「Noch eine Schwarzesmarken ~赫奕~」 作:Unberührbarer
車に揺られること、十数分。
やがて一つの大きな建物へと到着し、僕たちは降車する。
(移動経路的に…ここはリヒテンベルク地区だろうか。)
景色の移り変わりや、気温や天候などの情報を考察して推測を立てる。
やけに周辺の市民の数が少なく思えるのが気がかりだが、
それも目の前にある建造物が起因しているのだろう。
アクスマン中佐は、降車後にホーエンシュタイン少尉と何やら話しているように見える。
それもあって、僕は時間をかけて周辺の状況を分析することが可能となっていた。
『これが"国家保安省"の象徴、"ハウス・ワン"……』
多層階構造にて建造された灰色のコンクリート建造物を見上げながら、僕は嘯く。
東ドイツに顕著に見受けられる機能主義建築、無骨なファサード。
一部は監視対策のために内部が見えなくなっていたことは気になったのだが。
見えている場所から、この建物自体の構造を把握すのは容易だった。
『…ここからは、私が案内するわ。』
話が終わったのだろうか、こちらにホーエンシュタイン少尉が歩み寄ってくる。
僕に対しての警戒が拭えないのだろうか、表情が先ほど違って強張っている。
しかしアクスマン中佐と異なり、彼女からは恐怖心やそれに類するものは感じなかった。
『光栄です、ホーエンシュタイン少尉。』
『…荷物はあるの?必要なら士官を読んで運ばせるわ。』
『いえ、僕はほとんど荷物を持ち合わせていませんので。』
会話を交わしながら周辺の状況に、それとなく探りを入れていく。
警備は厳戒態勢が常時敷かれているらしく、憲兵は殺気立っているような雰囲気。
兵士として…というより、見えない何かに対して恐怖心を持っているように感じる。
疑いが出れば、お前の大事な存在を即刻処刑するぞ、と。
首元に短刀を押し当てられ、仕方なく従っているような、そんな感じだ。
『…ついてきて。案内するわ。』
無言で頷き、彼女の姿に続いて歩を進めていく。
内部に入ると、外見とは打って変わって豪奢な装飾が顔を覗かせる。
大理石の柱や金細工、茶色の壁。そして、"国家保安省"の軍旗。
どれをとっても、非常に強い権力を有していることが垣間見える。
『……』
『……』
内部の装飾に見とれて足を止めていると、無言の圧力を感じる。
周囲に気づかれないように、周囲を一瞥して様子を観察してみる。
(後ろにいる男性…僕が来たと同時に何かを起動したな。)
彼女からだけではなく、僕の"監視"と思われる視線も複数見受けられる。
どうやらここでは、例え同僚であったとしても容赦というものは存在しないらしい。
極限の監視社会。枠組みから逸しているものは弱味を握られ、懐柔され、恐怖を刻まれる。
戦争という非日常が続いていることもあってか、皆が皆、それを正常と認識してしまう。
そしてそれは、日常を重ねていくことにエスカレートしてしまうのが常である。
(ナノ粒子を展開…盗聴器と思われる電気信号を特定完了。
こんなおざなりな物で、僕に気づかれないだろうと思ってるのか。
僕がこの程度の隠蔽で気づけないと思っているのなら、見立てが甘いよ。)
恐らくは、"国家保安省"が僕の弱味を握って、掌握するための材料集めだろうか。
僕の施設入室と同時に起動されたのは、推測にはなるが、諜報員が使用するごく一般的な"小型盗聴器"。
ご丁寧に僕の周りに複数個、それも肉眼での視認範囲外に設置されている。
これが、僕以外の人員であったなら気づくことは叶わないだろう。
(…無力化に成功。)
ナノ粒子に指向性を持たせて、僕の声質のみを録音遮断する。
これで僕が発する音声は全て盗聴・記録を行うことが出来なくなるはずだ。
仮に聞き取ろうとしても無機質な砂嵐音が返ってくるだけで、聞き取られることは絶対にない。
本当は破壊した方がより効果的ではあるのだが、破壊された痕跡を発見された方が、面倒になる。
『レイマン少尉。』
ふと、ホーエンシュタイン少尉の声が僕の思考を遮るように聞こえてくる。
僕がふと静止し、虚空を見つめるような素振りをしていただろうか。
視線を向ければ、訝しげな表情を浮かべた少女の面持ちが視界に映る。
『時間を無駄にしないで。明日から貴方も"国家保安省"の教育が始まる。
宿舎を含めて今日中に施設の位置を把握しておかないと、面倒なことになるわよ。』
『失礼しました、ホーエンシュタイン少尉。
どこか懐かしい雰囲気を感じてしまい、余韻に浸っておりました。』
『………。』
私の返答を聞きながら、疑いの色をより濃厚にする少女の瞳。
咄嗟についてしまった嘘だが、少し無理があっただろうか。
実際に僕の記憶にはないのだが、どこか懐かしさを覚えるのは嘘ではない。
『…まぁいいわ。早くいくわよ。』
『はっ』
彼女が身を翻し、僕は背に続くように歩を進めていく。
背後でどこか慌てたような素振りを見せる男性を横目に、その場を去るのであった。
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side:???
ーーなぜ、あいつの声だけが聞こえない。
盗聴器から聞こえてくる音声を聞き返しながら、俺は動揺を隠せずにいた。
仕掛ける前に確実に動作することを確認していたし、監視対象が来るまではきちんと聞こえていた。
録音開始を押していたし、マイクや機器自体に問題がないのも確認済。
それなのに、"彼"の声だけが全て録音されていないのだ。
『意味が、分からない。』
上層部には、彼の素性を探るために諜報活動を行えと特命で受けている。
情報が漏れるような行動はしていないし、そもそも漏れる場所がない。
(しかも、設置した盗聴器全てが"彼"の声だけを拾っていない。
ホーエンシュタイン少尉のはきちんと聞こえているのに、どうしてーー)
何度か巻き戻して再生しても、"彼"が話していた内容の部分だけが録音されていない。
音量を上げたりしてみたが、無機質な砂嵐や周囲の環境音だけが返ってくるだけ。
まるで狐に騙されたかのような、謎だけがより深まっていく。
(この先にも仕掛けているが、恐らく録音は不可能だろう。)
現実味のない内容にはなるが、上層部には盗聴自体が不可能であることを報告するしかない。
彼の近くに設置していた盗聴器が全て、原因不明の不調で録音に失敗したと。
そして同様に、監視カメラなどのセキュリティ関係も、恐らくは…。
『危険すぎる。あいつを野放しにはしておけなーーーッ!』
諜報活動が失敗した以上、ここに留まっている必要もない。
席を立ち、宿舎の方へと歩いていく二人を目で追いながら、気づかれないように行動を開始した刹那。
白髪の少年が僅かにこちらへ振り向き、俺に視線を向けてくる。
(気づかれている…だと。バカな。)
最初は気のせいだと考えたが、明らかに"彼"の視線は俺を捉えている。
氷のように冷ややかな瞳に睨まれ、凍り付いたかのように俺の動きは止まる。
まるで猛獣に睨まれた兎のように、動くことが出来ない程の圧迫感に襲われる。
『……。』
無言のまま、静寂が場を支配する。
『レイマン少尉。』
動かない彼を見て、ホーエンシュタイン少尉が彼に声をかける。
流石に2回目だったからか、彼女の視線にも苛立ちと疑念の色が見て取れる。
それを聞いた彼は、俺から視線をそらして彼女へと向き直った。
『すみません。すぐに行きます。』
そのまま今度こそ、二人の姿は見えなくなる。
だが、俺はすぐに視線を逸らせなかった。大量の冷や汗が、頬を、額を伝う。
最後に、彼は口だけでこう言っていた。
近くにいたホーエンシュタイン少尉にすら気づかれないように、動きは小さかったが。
『次に同じことをしたら、命はないと思え。』
この日以降、俺は彼だけは怒らせないようにと、心の奥底で固く誓ったのであった。
前置きが長くなりそう…申し訳ないです。