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――身を投げ出した床は、夢か現か区別がつかなくて。板張りだったり、フローリングだったり。せっかくきれいな床に、汗と涙が落ちていく。
こういう時はたいてい悪夢だ。
青井は朧な意識で周囲を見る。そこは家のベッドか、あるいはどこかのデパートだった。意識がはっきりしないので、どちらとも言い切れない。
そこで青井は泣いていた。連日の酷暑の影響かもしれないし、理由などないのかもしれない。
とにかく泣いていた。
えんえんえん。
そうしていると制服を着た男の人が来て「みっともない、泣いてはいけません。さあ立ち上がって。迷子センターに行きましょう」と言った。
私は従うでもなく、一人歩き始めるでもなく、泣くのです。
えんえんえん。
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90点。平均よりずっと上。青井は光紗とー形式上はー2人で育てたマリーゴールドに対し、そういう評価を下した。
まず発色がよろしい。
水やりをすると、水滴が黄金色の光を吸って、宝石のように煌めいた。
「綺麗に咲きましたね」
そよ風が吹き、花弁と共に金色の髪が揺れた。光の反射のせいか、彼女の頬は赤らんで見える。
金子光紗さん。青井の……大切な人である。学校の課題で、二人組で一つの鉢植えを育てるというのがあった。青井は熱を出したにもかかわらず、光紗さんは立派にマリーゴールドを育ててくれた。
「はい、光紗さんにばかりお世話をさせて申し訳ないです……」
「青井さんは熱を出していたんだからしょうがないですよ。それに、テストも頑張ったんだから」
金子さんと話すのは楽しい。
話がうまいし、何より素のままの自分でいられる。彼女と話す度に、人間として劣った部分が浄化され、成長しているような気さえする。
だから、この恩のようなものはいつか返したい。
その最初に、このマリーゴールドはできるだけ綺麗なままに……
「あ、金子じゃん!」
「おや、先輩。こんにちは」
「その花、綺麗に育てたね〜」
「いえ、先輩のアガパンサスはとても元気ですね。このマリーゴールドはところどころ萎れちゃってますし」
「やろ?頑張ったけんな〜」
……平和な会話。その裏で、青井はショックを受けていた。
『萎れちゃってますし』?そんなふうに、下げる、格下げする、謙遜する?なんで。せっかくあなたが綺麗に育てた鉢植えを……
「お、青井もおはよう。」
「……おはようございます」
ポトリ。アガパンサスが花軸ごと落ちた。
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「わかってはいるんです」
青井は【あなた】に事情を話した。【あなた】は学校に赴任してきたカウンセラーで、悩める生徒たちから信頼されている。
「私にとっては光紗さんが育てたマリーゴールドは特別だった。でも光紗さんにとってはそうじゃなかった。それに、マリーゴールドを下げるような言い方も、先輩と和を保つための儀礼的なものだった」
【……でも、ひっかかってるんだ】
「そうなんです……私、余計な所ばっかりに気を回して、面倒くさいですよね……」
【そんな事はないよ】
【何かを大切にできるのは、とても素敵なことだから】
「え、えへへ…」
青井は赤らめた頬を掻く。
【金子さんに、その気持ちは話してみるつもり?】
「い、いえ!そんなことはしません……私が一人で思い込んで悩んで、ってしてただけですから……でも」
【言ってみて】
「どうしても……わたし、ああいう人付き合いにおける小技とか……その、汚らわしい気がするんです」
【そっか】
【でも、色々なことを考えられるのは、青井さんの長所だよ。色々なことを疑ってみて。そうしたら、最後にはその意味がよくわかるかも】
「はぁ……こんな自分が嫌になります。先生は、自分が嫌になった時どうしますか?」
【嫌になった時……はあまりないけどね。強いて言うなら、自分を変えたいときは……好きな人と同じことをするかな。その人に近づける気がするから】
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廊下をゆく足が、今日ばかりは力がこもっていた。
「青井さん、おはようございます」
「あ、おはよー」
「おはよ……」
光紗さんは今日も私に大きく挨拶をしてくれる。
思えば、名前も含めて挨拶をしてくれるのは彼女だけだ。名前も含めて挨拶をするから、私がこのクラスに溶け込めるようになった……気がする。
きっと、この挨拶一つにしたって金子さんの処世術なのだろう。
……考えれば、愚かな話だ。
私自身、その恩恵を大いに受けておきながら……自分に関わることは遠ざけようとするなんて。
今はせめてその好意に全力で報いよう。
「おはようございますー!」
青井、気持ち的には一世一代の元気な挨拶だった。
ふわり、気持ちのよい風が吹いて。光紗は思わず顔を綻ばせた。
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黄金色の花弁が空を舞った。