃が発生する剣*4で目に入る魔物を片っ端から切り倒し、衰弱していた被害者達を救出して回った。
南に竜が出たと聞けば、神機に比べて単純な機構の仕掛け大剣*5を担いで討ち取りに出かける。
それでいて人の目は可能な限り避け、目撃者が覚えているのは赤いフードで顔を隠した、いつもの紅い外套の背中だけ。
だが――だからこそ、赤の勇者の活躍劇はかなり広まっている。
(おそらく、近隣の領主や……下手をすれば国にも捜索されているでしょうね……)
赤の勇者の始まりとなったあの戦い以降、魔族は来ていないがその分魔物の襲撃が目立つ。
そして当然、彼女はその災害を見過ごさない。
聞けば前の住処でも似たようなことはしているが、開拓村の密度が低いために発見されることはなかったという。
だが、ここらは違う。
この小屋は主要街道から外れているし、昔はあった道が森に覆われているほどに忘れ去られた土地だからしばらくは問題ないだろう。
しかし、人里がある方は密度がかなり高い。
恐らく昔はもっと人が多くそれゆえ機能していたのだろうが、今となっては魔物を呼び寄せやすく、だがその対応が出来る人員が減っている。
当然町や村の機能を移転する間の護衛なんて無茶がある。
だからこそ魔物や魔族と戦える――それも一方的に蹂躙できる戦力など、どこだって囲い込みたがるものだ。
(まぁ、これに関して彼女を止めるのはさすがに無理ね。私としても止める理由がないわ)
「それで、竜の素材は何に使うの?」
「斬りつけた瞬間に着火する大剣*6を作ろうと思っていたのだが……魔力保有量が想像以上に良質だった。とりあえずは倉庫で保管しておく」
ゆえに騒ぎはすぐにこちらの耳に届き、結果彼女は狩人として出撃し、私も同行している。
私の得意とする結界系の魔法が、そのままだと消える魔物の一部――上手く行けば身体そのものの保存に役立つからだ。
そこから処置を施せば、運こそ絡むが通常より多くの素材を確保できる。
ともあれ、そうしてここでダラダラしながら魔物を狩り、素材を集めて魔道具を作る手伝いをする生活を続け――
結果、
先日見かけたキャラバンと、彼女の作った普通の道具や家具を銀貨と交換した時に聞いたが、離れた村では勇者が男になって吟遊詩人に謳われているらしい。
「素材も売れればかなりの資金や貴重な品と交換できるのだが……」
「それをやれば、さすがにバレるでしょうね」
小屋の中もそうだが、今魔族君の空間倉庫の中にはこれまでの狩猟の成果がドンドン溜まっている。
アインザームの髪や腕輪。混沌花の花弁にその根。暗黒竜の角と骨。緑翠竜の尾と牙、鱗。オーガの髭にデスキートの針。
なんなら今すぐ魔法店を開くことだってできるだろう。
……いや、あまりに希少な品が多すぎて買い手がいないか。
「すでに鉱石は十分にあるし、この前
「……わざわざツルハシなんて作っていたのはそのためだったのね……」
指定した範囲を耕し、行動を終えたゴーレムの働きを確認するために魔族君が近寄り、パカッと開く部分を確認する。
外れた大きな箱をひっくり返すと、ジャラジャラと石や破砕された木の根などが落ちて地面に散らばる。
「作物育成の邪魔になるものを取り除きながら掘り返すのに成功した。あとは畝を作る機能を確認したら、種植えと収穫機能を持たせたゴーレムの作成に入る」
「アレ一体に詰め込めないの?」
「思った以上の精密作業だったから、これ以上詰め込むのはちょっと無理」
表紙に手書きで『労働用ゴーレムの作成とその運用について』と書かれた本に一通り必要な記述を書き終わったのか、それを倉庫に戻して珍しくため息を吐く。
「水やり程度はともかく、雑草取りも含めた育成面はまず作業の内容とその対象や力加減を判別させる魔法が必要になるから……一体に全ての作業をさせるとなると……百年単位の研究になると思う」
「……欲しい効果を纏めてちょうだい。そっちの研究は私がやるわ」
「助かる」
そして、彼女が作る――あるいは作りたい物に必要な魔法の研究や解析が私の仕事となった。
まさかまた自分が何かをすることになるとは思わなかったが、特に違和感はない。
彼女の奉仕に対して、自分に返せるものを探していく。
無為に日々を過ごしていくはずの自分が得た彼女との生活とは、そういうものだった。
「ちなみに、このゴーレムに名前はあるの?」
「アッグ*7」
「里帰り?」
「例の戦いの後に一度顔を見せてはいるけど、前の家の整理も含めて冬が明けたらキチンと帰っておこうと思うの」
すでに、あの家の価値は驚くほど薄れている。
元よりただ雨風を凌いで最低限の暖を取って、そして寝るだけの場所だったのだ。
それでよかったのだが……。
それ以上の何もかもが揃っているこの小屋に居を構えるのは当然と言えるだろう。
防御面が少々気にかかるが、向こうよりも隠匿性がやや低いくらいのもので、その点も今私が研究して精度を上げている。
元より得意だった結界魔法が、彼女と行動する時は戦えない人を守る役目を負う事が多いため、徐々に上達しているのを感じている。
今の自分ならば
別にやる気はないが。
「……魔族の私が言うのもなんだが……大丈夫か? 向こうでしばらく暮らすとなると色々不便では?」
「まぁ、そうだけれども…」
間違いなく不便だ。
あまりの落差に、向こうに帰って少しの間は後悔をするかもしれない。
いや、するだろう。
風呂にボディソープ、そしてシャンプーに慣れた自分だ。
多分水浴びすら堪えられない。
「だけどその不便さは、私が得た物の確認になるわ」
「? 確認?」
「またここに戻ってきた時の暮らしが楽しみだという事よ。魔族君」
目の前に並ぶ温かい食事を見て、まずこれ自体がエルフの里にはないものだと改めて思う。
魔法で発酵を早めて作ったミソという調味料を使ったポークスープに川魚の塩焼き、瓜の塩漬け、肉野菜のソイソース・ソテーに三種のキノコの炊き込みご飯。
いつものとはどこか雰囲気が違う、たまに出てくる品。
「……君の要望通りに作ったが……良かったのか? 箸での食事はまだ慣れないだろう」
「君が上手く使ってるのが前から気になっていたのよ。どうしても駄目ならいつものカトラリーに切り替えるわ」
保温の魔法が掛けられたカトラリーもすでに並べられている。
いつも通り、彼女が私のために用意した物が揃っている。
「……なぜ、急に箸を使いたいと?」
「気まぐれね。特に理由はないわ」
前に使いたいと話をした時に、即席で彼女が作った持ちやすい箸という物を右手に持ち、動かす。
あまり使い慣れていない指だからまだぎこちないが、それでも動きそのものは出来るようになったようだ。
「しいて言うなら君と食事をしている時に、時折同じ物を違う動作で食べているのが気になったから……かしら?」
「言ってくれればそちらに揃えたのに」
「それじゃあ、君に違和感があるのでしょう? 君が自然に使っているのだから、君の料理の一部はそういう物のはずだわ」
中指を使って箸――彼女が枝を削って作った見たことない二本一組のカトラリーを動かす。
……とりあえずは問題なさそうだ。
「ならば、これらはそう食べるのが自然なのでしょう?」
「あくまで、私の記録の中でだが……まぁ」
「……魔族君。私は君をそれなりに信頼しているわ。だけど十の中の十ではないと思う」
「当然だ」
「ええ。せいぜい六対四といった所でしょうね」
口ではそういうが、もっと高いかもしれない。
一緒に入浴して同じベッドで寝る事にすでに違和感を抱いていない。
…………。
いや、これに関しては魔族君が悪い。
四人は入れそうな大きさの、腰や背中に泡を含んだ心地よい水流が当たる浴槽に一人で浸かっていたら、そのまま眠ってしまいそうになる。
ベッドに関しても、大きすぎると落ち着かない。
「だけど、料理人としての君の腕と舌には全幅の信頼を置いているわ。間違いなく」
そして、こちらに関しては言葉のままだ。
半熟の卵を始め、骨を煮込んだ物や豆のしぼり汁を固めた物、外側こそ焼けているが内が赤い牛肉など、時折本当に食べられるのかという物も出てくるが、外れは一切なかったしお腹を壊す事も一切なかった。
食材管理からその調理まで、まるでそれが生涯を賭して極めるべきものであるかのように。
この前彼女がいつも書き込んでいる料理の記録を見たら、日々作った料理を記録して、私の食べた順番や速度、常に全て口にしているが、食べ残しがなかった事まで記録されていた。
「ああ。自慢の舌だ」
常に腰の低い魔族君が、珍しく自分を称賛するような事を言い出す。
やはり無表情で、胸を張るわけでもないが、自慢するような事を言うのは中々ない。
「そんな君が作った食事を、同じテーブルで一緒に食べているのよ? だから、君の感覚を少しでも共有してみたくなったの」
「……外で使うことはまずないぞ」
「そうね。麺を啜る事だってやる事はないでしょうけど……」
一月前、油で揚げて数日放置したヌードルの塊にお湯をかけて戻した物を味見していた時、珍しくそのヌードルを箸で摘まんで口にして啜り上げていた。
余りに自然な絵だ。提供されたことはないが、アレもきっとそういうものなのだろう。
「ここでは使う。なら無駄ではないわ」
「……そうか、ならいい」
「というより、食べましょう。せっかく君が作ったのに冷めてしまうわ」
「そうだね」
そうして彼女は席につき、いつも通りに祈りを捧げる。
女神様への真摯な祈り。
一日を無事に過ごせたことへの感謝を獣が女神に捧げている。
そしてその後、いつも彼女は言葉を付け足す。
たった一言。
「いただきます」