聖園ミカに舌打ちされたい   作:性癖多面体

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プロローグ
1. 背伸びをして先輩の髪を整える後輩は一般性癖


 

「おはよう、イリヤちゃん!」

 

 輝く笑顔。ぴょん、と跳ねるように視界に飛び出してきた彼女は、カバンを後ろ手に持ち直すと小首を傾げて挨拶をした。愛らしい動作の一つ一つに合わせてふわりと広がったピンク色の髪が揺れる。

 

「後ろから見つけてびっくりしたよ〜! 髪型変えたんだ? 前のシニヨンもかわいくて好きだったけど、ポニーテールも似合ってるね。前よりキリッとして見える感じ! あっ、羽のアクセも新しいの付けてるよね! ちょっと前まで付けてたのも同じ色だったし、イリヤちゃんこの色好きなんだ。何色って言うんだっけ、フラミンゴピンク? だっけ。かわいいね! 私も同じの、ううん、せっかくだから色違いの付けてみようかな、どこで買ったの?」

 

 透き通った肌、朝陽をそのまま写し取ったように澄んで煌めく瞳。あどけない口ぶりと、子供のように移り変わる興味。一人で話し過ぎたことに気が付いてあっと頬を赤らめた後、口元を抑えてくすくすと笑う。

 好意を示すことを躊躇わず、そして好意を向けられることを疑いもしない。純真で、悪意を知らないお姫様。

 

「そうだ、今日のお昼は一緒に食べれる? ナギちゃんとセイアちゃんも一緒になっちゃうんだけどね、もし良かったら来てほしいなって! ナギちゃんの紅茶と、イリヤちゃんの好きそうなお菓子もいっぱいあるんだよ」

 

 どう考えても場違いになる昼食へのお誘い。いっそ重いとさえ思ってしまうほどの全幅の信頼。

 それでも、私は。

 

「ミカ先輩」

「ん? なぁに?」

 

 それでも私は、聖園ミカに舌打ちされたい。

 

 彼女の小ぶりで愛らしい口が奏でる、心底の苛立ちから漏れ出た舌打ちが聞きたいんだ。普段は清楚で無邪気なこの子が不意に鋭い音を舌で打ち鳴らし、言葉で伝えることも厭わしいとばかりに不快感を顕にする。これほどまでに蠱惑的な欲求があるだろうか。

 私は、私の知る限り最も舌打ちから遠い人間性である聖園ミカの舌打ちが聞きたい、彼女に舌打ちされた唯一の生徒になりたいだけなんだ。少しの独占欲と、好きになった相手の特別な一面を知りたいという気持ち。うーんこれは純粋な乙女心。

 これは間違いなく一般的な性癖であって、好きな人の舌打ちを求めるのは決しておかしなことじゃないはずだ。何せ、一種のギャップ萌えと言い換えればノーマル性癖、ドが付くノーマルとさえ言える。

 

「髪の毛、寝癖付いてます。……直してあげますね」

「え」

 

 周囲を歩いている生徒がいないことを確認して、カバンからスプレーと櫛を取り出す。ミカ先輩の側頭部、軽くアホ毛じみて飛び出している髪の毛(かわいい)の根元にスプレーを一吹き。馴染ませるように何度か櫛で流してあげれば、反抗的だった髪の毛もするりと落ちた。

 

「うん、よし。……寝坊しちゃったんですか? 最近忙しいみたいですけど、他のパテルの子たちに見られたら大変なことになってましたよ。今度から気をつけてくださいね」

「う、うんっ。ありがと……あ、良い匂い」

 

 ミカ先輩がすん、と鼻を鳴らしてつまみ上げた毛先の匂いを嗅いだ。

 

 けれど私は、聖園ミカから嫌われたくはないんだ。

 ミカ先輩のことが好きだから舌打ちをしてもらいたいのであって、好きな人から嫌われたら普通に傷付く。だからこうして朝会えば挨拶もするし、お洒落の話もする。寝癖を直すのだって、友達として当然のことだろう。先輩後輩の関係だと、ちょっと珍しいかもしれないけど。

 

「それで、お昼でしたっけ。ごめんなさい、私もミカ先輩とご一緒したいのは山々なんですけど、今日はちょっと」

「ん? 何か用事?」

「ええ。同級生と学園の外まで食べに行く約束があるんです。コラボ商品がどうとかで」

 

 普段はまともなのに、とあるグッズのことになると途端に様子がおかしくなる同級生の彼女から頼まれてしまっているのだ。もし被りが出たら交換してほしいとかなんとか。別に交換とかじゃなくてあげるつもりだけど。

 あーでも、自分が好きなグッズだからこそ交換して欲しかったりするのかな。全部押し付けるっていうのは、私にとってそのグッズに価値はないよって言ってるようなものだもんね。それはちょっと悲しいかもしれない。私はその手のオタクの心理に少しばかり詳しいつもりだ。昔取った杵柄とかいうやつである。

 

「それじゃあ、今日の放課後はどうかな? 空いてる?」

 

 

 私が初めて聖園ミカと会ったのは、トリニティに入学した直後のことだった。トリニティ総合学園初等部、つまり私が六歳で彼女が七歳だった頃の話である。

 

こうとうぶ(高等部)のシスターフッドのかたがたがお話にきてくれるんですって」

「ええ、しっています。ミサ、というらしいですよ」

「おうたをうたって、主にかんしゃするじゅぎょうだとか」

 

 高等部の伝統と権威ある部活のメンバーが、部活動の一環として初等部に説教をしにきてくれると、周囲の生徒は口々に話している。日曜日に学校に登校してまでこんな面倒な行事を、と私はうんざりしていた。

 自主登校という体ではあったものの、ただでさえ日頃から派閥だ伝統だと喧しい学園のことだ。その二つが一緒くたになった行事に参加しないとなれば、あらゆる生徒から白眼視され学園生活に支障が出ること間違いなしだった。現に、私の覚えている限りの級友が礼拝堂に集まっている。まだ幼い子供だというのに、健気なことである。

 

 Kyrie eleison.

 Kyrie eleison.

 Kyrie eleison. ―――

 

 それから、私たちは歌った。慈悲を求める歌、憐れみを求める歌を。

 キリエを歌い始めてすぐに隣の集団、一つ上の学年から驚くほど澄んだ歌声が聞こえることに気が付いた。透き通っていて、どこまでも真摯に祈りを歌い上げるような声。

 

「……」

 

 一体誰が、と首を伸ばして見回せば、歌声の持ち主は一目瞭然であった。厳かな讃歌が礼拝堂に響く中で、光窓から差し込んだ陽光が彼女と、周囲を舞う微かな埃だけをキラキラと照らしていた。

 主よ(Kyrie)憐れみたまえ(eleison)。と結んだ彼女が不意に視線をこちらに向ける。歌うことも忘れて聖園ミカに目を奪われていた私は、視線を逸らすこともできずただ彼女と見つめ合った。

 

 Gloria in excelsis Deo. ―――

 

 先唱。高等部の先輩方がグロリアを歌い始める中で、彼女がクスリと笑って口元を押さえる。そして、小さく胸の前で手を振ってきた。私は瞬間的に心臓を撃ち抜かれたような心地がした。

 それが私、日向(ひむかい)イリヤと聖園ミカの出会いであった。

 

 

「みっ、見てくださいイリヤちゃん! このシークレットイラスト、ペロロ様がアイスでキーンってしてますよ!」

「か、かわいいね?」

「はい! このペロロ様がとっても可愛らしいことはもちろんなんですが、しかしそれ以上に注目するべきなのは、南極探訪編でも見られた通りペロロ様は寒さへの耐性がとても強いはずなのに、アイスクリーム頭痛と呼ばれる寒冷刺激に適応するための反応が起こっているように見られることで、このイラストからはペロロ様の生態を知る大きな手掛かりが―――」

「……」

 

 監修の人そこまで考えてないと思うよ。

 私は友人との約束を果たすべく、トリニティ総合学園の正面に位置するストリートのカフェにて『ルージュと琥珀のパルフェ』を食べていた。要は凍らせたイチゴとナッツクッキー、バニラアイスのパフェである。

 コラボメニューとしては意外なことに大変美味しかった。私はこれだけで満足してしまったのだけど、付いてきた同級生はおまけのコースターに大興奮である。今回のコラボにおけるシークレット枠のイラストだったらしい。

 ……うーん、でもそう考えると確かに。この、何の変哲もない頭病みペロロのイラストがシークレットになっているということは、オタク特有の考え過ぎではなく本当に新しい設定開示が行われているのかもしれない。特にモモフレは熱狂的なファンとそれに応え続けるプロデュースでお馴染みの界隈である。

 

 私は友人、阿慈谷ヒフミが両手で掲げるイラストをじっと見つめた。

 

「―――だからペロロ様は当初――と思われていたんですけど――編での矛盾からファンの間では各地の環境に適応する特性があるのではないかと――そして今回は寒冷地ではなくこのカフェに来たペロロ様がアイスを食べているというコラボなので、このカフェの温暖な環境に引っ張られて―――」

「……」

 

 いや、見えない。

 いつもの気持ち悪いトリが顔を青褪めさせている様は、なんだかより不快な気持ちになるもののそれだけだ。何か深遠な思惑だとか設定だとかが秘められているようにはとてもではないけど見えなかった。

 

「―――そういう訳で、このペロロ様は特別なんですよ! 当たって良かったですね、イリヤちゃん!」

 

 はい、と手に持っていたコースターを笑顔で手渡してくるヒフミ。

 ……ん?

 

「えっと、ヒフミはこれもう持ってるの? 被ってなかったら交換するって話じゃなかった?」

「……えっ!? いえ私はシークレットペロロ様と交換できるほどの何かをお渡しすることはできなくて……ぜひイリヤちゃんが大切にしてあげてください!」

 

 むしろさっきラインナップを見た感じだとこれ以外の何とでも交換してほしいんだけど。

 

「いやいや、こういうのはちゃんと価値が分かる人が持ってた方が良いと思うな。特別に二枚と交換、とかで私は良いよ」

「ええっ! 本当ですか!?」

「うん。んー……このピンキーパカちゃんと、ビッグブラザーくんのやつがあったら欲しいかも」

 

 私がそう言うと、ヒフミはいっぱいありますよ! と鞄からピンキーパカちゃんとビッグブラザーくんのコースターを三枚も四枚も取り出してカフェのテーブルの上に乗せた。……あの、被り過ぎじゃない? 毎食このカフェで摂ってたの?

 

「に、二枚で良いから。そんなにいっぱい貰っても勿体ないよ」

「分かりました!」

 

 今度ミカ先輩とのお茶会で使おう。そう思った。

 




どちらかと言えば『背伸びをして後輩の髪を整える先輩』の方が一般的かもしれない。
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