青井さんリトライ!+ゴスハss   作:覚絵テネ

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散文的青春

世界は幸福で満ちているか。

渡る世間に善人はいるか。

善行を神は見ているか。

 

それらは全て、幸福への感受性があって初めて意味をなすものだ。

周囲に美しいものがあっても、手を差し伸べてくれるひとがいても、私じゃ何一つ報いることができない。罪悪感という負債が積み上がっていくばかり。

 

だから、消えたかった。

 

下ばかり見る目に針を。

悲鳴に劈く耳に鋏を。

嗚咽を漏らす喉に石を。

痛みを探す心に杭を。

 

そんなことさえ夢見て、でも実行には移せず、私はあのゲームに行った。

そこでぐちゃぐちゃに殺されるはずだった。

それなのに、金色の夢を見てしまった。

 

ひどい話だ。本物の幸福は追いかけられないのに。

今や胡蝶の夢になった、綺羅星の声だけは私に届く。

 

「青井さんは、どうしたいんですか?」

 

 

(1/15)

 

世の中の全ては予め答え合わせが済んでいるのだ。後は無言の了解を持つ連中でそれを実行するだけ。

両親が金勘定に追われる生業だったせいだろうか?

光紗は道理、法則、自分の身の丈。そういう肝心なところが中学に入る頃には全て把握した気がしていた。

 

そこからは一生懸命で、けれど退屈な人生だった。

"ああそうだろうな"というような悲劇と幸福。

そういう退屈な行動原理に従って生きて、デスゲームなんて所まで行ったこともある。

 

そこで、私の全ては変わってしまった。

 

脳のそれまで錆びていた部分に熱を与えてくれたあの人。

最初、気持ちが悪いと思った。

道理に合わない。

嫌悪が「もっと知りたい」という渇望へ変遷するのに、時間はかからなかった。

 

光紗は、ハンケチをそっと唇に添えた。

少し古風な彼女の言い回し、そして手の中にある柔らかな布の感触は、贈り主の不器用な体温をそのまま伝えてくるようだった。

 

(2/15)

 

「アンタ、光紗ちゃんでしょ」

 

金子ー金子光紗は廊下に呼び出されていた。1階から2階へ繋がる踊り場の直下。その階段を数人が占領していた。その光景を見た男子生徒が、大きく足音を立てて遠回りを選んでいく。

囲むのは年上の先輩たち。みんな柄が悪かった。少なくとも光紗のような「退屈」な優等生からすればそうだった。

 

「えっと、なんなんでしょうか」

「別にぃ?ちょっと話そうってだけじゃん」

「そうそう。みっちゃんって意外と怖がり?」

 

(3/15)

 

みっちゃん、とは自分のことか?

馴れ馴れしいーーーと内心眉を顰める。

 

光紗は自分を囲む先輩たちに覚えがあった。

青井さんは基本的に一人で本を読むか、ぼうっと外を見て過ごしている。たまに誰かと過ごしているのといえば、この人ーーー粗暴そうな人たちだ。

 

「みっちーってさ、どんな男がタイプだ?」

「...は?」

「頭悪いのでよかったらさ、顔はいいやつ教えてあげるよ。」

 

ーーー思考が一瞬途切れたーーーみっちー...愛称くらい統一してほしいーーー今私は、身体に蟻の列が張っているような不快さを露わにしていると思うーーー

 

「ちょいちょいちょいwww」

「あんた最初にそれ聞くのまじやばいからやめなって」

 

アヒャヒャヒャ、アヒャヒャヒャ。

金子を置き去りに、耳障りな笑い声が連続する。

ああ、嫌だこの人たち。嫌いだ。下品だ。つり目、下手な化粧、まともじゃない倫理観。嫌い嫌い嫌い。

 

うん、逃げよう。

あの大人しい青井さんとまともな接点があるようには見えない。多少無礼でも、とっとと話を終わらせて帰ろうと思った。

こちとら命懸けのゲームで親の借金を返したばかりなのだ。さらにどぶさらいをやる気分ではない。

 

「何の話なんですか」

「ああ、勘違いさせたらごめんね。私ら、あんたに感心してるんよ」

 

感心?なんだ、この手の輩が急に煽てることは碌なことがない。体はそのままだが、心の中ではもう顔の向きを180度変えている。

嫌らしい企みは父に金を貸した連中で懲り懲りだ。

光紗が心をシャットアウトする直前だった。

 

「あんだ、青井と仲良いんだって?」

「...まあ、はい」

「じゃあわかるでしょ。あいつさ、マジガイジなんよ」

「...は?」

 

 

『は』なんて、人生で初めて。けれど驚くほど自然に光紗の中から出てきた。

 

「あの人を、なんてーーー!」

「あ、ごめんごめん、うちらも青井好きよ?」

「ーーーあ?」

 

そしてその怒りが、行き先を失う。

 

「でもそうやろ?静かな子かと思ったら、急にスイッチ入ったみたいに友達欲しいのかバンバン話しかけにくるし。あーしらみたいなのにも」

「でも私らもガイジやけどさー、まじノリ違うし。青井、何言うてもヘラヘラするから見ててイライラするし、なんか、こっちも悪い気するんよ」

 

青井のことを悪く言われるたび、光紗の心はささくれだつ。

やっぱり、何か言ってやらねば、そう決意した。

吠えかかるように反論する、その直前だった。

 

「でもさ、マジ、ええ奴やん?」

 

ハッとしたように、光紗は目を合わせた。

制服を着崩して、少し正道からは離れていて、けれど等身大の女子高生の姿がそこにあった。

 

「それな」

「あーしらもそうやけど、誰とも青井はノリ合わんっぽくて。そうしてるとな、しまいには優しさに付け込むドブカスも湧いてくる。青井もガイジの癖に優しいから、一々まともに相手してもーて。あーしらでとっちめるのも限界があるし」

「私らも申し訳ないけど、青井もさ、あれほんと辛いと思う。私もこの頭悪い連中と連めなかったら終わってたしな、まじで」

 

「...」金子はすっかり言葉をなくしていた。

 

「やからさ、みーりんが青井と仲良くできるんやったらすごいなーって。がちでおもてる、がちでがちで。」

「...はい」

「最近、あの子ずっとぼーっとしとるけん。本も読まんし、話しかけても空返事。仲良うしたげて?」

 

光紗は顔を上げていった。妙な笑いが込み上げてきていた。

うん、やっぱりあの人は変な人なのだ。

でも、頼まれたってまだあの人から離れるわけにはいかない。やっぱり、私は間違ってないし、いやけれど、きっとあの人がきっと私には必要で、なぜ必要なのかはまだ言語化できないけれども確かにきっと暖かくて得難いもののはずでええと何だっけ確かなことが一つだけーーーーー

 

「もちろんです。青井さんの隣には私がいます」

 

言葉だけは強く、薄い胸を叩いた。

 

(4/15)

 

紅野の経営する芸能事務所の業績は桃園寺という劇薬を迎えて以来、右肩下がりから水平線に変化していった。

 

ある、昼の10時。紅野は作りかけのパワーポイントを保存して、額の汗を拭った。

タレントたちの鑑となるよう、普段からサラサラにしている髪も脂でてらてらと光っていた。

 

しかし、本人に全く気にした様子はなく、デスクにかけよってきた桃色の少女と頷きあった。

二人で画面を覗き込み、メーリングアプリを起動する。

 

「よし...良し......!」

「お〜」

 

紅野はメールフォルダの最上部を見て、力強く拳を握った。

先日桃乃が受けた声優企画オーディションの結果通知だった。

 

「やったんですか?」

 

ずい、と桃乃も目を輝かせて画面の数字を探した。

 

「ええ!やった! 私たちはやったんだ!」

「へー...わぁぁい!!!」

 

桃乃は紅野が感動に肩を震わせているのを見ると、その場で嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。

 

紅野は椅子の背もたれに体を預け、目を閉じて深く息を吐いた。

桃色のミニチョコをひとつまみして、水平線の描かれたホワイトボードを横目に見た。

やっと右肩上がりの線を描くことができそうだ。

 

「でも、これからが大変だ。収録は来月から、週三回。台本の読み込みもあるし、アフレコの技術もさらに磨かないといけない。Vtuber企画も並行して進めないと」

「はいーっ! 頑張ります!」

 

桃乃の返事は、跳ねるように元気だった。

あんなゲームなんてなかったかのように。

 

「......えーー、ありがとうございます」

「なんですかぁ〜?」

 

紅野は急に声のトーンを落とした。

身構えた様子に桃乃は首を傾げ、あざとく口元に手を添える。

 

「私、ちゃんとお礼言ってなかったな、と思いまして」

「えー?」

「あのゲームの後、桃乃さんが声をかけてくれたことです。」

「あー...?」

 

紅野は「合格」の二文字と桃乃の愛嬌のある顔を交互に見た。

 

「本当なら、すぐにでも忘れ去りたい思い出でしょうに。どうして私にまだ関わろうとしてくれたんですか?あえて聞かないようにしていましたが」

「あー!」

 

桃乃は満面の笑みで笑い、胸の前で手を合わせた。

 

「いやあ、お金は手に入りましたけど、一生安心って額でもないですから。働き口があるじゃんーって思っただけですよ」

 

ピンクフローライトの瞳がまっすぐに紅野を見つめている。

ふと、思う。記憶にあるかぎり、彼女の横顔を見たことがあるだろうか?

彼女はいつだって、完璧に計算された「正面」の笑顔を自分に向けているのではないか。

 

何だか思考が妙な方向に脱線しようとしたので、紅野はごきりと肩を回した。

 

「仕事の話に移りましょう。台本のデータを送るので、今日中に目を通しておいてください!他の子達にも伝えておかないと...絶対、これは成功させま...おっと?」

 

紅野が決意を新たにした横で、桃乃が困り顔でスマホを見つめていた。着信のようだ。桃乃は紅野に背を向けてから拒否ボタンを押し、すぐに何事か書き込んでいた。

...ふと、最近うまくいきすぎてるな、なんて思った。

 

「あ、気にしないでください!」

「え、ええ!事務所大きくしますから!桃乃さんも誰もが知る一番星に...!」

「え〜、わたし、そんな器じゃありませんよぉ...」

 

桃乃は照れくさそうに頬を掻いたあと、囁くように言った。

 

「......これから一緒に頑張っていきましょうね、紅野さん」

 

紅野はふと、非常口の存在が気に掛かった。

...最近は雑念が多いな。

 

「桃乃さん」

「はい」

「忙しくなると言っておいて、その...」

「はいはい!もちろんですよ〜!」

 

炎が燃え広がるのは才覚ゆえ、だけではない。己の節度を知れないからだ。

それもまた、一つの生き様だろう。

 

(5/15)

 

青井はどうしようもない難問に詰まっていた。

それは刻一刻と迫り来るもの。

対処を間違えれば容赦無く青井のミライを粉砕するもの。

すなわちーーー

 

「青井さん、昨日から進路表と睨めっこするのがブームなんですか」

「え、ええうん、こんなっ、色白な人は久しぶりに見たから」

 

高校受験である。

 

専門学校に行くか、三年生に行くか。あるいはーーー

さあ、考えるのが嫌だ。何が嫌って、どの道を選ぼうと絶対にそれぞれの後悔をする。

 

青井はスッキリしない頭で話しかけてきた少女を見上げた。

 

視界に飛び込んできたのは、鮮やかな青葱(あおねぎ)色のセーラー服。

さらに視線を上げれば、陽光を反射する上等な金糸のような――あの金髪。

 

少女ーーー金子光紗は丁寧語だけど、これは距離感ではなくそういう口調だと言うだけの話だ。...たぶん。

 

「何にしても早い方がいいと思いますよ?進路によっては受験とかもあるでしょうし」

「...受験。そっそもそも、私は、その進むのかな...」

 

世話ないな、という風に光紗は肩をすくめた。

前の席にある空の椅子をつかみ、引き寄せるのと座るのを一息に行った。

長いツインテールが空を踊る。

 

青井はその感動を言葉にする前に、ぎっ、と金子は青井と肩が触れる位置まで椅子を近づける。

 

青井にこんな熟れた所作はできない。毎回、自分の席さえ両手で引いて座っている。

世界に対し、何か、壁がある気がした。透明で分厚く、超えがたい壁。青井を他の人から劣等たらしめるもの。あの屋敷でのみ、その壁はなかった。

 

「……光紗さんはこんなに悩むことはないんでしょうね」

「青井さん自身は、どうしたいんですか?」

 

その言葉を言われるたび、何か現実に引き戻されるような心地がした、

 

 

(6/15)

 

友人になったのは2ヶ月前のこと。

声をかけたのは青井からのことだ。

お互いの存在には、朝礼の時に気がついた。相当に驚いたし声をかけるのをためらった。無関心こそ礼儀正しさだと言う暗黙の了解が現代社会にはある。あんな仕事を終えては、なおさら。

 

それでも青井は壁を壊した。

 

「お、お待たせしMonday」

「はーい。反応しませんからね。もう」

 

紙コップを二つ持って、青井がテーブルに戻ってきた。

4月に入ってから勉強応援キャンペーンとかで、食堂では17時過ぎからお茶とコーヒーを無料で配っている。勉強に励む学生を応援するキャンペーンとのことで、青井と光紗はよく同じテーブルについていた。

 

「べ、勉強って、何のためにするんだろうね」

 

青井はふと口に出した。

すると光紗の目つきがわずかに険しくなって、青井はしまった、と思う。

 

「...差し当たっては、あなたの赤点を回避するためですが?上級生の青井優子さん」

「あ、あ、そ、そうなんだけど!.....じゃあ、赤点を回避するのは、な、なんのためだと思う?」

「......うーん」

 

そういったきり光紗は白い指を金髪に絡ませた。

打てば響くような彼女にしては珍しい。

 

彼女のコップが空になったのに気がついて、青井はグッと味の薄い茶を飲み干した。

そして二人分のコップを注ぎにいく。

 

「ごめんね、通るよ」

「あっ、あっ」

 

給茶機の列で、給食のおばちゃんと肩が触れ合う。

ふと、青井は思う。この人は、どんな人生を歩んで、どういう経歴で今ここで白衣を着ているのだろう。

 

最近、自分がおかしい。

他人の影、すれ違う人の息遣い――そんな些細なことが、気になって仕方ないのだ。

そんなことを思っていたことだから。

レバーを引いて貯めた液体を出すやつから、お茶がこぼれかけた。

 

「ありがとうございます」

「そういえば、全く、気づかなかったね」

「ゲーム始まる前に、お互い知らなかったよねーって話?それ何回目ですか」

「で、でも思うんだ。す、すごく」

「私、青井さんといると視野が広くなる気がするんです」

「えっ、へへ...あっ、これ褒めてくれてま..」

「皮肉ですが」

「へっ」

 

光紗の言っていることに嘘偽りはない。

起源のわからない、青井からの底なしの好意と信頼。そして、己をいい子でいさせてくれなかった人間。

どちらも初めてのことでーーーとにかく、目を離したくない。

 

光紗は青井の暗記していない数式を使ってさらりと問題を解くと、思い出したように言った。

 

「さっきの問いですけど」

「うん」

「視野を広げるためじゃないですか?お互い、視野が狭かったってことじゃないですか。あんなところまで行って」

「ああ...」

 

それは納得のいく、感じの良い答えだった。

 

青井は少し力を入れてシャーペンを握った。

 

(7/15)

 

数日後。

青井は答案を震える手で受け取った。

いけるはずだ。予習した範囲がテストに出た。50、いや60点は硬い。

決して軽くはない努力に裏打ちされた自信があった。

 

ままよ、と左上の真っ赤な数字を読み取る。最初は目を疑えるが、そのために最適化された書式はすぐに真実を伝えた。

 

37点。

 

よりによって、暗記した公式を使う問題を落としていた。

ふらつく足で自分の机に向かう。

青井は再試だった。

 

(8/15)

 

 

これは一つの結果だけど、似たようなことがこれからもずっと続く。

きっと、泥のように重いやり残しを引きずって、学校へ、仕事場へ、病院へ向かう毎日が続くのだろう。

 

あのゲームでは違う。

生きるか死ぬか。失敗を抱えて明日へ行くことなんてない。

死に戻りをまた使えるならなおさら良い。失敗はなかったことにして、青井は悩むことの何一つない綺麗な明日だけが待っている。

 

青井は、死亡遊戯で飯を食う、という道に明確な引力を感じている。

死んでも構わない。幽霊にも、また会いたいし。

 

(9/15)

 

次の朝。

青井はセーラー服に腕を通す時、軽く吐き気を催した。家族の心配する声にオートマチックな返事をして、家を出る。

徒労感が、青井をふよふよとした心地へいざなった。モヤの上を歩いているようだ。

 

家族からの言葉もうまく心に響かなくて、覚束ない足取りのまま前に進む。

ふと、どうして学校に通うんだろうと思った。

踵が痛んだ。何かに力を込めるのが嫌だった。

嫌だった。

理屈じゃなかった、嫌だった。嫌だった。嫌なんだ、嫌なのに。

 

そんな彼女の行く手を遮るように、一人の女が立っていた。

夏だというのに、行儀よく全身を黒ずくめで固めた、サングラスの女。

あの世界への片道切符を持つ――エージェント。

 

乾いた声が漏れる。

虚無に飲み込まれそうになった青井が顔を上げた、その時。

黒一色の視界を切り裂くように、鮮烈な「金色」が目に飛び込んできた。

 

ツインテールの少女が、猛然とこちらへ駆けてくる。

そして、戸惑う青井の手を、痛いほどの力で強引に掴み取った。

 

そのまま二人は風を切って走り出す。

 

「何やってるんですか!あなた!ほんっっっとうに!!!!」

「あえ、み、みすずさん、なんでここに?」

「誰かさんが赤点のテスト用紙を机の上に投げ出してたからですよ!結果くらい教えてください!再試の結果もですよ!」

 

坂道の途中で、光紗がわずかに速度を緩めた。その手のひらから、しけった紙面ーーーテストの結果と、進路希望表を青井の懐にねじ込んだ。

細い肩が、激しい呼吸で上下していた。

その手のひらから伝わってくる熱と、刺すような怒り。

 

睨みつけられたのに、青井はーーーどきり、とした。

正体不明の熱が、青井の胸に満ち始めた。

これがあれば、目の前の校門も潜れるような気がした。

 

「……は、はい!朗報を!」

 

駆け出す勢いのまま、青井は懐の進路希望調査票を取り出した。

真っ白で、前途多難で、後悔に満ちているかもしれない未来の地図。

彼女はその紙片に、誓いを立てるようにそっと唇を寄せた。

 

(10/15)

 

世界が仮に、悪で満ちていても。何も報われることはないとしても。

 

でも、青井の命が、魂が続く限りは精一杯生きなければならないと思う。

 

だって、あなたたちに選ばせてもらった未来は、その価値があるものだって信じたいから。

 

わたしはこの世界をリトライしてみよう。

 

(11/15)

 

黒糖がいるのは仄暗い研究室。

夜の街をフラフラと漂っているうちに、わけのわからないところに迷い込んでしまった。

境界線を踏み越えてしまった。

 

どうしたものかと思案していると、駆け込んでくる白衣の男。肩で息をしながら、黒糖に試験管を差し出した。

 

「え、何おじさん...」

 

黒糖が思わず息を飲む。

男の鬼気迫った表情___それに、首についた、血の滲み出る歯形に。

 

「た、頼む...ああ、かゆい...これに、人類の希望が...私はもう...」

 

そういうと、男は拳銃を取り出し、己のこめかみに当てた。

そして真っ赤な花が咲いた。

 

「おお...?」

 

黒糖は受け取った試験管の中身を見つめた。翠色の液体の中で、ボウフラを一回り大きくしたようなものがのたくっていた。

 

「君、これをそっちに寄越すんだ」

「ん?」

 

白衣の男を追いかける形で、黒服にサングラスのいかにも、という男が拳銃を手に部屋に入ってきた。

 

「おとなしく寄越すんだ。そして、ここで起こったことは全て忘れろ」

 

脅迫とも取れる言葉に黒糖は2、3秒目を瞑って...そして、ちろりと赤い舌を覗かせた。

 

「やーだねっ」

 

返答は火花だった。

銃弾が、黒糖の頭が()()()位置を通り抜ける。

身を屈めた黒糖は側にあった本棚を強く蹴った。

 

どさどさ、大量の資料や実験器具がこぼれ落ちるのに紛れて黒糖は研究室を出て走り出した。

 

(12/15)

 

「『計画』がついに動き出したか...」

 

場所も定かではない、培養液と緑の光に満たされた閉鎖空間。

声の主の顔は、闇に遮られて見えない。

 

「ええ、フェーズ1は順調です。既に世界中に拡散しています。日本で少しだけ、不手際があったようですがーーーなに、明日の朝食までには解決するでしょう」

 

悪の枢軸たちが奏でるは絶望の調べ。

 

「万事滞りなく進めるのだ。全ては、人類の進化のために」

 

(13/15)

 

黒糖の、世界の命運をかけた冒険が今、始まるーーーーー?

んだろうか?どうだろう。

 

まあ、黒糖16歳は全力で今を楽しんでる。

 

金子と青井は悩み多き思春期を駆け抜けている。

桃乃と紅野はライフタイム・ジョブに突き進もうとしている。

何処かの幽霊は、その道の果てへ辿り着こうとしている。

 

その先に何があるとしても

若人は全力で今を全うしている。

だからいいんじゃないだろうか。

 

(14/15)

 

「あ、忘れてた」

 

黒糖は6人が入ったグループチャットに返信を入れた。

 

『もちろん行くけど、ゴチになるよ?だってほら、お金いらなさそうだし』

 

(15/15)

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